成長期?
リュートの成長速度がヤバい。
兎組はどんどん置いてかれてます。
小一時間かけて門番相手に私の安全性(魅力)を語ったリュートは、何だか満足げな表情をして歩いている。
「ハルさんの魅力がわかってもらえて良かったです」
(ソウダネ)
片言になるのも仕方ないと思う。
小一時間誉め倒されたら、色々と麻痺してしまった。しかも、リュートは計算ではなく、素で言っているから、余計タチが悪い。
ちなみに、今私達が歩いているのは、夕暮れが迫る大通りだ。
人通りはまだ多いので、大きな独り言を呟いて歩いている状態のリュートを、すれ違い様に気にする人は少ない。
色々と疲れきっていなければ、私は異世界の町並みに感動していただろう。ただ、今は麻痺してるので、リュートの肩で大人しくしておく。
リュートは私が疲れで大人しいと思ったらしく、横目で見ながら、宥めるように話しかけてきた。まぁ、疲れているのは間違いではない。
「宿屋に行く前に、冒険者組合に寄って、素材を買い取ってもらいましょう。あと、モンスターの解体も」
(お肉だね)
「はい! みんなで食べましょう」
一人で食べちゃえばと思うが、みんなで、となるのがリュートらしい。
ま、あの量なら、リュートもお腹いっぱい食べられるだろう。
でも、彼らと行動している間は、今日みたいな事は出来ないから、保存食を用意した方がいいかもしれない。
そう思った私は、リュートの頬を軽く押し、注意を引いてから。
(ねぇ、肉とか果物を保存しとく方法とかない?)
「保存ですか? 一応、この袋に入れておけば、時間は経たないですけど」
それ初耳。ハイテク? 違う、魔法だ。かなり、貴重な品なのかもしれない。良くボンボンに取られなかったな、と思い、私は尋ねた。
(その袋の事、仲間は知ってるの?)
「……話してないです。俺みたいな役立たずが持つには、過ぎた品物ですから。村の人も、ノーマン達には教えるな、と」
私の言葉で、自嘲するような笑顔を浮かべるリュート。リュートには、似合わない表情だ。
(売れとか、寄越せとか言われたら困るもんね。大切な家族からの餞別を)
わざとらしいとは思うけど、明るい声音をリュートに伝え、冗談ぽくしようとする。あと、村の人は、良いアドバイスだったと思う。
「はい。俺って卑怯ですよね」
(リュートは全然卑怯じゃない! 私だって、そうするよ?)
自分が卑怯だと落ち込むリュートを、励まそうと否定しながら、私はリュートの頭へ強めに体当たりをする。
(大切な家族からの贈り物を大切にしてるだけ。それだけ)
「はい」
(その袋がなければ、誰か死ぬぐらいになるならともかく、黙ってればいいよ。今日から私も共犯)
「……はい!」
少しだけ濡れた声は聞こえないフリをしておこう。
もしかしたら、リュートが仲間達に色々と言われても、黙って耐えていたのは、この袋の事を黙っていた後ろめたさも少なからず――否、たぶん関係ないだろう。元々、鑑定結果が『素直ないい子』だ。
(やっぱり、保存食作っておこうか。彼らと一緒にいる時、袋使えないでしょう)
「ハルさんがおっしゃるなら……。肉屋で頼めば、肉を干し肉にしてもらえると思います」
(じゃあ、帰り道に寄ろうか。で、冒険者組合って何?)
普通に流したけれど、気にはなってた事を、私は改めて口にする。別に話題を変えようとした訳ではない。
「あ、そうですよね。すぐ、ハルさんがモンスターだって忘れちゃって。冒険者組合は、あの建物です」
リュートはキラキラとした笑顔になり、二階建ての立派な建物を指差す。……本当に、話題を変えようとした訳では。
それはさておき、リュートが指差した建物を見ながら、私はゆらゆらと体を揺らす。
「中は冒険者の交流場所にもなってますが、基本は依頼を受けたり、達成の報告をしたり出来ます。素材の買い取りもしてくれるんですよ?」
へぇ、と思うが、冒険者の交流場所という単語に、私は引っ掛かりを覚える。
(……冒険者がたくさんいるんだよね? いきなり斬りつけられない?)
