お見合い?
初々しいカップルかよ、って会話からスタートです。
カネノは、すっかり落ち着きのある地味目な青年です。
落ち着きさえあれば、カネノはボンボンよりかなり見れる顔をしてます。
「あー、あのだな、名前は?」
(ハルだって。知ってるよね?)
「そう、だったな。じゃあ、あの、年は?」
(さぁ? 産まれて、あんまり経ってはいないと思うよ?)
「そのわりには、落ち着いてるな」
(まぁ、モンスターですから)
「それもそうか。じゃあ、趣味とかは?」
(リュートを愛でる事)
「それ、趣味かよ」
(じゃあ、ライフワークかな)
「本当に仲良しだな、お前ら」
(うん)
「否定しないのか」
(事実だし)
「そうだな。次は、好きな食べ物とか、あるのか?」
(最近なら、山々ナメクジが、美味しかった)
「……あれ、美味いのか」
(美味しいよ)
「そうか」
お見合いかよ、と突っ込みたくなるエヴァンとの会話。
あまりにも自然に会話しすぎて、気付いてなかった時とは違い、妙に緊張してるエヴァンが面白い。
私は特に何も感じてない。
強いて言うなら、前を歩くリュートからの視線が痛い。
私とエヴァンが会話出来るようになったからと言って、ゆっくりしている訳にもいかず、私達は魔法陣でダンジョンを脱出する事になる。
どら息子は目を覚まさなかったので、リュートが背負う事になった。
本当はエヴァンが背負うと言ったのだが、先ほど死の淵からの紐無しバンジー直前だった彼には、さすがにご遠慮いただいた。
うん、元気過ぎるよ。
で、リュートがどら息子を背負うと、私は居場所がないから、エヴァンの腕に抱えられる事になり、さっきのぎこちない会話になった訳だ。
意外とヤキモチ妬きのリュートは、ダンジョンを出てから、何度も振り返って見てくるが、基本はいい子だから何も言わない。
ただ、本当に悲しそうな顔をしてるので、後でたっぷり甘やかしてあげようと思う。
リュートには、これから大きな選択が待ってるだろうし。
「エヴァンさん!?」
町に着くまで、特に強いモンスターに遭遇する事なく……。
いや、一応、何回かモンスターには遭遇したし、盗賊的なのも倒して、紐で繋いで歩いてきたせいか、門番はそれを見てギョッとしている、と。
私はそう思ったのだが、続いた門番の言葉に、腕の中からエヴァンを振り仰ぐ事になる。
「ダンジョンで死んだんじゃ!?」
いや、見ての通り、ピンピンしてるけど。
確かに、数時間前に死にかけてはいたけど。
エヴァンも苦笑してるよ。
「幽霊に見えるか?」
「いや、見えないさ! 早く組合へ戻った方がいいぞ? あまり見た事がない奴らが、言い触らしていたからな」
肩を竦めたエヴァンに、門番はブンブンと首を振り、冒険者組合の方を示す。
何か、キナ臭くなってきた?
(エヴァン、アンディではないよね?)
腕の中の私へ頷いて見せてから、エヴァンは鋭い眼差しを門番へ向け、ニヤリと笑って口を開いた。
「俺が死んだと?」
「エヴァンさんを名指しはしてないが、貴族の息子を迎えに行った冒険者が、後から迎えに来た冒険者が、その息子と一緒に死んだと……」
(それって……)
「カネノ様なら……」
目を見張る私。リュートは小首を傾げ、背中にいるどら息子を見やる。
「詳しく話してくれ」
凄絶な笑顔を浮かべたエヴァンは、そう言いながら、門番の肩を片手で掴む。
何故、片手かって? 手加減じゃないよ。私が腕の中にいたからです!
それは置いといて、若干というか、かなり怯えた門番から説明を受けた私達は、どら息子を叩き起こして、冒険者組合へ向かう事にした。
麻痺? 幸いにも、ほとんど抜けてて、あがあがじゃなかった。
――ちょっと残念だと思ったのは内緒だ。
(あのネズミ顔男、一人じゃなかったみたいだね)
「あぁ。多分、二人で待機していて、他の冒険者が消えたら、カネノを始末しようとしてたんだろ」
私達は、冒険者組合へ向かいながら、そんな殺伐な会話を交わしていた。
「その通りだよ。あの水を飲ませてくれた二人連れがいなければ、ボクはキミ達が来る前に殺されていただろう」
エヴァンの推測に、麻痺が抜けたカネノが頷き、落ち着いた口調で説明する。
初対面の落ち着きのなさは全くなく、地味目な顔ではあるが、穏やかな貴族子弟って感じだ。もうどら息子感もないから、名前を呼んでるよ。
裏切られ、死にかけて、さらに体を張って助けられ、彼の内面で色々変わったらしい。とんでもなく良い方へ。
「間に合って何よりだ」
(私達が合流しちゃったから、あいつら作戦変えたんだろうね。寄生と見せかけ、背後からあの毒塗ったナイフでサクッとするのに)
「あの毒なら、掠り傷でもアウトだからな。一人は計画を変更した事を、先行した仲間へ伝えに戻ったってとこだろう」
「そうだと思う。麻痺していても、耳は聞こえていたんだが、普通に始末する計画をされてたよ……」
元気出せ、カネノ。少しぐらいなら、抱かせてやるぞ?
