実力差
モンスターの名前は、だいたい見た目か特徴からです。
(時間かかるね)
「いつもこれぐらいですよ?」
宿屋の前に置かれた木箱へ腰を下ろしたリュートは、私の呟きに、何でもない事のように答える。実際、いつもの事なんだろう。
地味にイラッとする。
そんな私を気にせず、リュートは膝の上に乗せた私を撫で回してもふもふを堪能し、満足そうだ。
リュートはいつでも出られるよう、準備万端なのに、彼らはなかなか現れない。
「ハルさんのために、ブラシ買いましょうか」
(別にリュートの手櫛で十分気持ち良いけど)
お世辞でもなく、リュートの手は優しくて、今まで撫でてくれた人の中で、一番気持ち良い。
たまにはお腹も撫でてもらおうと、私はリュートの膝の上で仰向けになる。
「ハルさん、ちょっと、慎みが……」
リュートは目のやり場へ困ったように視線を泳がせながらも、私のお腹を撫でてくれる。いい子だ。
私とリュートがじゃれあっていると、やっと待ち人が宿屋から姿を現す。
「おい、いつまでそんな毛玉とじゃれてるんだ。さっさと行くぞ」
「全く、リュートはトロいよねぇ」
「あんまり言い過ぎたら可哀想よ」
ぶん殴っても許されるんじゃないかな、リュート。
最後の女狐はフォローしてるように聞こえるけど、笑顔が完全にサディストだ。
リュートは気にしていないけど。うちの子、心が広いんで。
私は雨上がりの水溜まりぐらいに狭いから、恨みは忘れない。
覚えてろよ、と思いながら、リュートの肩に落ち着いて、昨日行ったばかりの冒険者組合への道を辿る。
歩くのはリュートだけど。
町中でも、リュートは彼らと少し離れて歩いている。行き先はわかってるから、はぐれる心配は少ないだろう。
なんて、思ったのはフラグとかいうやつじゃないから、回収しなくていいんだよ、リュート。
「……あれ? はぐれちゃったみたいです」
本当に、回収しなくていいんだって。
脱力して落ちそうになった私は、悪くない。
私が心の中で立てたフラグを、リュートが見事に回収してくれたので、私達は彼らより少し遅れて、冒険者組合へと着く。
(まだいるよね?)
「たぶん。そんなにすぐには依頼を受けないとは……」
自信無さげに答えながら、リュートは室内を見渡して仲間を探している。
昨日見た顔がチラホラ混じる冒険者達を眺めていると、愛想良く手を振られたので、私は体を揺らして返しておく。何か喜ばれた。
「おー、頭いいんだな」
「ハルって言うんだぜ」
「とんでもなく触り心地がいいらしいぞ」
等々。
好意的な声ばかりなので、愛想良くした甲斐はあったな。と、私が一人で満足感に浸っていると、リュートは仲間を見つけたらしい。
「お前は、どれだけ迷惑をかける気だ!」
早速、ボンボンに怒鳴られる。
「ごめん!」
(申し訳ない)
今回はリュートもちょっと悪いので、私も一緒に謝っておく。伝わらないのは想定済みの自己満足。
「全く、リュートはトロいよねぇ」
「しょうがないよ、リュートだもの」
他の二人からも責められ、リュートはバツが悪そうな表情だ。
「余計な時間を食ったな。さっさと依頼を受けて出かけるぞ」
リュートをいじるのにも飽きたのか、ボンボンは受付カウンターへ向かう。
中にいるのは、昨日私を撫でてくれた二番目のお姉さんだ。相変わらず緩い感じだが、依頼をさばく様は、手慣れている。
お姉さんはカウンターの前へ立ったボンボンを確認し、ニコリと営業スマイルを浮かべた。
「はい、どのようなご用でしょうかぁ?」
うん、ゆる可愛い。男がやるとイラッとするだけで、可愛くはないよね。
……リュートがやれば、可愛いかも。
「依頼を受けてやる」
「はい、ありがとうございますぅ。……え、あ、すみません。大イモムシの討伐ですね、かしこまりました」
あれ? ボンボンが差し出した紙を受け取ったお姉さんは、少し驚いた顔をして、動揺を見せたが、何事も無かったように受付作業を始める。緩さが抜けたけど。
(大イモムシってそんなに強いの?)
