ハルさん危機一髪。
大した危機ではないですが、少々痛いです。
「おー、兄ちゃん、すげぇな、その年でもう初級かよ!」
「一人で毒ムカデ狩るなんて、やるじゃねぇか!」
「ソロなら、俺達の仲間に入らないか?」
はい、ただ今、リュートは冒険者達の祝福の嵐と勧誘にあってます。
特に意味はないが、実況じみた事を脳内で洩らしながら、私は振り落とされないように、リュートの肩へしがみついている。
気の良い冒険者達ばっかりだったようで、このガキが初級?的な絡みはなく、逆に親しげな態度で、バンバンと背中を叩いてくるのだ。
おかげで私は振り落とされないように、必死になっている。
「ありがとうございます! ハルさん、大丈夫ですか?」
(何とかね。次は肉の処理を頼むんだよね)
お礼は元気良く、私への声掛けは小声で。器用だな、と思いつつ、私は頷いて返す。
「はい。……すみません、肉の解体をお願いしたいんですが」
通してくれ的な意味でリュートは言ったんだろうが、冒険者達はおう、と胸を叩いて、
「こっちだ、こっち」
と、中の一人が案内までしてくれる。
顔に大きな斬り傷がある20代後半の冒険者だ。焦げ茶色の短髪をした、ワイルドなイケメン。好みではないけど。札の色は……見えない。ざっと鑑定した時には、この人は見なかったな。
「はい。ありがとうございます」
礼儀正しくお礼を口にしたリュートは、案内してくれた冒険者についていき、奥の扉の奥へ入っていく。
私はリュートの肩の上から、先を歩く冒険者を鑑定した。少し、気になったから。
『鑑定結果
名前 エヴァン
職業 上級冒険者
レベル 38
ノクの冒険者組合の組合長でありながら、現役の冒険者。男気溢れる性格。兄貴』
(え!?)
鑑定結果に身構えた瞬間、部屋の扉が閉まり、私は振り返ろうとする。
それより速く、伸びてきた手がガッと私を掴んで、リュートから引き離される。
「ハルさんっ!?」
(リュート!)
リュートの驚いた声を聞き、ワタワタと身動ぎをして、必死に逃れようとするが、私の毛並みを鷲掴みにした手は離れない。
(痛い痛い……っ)
遠慮なく毛を引っ張られる、耐え難い痛みに思わず叫ぶ。
「ハルさんを離せ!」
「へぇ、モンスターに名前をつけてるのか」
「いいから、ハルさんを離せ! ハルさんは何もしてないだろ!」
リュートが年上相手に怒鳴るのが、痛みで朦朧としている私にも聞こえる。
リュートは私を助けようと、私を掴んだ相手――エヴァンへ飛び掛かり、避けられたようだ。
しばらく、子猫をからかうように、私でリュートと遊んでから、エヴァンは私をテーブルの上へと置いた。
「確かに、モンスターのようだな」
観察するようにじろじろと見られ、不愉快だが、痛みで動く気にならない。
「っ、ハルさん!」
(リュート……だいじょうぶ?)
息も切れ切れなリュートが、泣きそうな顔で、私の置かれたテーブルへすがり付く。
「俺は平気です! ハルさん、怪我は?」
(平気平気、禿げるかと思ったけどね)
リュートは大丈夫そうなので、一安心。それより、エヴァンの視線が痛いから、そろそろ反応してあげて欲しい。
「あー、リュート、乱暴な事をして悪かった。本当に、そこのモンスターが……」
「ハル、です」
「あ? なんだって?」
「モンスターじゃありません。ハルさんには、ハルって名前があるんですから!」
リュートの勢いに、エヴァンは数秒固まってから、ゲラゲラと笑い出した。
「そうか、そうか、悪かったな。モンスターを連れた冒険者が町へ入ったって、門番から連絡があってな。一応、組合長って立場として、確認したかったんだよ。そのハルとかいう白い毛玉が無害かどうか」
「……組合長?」
エヴァンの発言に、リュートは驚いて固まっている。
そうか、リュートは知る訳ないか。私は鑑定で見たから知ってたけど。
「自己紹介がまだだったな。俺は、このノクの町の冒険者組合の組合長をしてる、エヴァンだ。現役の冒険者でもあるぜ?」
ニヤリと笑ったエヴァンは、そう言って胸元からペンダントを引きずり出す。
出て来た札の色は、金だ。木→銅→銀→金なのか。
「上級冒険者?」
「ま、一応な。たまに、ダンジョンにも潜ってるぜ?」
「……先ほどは、すみませんでした。ハルさんを助けないと、と思って夢中で」
目上で年上、しかも上級冒険者。
リュートはすぐに失礼だったと気付き、シュンとした表情で謝罪し、深々と頭を下げる。