「ダンジョン内なら、証拠は消えるからな」
エヴァンも同情たっぷりな表情で、カネノの肩を叩いている。
(あと、エヴァンが上級冒険者だとは知らなかったんだろうね)
「ま、さすがに上級冒険者相手なら、しないだろうな」
私が笑い声混じりで相槌を打つと、エヴァンはニヤリと笑って、首から下げた金色の札を見えるようにちらつかせる。
「組合長は上級冒険者なのか!?」
エヴァンの見せた金色の札に、カネノはカッと目を見開き、初対面の時のような興奮を見せる。
冒険者はカネノの憧れだもんね。上級冒険者なんて、まさに憧れの最終形だよ。
「まぁな」
「色々話を聞かせてくれないか?」
「良いぜ。――あのクズ達を始末してからな」
「あぁ! ……そう言えば、先日は寝てる時に、無断で触ろうとしてすまない」
エヴァンの言葉に、嬉しそうな笑顔で返したカネノだったが、私を視界に入れると急に申し訳なさそうな表情をし、唐突に頭を下げる。
(別にいいよ。リュートの首締めで懲りただろうし)
カネノには言葉は通じないのはわかっているので、体全体で気にしてないアピールをしておく。
「ハルは気にしてないみたいだな」
エヴァンが何となく通訳してくれ、カネノが力なく笑う。
「嫌われなくて良かったよ。今度からは、きちんと許可を得るから、触らせて……」
ん? 何でそこで切るんだろう。
怯えてるみたいにガクガクして、私の背後を見てる? 麻痺ぶり返したか?
「リュート、何て顔をしてやがる」
目を細めたエヴァンが、私の背後にいるリュートへ呆れたように声をかける。
実はずっと無言だっただけで、リュートは私を抱いて一緒にいたのだ。
カネノが歩けるようになり、私をエヴァンから奪い取った(本当にそんな感じだった)リュートは、私のもふもふに顔を埋めて、ずっとハスハスしてる。
で、そのまま、エヴァンとカネノの後ろを歩いていた。器用だと思う。
すれ違う皆様からは、生暖かい眼差しをいただいてますが、もう気にしません。
私はエヴァンの呆れ混じりの台詞に、リュートを振り返るが、そこにあるのは幸せそうに蕩けた笑顔だ。
(リュートが可愛すぎたか?)
「何でそうなる?」
エヴァンは苦虫を十匹くらい噛んだような笑顔で、力なく突っ込んでくるが気にしない。
リュートが可愛いのが悪いんだよね?
「違う! 少しは緊張感を持て……」
エヴァン相手でも駄々漏れたらしく、全力の突っ込みが来た。
もー、冗談なのに。百分の一ぐらいは……。
「って事は、ほぼ本気じゃねぇか!」
(あ、バレた)
また駄々漏れた。気を付けよう。
兄貴なエヴァンは付き合いが良いから、キレのある突っ込みが来るなぁ。
「あの、組合長もハルも、少し落ち着いた方が良いんじゃないか?」
最終的には、すっかり穏和で地味目な青年と化したカネノから、柔らかい苦笑でたしなめられた。
さっきのガクガクからは、復活していたらしい。
「あ、あぁ、そうだな。ちょうど、見えてきた事だし」
(うん、そうだね。何か、騒がしいね)
「組合長が亡くなったと勘違いしているせいか、騒がしいというか……。どうやら、父も来ているようだ」
「……」
気合を入れて、私達は顔を見合わせて笑い合う。
リュート以外は。
いい加減、帰ってきなさい。
あ、でもリュートが正気だと、仲間達を庇っちゃうから、このままの方がいいのか?
(よし、リュートが私に夢中なうちに、ボンボン達から言質を取るぞ!)
「……まぁ、俺も賛成だな。ハルの言うボンボンってのは、ノーマンの事だろう」
(うん、そう。行こう、エヴァン)
寄生虫は駆除しないとね?
真っ白なもふもふを揺らし、真っ黒く笑っていると、お尻の辺りがもぞもぞと。
そう言えば、私も何かに寄生されてたな。
ボンボン達に比べれば、可愛らしいもんだけど。
「お前、見た目より、結構……」
(ふふ、幻滅した?)
「いや、ハルが人間の女だったら、口説いてる」
(なに、このイケメン、怖い)
ポンポンと。そんな会話を緩くしながら、エヴァン率いる私達は、ざわついている冒険者組合のドアを、勢い良く開ける――。
「今帰ったぞ!」
(悪い冒険者はいねぇか〜?)
私の台詞に、キメキメなエヴァンが、躓いた。
わ、私のせいじゃないし!
リュートがほとんど喋らない回でした。
次回は、悪役モブ顔冒険者再び。