「いえ、そんなには強くないです」
私に答えるリュートの声が聞こえたのか、ノーマンからの視線が突き刺さる。
ボンボンが後ろを向いた事で、お姉さんの視線がリュートを見る。何か言いたげだけど。
「あの、ノーマンさんは、リュートさんのパーティーのリーダー、ですよね」
あ、もしかして、レベル低いのがバレてる? 何か、カード的なの受付に出してたし。
「そうだ。まさか、こいつが何か問題起こしたのか? モンスターを町中に連れてきているし」
ボンボンはチッと舌打ちをし、リュートを指差す。行儀悪いな。
お姉さんは、そんなボンボンの態度に軽く目を見張るが、すぐに完璧な営業スマイルで首を振る。
「いえ。ハルさんに関しては、リュートさんのモンスターで安全だと証明されてますし、リュートさん自身は何の問題を起こしてはいらっしゃいません」
「じゃあ、何だ。僕達は依頼を受けたいんだが?」
リュートの正しさを語ってくれたお姉さんに感謝だ。ボンボンのイライラ度は増したようだけど。
「……すみません。リュートさんのパーティーにしては、受けていただいた依頼が、簡単だったもので」
つまりは、お前ら強いクセに雑魚狩りかよ、みたいな感じか。
プライドの高いボンボンは、満更ではなさそうな顔をして、チャラ男と女狐を振り返る。
「どうする? 少しレベルを上げるか?」
ドヤ顔をしているボンボンには悪いけど、ボンボンのレベルなら、たぶん、そのイモムシが正解だと思う。
彼らはリュートの本気と言うか、実力を知らないから、リュートに合わせた依頼なんて、無理だろう。
「そうだね、おねーさんに言われちゃったし」
「確かに、大きいだけのイモムシなんか、あたし達の敵じゃないわ」
チャラ男と女狐も、満更ではなさそうだ。ボンボンの提案を受け入れる。
実状を知らない冒険者達は、口笛で囃し立ててくれたり、さすがだねぇ、とか言ってるが、あまり煽らないで欲しい。
「では、僕達に合った依頼を受けよう」
フンッと鼻で笑って偉そうなボンボンを営業スマイルで流し、お姉さんは一枚の紙をボンボンの前へ差し出す。
「ありがとうございます。これならいかがでしょう。リュートさんのパーティーなら、問題ないと」
ボンボンは余裕綽々な態度で紙を受け取り、一瞥すらくれずに、その紙を持って颯爽と歩き出す。
「あぁ、そうだ。足手まといなリュートは、イモムシと、適当な採集依頼でも受けて、小金を稼ぎながらついて来い」
自分の食いぶちぐらい稼いでもらわないとな、と嫌味ったらしく付け加えるのも忘れないボンボン。ある意味尊敬する。
「依頼の達成報告の時に、お仲間さんにも、ランクアップの手続きしてもらわないといけませんね。今の依頼は、組合長からの推薦なんですよぉ。これを達成すれば、ポイントも足りるだろうって」
そっか。バレたかと思ったけど、もしかして、あのカードじゃ、レベルとかわからないのか?
お姉さんのニコニコとした笑顔に嘘は無さそうだけど、エヴァン推薦の依頼って、嫌な予感しかしない。
「はい! お気遣いありがとうございます!」
ボンボンが弱い。素直でいい子なリュートが、そんな可能性を考えつく訳もなく、お姉さんに元気良く返事をした後、選んでもらった適当な採集依頼の紙を持って駆け出す。
すっかりリュートは顔を覚えられたみたいで、あちこちから、冒険者達の野太い応援が飛んで来る。
(良かったね、リュート)
「ハルさんのおかげです」
嬉しそうに笑って応援へ手を振り返しながら、リュートは小声で私へ話しかけ、先へ行った筈の仲間を追って外へと出る。
「……さっさと来い!」
少し離れた先でボンボンが呼んでる。
リュートは私へ依頼の紙を預けると、人混みを器用に進んで、仲間へと追いつく。
「ごめん、お待たせ」
「ふん、行くぞ」
それだけ言うと、ボンボンは町の外へと続く門へと向かう。
そこには、昨日と違う門番が立っていて、出入りする人間をチェックしている。
リュートを最後尾にして、先にそれぞれカードを見せて通過する仲間達。気のせいか、ニヤニヤしている?
