遊園地2
9
園内に入ると彼女は真っ先にジェットコースターへ向かった。
早く早く、と急かされ腕を引っ張られる。
彼女はどうも強引だ。自分が決めたことには他人に有無を言わせない。
夢中になると掴んでいるものが人間の腕と忘れてしまうのだろう。彼女の握る力はとても強い。
子供のように駆ける彼女の後ろを腕が千切れてしまわぬよう必死に追いかけた。
妹がいたらこんな感じだったのだろうか。
一人っ子の僕は何度も兄弟がいたらと考えた。
無邪気にはしゃぐ妹、凛としているがどこか頼りない姉、僕の後ろをついてくる弟、ゲームが強い兄。
その内の一つが叶ったようで僕は無性に嬉しくなった。足取りが軽くなりスキップになったところで彼女が止まった。危うく彼女に激突しそうになり足を止める。
彼女が、見て、と指さした先を見るとそこには長蛇の列ができていた。チケットを買う時よりもずっと長い。
最後尾に立っている係員が忙しそうに声を張っている。掲げたパネルには、「120分待ち」と記されていた。
彼女が振り返り強く目で何かを訴える。僕はそれに答えた。
「だめだ」
「まだ何も言ってないんだけど」
不服そうな彼女はまだ僕の腕を掴んでいる。
列の方へと引っ張る彼女とは逆に僕が引っ張った。
「あれに乗りたいのー」
可愛げのある妹の幻想が一気に崩れ、わがままな妹に組み直される。
彼女の引っ張る力が徐々に強くなっていく。それに合わせて僕も力を強くした。
「早く成仏したいんだろ。だったらあんな長い時間並ぶわけにはいかない」
「待ち時間もアトラクションの一部だから。それしないと成仏できない」
「だったら向こうの観覧車が待ち時間短いからそっちに行くぞ」
「観覧車は最後って決まってるの」
「誰が決めたんだ」
「……総理大臣?」
子供っぽい解答に若干力が緩む。それを見極めたように彼女がグイッと力強く引っ張った。
「とにかく、ジェットコースターに乗るの。じゃなきゃ成仏できない」
成仏を引き合いに出すのはずるい気もするが、彼女が言うなら仕方ないと渋々頷いた。
それにこのまま言い合っていても彼女が引くことはなかっただろう。
僕たちが最後尾に着く頃にはパネルの表記が、「130分待ち」に変わってしまっていた。
彼女に掴まれていた腕がヒリヒリと痛む。思えば随分長い時間掴まれていた。
歩く時も走る時も、口論の間も彼女が離すことはなかった。失うのが恐かった……いや、考えすぎか。
自惚れるなと自分に言い聞かせ顔を横に振った。
列の進みには波があり、ちょっとずつ進む時もあればその三倍、五倍ほど進む時もある。
彼女は少し疲れてしまったのか、並び初めは口を閉じていた。
列の半分まで進んだ辺りで彼女が、「長い」と文句を言った。
「りんが並ぶって言ったんだろ」
「違う。列がじゃなくて。沈黙が長いの」
そんなことを言われても困る。第一僕は話すのがそこまで得意じゃない。
友達と会っても三人以上だと普通に話せるが、二人となるとどうも話しにくい。
しかし今の状況は息苦しい。長い、と彼女に言われ実際僕もこの沈黙に限界を感じていた。
話題を委任する相手もいないし、ここは僕から切り出すしかないだろう。
「ここには来たことあるのか?」
ずっと俯いていた彼女が顔を上げた。
「あるよ。昔友達と」
「その時も強引に引っ張って並ばせたのか」
「そんなわけないでしょ。まさ君じゃなきゃあんな強く引っ張らない」
こいつ自覚あったのか。
「わかってるなら次はもう少し優しく掴んでくれ」
「考えとく」
話題は煙のようにあっという間に消えてしまった。急いで次の話題を考えるがなかなか思いつかない。
列がまた少し進んだ。
ジェットコースターに乗る人の悲鳴が聞こえる。
列はそのまま進み、僕たちの順番がきた。係員に隣を空けてほしいと率直に頼むとあっさり了承してくれた。
そうして僕は苦手なジェットコースターを精一杯楽しんだ。
「……ごめん」
僕は情けない声を漏らした。絶叫系が苦手だった僕は完全にダウンしてしまい、ベンチに座る。
「そういえば苦手だったね。飲み物買ってこようか?」
僕とは違い、ジェットコースターを純粋に楽しんだ彼女はすっかりご機嫌だ。
「やめろ。自販機が勝手に動いてペットボトルが宙に浮いたなんてなったら大騒ぎだ」
ただでさえ賑やかなのに。遊園地の名物イベントになりかねない。
「あ、そうだった。じゃあ何すればいい?」
「いや、もう大丈夫だ。次行こう」
嘘ではない。まだ少し体が重いが動けないほどでもなかった。
「そう? ならいいんだけど」
彼女は少し心配そうにしたがすぐに歩き始めた。
「じゃあ次はあれにしよう」
彼女が指をさした先には人工的にボロボロにされた建物が建っていた。