名物カップルな二人
ハルとリュートは、ノクの町で名物カップルと化してます。
人間一人にモンスター二匹なパーティーになってから初めて、私達は冒険者組合を目指していた。
と言うか、普通の人間から見れば、リュートがモンスター使いに見えるだけか。
そんな事を緩く考えながら、私は定位置のリュートの肩の上だ。
その私の上部から、ちょこんとルーが覗いていたりするが、もう存在は知れ渡っているらしく……。
「ほら、あれだよ、あれ」
「確かにスライム乗せてるな」
「あのサイズなら、俺でも倒せるな」
「リュートの連れてる子に、何て事を言うのよ!」
微笑ましげに噂される中、粋がった旦那さんが調子こいた結果、奥さんに張り倒されてるのを、視界の端で捉えたけど、気にしない。
本気の喧嘩じゃないのは見え見えだし。
夫婦喧嘩は、ケダマモドキも食べませんから。
(ルー、皆さんにも、愛想良くするんだよ?)
私の言葉に、ルーはすぐ反応し、私のもふもふから完全に出ると、私の上で揺れているようだ。
ルーの姿は直接見えないけど、動きはもふもふで感知してるし、落ちないよう支えてもいる。対策はバッチリだ。
「まぁ、可愛らしい」
そんな女性の声がちらほらと。
うん、ウケてるようで、何よりだ。
「ハルさんも、ルーも人気ですね」
嬉しそうに笑うリュートが可愛らしくて、私は軽く頬擦りする。
(大丈夫、リュートも人気だから)
可愛くて。
言うと拗ねるので、口には出さないでおく。
「ハルさんは可愛いですから。リボンもヘアピンも似合ってますよ」
逆にリュートから言われた。
今日着けてるリボンとヘアピンは、アニーとイリスさんからの頂き物だ。
他にも、アンナさんやウィナさんにも頂いたので、未だにリュートと雑貨屋には行ってない。
リュートは行きたいみたいだけど。
(ルーは、さすがにリボンとか着けられないよね)
そっちの話題に行かないように、話を逸らしておく。
「ヘアピンを、突き刺すとか?」
(何その拷問)
見てる私も嫌だよ。
いや、たぶん、スライムだから平気なんだろうけど。
「スライムですから、平気だと思いますよ?」
(可愛くないし、ルーが痛そうで可哀想だから、却下で)
ルーは痛くないとしても、見てる私が痛い。
「確かに、そうですよね」
いい子なリュートは、すぐに納得して頷くと、きちんとルーに謝罪してる。
いい子だ、うちの子達は。
しみじみとしていると、屋台のおじさんが、余ったという串焼きをくれた。たぶん、肉的な何か。
ちょうど塊は三個だったので、リュートは一つを私に、もう一つをルーに。残りの一つを自分で食べてる。
「ごちそうさまでした! 美味しかったです」
(ごちそうさま〜)
私は体を揺らしてお礼を言い、ルーは無言でふるふるし、お礼を言ってるようだ。
おじさんは嬉しそうに笑ってくれている。
リュートは普通に自分で買う事も多いが、こうやって色々貰う事も多い。
可愛いげがあるし、暇な時には町の人の手助けをしたりしてるから、すっかり顔馴染みだ。
何て事を考えている私は、リュートの腕の中、ルーと向き合って、肉が刺さっていた串を両側から食べてたり……。
リュートが羨ましそうに見てくるが、食べ足りなかったか?
(まだ何か食べる?)