いくら防げるからって、斬られたい訳はない。
「俺の肩に乗ってれば平気ですよ。窓口で、ハルさんの事、相談してみます。皆さんに、ハルさんの安全性をわかってもらう方法がないか」
(確かに、毎回呼び止められて、説明してもらってるからね。珍しいとはいえ、モンスターを連れてる職業の人もいるって話だし、何か方法があると良いね)
「念のため、俺の肩でじっとしててください。ハルさんが危険な目に遭ったら嫌ですから」
(わかったよ。リュートも、私に話しかける時は、小声でね?)
人通りの多い外なら目立たないだろうが、逃げ場のない屋内で、ブツブツと大きな独り言を言っていれば、悪目立ちするだろう。
「わかりました!」
元気の良い、いい子な返事だけど、大丈夫かちょっと心配になったのは秘密だ。
私がいくら心配しても、歩いているのはリュートなので、気付いた時には、示された建物が目の前だ。
途中、ちょっと思いついた事があって寄り道はしたけど。
「着きましたよ、ハルさん」
(うん、そうだね)
「入りますよ」
無駄に気合が入った表情でリュートが両開きのドアを開け、冒険者組合の中へと入る。
中は西部劇に出てくる酒場に似て、数個の丸テーブルがあり、いかにもな雰囲気の男達がテーブルを囲んでいてガヤガヤと騒がしい。
奥にはカウンターがあり、数人の女性がいる。全員、同じ服なので、制服なんだろう。
女性は、カウンター内を含めても、数えるほどしかいない。
リュートみたいな少年冒険者はいないようだけど、気後れした様子もなく、リュートは中へ入っていく。
すぐに、探るような視線がいくつも私達へ向けられる。
「これが、依頼の貼り出されてる掲示板です」
(さすがに文字は読めないな)
「今度、教えてあげますね」
私の忠告に従い、リュートは小声で返してくれるが、満面の笑顔なので、ちょっと浮いてるかもしれない。
内心で苦笑しつつ、私はもう一度、乱雑に紙が貼られた掲示板を注視する。読めない異世界の文字だが、見覚えがあったからだ。
何処でだろう、と悩んでいると、フッと頭を過る四角いウィンドウ。
そうだ、私の鑑定結果。最後の方にあった読めない文字だ。
せっかくリュートが教えてくれるって言ってるし、後で習って読み解いてみようかな。
「まず、買い取りをしてもらいますね」
(了解)
リュートの小声につられ、私も何と無く小声で返してしまう。何の意味もないが。
私が動かないようにしているせいか、今のところ、余計な注目は浴びていない。
「あれが買い取りカウンターです」
リュートが視線で示したのは、やっぱりあのお姉さん達のいるカウンターだ。
それぞれのお姉さんの前には、名札なのか、担当を表してるのか、文字が書かれた板が置かれている。
「すみません、買い取りお願いします」
「はい、何でしょうか」
「毒ムカデの甲殻と、牙です。あと、火グマの爪と牙です」
リュートが説明しながら、袋から素材を取り出していくと、ざわめきが周囲に広がる。
(何だろ。ちゃんと、袋は普通の袋に移し変えたし……)
リュートの村の人から貰った袋は、悪目立ちするので、ここに着くまでに寄り道して作業した。……実際作業したのはリュートだけど。
気になった私は、背後のざわめきに耳を澄ませてみる。
「おい、あんな見習いが、毒ムカデを一人で?」
「それより、火グマだろ。見習いが狩れるような獲物じゃねぇぞ?」
ん? 毒ムカデと火グマって強いの? レベル的には、リュートの方が高かったのに。
振り返って、こちらを窺っている冒険者達を鑑定する。
だいたいが20後半。リュートより低い人はいない。職業も、初級または中級冒険者だ。
ちらほら特殊スキルがある人もいるが、本当に鑑定は見当たらない。
私が後ろを気にしていると、買い取りの話は終わったらしい。
「これが代金です。ご確認を」
「こんなにいいんですか?」
お姉さんから代金を受け取ったリュートが驚いているから、結構な額が貰えたらしい。
「毒ムカデの牙と甲殻が、ほぼ無傷ですから。またよろしくお願いします。それと、これでリュートさんは、見習いから初級冒険者へランクアップです」
「え?」
(え?)
