遊園地3
10
外に列はなかったが建物の中に入ると少しだけ列ができていた。
「30分待ちか」
列に並んでいるのはほんの少数。さっきのジェットコースターの列で考えると30分も待つ人数ではない。なぜそれほど待つのか。それは僕たちが今、お化け屋敷に来ているからだ。
お化け屋敷の所要時間はジェットコースターのそれを大きく上回っているのだろう。外観を見ればわかる。ここはとてつもなく広い。
スマホを取り出して、「呪いの館―憂―」と検索する。このお化け屋敷の名前だ。なんでも、最近できたばかりで今大人気らしい。
レビューを見ると、出れない、ゴールどこ、リタイア不可避、と書いてある。
彼女が画面を覗き込んだ。
「迷路要素が高いのかな?」
「そうみたいだな」
画面を上へ上へとスクロールするが、怖い、というレビューが見当たらない。
「あんまり怖くないのかもな」
僕が言った矢先、扉の向こうから悲鳴が聞こえた。ジェットコースターとは違った響きだ。
「……そんなことないみたい」
彼女が顔を引きつらせながら言った。
「なんだよ、怖いのか?」
「こ、怖いわけ、ない、でしょ」
動揺が見て取れる。幽霊がお化け屋敷で怖がるというのは何とも滑稽だ。
僕たちの前にいた人が次々に中へ入っていく。さすがに僕も緊張してきた。レビューには書いていなかったが雰囲気からすでに怖い。それにさっきから聞こえる悲鳴。響く度に彼女の肩が一瞬上がる。
扉の目の前まできた。係員が胸元につけたマイクに向かって何か喋っている。
係員はこちらを向くとマイクに喋る何倍もの声量で、「呪いの館へようこそ」と言った。
一通り説明を受け、懐中電灯を受け取ると扉が開いた。係員の「いってらっしゃいませ」と共に足を踏み入れる。扉はすぐに閉まり真っ暗にになってしまった。
「ちょっと。早く懐中電灯つけてよ」
彼女に急かされるままスイッチを入れる。辺りを見渡すが、決められた順路のようなものは見当たらない。あるのは四つの扉と階段だけ。恐らく自分で考えて進めということだろう。
「どれにする?」
「まあ、一階から調べるのが無難だろう」
このお化け屋敷はただゴールするだけでは外に出られない。館内に置かれた、もしくは書かれた文字を探し出し、出口で待っている係員に伝えなければならない。
地図のようなものはなく、自力で進むしかないらしい。
「じゃあ、こっちの扉」
彼女が指さしたのは、入り口側からみて右の壁に設置された扉。ドアノブをひねり、前に押し出すが動かない。引くのか、と思い引いてみるが同じく動かない。
「鍵がかかってるな」
よく見るとドアノブの表面に鍵穴のようなものがある。
「ということはまず鍵を探さないとだね」
残りの扉を調べると鍵はかかっていなかった。とりあえず正面右の扉から調べることにして中へ入った。
「……女の子の部屋か?」
「みたいだね」
部屋にはベッド、タンス、机などがあり小学生の女の子が住んでいるようだった。
開けたままだった後ろのドアが閉まる。バタンという音が響き、振り返る。どういう仕組みなのだろう。部屋の奥に視線を戻すとベッドに女の子が座っていた。
「わあ! びっくりしたー」
「すごい演出だな」
「ねえ、冷静にならないで。驚いた私がばかみたいじゃん」
ふてくされる彼女をよそに女の子が話しかけてきた。
「お姉ちゃんたちも鍵を探してるの?」
喋るのか。これまでにないリアルなお化け屋敷だ。というより脱出ゲームに近い気がするが。
「そうなんだ。どこかで見なかったか?」
「聞いても答えてくれるわけないでしょ」
それもそうか。最初に喋ったのは台本にあるからでヒントはもらえないだろう。そう思った矢先、女の子が口を開いた。
「見たよ」
「「え?」」
僕たちは揃って聞き返した。確かに今、女の子は、見た、と言った。
「どこにあるんだ?」
「そこの引き出し」
女の子は机の下にある引き出しを指さした。ここか、と開けるとそこには小さな鍵が入っていた。
「本当にあった」
女の子はニコッと笑い、続ける。
「あと、二階の左のお部屋にもあるよ」
そんなことまで教えてくれるのか。さすがに喋りすぎなのではと思ったが、これが攻略の近道ということで片を付ける。要は、むやみに館内を捜索するのではなく、こうして幽霊役の人にヒントを聞くのが正規ルートだったのだ。
考えてみればこのお化け屋敷は難易度が高すぎる。地図も渡されず、懐中電灯だけで進めと言われ、入り口の扉をくぐるとドアが四つに階段が一つ。今ならレビューを書いた人たちの気持ちがよくわかる。
だが、もう簡単だ。正規攻略ルートをみつけた今ならば、ゴールも夢じゃない。
もう少しヒントがもらえるか試してみよう。
「館内に文字があると思うんだけど知ってるかな?」
女の子は相変わらずニコニコしている。
「知ってるよ」
女の子は、ろ、い、の、の三文字だと言った。
「呪い、か」
彼女が呟いた。幽霊の口からその言葉を聞くのは少し怖い。
「なんか、もう終わっちゃったね」
「そうみたいだね」
思えば、幽霊役に質問するのは正規ルートではなく裏ルートだったのではないだろうか。でなければこんなにあっさり終わるはずない。
「とりあえず二階の鍵取りに行こうか」
僕たちは女の子に、「ばいばい」と手を振り部屋を後にした。
それから二階でもう一つの鍵をみつけ、係員に、「のろい」と伝えて外に出た。
売店でホットドッグを買って、人通りの少ない建物の裏でそれを食べる。ここなら人目もないしホットドッグが浮いてるとこを見られることはないだろう。
しかし僕たちはなかなかそれを口に運べなかった。
「なあ、りん。さっきの係員の話どう思う?」
「……」
彼女が黙るのも無理はない。何せ係員の話によると、女の子の幽霊役はいないらしい。
「考えてみれば変だよな。あんなにヒント貰えたらアトラクションとして成立しない。それに……」
僕が話すのを躊躇うと彼女がぼそっと言った。
「……お姉ちゃんたちって、言ったよね」
「気づいてたのか」
「いや、あの時は緊張でまともな思考ができなくて」
「僕もだ」
自然な言葉だったのだから無理もない。いや、実際は不自然なのだが。
女の子は、「お姉ちゃんたち」と言った。「お兄ちゃんたち」ではなく。それはつまり、女の子には彼女が見えていた、ということになる。幽霊である彼女が。
「もうあのお化け屋敷行けないよ……」
「でも可愛い女の子だったよね」
「違いないや」
しかし今更驚くことでもない。現に今僕の隣には幽霊がいるのだ。シチュエーションが悪かっただけで人間に恨みがあるような子ではなかった。
ニコニコする女の子の顔が浮かぶ。背筋に寒気が走ったのは気のせいだろう。
「あの子も早く成仏できるといいな」
「そうだね」
僕は冷めたホットドッグを口いっぱいに頬張った。