ハルさん、おこ。
ハルさん、おこ。からの、ルーのおこ。
エヴァンも地味におこ。
(リュート、いくらお腹が空いてたからって、猛毒な物を食べちゃいけません!)
朝の爽やかな光の中、もふぅと膨らんで怒りを表す私の前には、リュートが神妙な顔で正座している。
現在地は、昨日ルーが見つけてくれた野営地だ。
ルーは私と一緒になり、ぷくっと膨れているので、リュートを叱ってるつもりかもしれない。
(どうして猛毒だってわかってる物を食べたの?)
「ハルさんとルーが、食べてるの見てたら、美味しそうで……」
シュンとした表情で上目遣いに私を窺うリュートに、ノックアウト寸前だが、心を鬼にして踏み留まる。
可愛いんだよ、ちくしょう。おっと、汚い言葉が出た。気を付けないと。
(私とルーは、毒耐性があるモンスターなんだから、真似しちゃ駄目だよ?)
「わかってたんですけど、仲間外れみたいで……。ハルさんとルーは、何処か行っちゃいましたし……」
ルーみたいにぷるぷるしてるリュートに、私は降参しました。
やっぱり、心を鬼にするのは無理!
(次回からはやっちゃ駄目だからね? リュートが苦しむなんて、私嫌だから……)
って事で、私もぷるぷるしながら、目を潤ませて泣き落としに入る。
卑怯? キモい?
良いんですぅ、涙は女の武器なんだから。
「ハルさん!? ごめんなさい! もうしませんから……」
うん、リュートにはこっちの方が効いたらしい。何か複雑な気分だ。
もふぅと膨らんだ私に、立ち上がらず、崩れ落ちた悲劇のヒロインのようなポーズで、リュートが抱きついてくる。
足が痺れたらしい。
ルーがリュートの足に、ちょんちょんとちょっかいをかけると、微妙にぴくぴくしてるし。
(ルー、こっちにおいで)
私が呼ぶと、リュートで遊ぶのを止めたルーは、大人しくもふもふの中へと潜る。
(朝ごはんにしよう? 朝は一緒に食べようね)
「はい!」
ニコニコと輝くような笑顔になったリュートに、私は膨らんだもふもふを元に戻す。
少し甘いと思うが、心から反省しているようなんで、私も怒りを持続出来ない。
元々、リュートを心配して怒ってた訳だし、ね。
メニューは違うけど、朝ごはんを一緒に食べた私達は、町へと向かって歩いていた。
ほぼ早歩きなリュートと、その肩上な私とルー。楽だ。
昨日死にかけたリュートだが、絶好調のようだ。
死にかけた理由が、ダンジョンでも、モンスターでもない辺り、リュートだなって感じがする。
エヴァンに話したら、大笑いしてくれるだろう。いや、兄貴だから、叱られるか?
「ハルさん、可愛い顔してどうしたんですか?」
だから、兄貴って考えたり、言ったりすると、私の顔面には何が起こってるの?
ついにリュートまで気付いたよ。
あんまり、兄貴って単語は思い出さないようにしようと思う。
ルーは私の上で、ぷるぷると笑ってるし。
「お、無事に帰ってきたな? お帰り」
ほのぼのしながら歩いてると、いつの間にかノクの町まで辿り着いていたようで、顔見知りの門番から声をかけられる。
「ただいま戻りました!」
「全員元気そうだな」
門番はリュートの顔を見た後、私とルーを優しく一撫でして、通してくれる。
すっかり馴染んだリュートは、カードのチェックもない。
良いんだろうか。
……良いか、リュートが悪さする訳ないし。
門番にもふもふを揺らして挨拶をし、私はリュートの肩へしっかりしがみつき、町へと入る。
ルーは私のもふもふに、出たり入ったりを繰り返して遊んでいるようだ。
子供達の歓声が聞こえる。
ウケてるみたいだね。
うちの子、可愛いだろう。
親バカ気分に浸っていると、リュートが頬擦りしてくる。
はいはい、こっちの子も可愛いよ。
今度は女性陣にウケてるよ。
ノクの町はダンジョンがあるせいか、冒険者に寛容みたいだけど、これはリュートとルーが可愛いからだね。
もふもふを揺らして笑ってると、おばあさんからクズ野菜をいただきました。
うん、ウサギだと思ってるみたいデス。
私はかしこいケダマモドキなんで、何も言いませんよ?
朝ごはんは食べ終わってたけど、おばあさんの心遣いは、私とルーで美味しくいただいた。
おばあさんはニコニコと嬉しそうに見送ってくれる。
私とルーは、体を揺らして挨拶をしておいた。
(ぴょん)
ぴょん。
(ぴょん)
ぴょん。
(ぷるぷる)
ぷるぷる。
(ぷるぷる)
ぷるぷる。
私とルーが何をしてるかって?
「可愛いわね」
「どうしましょう、食べちゃいたいです〜」
「可愛い、正義……」
カウンターの上で、受付嬢三人に愛でられてますけど?