「だから、俺が悪かったんだ、気にするな。あー、その、ハルだったかの安全性は、俺が確認したって事で、カードへ記させとく。これで、門やダンジョンの入口で止められる事はなくなる筈だ」
エヴァンは深々と頭を下げるリュートに、バツが悪そうな顔をすると、乱雑に焦げ茶色の髪を掻き乱して、そう説明する。
「いいんですか!? ありがとうございます!」
エヴァンの説明を聞いたリュートは、パッと顔を輝かせると、テーブルの上でへたっていた私を抱き上げる。
「良かったですね、ハルさん」
「……喜んでるところ悪いが、そいつは何てモンスターだ?」
喜んでいるリュートを見て苦笑を浮かべたエヴァンは、リュートの腕の中にいる私と目線を合わせて尋ねる。
「ハルさんは、ケダマモドキですけど」
(そうだよ、私はケダマモドキ)
聞こえないだろうけど、ついでに私も答えておく。
「初めて聞く名前だな。強いのか?」
(強くはないよね)
私がポツリと呟くと、そんな事ないと言いたいのか、リュートの手が優しく私の毛並みを撫でる。
「防御力特化みたいです。あとは、とても触り心地が良いです」
(至上最高の触り心地ですから)
自慢げなリュートに、私もこっそり乗っかっておく。実際、自慢ですから。
「……触っても平気か? さっき、乱暴な扱いしたから、嫌われたよな」
おぅ、ギャップ萌え狙いですか? あの乱暴強気キャラが、急に、へにゃ、と困り顔をするとは。
ただただ責任感に溢れる人なんだろう。
わざと、私を怒らせるような事をして、安全かを確認するぐらいに。
「あの、どうしますか、ハルさん」
(私は別にいいよ。悪気はなかったみたいだし)
「ハルさんがいいなら……」
リュートは少しだけ不服そうだが、私が了承すると、抱えた私をエヴァンへと差し出す。
「いいのか? いやぁ、掴んだ時、手触りが良くて、撫で回したかったんだよな」
「絶対に、乱暴な事はしないでください」
「あぁ、わかった。……噛んだりはしないよな?」
エヴァンは若干の緊張を滲ませて頷き、私へと手を伸ばした所で、ふと思い付いたように尋ねてくる。
(噛まないから)
「ハルさんは、そんな事しません!」
私の内心を、ムッと表情のリュートが代弁してくれる。
「悪い悪い、冗談だ」
リュートをからかっただけらしく、エヴァンは軽い口調で謝りながら、私をひょいっと抱き上げる。
「うぉ、本当に触り心地がいいな。ミンクオオカミにも負けない……いや、完全に勝ってるな」
(リュート、ミンクオオカミって?)
「ミンクオオカミは、とても強くて、とても触り心地が良い美しい銀の毛皮を持つ、四つ足のモンスターです」
(へぇ)
夢中で撫で回してくるエヴァンの大きな手に捏ね繰り回されながら、私はリュートの丁寧な説明に相槌を打つ。
だが、リュートの説明を、聞いていたのは私だけではなかった。
「教科書みたいな丁寧な説明だけど、誰に言ったのかしら?」
「え? あの……ハルさんに」
背後から声をかけられ、リュートは驚いた様子で振り返り、反射的に相手を確認せず答えている。
「ハルさん? あぁ、組合長が捏ね回している毛玉みたいな子の事ね」
「えー、あれ、可愛い!」
「……触りたい」
リュートの答えに、ワイワイと可愛らしく騒ぐのは、受付カウンターの中にいたお姉さん達だ。
「次、触っても良いかしら」
「ズルい、あたしも!」
「……触りたい」
ん? 三番目のお姉さんは、触りたいとしか言ってないな。
リュートが返答に困って、助けを乞うような眼差しで見て来るので、私はエヴァンの腕の中から助け船を出した。
(私はいいよ)
「……触ってもいいそうです」
リュートの許可を得た受付のお姉さん達は、私を抱いたエヴァンの前へ笑顔で並んでいる。
「どうした?」
「私達も、その子触らせてもらう事になったの」
「組合長ばっかりズルいです!」
「……触りたい」
お姉さん達の勢いに、エヴァンは苦笑して、名残惜しそうに私を最初のお姉さんへ渡す。
「見た目より、さらにもふもふで、気持ち良いわね。こんな毛皮欲しいわ」
(おー、女の人は、やっぱり柔らかくていい匂いがするね)
最初のお姉さんは、豊かな胸の持ち主なので、胸へ抱き締められると、なかなか気持ち良い。一応、私は女だし、セクハラじゃないよね。
そんな事を考えていると、視界の端で、唯一私の言葉がわかるリュートが、落ち込んでいるのが見える。
