ぷるぷる、ぷにぷに。
多分、皆さんにはバレバレでしたでしょうが、ついに発見されました。
「リュート、手続きするから、奥の部屋へ来い」
エヴァンから呼ばれ、リュートは私を抱いてエヴァンと共に奥の部屋へ入る。
応接室なのか、デンッと大きな四角いテーブルとソファがあった。
書類は揃っているらしく、受付嬢さん達は入ってこない。
そろそろ、ふにふにした胸に抱かれたかったので、残念だ。
逞しい大胸筋には、少々食傷気味なんだよぉ。
視線の先には、明らかに立派な大胸筋の持ち主がいる。
(エヴァンって、胸ピクピク出来そうだよね)
「何だ、唐突に。まぁ、出来ると思うぞ? した事はないが……」
(でも、抱かれ心地は、アンナさんの胸の方が素敵なんですぅ)
「いや、別に俺は対抗心抱いてないからな?」
八つ当たりとしか言えない私の発言にも、面倒くさそうながらも、エヴァンは律儀に返してくれる。
(やっぱり、兄貴だ)
「だから、その変顔止めろ……」
うん。兄貴って言うと、やっぱり私は変顔になるらしい。
(リュート、変?)
「可愛いです」
即答された。
でも、リュートには悪いけど、何故か信用出来ないよ。
「漫才してないで、これ書いてくれ」
「はい」
邪魔になるので、私はソファの上へ移動して、伸び縮みしている。
いや、特に深い意味はないよ?
暇潰しだし。
相当暇そうに見えたのか、エヴァンに鷲掴まれて持ち上げられた。
(言葉通じるようになったら、余計遠慮が無くなったよね)
間近になったイケメン顔(傷あり)に、悪戯心から拗ねた声音で囁いてみる。
「これでも人を見る目はあるつもりだ。ハルは、そんな細かい事を気にしないイイ女だってわかってるから、遠慮なんかしねぇよ」
低音ボイスで返された。くそ、イケメンめ。禿げろ。
(ふふ、ありがとー。なかなかときめいたよ)
素直な感想を言うのは悔しいので誤魔化したが、何かバレてる?
「そりゃ、光栄だ」
余裕な返事しやがって。
ま、いくら意志疎通が出来ても、私はモンスターだから当然か。
ゆっさゆさ、と鷲掴まれた体を揺らしていると、リュートが座るソファとは別のソファに降ろされた。
「ハルが人間の女だったら、たぶん本気で口説いてるな」
不意打ち止めろ。
ボワッてなったよ。
リュートに助けを求めたいが、まだ書類が終わらないのか、視線を上げない。
私は諦めを滲ませてため息を吐き、私をつついているエヴァンへ視線を戻す。
まったく、エヴァンは、すっかり私をオモチャ扱いしてるよね。
なら、こっちもエヴァンを便利に使ってやる事にしよう。
(エヴァン、何かお尻の辺りがもぞもぞするから、見て欲しいんだけど……)
リュートは忙しそうだし。
私は手足がないし。
「ハル、お前なぁ、もう少し慎みとか……」
お尻をエヴァンへ向けていた私は、疲れたようなエヴァンの声を聞き逃してしまい、少しだけ振り返る。
(ね、早く……)
「あー、わかった、わかったよ」
エヴァンが、こいつは毛玉、こいつは毛玉、と繰り返し呟いてて、ちょっと怖い。
急にどうしたんだ?
「じっとしてろ」
やけに緊張したエヴァンの声に、私もつられて緊張しつつ、もふもふに埋まるエヴァンの手を感じている。
(うー、何か、逃げ回ってる?)
「逃げ回るって、おい、毛皮の中に何飼ってんだよ?」
(飼ってる訳じゃなくて、寄生されてる?)
「それ、状態異常じゃねぇか!?」
呆れていたエヴァンの声が、先程とは違う緊張感を孕み、探る手に遠慮が無くなる。
(あう……、擽ったい〜……)
「我慢しろ! ったく、わかってるなら、何でリュートに言わねぇんだよ!」
(特に実害がなかったから?)
「出てからじゃ遅いんだよ! モンスターの医者なんかいねぇんだぞ!?」
(ごめん)
心配してくれてるのがわかるので、私はシュンとしながら素直に謝っておく。
「モンスターに寄生する生き物なんて、聞いた事もないぞ? どんな化け物だよ!」
もうエヴァンが逆ギレしてる。いや、逆じゃないのか?
擽ったくて、混乱してきた。
(右、もっと右、今度は左! あ、上行った!)
「ちっ、じっとしやがれ、何だか知らないが……っ!」
夢中になりすぎて、もうエヴァンの体は、半分私のもふもふに埋まっている。
それでも、私に寄生した何かはなかなか捕まらない。
「……あの、何やってるんですか?」
ジト目のリュートが話しかけてきたのと、ほぼ同時に、
「よし、掴んだぞ!」
捕ったぞー、な勢いで、エヴァンが私のもふもふの中から、ナニかを掴み出した。
(ぷにぷに?)