私のかけ声と動きを真似て、ルーは跳ねたり、震えたりしている。
(くるくる)
ぷるるるぅ。
私と一緒になって、ルーがカウンターの上でくるくる回る。
周囲の冒険者達からも、拍手や、やんややんやと歓声が飛んでくる。
もう一度言おう。
カウンターの上だから、ここ。
リュートは、山々ナメクジを確認してもらうために、解体が出来る方の奥の部屋にいる。
エヴァンはもちろん、ナリキ男爵の代理人も一緒だ。
私とルーはついていこうとしたのだが、けしからん胸をしたアンナさんへ捕獲され、リュートが話をしてる間、受付嬢三人に愛でられる事になった。
「ルーちゃん、ぷにぷにしてて気持ち良さそう」
そう言うアンナさんは、私を胸に押し付けるように抱き締めてくれてる。
(アンナさんの胸もぷにぷにで気持ち良いですぅ)
エヴァンの大胸筋なんて目じゃないぜ。
「……組合長、激しくくしゃみしてますね〜」
ルーをツンツンしてたイリスさんが、首を傾げて奥の部屋の方を見ている。
わ、私のせいじゃないし?
「誰か、噂した……?」
ウィナさんが私をジッと見て、指をコチョコチョと……。
(うぅ、相変わらずテクニシャン)
アンナさんに抱かれたまま、私はウィナさんの指技でヘタッと潰れる。
「ふふ、ハルさん気持ち良いのかしら?」
(最高です)
メスで良かった。オスなら色々アウトだよね。
アンナさんの胸を堪能してから、今度はウィナさんへ抱かれる。
アンナさんに比べると、かなり控えめな少女らしい体型のウィナさんだが、やっぱり抱かれると柔らかい。
「ハルさんみたいな、クッション、欲しい……」
ポツリと洩らしたウィナさんは、ポフッと私のもふもふへ顔を埋めて、無表情で堪能している。
「あたしも欲しいです〜。ケダマモドキの毛皮って、高いかなぁ」
イリスさんは手のひらでルーを転がしながら、冒険者に向けて問いかけてる。小悪魔っぽくて、数人の男性がデレッとしてるね。
「希少だから高いだろうな」
「と言うか、物が無いんじゃないか?」
「エヴァンさんですら、初めてケダマモドキ見たらしいぞ?」
「なら、かなり珍しいな」
「どうしても欲しければ、ハルから剥ぐしかないな」
イリスさんの小悪魔な笑顔にやられたのか、調子こいた一人が、口を滑らせたね。
私から、毛皮を剥ぐと? 冗談でも嫌なんですが?
私が怒る前に、私を抱いていたウィナさんが、私をギュッと抱き締め、アンナさんの後ろへ逃げ込む。
「そう言う事は、冗談でも言わないで欲しいわ。ハルさんは言葉を理解してるのよ? どんな気分になると思うの? イリスもハルさんに謝りなさい」
アンナさんのお説教に、毛皮を剥ぐ発言した冒険者と、イリスさんが揃って、
「「ごめんなさい!」」
と、謝ってくれた。
(悪気はないのはわかってるから良いよ)
ウィナさんの腕の中、ゆらゆらと体を揺らして、怒ってないアピールをする。
それから、カウンターへ飛び乗り、地味にぷぅぷぅ怒っているルーを、イリスさんの手から回収する。
(ルー、ルー、あれは冗談だから。誰も、私の毛皮剥がないよ?)
信じられないのか、ルーは私の頭に乗ると、周囲をぷぅぷぅ威嚇している。
小さな体で私を守ろうとしてくれるルー。
可愛いじゃないか。
関係のない冒険者達は、私と同じように微笑ましげな顔してる。
私の毛皮剥ごうとした彼だけは、困った表情してるけど。
小悪魔イリスさんは、いつの間にか愛でる側にいるんだよね。
「あ? 何でルーは怒ってるんだ?」
自分がぷぅぷぅ怒っても効果がないと理解したルーは、タイミング良く現れたエヴァンをロックオンしたようだ。
「うぉっ!」
何匹ものモンスターを駆逐したルーの体当たりが、エヴァンを襲う。
ウン、ニブイオトハシナカッタヨ?
「ハル、これ何で怒ってんだ?」
大丈夫だったようだ。さすが上級冒険者。
ぷぅぷぅ怒るルーを手のひらに乗せながら、エヴァンは困惑した表情で私を見下ろす。
(あの冒険者さんが、イリスさんに良いとこ見せようと、私の毛皮を剥ぐって冗談言ったからだよ)
「ハルさんの毛皮、剥ぐって、言ったです……」
私の説明する声と、ウィナさんの声が重なる。
私は目線で、ウィナさんはビシッと指を突きつけて、冗談を言った冒険者を示す。
「あ゛ぁ? お前、何ふざけた事を言ってやがる? ハルはリュートの相棒だぞ? そいつに向かって毛皮剥ぐとは、ずいぶん愉快な事を言ったなぁ?」
エヴァン、げきおこだ。
瞳孔開いてない?
(エヴァン、冗談だってわかってるし、いくらなんでも怒り過ぎだと思う)
ルーに続いて、私もエヴァンへ飛びついて、何とか意識を私へ向けてもらおうとする。
「っと、ハルも来たのか。おい、くすぐったいぞ?」
(もう怒らないで?)
すりすりとエヴァンに甘えるよう体を擦り付けながら、怒っているルーをもふもふで回収する。
「……ったく、わかったよ。笑えない冗談はもう言うんじゃねぇよ?」
くそ、イケメン禿げろ。
いい笑顔しやがって。
惚れそうだよ。兄貴的な意味で!
「ハル、また変顔になってるぞ?」
もふもふの中で、ルーが笑ってる。
本当にどんな顔してるんだ、私は。
リュート、帰って来ないと、ハルさんとエヴァンが良い雰囲気だよって話です。
イリスさんは、悪気のない緩い小悪魔さん。
ウィナさんは、皆の妹。
アンナさんは、姉御(笑)
そんな受付嬢三人娘です。