訝しんで様子を窺っていると、リュートは自分の匂いを嗅いだり、胸を見下ろしたりして、シュンとした顔をしている。
何となく察した私は、後でフォローする事にして、撫で回してくるお姉さん達に集中する。
最初のお姉さんは豊かな胸でギュッと抱き締めて来たが、二番目のお姉さんは、私を持ち上げ、しばらくキラキラした目で眺めた後で、すりすりと頬擦りされた。
「もふもふです。埋まりたいなぁ」
お姉さんの言葉が聞こえたのか、リュートはブンブンと首を横に振っている。
心配しなくても、今のところリュートしか埋もれさせる気はないから。
「……気持ち良い」
三番目のお姉さんは、それだけ言って、その後は無言で私の全身を撫で回す。
解放された時には、私はグッタリしていた。色んな意味で。
(最後のお姉さん、テクニシャンだった……)
「お、俺も、頑張りますから!」
グッタリした私は、リュートに突っ込みを入れる元気もない。
「それで、お前ら、何しに来たんだ? まさか、ハルを触りに来ただけじゃないだろ?」
私を撫で回して満足げな受付のお姉さん達に、エヴァンは呆れた顔で話しかけている。
私もそれとなく耳を澄ませた。
「勿論。そちらのリュートさんの、新しいカードの発行が終わったから、持ってきたわ」
「今日から、リュートさんは、初級冒険者です」
「……頑張れ」
個性溢れるお姉さん達は、それぞれ一言ずつ喋り、リュートの新しいカードをエヴァンへ手渡す。
「おぅ、そうか。……ちゃんと、そのモンスターの事も書かせてあるから、これで止められる事はなくなる筈だ。どっかで冒険者に絡まれた時にも見せろ。俺の名前で、保証してある」
ニッと笑うエヴァンは、まさに面倒見の良い兄貴、って感じだ。私は、カードを受け取るリュートの腕の中から、エヴァンの顔を見上げ、そんな事を思う。
「ありがとうございます!」
(ありがとう)
伝わらないだろうけど、一応私もお礼を言っておく。
この町の組合長が、エヴァンみたいな人で良かったと思うから。
下手すれば、私はリュートと引き離されていたかもしれない。珍しいモンスターとして捕まって。
「で、肉の解体だったよな。ここに出してくれ。俺がついでにしてやるよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
パッと顔を輝かせたリュートは、エヴァンの示したテーブル……と言うか、台らしい、そこへあの袋から獲物を取り出す。私、さっき乗せられたけど、解体用の台だったんだ、あれ。
地味にショックを受けながら、私はリュートの肩へ移動する。
リュートは尊敬の眼差しで、手早く解体していくエヴァンを眺めているが、そこへお姉さんが一人近づいてくる。
他の二人は業務に戻ったのか、一番目の巨乳なお姉さんだけだ。
「リュートさんに、パーティーの勧誘が何件か来てますけど」
「あ、すみません、俺、仲間が宿屋で待ってるんです」
「……ん? じゃあ、毒ムカデや、この獲物は仲間と狩ったのか? だとしたら、ポイントは分配されるが。まぁ、分けても初級には十分足りるから、安心しろ」
リュートの言葉を聞き留め、エヴァンが首を傾げて振り返り、安心させるように笑顔で話しかけてくる。血まみれだが。
「いえ、今日のは、俺とハルさんだけで狩りました。仲間とは、はぐれてしまった時に」
リュートは血まみれなエヴァンの笑顔に動じる事なく返し、肩の上の私を目線で示す。
「なら、揉める心配もなさそうだな。しかし、お前みたいな手練れがいるパーティーを、今まで俺が知らないとはな」
「俺はまだまだですよ。仲間の足を引っ張ってばかりで……」
「ますます不思議だな。リュートが足を引っ張っるようなパーティーとは。中級なのか、他のメンバーは?」
「リーダーが初級です。あ、でも、かなり前からです。そろそろ、中級かもしれません」
「なら、おかしくはないか……?」
エヴァンは怪訝そうな表情で首を捻っているが、真っ直ぐなリュートの言葉に嘘偽りを感じられずに、一人で頷いている。
エヴァンの勘、合ってるよ。と、私は内心で呟き、苦笑する。
その後リュートは、私と何処で出会ったか、などをエヴァンから質問を受けつつ、解体を終わらせてもらい、肉を受け取って冒険者組合を後にする。
帰り道、肉屋に寄って、干し肉を頼むのも忘れずに。
そして、この町に一軒しかない宿屋に辿り着いた私達を待っていたのは、満室という現実だった。
本日三回目。