私が彼らの反応を訝しんでいる間にも、リュートは礼儀正しく門番へ挨拶して通り抜けようとするが……。
「あの……」
おずおずと門番から呼び止められるリュート。
先に通り過ぎた彼らは、嫌な感じの笑顔でリュートを見ている。
あー、だからか。リュートが、また捕まるだろうと思ってた訳ね。
だけど、残念。そう上手くはいかないよ。
「そちらが、エヴァンさんから話があった、ハルさんでしょうか?」
「はい。俺はリュートです」
明らかに好意的な反応をする門番に、カードを見せながら、笑顔で返すリュート。
逆に、ニヤニヤしていた彼らは、物足りなさそうだ。
「その……、ハルさんを触らせてもらっても良いですか?」
「どうします、ハルさん」
(いいよ)
エヴァンが何か言ったのかもしれない。門番の人、ずっと手がうずうずしてたし。
「いいそうです、どうぞ」
「では、失礼して」
リュートの許可を得た門番は、私を驚かさないように気を使ってくれたのか、ゆっくりと手を近づけてきて、そっと触れてくる。
優し過ぎて、擽ったいぐらいだ。
「本当に素晴らしい触り心地ですね。ありがとうございました」
しばらく私のもふもふを堪能した後、門番は丁寧なお礼を言ってくれる。
「いえ。こちらこそ、ハルさんを誉めてくださって、ありがとうございます」
こちらも、丁寧なお礼を言ったリュートは、門番と挨拶を交わしてから、少し離れてしまった仲間を探している。
幸いにも、すぐ見つかった。と言うか、何か少し先で足を止めてる。
(リュートを待ってるって感じじゃないよね)
「えぇ、何か問題があったんでしょうか?」
動く気配のない仲間に、リュートは首を捻って近寄り、尋ねる。
「何かあったのか?」
リュートが声をかけると、ボンボンからは何故か憎々しげな視線が返ってくる。
何で?
私とリュートが揃って首を傾げると、ボンボンは舌打ちし、暗い表情で森へと歩き出す。
チャラ男と女狐も、ボンボンへ続く。
耳を澄ませていると、珍しく言い争う声が聞こえてくる。
「どうすんの〜、こんな難度の高い依頼」
「ノーマンが何とかするわよね、あなたが受けたんだから」
「まさか、リュートに合わせた依頼がこんな高難度の訳がない! あの頭の軽そうな女が間違えたんだろ」
お姉さんは緩いけど、仕事はしっかりしてるって。それは、ちゃんとリュートの実力に見合った依頼だろう。
それに、万が一間違いだとしても、ボンボンは受けてしまったんだから、断ったりは出来ないよね。プライド高いから。
リュートの肩で揺られながら、私は内心でのんびりと突っ込む。
リュートに大イモムシの位置を教えながら。
「だとしても、今さら断ったりしたら、とんだ恥さらしじゃないか!」
ほら、予想通り。
「ハルさん、イモムシ狩れました!」
前を行く三人の不審な態度に気付かないリュートは、飼い主に獲物を見せる猫のように、私に毒々しい緑色をした巨大な芋虫を見せてくる。
(デカイね)
それぐらいしか思い付かなかった。名前通りの見た目だったから。
「はい! あと四匹ですね」
キラキラとした笑顔で頷いたリュートは、次の獲物を探そうと辺りを見回している。
そんなリュートを見て、向こうで揉めていた彼らが、嫌な感じの笑顔を再び浮かべるのを、私は見逃さない。
嫌な予感がする。
出来れば外れて欲しいけれど、嫌な予感ほど良く当たるものだ。
「おい! この依頼は、お前に合わせたものなんだ! 仕方がないから、お前にやらせてやる。その代わり、失敗しても、僕達は関係無いからな」
――ほらね。嫌な予感って、良く当たる。
キャタピラーにしようか悩みました。