「スライムの幼生だな」
「あー、この間の泉にいたスライムの子供ですね、きっと」
私達の視線の先にいるのは、応接室のテーブルに置かれた、ぷるぷにで半透明な饅頭型の物体だ。サイズは肉まんぐらい。
エヴァンとリュートによると、スライムの子供らしい。
良く見ると円らな目と、半透明な体の中心に核みたいな物が見える。
生物の教科書に載ってた細胞のイラストを思い出した。
とりあえず、ふるふるしてるスライムを、鑑定してみる。
『鑑定結果
名前 ――
種族 スライム(幼生)
レベル 5
ケダマモドキのハルに寄生。
食べ溢しを食べて、順調に成長中。
ハルを親だと思ってるのよ?
寄生してても害はないからね』
ゆる女神様からのメッセージ付きだよ。
捨て難いじゃないか。
(害はないし、リュート、このスライム飼っても良い? 世話しなくても、私の食べ溢しで育ってるみたいだから)
「……そうですね」
私からリュート、リュートからエヴァンへ、縋るような視線が移動していく。
「俺を見るな。……今まで害がなかったなら、ハルの好きにさせればいいだろ。ハルの毛皮の中にいれば、邪魔にはならないだろうし」
見るなと言ったクセに、エヴァンはきちんと意見を出してくれる。
やっぱり、兄貴だ。
伝わらないようにしたのに、睨まれた。
そ、そんなに、変顔なのか?
私が地味にショックを受けていると、ぷるぷになスライムの円らな瞳と目が合う。
「そうですね。寄生されてるのはハルさんですし、ハルさんが良いなら、俺は構いません」
(いい子にしてられるよね?)
リュートが微笑んで頷いたので、私はそうスライムへ語りかける。
テーブルの上でふるふるしていたスライムは、小さくぴょこぴょこ跳ねて、了解してくれたようだ。
リュートがヤキモチ妬きそうだから、私を親だと思っているのは内緒にしておこう。
(じゃあ、名前をつけないといけないね。私から一文字とって、ルーとか、どう?)
プルと悩んだけど、ルーの方が呼びやすい気がするし……。
ぽよんぽよんと体を揺すってるのは、喜んでるみたいだ。一応、鑑定だ。
『鑑定結果
名前 ルー
種族 スライム(幼生)
レベル 5
ケダマモドキのハルと共生関係。
人語を理解してる。
ハルのおかげで、特殊個体へ進化したわよ。
特殊スキルも、そのうち覚えるからね。
好き嫌いはハルと一緒でないから、何でも食べるから。
可愛がってあげて』
ハートマークの幻覚が見えた。
ゆる女神様、暇なんだろうか。
止めよう。暇じゃないわよ、とか鑑定通して答えが来そうだし。
「まぁ、スライム程度なら、見つかってもパニックにはならないだろうが、一応カードに追記してやるよ。どうせ、新しいカードにするんだ」
「ありがとうございます」
(ありがとー、兄貴!)
エヴァンに睨まれ、ルーが体を震わせて笑った。
え? どんだけなの、私の変顔って。
今度、鏡の前で叫んでみよう。
「カードの用意をしてくるから、少しここで休んでてくれ」
(エヴァンは休まなくて大丈夫? 死にかけたのに)
「ハルのおかげで、絶好調だ。あの特殊スキルは、やたらと人前で見せるなよ? ハルが特殊個体って線もあるが、万が一知られたら、ケダマモドキの乱獲が始まるからな」
(りょーかいです!)
「俺も了解です」
エヴァンの忠告に、私はビシッと心持ち背筋を伸ばし、リュートは完全にビシッと立ち……あ、ルーもテーブルの上で、ビシッとしようとして転がった。
苦笑したエヴァンが部屋を出て行き、私は改めてルーと名付けたスライムと向き合う。
(ルー、おいで)
私がもふっと毛並みを揺らして声をかけると、ルーはぽよんぽよんと小さく跳ねて近寄ってくる。
(さっきは驚かせてごめんね。これから、よろしく)
「俺は、リュートです。よろしくお願いします」
私とリュートを交互に見た後、ルーは頭を下げるような動きをしてから、住み慣れた私のもふもふの中に消えていった。
少しもぞもぞするが、ルーのせいだとわかったからか、以前ほど不快感はない。
「体は平気ですか?」
(うん、全然平気だけど……。ルーって、あの親ぐらいの大きさになるんだよね?)
「たぶん……」
(大きくなった時は、その時か)
何とかなるだろう。
私のおかげで、特殊個体になってるみたいだし。
せっかく、一番のガンだったボンボン達とは、お別れ出来たんだから。
(改めてよろしく、リュート)
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします、ハルさん」
畏まって挨拶をした私達は、顔を見合わせて笑うと、エヴァンが戻って来るまで存分にイチャイチャしてた。
今日から二人プラス一匹パーティーになったけど、
(見た目には、一人プラス二匹パーティーだけどね?)
どっかの三人パーティーには、負ける気がしないよ?
好きなんです、スライム。
定位置は、ハルの頭になると。
リュートは、肩にハルを乗せ、その頭にルーが乗ります。
つまみ食いはしてませんよ?




