アンディ再び。
せっかく名前をつけたので、もったいない精神で、アンディ再登場。
「……あー、依頼に関して、何か質問はあるか?」
立ち直ったエヴァンが、ニコニコとしているリュートへ話しかける。
「そう言えば、期限や納入数の指定がありませんが」
「あぁ。それは、早ければ早い方が良いからだ。数は十もあれば良いだろ」
(と言うか、ナリキ男爵は山々ナメクジを何に使うの? まさか、息子の敵討ち?)
ハッとして目を見張り、エヴァンを見やると、残念な生き物を見る目で見られた。
「カネノは生きてるからな?」
(あ、そうだった!)
てへ。可愛子ぶってみた。
「まったく……。ナリキ男爵も、何処かで山々ナメクジが美味いって聞いたらしい。で、酔狂な貴族連中で食ってみようって話になったそうだ」
(確かに美味しいもんね、山々ナメクジ)
「ノクの名物になるかもな」
そうだね、と言おうとした私だったが、その前にリュートの腕の力が強まり、ギュッと抱き締められる。
「急ぐなら、今日の午後からでも行きましょう、ハルさん。二人っきりで」
(リュート、ルーもいるからね?)
「ルーは、ハルさんの付属みたいなものですから、良いんです」
確かに、ここ何日かは二人っきりにはならなかったか。
ヤキモチ妬きめ。可愛いじゃないか。
(わかったよ、じゃあ、支度をして二人で行こうか)
山々ナメクジなら、リュートが手こずる事もないから、二人でも良いだろ。
ルーのレベルアップもしたいし。
「リュートなら、一人でも大丈夫か。ハルもいるしな」
エヴァンも納得してくれたようだ。
「あまり無理はするなよ。初めて一人で受ける依頼なんだ」
組合長っぽいお言葉、いただきました。でも、
(リュートは元々一人で依頼こなしてたし、私がいるから一人じゃないし)
「そう言えば、そうだな」
くく、と笑ったエヴァンは、リュートと私の頭をポンポンと軽く叩く。
「気をつけて行ってこい」
「はい!」
(いってきまーす)
ビシッと返事をするリュートの腕の中、緩く返事をすし、私達は準備のため、冒険者組合を後にした。
一応、泊まりになっても大丈夫なように、食料は多めに用意した。
うちの子は大食いなんで。
見た目は可愛らしい系美少年なのに、三人前はペロリと食べる。
だから、ボンボン達と一緒にいた時は、いつもお腹を空かせてたんだろう。
ただでさえ、ボンボン達はリュートを穀潰しだと言って、少なめのご飯しか与えなかった訳だし。
思い出したら、ムカムカしてきた。
「ハルさん、肩が痛いです」
(あ、ごめん)
リュートの肩を締め付けてしまったらしい。
こんなのんびりした会話をしているが、私達がいるのは、ダンジョンだ。
しかも、三階層。
ただいま、ルーのお食事タイムだ。
棘ネズミがゆっくりとルーの体内へと呑み込まれていくのが、なかなか面白い。
私も少し手助けしたが、棘ネズミを倒したのはルーだ。
新しくうちの子になったルーは、どうやらボンボンより強くなっていたらしい。
さっき鑑定してみたら、私の最強もふもふの劣化版な能力があるようだ。
『斬撃無効。耐衝撃。耐熱。耐魔。状態変化無効』
私のもふもふの中で育ったから?
元々のスライムの性質って可能性もあるのか。
でも、大人スライムは、リュートの斬撃で、ブシャッてなってたな。
じゃあ、やっぱり、私の子だからだな。産んだ訳じゃないけど。
(ん、食べ終わった? じゃあ、次行こうか)
気付いたら、棘ネズミを食べ終えたルーが、リュートの足元でぴょこぴょこ跳ねてアピールしてた。
私はもふもふでよじ登れるけど、さすがにルーはまだ出来ない。
(美味しかった?)