私は半分ほどになった串をルーに譲り、リュートを仰ぎ見る。
まさか、私やルーみたいに串を食う訳にいかないよね。
串を美味しそうに取り込むルーをちら、と見ると、もうほぼ溶かし終えたようだ。
「いえ、大丈夫です。あんまり食べると、動けなくなってしまいますから」
(確かにそうだね)
お腹一杯になって動けなくなったリュートを想像し、私はクスクスと笑う。
「そうなったら、依頼こなせませんからね」
私の笑い声に、リュートも一緒になって笑う。
ルーもつられて笑っているようだ。
ほのぼのしてる私達を、町の人達はあたたかい眼差しで見守ってくれてる。
そんな眼差しに見送られ、私達は冒険者組合へ向かう足取りを速める。
あまりのんびりしてると、次から次へとお茶のお誘いが来たり、ちょっとした力仕事を頼まれたりと、足止めされてしまうからだ。
幸いというか、本日は挨拶を交わすぐらいで、無事に冒険者組合へと辿り着け、私達は視線を合わせて笑いながら、冒険者組合のドアを開くのだった。
「おはようございます!」
(おはよう〜)
ふるふる。
挨拶をしながら、私達は顔馴染みばかりとなった室内を、受付カウンターへ向けて歩く。
もちろん、冒険者な訳だから、多少顔触れの変動はあるが、組合長の人柄のお陰か、だいたいノリと人の良い冒険者が多い。
リュートと初対面のパーティーも、周囲にいる面々からリュートの説明を受けるのか、好意的だ。
稀に好奇の視線を感じるが、対象は私だ。
何せ、レアモンスターですから?
今日は知らない顔はいないようで、ノリの良い挨拶だけが飛んでくる。
「おはよう、リュートさん。昨日は、うちの組合長がお邪魔したみたいね」
今日の受付嬢は、巨乳なアンナさんだった。
「おはようございます。はい、とても楽しかったです」
「なら良いけど。帰ってきて、珍しくシリアスなため息吐いてるから、何かあったのかと思ってたわ」
ニコニコと笑っているリュートを見て、アンナさんは若干訝しんでいたが、すぐに仕事モードへ思考を切り替えたらしい。
「まぁ、組合長は置いといて。今日は、依頼を受けに来てくれたのよね?」
営業スマイルじゃない柔らかい笑顔で、アンナさんはリュートへ向けて首を傾げる。
「はい」
「じゃあ、早速だけど……」
頷いたリュートに、アンナさんは数枚の紙をカウンターの上へ広げ、説明をしてくれようとしたのだが……。
「よう、ちょうど良かったぜ」
奥から現れて、そう声をかけて来たのは、先ほど話題へ上がったエヴァンだ。
「おはようございます」
(おはよう)
眠くなったのか、ルーは私のもふもふ内に姿を消したので、私とリュートだけで挨拶をする。
「あぁ、おはよう。まだ依頼を受けてないなら、奥へ来てくれ」
私達の挨拶に応えてから、エヴァンが示すのは、先日入ったばかりの応接室だ。
「あら、私もリュートさん向けの依頼を用意したのよ?」
アンナさんの文句に、エヴァンは肩を竦めて応じる。
「悪いが、こっちは指名が入ってるんでな」
「あら、なら仕方無いわね」
二人の会話を、リュートは静かに聞いているが、私は気になった事があり、リュートの耳へ体を寄せる。
(リュート、指名って何?)
「名指しで依頼をされる事です。俺に指名なんて、誰でしょうか?」
答えながら、リュートは首を傾げたので、私の体へもふっと頬が埋まる。で、クスクス笑う。可愛いじゃないか。
(あの子犬じゃない? また迷子になったとか)
「有り得ますね」
リュートは私のもふもふへ頬を埋めながら、笑顔で頷いている。
「話は済んだな? 細かい話をするから、奥へ来てくれ」
「はい!」
元気良く返事をしてエヴァンへ続くリュートの背に、頑張れよ、とか励ましの声が複数飛んでくる。
ノリが良いよね、ここの冒険者達は、本当に。
そんな光景に、受付カウンターの中で、アンナさんがふふ、と笑っている。
美女の笑顔は眼福だ。
アンナさんの笑顔に見惚れていたら……。
「何か、エロ親父みたいな顔になってるぞ?」
エヴァンから呆れたような呟きが。
事実にしろ、そうでないにしろ、言わせてもらおう。
(失礼であると!)
「それ、何キャラだよ」
全力で呆れられた。
(それで、リュートに指名依頼なんて、誰からなの?)
