色々食べてみた。
主人公は何を食べられるか?回
「おはようございます、ハルさん!」
今日はリュートの方が早起きだったらしく、私は外から聞こえたリュートの元気の良い声で目を覚ます。
(……おはよう、リュート)
挨拶をしながら、私は体を縮めていき、藁の山の中を抜け出す。
完全に出た所で、私はブルブルと体を震わせて、もふもふに引っ掛かった藁を振り落とす。
(藁、ついてる?)
全身を確認出来ない私は、くるりとその場で回って見せる。
「大丈夫ですよ」
小さく笑ったリュートからは、否定する言葉と共に腕が伸びてきて、ひょいと抱え上げられる。
(あれ? 髪濡れてない?)
定位置の肩に落ち着いた私は、リュートの赤銅色の髪が濡れている事に気付く。
「井戸で水浴びして来ました。ハルさんに臭いって言われたら嫌ですから」
そういえば、リュートの服替わっている。って、この肌寒い中で水浴び?
(風邪引いたらどうするの?)
「大丈夫ですよ」
さっきと同じ台詞だけど、重みが違う。私は、毛先からポタポタと水を垂らすリュートを見ながら、ため息を洩らす。
(せめて、タオルで水分を……)
そう言いながら、私は良い考えを思いつく。思い出すのは、昨日鑑定した自分のスキルだ。
(リュート、じっとしててね)
周囲に人気がない事を確認してから、私はリュートの頭へボフッと被さる。
たぶん、今誰かに見られたら、リュートは白いアフロに見えるだろう。
「ハルさん?」
(もうちょっとかな)
リュートは訝しげに私を呼びながらも、落ちないように手で支えてくれている。
(もう良いみたいだね)
すっかり慣れ親しんだ体を駆使し、私は身軽にリュートの頭から飛び降りて、着地を決める。
「何が……て、え? 乾いてる?」
(成功だね。リュートの髪の水気だけ吸い取ったの)
「うわぁ、ハルさんのもふもふは、本当に色々出来るんですね!」
正直、引かれるんじゃないかと思ったけど、リュートはキラキラとした眼差しで私を見下ろしている。
臆面もなく誉められ、照れ臭くなった私は、意味なくもふもふの毛並みを揺らす。と、リュートにひょいっと抱き上げられる。
「朝ごはんに行きましょう。おかみさんには、ハルさんの事を説明してありますから」
エヴァンさんの名前を出したら一発でした、と嬉しそうに笑いながら、リュートは私を抱いて、宿屋の中へと入っていく。
モンスターな私を抱いたリュートの姿に、早めの朝食を食べていた数人の先客がざわめく。
「おう、リュート、今から飯か」
「ハルも元気そうだな」
「今日は何を狩りに行くんだ?」
良い意味でだけど。
ダンジョンが近くにあるから、このノクの町には冒険者が多いらしい。
今、リュートへ声をかけて来てるのは冒険者達で、彼らが友好的なおかげで他の一般の客も友好的だ。
昨日、冒険者組合にいなかった冒険者もいるみたいだけど、噂話として伝わっているのかもしれない。
私がそんな事を考えている間にも、リュートは人懐こい笑顔で、声をかけて来た冒険者達へ応えている。
「おや、おはよう、早いじゃないか。良く眠れなかったのかい?」
「おはようございます。良く眠り過ぎて、早くに目が覚めただけです」
心配そうに声をかけて来たおかみさんに笑顔で首を振ったリュートは、一番端の目立たないテーブルへ陣取り、椅子の上へ私を置く。
「朝ごはん、お願い出来ますか?」
「はいよ! 二人分かい?」
おかみさんからの質問に、注文をしたリュートは、椅子の上の私をジッと見つめてくる。無言のプレッシャーがヤバい。
(……パンだけもらうよ)
リュートの子犬を思わせる眼差しに負けた私は、苦笑混じりで、そう伝える。食べられるか、実験も兼ねる事にしよう。
「はい! パンだけ二人分お願いします!」
私の答えに、リュートは元気良く注文し、食堂内は微笑ましげな空気に包まれる。
しばらくして運ばれてきたのは、パンに目玉焼きとスープというシンプルながらも、美味しそうな朝食だ。
ちゃんと、焼き立ての丸パンは二人分ある。
「ハルさん、食べましょう?」
(うん、いただきます)
「いただきます!」
私とリュートは、揃って挨拶をし、和気藹々と食事を始める。
ま、私の挨拶は、リュートにしか聞こえないけど。
「ハルさん、あーん」
一瞬、思考を反らしていたら、私の目の前には、丸パンが接近していた。
犯人は、もちろんリュートだ。
自分の分を食べ進めていたが、私が食べていない事に気づいたんだろう。
(ありがとう)
苦笑を滲ませながら、私はリュートが差し出してくれた丸パンへ、もふもふの毛並みでそっと触れる。
あったかくて、美味しそう。
収納する時のように、私は丸パンを毛の中へと取り込む。
「美味しい、ですか?」
見た目からは、私が食べているか判断出来なかったらしく、リュートは不安そうだ。
実際、食べるというか、これは吸収だからね。でも、きちんと味はわかるのか。
(ん、美味しいよ)
私が笑い声混じりで伝えると、リュートはパッとお日様のような笑顔になる。
「これも食べてください!」
嬉しそうなリュートは、そう言うと、フォークに突き刺したソーセージを私のもふもふした毛へ触れさせる。
ここで無理矢理、毛に突っ込んでこない辺り、リュートはいい子だと思う。
(リュートが食べればいいのに……)
私の言葉は聞こえている筈だが、リュートはニコニコと笑うだけで、引く気配はない。
(わかったよ。ありがたく、いただきます)
周囲の微笑ましげな空気にも負け、私はリュートの差し出したソーセージを、毛の中へと取り込み、吸収してみた。
(うん、肉も美味しい……けど、ん?)