私はリュートの肩から飛び降り、跳ねているルーを回収して、リュートの肩へとよじ登る。
肩へ落ち着くと、もふもふでポケットを作り、ルーをそこに入れておく。
即席カンガルーの完成だ。異世界にカンガルーいるか知らないけど。
こうすれば、私からもルーが見えるから、安心だ。戦闘中には出すか、もふもふに入らせば良いだろう。
「ルーは強いですね。もしかしたら、特殊個体かもしれません」
(そうかもね)
リュート、鋭いな。
いや、ルーが強すぎるのか。
どっちにしろ、リュートは気にしてないから良いか。
今も、リュートはポケットの中のルーをつついて、笑顔で遊んであげてる。
何かお兄ちゃんって感じだ。
「山々ナメクジは、倒してハルさんに収納してもらえば……。あ、十匹も入りますか?」
四階層を目指しながら、私とリュートは、倒した山々ナメクジをどうするか相談する。
うむ、ルーはぷるぷるしてる。
(入りきらなければ、リュートの魔法袋使えば良いんじゃない?)
私は最近出番のなかった便利な道具を思い出し、そう提案する。
「そうですね。久しぶりの出番です」
無邪気にくすくすと笑ったリュートは、魔法袋を取り出して、汚れを払うようにポンポンと軽く叩く。
(私から十匹出てきたら、ドン引きされそうだしね)
「ドン引きはされないでしょうけど、驚かれるでしょうね」
(そうかな。あ、ワーム)
私達が話してるから気を使ったのか、ルーがポケットから飛び出していき、地面から生えたワームの頭へ体当たりする。
もぐら叩きのような、ほのぼのした光景だが、体当たりを食らったワームは、ドゴッと鈍い音をさせて地面へ沈む。
「……硬化して、体当たりしたんですかね」
(みたいだね)
さすがのリュートも驚いたらしい。私は鑑定して知ってたから、驚かない。
嘘です。まさか、硬化の使い方が、もぐら叩きになるとは、思わなかった。
誉めて誉めてと跳ねてるルーを、リュートが片手で拾い上げ、私のポケットへ戻す。
(お帰り。ありがとう、ルー)
戻ってきたルーを、もふもふで撫でると、嬉しそうにぷるぷると震える。
やだ、うちの子、可愛い。
「ハルさん、俺も倒しました!」
急に動いたと思ったら、リュートは獲物を見つけたらしい。
私が見た時には、ドサリと重い音を立て、土グモが地面に斬り伏せられている。
(あ、素材)
土グモはいい金になるからね。
足の一本をルーに食べさせ、残りは私がモグモグして素材を確保する。
「ハルさん、ハルさん」
リュートの呼ぶ声に振り返ると、ニコニコと何かを待っている体勢だ。
そこだけ見ると愛らしいけど、右手には土グモの体液ダラダラな剣を持ってるからね?
「ハルさん……」
はいはい、シュンとしないで。
私は、ルーを乗せてリュートの肩へとよじ登り、もふっと適当にリュートの頭を撫でる。
無言だけど、蕩けきった笑顔だから、正解だったらしい。
正解したから、早くその剣はどうにかして欲しい。
鮮血じゃないだけマシか。
「山々ナメクジ、たくさんいると良いですね」
しばらく撫でてると、満足したのか、リュートはブンッと剣を振り、体液を飛ばして再び歩き出す。
私とルーはと言うと、リュートの肩でのんびり揺られる。
どうしよう、リュート、一人でまったく問題ないらしい。
背後からの不意討ちも避け、現れた第一異世界人を張り倒して進んでいく。
時々、私とルーのための食事タイムがある以外、足を止めずに、私達は四階層を目指すのだった。
(今日もヌメヌメしてるね〜)
「してますね」
目的の貝……違った階である四階層は、今日もヌメヌメしていた。
明るいとはいえないダンジョンの中でもわかるぐらい、地面も壁も、天井すらヌメヌメだ。
(ルー、あんまり遠くにいかないで)
ヌメヌメで滑るのが楽しいのか、ルーはヌメヌメな床を先行していく。
モンスターの気配もないので、私もリュートの肩を降りて、ルーをのんびりと追っていく。
すぐに追いついた私は、ルーを捕まえて、仲良くじゃれつく。
私達はほのぼのし過ぎて、リュートも含めて忘れていた。
何の前知識のない冒険者から見れば、私とルーは、立派なモンスターだという事を……。
ダンジョンにいるモンスターが、どんな扱いをされるか、ついさっき第一異世界人な骸骨剣士が張り倒されて教えてくれたのに。
現れたのは冒険者二人。二人共、少年だ。黒髪と茶髪。下げてる札は二人共、木だ。
「見ろよ、四階層にスライムなんかいるぜ?」
「一緒にいる毛玉は見た事がないモンスターけど、スライムの亜種?」
好意的な人間が多いから油断していた私より先に、ルーがブブ、とバイブ音のような音をさせて警戒する。
私も呆けていたのは一瞬だ。
うちの子に、手出しさせないんだから!