応接室へ入り、私は早速リュートの腕から飛び降り、テーブルの上からエヴァンを見上げて問いかける。
「あぁ、リュートも良く知ってる奴だよ」
私を見下ろし、ニヤリと笑ったエヴァンは、そう言ってはぐらかし、依頼が書かれているらしい紙をテーブルへ滑らす。
パシッと紙を踏みつけてキャッチした私は、異世界の文字が並んだ紙を見下ろすが、読めたのはリュートの名前だけだ。
(リュートの名前しか読めないから、私)
「覚えてくれたんですね!」
別の所に感動したリュートが、しゃがんで私へ頬擦りしてくる。
「あー、仲良しなのは良いが、依頼を見て欲しいんだが?」
「あ、すみません! すぐ読みます!」
エヴァンの苦笑混じりな声に、リュートはハッとした様子で私の下から紙を取り出し、並んだ文字を読み進める。
(ねぇ、誰から何の依頼なの?)
私はリュートのズボンを、もふもふで引っ張る。正直、興味津々だ。
「ナリキ男爵からだよ」
突然体が浮いたと思ったら、エヴァンの声がし、背中には逞しい大胸筋の感触がある。
何の断りもなく抱き上げられたらしい。
(へぇ。すっかり、リュートを見直してくれたんだね)
ま、エヴァンだから、許してあげよう。
代金として、もふっと体を寄せて、逞しい筋肉の感触を堪能させてもらう。
(やっぱり、柔らかさは女性の方が上だよね)
「……無茶言うな」
私の独り言に、エヴァンは何処か拗ねたような表情で、私を見下ろして呟く。
(ふふ、拗ねない、拗ねない。エヴァンの腕は、抱かれてると安心感があるよ? 柔らかさはないけど)
「そうか」
嬉しかったのか? 頬を染めたエヴァンから、ギュッと抱き締められた。
(リュートも、エヴァンぐらいに逞しくなるかなぁ?)
「なるだろ、リュートなら。その時も、きっとお前らは一緒なんだろうな」
(家族だからね)
どうした、エヴァン。
妙にシリアスな空気感出してるけど、そんな難しい依頼なのか?
「ハルさん! ナリキ男爵からの依頼でした! 山々ナメクジの肉が欲しいそうです!」
少し心配になりかけた私の不安を、リュートの明るい声が吹き飛ばす。
思わずエヴァンを見上げると、悪戯っぽくニッと笑われた。
からかっただけかよ。
ムッとして頭突きしようとしたら、位置がズレて、何か犬が飼い主にキスしたみたいな事になった。
私には、外から見える口的な部分がないから、雰囲気的な感じだけどね。
(……初めてだったのに)
とりあえず意趣返しで、泣き真似をしながら、固まったエヴァンの腕から飛び降りる。
「いや、あの、そのだな……」
うん、エヴァンはこの手のからかい方が苦手なのか?
私を捕まえようか悩んでるのか、半端に腕を伸ばして、手をワキワキさせてるし。
リュートは止めたげなさい。
何か、道端のゴミを見るような眼差しで、エヴァンを見てるよ。
素直ないい子過ぎるのも困りものだね。
(冗談だって。気にしてないから)
この体で初めてなのは本当だけど。
けらけらと笑いながら、私はリュートの肩へとよじ登る。
「……気にされないのも、微妙なんだが」
エヴァンが言葉通り、微妙な表情で呟くが気にしない。
「ハルさん、ハルさん」
エヴァンを見ていたら、横からリュートに呼ばれ、反射的にそちらを向くと……。
チュッ。
可愛らしい音で、リュートからキスされた。
「俺も初めてです!」
何と言うべきなんだろう?
ありがとう?
ごちそうさま?
(……そっか)
悩んだ結果、こうなった。
ニコニコと笑うリュートは、無敵可愛いとだけ言っておく。
ポッキーゲームからの、事故チュー回です。
山々ナメクジも、まだ出番があります。
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