何か肉の味の他に、味わった事のない味が広がり、私は内心首を捻る。別に不味い訳ではないので、異世界のスパイスかな、と一人納得して……。
「……あれ? フォーク、何処にやりましたっけ?」
おけなかった。どうやら、フォークまで吸収してしまったらしい。そりゃ、味わった事はないだろう。フォークを食べるようなバイオレンスな生活はしてない。
きょとんとするリュートに、私は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。まだ制御が難しい。
(ごめん、フォークまで食べたみたい)
引かれるかな、と思いつつも、フォークを探すリュートを見ていられず、私は毛並みを萎ませながら謝罪する。
「そうなんですか? やっぱり、ハルさん、お腹空いていたのに、我慢してたんですね」
返ってきたのは想定外過ぎる反応で、パッと表情を輝かせたリュートは、私を膝の上へ抱き上げると、次々と食べ物を押しつけてくる。
「どんどん食べてください!」
雛鳥へ餌を運ぶ親鳥のように、リュートが押しつけてくる食べ物を、私は必死に吸収していく。うん、皿は入れないで、つい食べちゃうから。
冒険者達も面白がって参加しないで。参加するならリュートにも食べさせて。
私は内心で突っ込みながら、吸収を繰り返していくが。
(……さすがに、もういらないかな。おかみさんが、鍋突っ込もうとしてるし)
おかみさんが鍋を持ち出したのが見え、私はふるふると体を左右へ揺らし、リュート以外にも拒否の姿勢を伝える。
「良かった、ハルさんお腹いっぱいになったみたいです! ありがとうございます!」
(ごちそうさま)
手放しで喜ぶリュートを横目に、私は食後の挨拶をする。いい子なリュートは、食べ物を分けてくれた皆さんに、元気良くお礼を言って頭を下げている。
しかし、まさか、無機物まで美味しくいただけるとは、思わなかったけど、これでリュートと一緒にご飯を食べてあげられる。
この事は、私的に、結構な収穫だ。
色々な意味で満足感から吐息を洩らしていると、冒険者達もおかみさんは、何処か達成感に満ちた表情で、私とリュートの頭を一撫でして離れていく。
リュートも、さすがに突っ込めなかった具だくさんスープを食べて、朝食を終了させたようだ。
「ごちそうさまでした!」
笑顔のリュートが挨拶をすると、食堂のあちこちで笑顔の輪が広がる。
素直で可愛いは正義かもしれない。
私が親バカ気分で、リュートの腕に抱かれていると、嫌な声が私の鋭敏な耳(?)に聞こえてくる。
そう言えば、私はまだ自分の姿を見た事がないから、今度、リュートへ頼んで鏡を見せてもらおう。
やっぱり、アンゴラウサギ系かな? それとも、マリモ系?
「おい、こんな所で何してやがる?」
「リュートのクセに、優雅に朝ごはん?」
「まさか、ノーマンに奢ってもらうつもりなの?」
私は現実逃避してみたけど、嫌な声ほど良く聞こえてしまう。
「おはよう、ノーマン、ジュノ、エメラ。みんなはこれから朝ごはん? 俺達はもう終わったから、外で待ってるよ。代金は自分の分は支払ったから、心配しないで」
嫌味しか言ってこない仲間へ、リュートは律儀に挨拶をしてから、宣言通り、外へと向かう。ちゃんと、他のお客さんに騒がしくした事を謝りながら。
私は、無言で彼らを睨みながら、もっふもふと毛並みを揺らして、リュートの腕に抱かれていく。
「お前が金を持ってる? まさか、盗んだんじゃないだろうな?」
「うわぁ、最悪〜」
「いくら、お腹が空いたからって駄目だわ」
外へ向かうリュートの背にかけられるのは、一欠片の信頼もない台詞。
「兄ちゃん達、冗談が過ぎるぜ?」
「そうそう、リュートはちゃんと自分で稼いだんだぞ?」
「冒険者らしく、一狩りしてな」
彼らの言葉をタチの悪い冗談だと思ったらしく、冒険者達はガハハと品無く豪快に笑い飛ばしている。
おかみさんは、昨日の出来事から知っているので、ケンカでもしたと思っているのか、仕方ない子達ね、といった表情で笑っている。
彼らの言葉を真に受ける者は、一人もおらず、私はリュートの腕の中で密かに嘲笑う。
(見たか。うちのリュートは、素直でいい子だからね)
「ハルさん……」
思わず力が入り過ぎて、リュートに駄々漏れたらしい。照れた顔が可愛い。
可愛いも正義だよね。
背後で睨んでいる彼らには、可愛いげの欠片もないし。
いつまで、彼らはリュートを下に見ていられるんだろう。
もう下なのは、唯一追い越せない年齢ぐらいなのに。
「おい、僕達が食べ終わったら、依頼を受けに行くぞ!」
私の思いも知らずに、偉そうな振る舞いをするノーマンに、リュートは嬉しそうな表情で頷き、私を抱いて宿屋の外へと出る。
「今日はどんな依頼がありますかね」
リュートが嬉しそうに笑うから、私は一先ず彼らへの嫌悪をもふもふで覆い隠し、笑い返す。
(良いのがなければ、狩りにでも行けばいいよ)
「そうですね」
ふふ、と笑ったリュートは、私を肩へ移動させると、荷物を取りに厩舎へと走り出す。
最悪、奴らを狩っても許されないかな。
無邪気なリュートの横顔を見つめ、真っ黒な事を考えながら、私はリュートの肩で揺られていた。
――リュートが笑っている間は、冗談で済ませてあげられるから。
正解は何でも食べられます。