仲間って……(怒)
うん、もうすでに仲間をヤりたくなってます。
「え? 満室、ですか?」
私を肩に乗せ、リュートは宿屋のおかみさんの言葉を、呆然と繰り返す。
「そうなのよ、ごめんなさい。今日は、思いの外、お客様が多くて」
申し訳なさそうに告げるおかみさんは、ふくよかな体型の肝っ玉母さん系で、言葉に嘘は無さそうだ。実際、食堂を兼ねている一に階は、かなりの人数がいる。
(仲間がいるって言ってみたら?)
「はい。あの、連れが先に入っている筈なんですが……」
私の助け船に、リュートはおずおずと、こちらも申し訳なさそうに告げる。
「あら、そうなの? お名前は?」
リュートの言葉を聞いたおかみさんは、ホッとした表情を隠さず、宿帳を捲り始める。
「ノーマンです」
「はいはい、ちょっと待ってね。……良かったわ、あったわよ。あなたより少し上ぐらいの子達だね」
「はい、そうです。すみませんが、部屋を教えていただけますか?」
「ええ」
こんなやり取りがあれば、普通なら仲間と合流し、相部屋にさせてもらえると思うだろう。
しかし、リュートが教えてもらった部屋に行くと……。
「はーい、って、リュートかよ。遅かったね〜、相変わらずトロいね」
部屋から出て来たのは、ヘラヘラと笑っているチャラ男。
廊下に立つリュートを認めた瞬間、チャラ男は嫌そうに顔を歪める。
「……ごめん」
「で、何か用? 今日は、お前を探して疲れたから、休みたいんだけど?」
「部屋が満室で、相部屋させてもらえないか?」
「無理。だって、ベッド二つしか無いんだよ?」
丁寧に頼んだリュートを、ヘラッと笑ったチャラ男は迷う素振りも見せず、バッサリと切り捨てる。
「俺は、ソファでもいいから、頼む」
頭を下げて食い下がるリュートを見て、チャラ男が嫌な感じに笑うのを、私は必死に黙って見ている。
「えー、嫌」
「じゃあ、床でも……」
さらにリュートが食い下がると、部屋の奥からボンボンが現れた。
「うるさい。お前みたいな穀潰しが、僕達と同じ部屋に泊まれると思うな。お前は、その辺で寝ていればいいだろ、その毛玉と」
リュートへ言い返す間を与えず、一方的に喚き散らしたボンボンによって、無情にも私達の目の前で部屋の扉は閉じられる。
「……すみません」
(リュートが謝る事じゃないよ)
「廊下で寝てたら迷惑ですよね」
(おかみさんに、相談してみようか。物置でもいいから置いてくださいって)
「そうですね」
肩を落としたリュートを慰めようと、私はもふもふした自らの体をリュートの頬へ寄せる。
自慢の毛並みは、リュートの気分を浮上させてくれたのか、リュートは小さく笑い、元来た道を戻っていく。
「おや、どうしたんだい?」
戻ってきた私達に、おかみさんは優しく声をかけてくれる。
「いえ、あの、物置でもいいので、泊まらせてもらえませんか?」
「物置かい? そういう訳には……そうだ、今日は馬を連れたお客様はいないから、厩舎が空いてるんだよ。少し寒いかもしれないけど、藁に潜れば外よりは暖かいはずだよ」
「はい! それで十分です。厩舎を使わせてください」
(リュート、厨房借りられるかも訊いて。肉焼こう)
「……それと、あの、図々しいお願いですが、厨房を少しお借りしてもいいですか? 肉を焼きたいので」
「もちろん、構わないよ。食堂が混む時間は駄目だけど、それで大丈夫かい?」
「はい、ありがとうございます」
ニコッと人懐こい笑顔を浮かべて返事をしたリュートは、おかみさんに向けて、ペコリと頭を下げる。
私もリュートの肩の上で、一緒になって頭を下げておいた。
夕食後、食堂に人影も疎らになった頃、私達は厨房を借りて、遅めの夕飯を作る。
当たり前というのもおかしいが、リュートの仲間達は、夕食へ誘いに来る事はなかった。
出来上がった料理を抱え、私達は厩舎へ移動して、ランプの明かりの中で皿を囲む。
(いつも一人なの?)
「みんなが食べた後、その日の働きによって、食べ物がもらえるので、一人で食べる事が多いですね」
美味しそうに焼けた肉へかぶりつき、リュートは幸せそうに笑いながら答える。
(どうしたの?)
リュートの扱いに、内心でイラッとしていた私は、リュートの表情を見て、頭を傾げる。
「こんな美味しいご飯を食べられるのもありますが、ハルさんと一緒に食べられるのが嬉しくて」
ふふ、と心底幸せそうに笑うリュートに、私は抱いた怒りが萎んでいくのを感じる。
(うん、私も嬉しいよ)
リュートが笑ってくれて。
「パンも美味しいですよ?」
(良かったね)
「ハルさんも、食べませんか?」
(大丈夫。リュートが食べて)
リュートが差し出してくれたパンを前に、私はゆっくりと体を左右に振る。
「……じゃあ、取っておくので、お腹が空いたら言ってくださいね」
少しだけ困った顔をしたリュートは、そう言いながらパンを入っていた紙袋へ戻す。
このパンは、リュートを気に入った宿屋のおかみさんが、夕飯にしな、とくれたものだ。
「久しぶりにお腹いっぱいです」
満足そうにお腹を擦ったリュートは、バフッと勢い良く積まれた藁へと仰向けに倒れ込む。
(そっか。明日はどうするの?)