きょとんとするリュートに、私も一緒になって驚く。何でだ?
固まったリュートに、お姉さんは優しく笑って、小さなカードを差し出す。
それは、さっきリュートが、お姉さんに言われるままに血を垂らしていたカードだ。
「これは簡易鑑定が出来るカードです。まぁ、鑑定といっても、本当に簡易で、血を垂らした方が規定レベルを越えていれば色が変わる程度の鑑定ですが」
確かに、お姉さんの言う通り、リュートの血が垂れたカードは、真っ白から銅を思わせる色へと全面が変色していた。
「カードの変色は、このようにしっかりと。あとは、持ち込んでくださったモンスターの素材が、一定のポイントに達する必要がありますが、それもリュートさんは、今回で達成です」
「え? え?」
(落ち着いて、リュート。大丈夫だから、落ち着きなさい。ほら、深呼吸して)
目立たないように気をつけて、私はもふもふの毛並みをリュートの頬へ擦り付け、話しかける。
「……はい」
息を吸って吐いてを繰り返すリュートの後ろでは、他の冒険者達が祝福モードで騒いでいる。
(ねぇ、さっき他の冒険者達は、リュートを冒険者見習いだって気付いていたみたいだけど、知り合い?)
だいぶ落ち着いて来たのを見計らい、私はリュートへ尋ねる。
「あぁ、それはこれです。これで、カードを出さなくても、ランクはわかるんです」
ちょうどお姉さんに渡すタイミングだったのか、リュートは小声で答えながら、小さな木の札がついたペンダントを外して、チラリと私に見せてくれる。
(何かドッグタグみたい。見習いは木の札で、初級に上がると変わるんだ?)
「初級は、銅ですね。あと、門の所で俺が出してたカードも、変わる筈です」
(へぇ)
リュートのくれた情報を元に、私は冒険者達をチラリと見て、ペンダントを見る。
確かに木の札は下げた冒険者はおらず、銅と、あとは銀の札がちらほら見える。たぶん、中級が銀なんだろう。
驚きはしても、興奮から頬を染めたリュートを、私は横から微笑ましく見ていたのだが、ふと嫌な予感を覚える。
リュートだけがランクアップって、余計妬まれたりしそうだけど。
(ねぇ、リュートだけ初級になって、バランスとか大丈夫?)
「俺だけじゃないですよ? ノーマンも初級ですから。特に問題はないと」
(……ならいいけど)
思わず、え? と出そうになったのを誤魔化し、私はボンボンの鑑定結果を思い起こす。
鑑定が間違い? そんな事があるんだろうか? 私の鑑定は普通のとは少し違うから、そのせい?
何と無くだが、短い付き合いの私でも、ボンボンが嘘を吐いている気がしてならない。
そこで私は一つ提案する事にした。
(リュート、そのペンダントって常に見せてないといけないの?)
「そんな事はないです。見習いは、未熟だと示すために見せるのが、暗黙の了解的な事はありますけど」
なら、問題ないな、と心中で頷いた私は、もふもふの毛並みをリュートへ押しつけ、思いついた提案を口にした。
(じゃあ、見えないように服の下に入れておかない?)
「何か考えがあるんですね。わかりました」
理由も聞かずに従うリュートに、少し心配になるが、今は助かる。
時間稼ぎにしかならないが、その間にボンボンを言い負かす案を考えておこう。
リュートの肩の上で、真っ白な毛並みの私は、そんな真っ黒な事を考え、銅の札がつけられたペンダントを受け取り、嬉しそうなリュートを見つめて、ひっそりと笑っていた。
主人公は元々ドライ。モンスターになって、なおドライ。