気合を入れて、もふっと膨らんだが、
「お前ら、先に行くんじゃない! って、それは、野生じゃない! 攻撃するな!」
と、少年達の後ろから、駆け込んできた見覚えのある人物によって肩透かしを食らう。
私は肩透かしで止まったが、少年達は止まれなかった。
リュートの足元にも及ばない斬撃が、私のもふもふで弾かれ、もう一人の炎の魔法は毛皮をもふっとさせてくれる。
「ハルさん! ルー!」
(私もルーも大丈夫だよ)
少年達は攻撃を防がれ呆然とし、駆け込んできた人物に頭へ拳骨を落とされている。
その人物は、先日の騒動の際に不可抗力で関係者になったアンディだ。
金髪優男な見た目のアンディだけど、殴った音はかなり痛そうだ。
一瞬覚えた怒りは消えたよ。
元々、リュートから離れた私とルーが悪いんだし。
その旨を抱き上げてくれたリュートに伝えると、苦笑しながら頷いた。
私達は無傷だしね。
「すまない! 俺の仲間が失礼した! どうか、許して欲しい」
「いえ、こちらも不注意ではありましたから」
(ダンジョンでリュートから離れちゃいけなかったよね)
「そう言ってもらえると助かる。新人の指導を頼まれたんだが、気合が空回りしててな。どうも、同郷のパーティーに負けたくないらしい」
アンディは疲れたようにため息を吐き、頭を押さえている黒髪と茶髪を前へと押し出す。
「ほら、謝れ」
「……悪かったよ」
「すみません」
黒髪がヤンチャで、茶髪は秀才って感じだな。
でも、基本は二人共素直らしい。
アンディに促され、きちんと謝罪してくれたし。
「いいよ、ハルさんもルーも怪我はないから」
同年代の少年に、リュートはニッと快活に笑って返してる。
「ありがとな。リュートは依頼か?」
「はい。山々ナメクジを頼まれました」
「ちなみに、一人なのか?」
「ハルさんがいますから」
何の問題もないと笑うリュートに、アンディは確かに、と頷くが、少年達は目を見張っている。
自分達と同年代のリュートが、一人で四階層にいる事に驚いたのだろう。
当然か。
私がえっへんと胸を反らしていると、アンディが神妙な顔でとある提案をしてきた。
『こいつらに、リュートの戦い方を見せてやってくれないか』と。
正直、リュートは強すぎるから、お手本にはならないと思うんだけど。
ま、リュートの実力を疑ってる少年達に、格の違いを見せつけてやるのも良いよね。
構いません、と笑顔でいい子の返事をするリュートの腕の中、私はニヤリと笑い、ルーもぷるぷると一緒に笑っていた。
リュートの戦い方は多分参考になりません。
まぁ、お前らの同年代でも、こんなに強くなるんだぜ、ぐらいなもんだと。