私はゆっくりと移動して、仰向けに倒れたリュートの顔を覗き込んで尋ねる。
「……予定はノーマンが決めるんで」
(未定って事か)
「そうですね」
コクリと頷いたリュートが、小さく身震いしたのを、私は見逃さなかった。
(寒い?)
「……正直、少し寒いです」
私の毛並みに入れてあげれば、寒さは凌げるだろうけど、目立ち過ぎる。万が一の可能性を考えれば、リスクが高い。
私が悩んでいると、リュートは私を抱き上げて、藁へと潜ろうとする。
「藁へ潜れば、少しは暖かいかもしれません」
藁へ潜る?
そうだ、と思いついた考えに、私はリュートの腕から飛び降り、藁の中へと突っ込んでいく。そのまま、多少のチクチクは気にせず、泳ぐように藁の中を進む。
「ハルさん?」
(外から見える?)
「大丈夫ですけど……」
(じゃあ、ちょっと待ってね)
困惑を隠せないリュートの声を聞きながら、私は藁の中でゆっくりと体のサイズを変えていく。
これで、外からは藁の山が膨らんだようにしか見えないだろう。多少見えても、丸見えよりはマシだ。と言うか、私がリュートの寒そうな姿を見ていられない。
(ほら、リュート。寝るよ? 入って)
「ハルさん……」
外が見えないので、私は声だけでリュートを誘う。
しばらくすると、藁が掻き分けられる気配がし、人の温もりが毛並みへ入ってくるのを感じる。
「ハルさん、暖かいです」
(そう、良かった。今日は、色々あって疲れたよね。ゆっくり休もう)
「はい」
リュートを包むように、ふわふわの毛並みをざわつかせ、私はリュートが眠るのを待つ。
寝付きの良いリュートは、数分もしない内に、健やかな寝息を立て始める。
さて、リュートが寝てる間に、もう少し自分探しをしよう。
冒険者組合の組合長ですら、私――ケダマモドキを知らなかったという事は、鑑定通り、私はかなりのレアモンスターらしい。
そんな事を考えながら、私はもう一度ゆっくりと自らを鑑定していく。
『鑑定結果
種族 ケダマモドキ(雌)
名前 ハル
レベル 10』
お、リュートがつけてくれた名前が、出た。これで、私は完全にハルだ。レベルも上がってる。
まずは、私の特殊スキルから。
『鑑定……これ』
そうか……って、やっぱり、私の鑑定って何か違うんじゃ、と力なく思う。
『最強もふもふ……触り心地の良さと、防御力の高さには定評あり』
そう、定評あるんだ。って、誰にだよ。思わず突っ込んだ私は悪くない。
『サイズ変更……体のサイズを大小変えられる』
これは、普通だ。一番お世話になってるし。読める最後は、
『接吸収……毛に触れたモノから、色々と吸収出来る』
ざっくり過ぎる。まぁ、これで食べなくても平気な訳は何となく、理解出来た。
空気中とかから、色々吸収してるんだろう、私。
リュートから、吸い取ってはいないよね?
と、不安を感じながらウィンドウを見つめていると、追加情報が浮かぶ。
『無意識な制御が出来るため、好きな相手からは吸う事はない』
そうか、良かった。
食べる必要はないみたいだけど、食べられるのかな?
『毛の中に収納した物を、吸収する事は可能』
怖いよ。ガクブルだよ、それ。生き物とか吸収出来ちゃうの? 私。
しようと思えば、リュートを吸収……したくないな。食べちゃいたいぐらい、とは好きの表現であるけど、いくら好きでも食べたくはない。ん? 追加事項がある?
『生物から吸収出来るが、生物を吸収は出来ない』
矛盾……してないのか、これは。つまりは、血とか生気的なモノは吸えても、生きているモノを吸収は出来ないって意味かな、たぶん。
試してみたくても、私はリュート以外を入れたくないし、リュートがいなくなったら、私はまた一人ぼっちになってしまう。それは嫌だ。
「はる、さん……」
葛藤してると、毛の中にいるリュートに呼ばれる。
そっと探るが、寝言らしい。むにゃむにゃと何かを呟き、幸せそうな寝顔をしてる。
私とご飯を食べる夢でも見てるのかも知れない。
気分がほっこりした私は、接吸収の詳細を知るのは諦めて、自分の鑑定を続ける。
ここからは、最初読めなかった部分だけど……。
『放出……もふもふで受けたモノ、触れて吸収したモノを任意で放出。体内に吸収した場合は出来ない』
少しだけ読めるようになっていた。私は、そこじっくり眺める。
これなら、上手く使えば、攻撃出来るんじゃないかと。
最近出来たムカつく奴らに、物をぶつける想像をしながら、ほくそ笑む私。恨みは十倍にして返すからね、いつか。
放出の下には、まだ異世界文字で読めない部分がある。
レベルが関係してるのかもしれない。危険なスキルじゃないと良いけど。
スキルといえば、リュートも新しいスキルが付いてた気が……。
『鑑定結果
種族 人間(男)
名前 リュート
職業 初級冒険者
素直ないい子。
特殊スキル 素直』
素直って、特殊スキルに分類されるの? 他の人、剣術とか、体術とかだったけど。
これも、リュートだからか。
効果は?
『素直……疑わず進み、成長促進』
あ、最近のレベルアップの早さは、これのおかげもあるのか。地味に良い仕事してるかも。
リュートも、素直の下に読めない部分があるから、まだ目覚めてないスキルとかあるのか……。私のレベルが低いから読めない可能性もある。
悩んでいると、不意に耐え難い眠気が襲ってくる。
鑑定を使い過ぎたのかもしれない。
私はもう一度、リュートを位置を確認してから、スイッチを切るように深い眠りの淵へ落ちていった。
吸収は、かなり緩い設定です。
一言しか喋ってない神様が緩いですから。