瀕死からの。
まず初めに。
私は好きなキャラは、敵にしろ、味方にしろ、滅多に殺しませんから。
死ぬ事に意味がないなら特に。
「エヴァンさん!」
レッサードラゴンの眉間に剣を突き立てていたリュートが、心配そうにエヴァンの名前を呼ぶ。
(エヴァン!)
手が離せないリュートに代わり、尻尾を収納した私が、倒れたエヴァンへ転げ寄る。
どら息子は、まだ気絶したままだ。まぁ、気絶しただけだろうし、放置だ。
(エヴァン、しっかり!)
私の声はエヴァンに届かないのはわかってるから、甘えるように体全体を擦り付ける。
「あ、あぁ、ハルか……? 怪我はない、か? 無茶しやがって……」
うっすらと目を開けたエヴァンは、力ない声でそう言うと、私の毛並みを撫でる。その手にも力はなく、すぐに落ちてしまう。
(エヴァン!)
『状態異常 猛毒(致死)
チトリカブトによる猛毒状態』
鑑定し直したけど、ヤバいんじゃないか?
(リュート、毒消しってないの!? チトリカブトってのが、原因らしいんだけど!)
「チトリカブト、ですか? いえ、毒ムカデの毒消しなら、用意はあるんですけど」
そうだよね。どら息子を始末するために用意してたんだし、普通の毒消し使えるような毒じゃないんだろう。
と言うか、あの悪役モブ顔冒険者達、やっぱり初犯じゃないよな。手慣れてやがる。
ネズミ顔男が生きてれば、解毒薬とか持ってそうだけど、今頃、あの巨大土グモの腹の中だろうし。
(リュート! 魔法陣って、何処に出るの?)
出るのが町の側なら、助かるかもしれない。
「ダンジョンの出口です!」
(じゃあ、間に合わないね……)
どう見たって、エヴァンは虫の息だ。逆に、どうやって動いてたんだろう、ってぐらいだ。
レッサードラゴンが息絶えたのを確認して、駆け寄ってきたリュートが私の傍に膝をつく。
「エヴァンさん!」
(もう意識はないよ。この部屋って、ボスを倒したら入ってきた扉って開けられるの?)
私は泣きそうなリュートを見上げ、ある事を試してみる事にする。その為には、いくつか確認しないといけない。
「内側からなら。外側からは、俺達が出ない限りは開きません。あと、レッサードラゴンも、一度出ない限りは復活しませんけど」
私の質問に答えながらも、リュートの目はエヴァンから離れない。多分、エヴァンが助からない事を覚悟し、最期を看取る気なんだろうけど。
リュートから聞いた答えは、これから私のする事には渡りに船だ。
(リュート、少し離れて)
私は諦め悪いから。
何より、エヴァンの事は好きだし、リュートを泣かせたくない。
「ハルさん!?」
リュートの驚愕の声を無視し、私はゆっくりと体のサイズを変えて、大きくする。エヴァンを包めるぐらいに。
(リュート、離れて)
もう一度、語気を強めて言うと、リュートがやっと動き出す。
(まだ死んでないなら……)
間に合うはず。
うっすらと目を開けたエヴァンを、私は大きくしたもふもふの毛並みで包み込む。
まずは、しっかりとエヴァンをもふもふを蠢かして確認する。
エヴァンは気絶したらしく、動かない。呼吸は弱いけど、まだある。
うん、体格はリュートより筋肉質だね。って、違う、そうじゃなかった。
多分、私のもふもふなら、出来る。
最初は、エヴァンの体内の異物である、チトリカブトの毒を吸収してしまう。
生き物から任意での吸収は、水分を除けば初めてだから、緊張するけど。
成せばなる。
女神様、お願いします!
他に祈るべき存在は知らないし、女神様へ祈りながら、私は意識を集中する。
血とか生気とか、吸わないように。
毒だけ毒だけ。
そう繰り返していると、もふもふの中の反応が変わる。
冷たかったエヴァンの体が温かくなり、細かった呼吸も落ち着いてくる。
私がほぅ、と息を吐くと、リュートが愕然とした表情で呟いた。
「ハルさん、まさかエヴァンさんを……?」
(食べないから!)
何、その狂気的な愛は。
ダンジョンに食われてしまう前に、自分が食らうと?
(治療してるの! エヴァン、生きてるから!)
リュートのとんでもない勘違いを、慌てて訂正し、私はリュートを睨み付ける。
まさか、シリアスな私の横で、そんな勘違いをしていたとは。
いや、ある意味シリアスなのか?
「すみません! ……でも、俺以外の人間が、ハルさんのもふもふの中にいるんですね」
ん? 謝った後、リュートが何か言ったな? エヴァンを気にしてたら、聞き逃したよ。
「引きずり出したいです……」
何を!?
内臓? 内臓なんですか?
確かに、私の内臓は謎だけど、引きずり出されるのは、いくらリュートでも嫌だなぁ。
(却下で)
良く分からないけど、嫌な予感しかしないし。
「わかってます」
あれ? ちょっと不服そうだし、これはヤキモチ妬いてる顔だ。
何にだ?
「今はエヴァンさん優先ですよね」
ムスッとしてるリュートも可愛いな。
エヴァンが無事で、安心したのもあるんだろう。
私はもふもふでリュートを弄りながら、エヴァンの外傷へ治療を施す。
幸いにも、ナイフの傷自体は浅く、出血も少ない。すぐに塞がったみたいだ。
あとは、意識さえ戻れば、大丈夫のはず。
後遺症とかないと良いけど。
「う……あ? なんだ、こりゃ!?」
悩んでるうちに、エヴァンが目を覚ましてしまったらしい。
失敗した。さっさと吐き出すべきだった。
驚いたエヴァンが、もふもふの中で暴れている。
うぅ、いつものお尻の比じゃないぐらい、もぞもぞする。
(リュート、説明してくれる?)
「あ、はい! エヴァンさん、落ち着いてください! 大丈夫ですから!」
私のもふもふと戯れていたリュートが、外からエヴァンへ叫び、エヴァンを落ち着かせてくれる。
「リュートか? 何なんだ、これ。とんでもなく肌触りがいいな」
(そう? ありがとう)
「いや、本当の事だからな」
やっぱり毛並みを誉められると嬉しいよね。
そう思いながら、私は慎重にエヴァンを吐き出す。
リュートは、いつも自分で這い出してるから、勝手が違うんだよね。
「……ここは、中ボス部屋だよな? 俺は、毒食らって倒れなかったか?」
「それは、ハルさんが……」
もふもふから吐き出され、怪訝そうに周囲を見渡すエヴァンに、リュートは私を示す。
「ハルか、これ!? ずいぶん育ったなぁ」
振り返ったエヴァンは、改めて私を確認し、目を見張っているが、そこに恐怖や嫌悪は見えない。良かった、エヴァンなら大丈夫だとは思ったけど。
(サイズを変えただけだよ。育ってはいないから)
「ケダマモドキは、そんな事が出来るのか? それとも、ハルだけ特殊個体なのか?」
(わからないよ、仲間は物心ついた時にはいなかったから)
「比較する相手がいないって事か。っと、そう言えばカネノは無事か?」
エヴァンの言葉に、私もやっとどら息子を思い出し、視線を巡らして、気絶したままの姿を同じ場所に見つける。
(大丈夫、気絶してるだけだよ)
「よし、貴重な生き証人だからな」
そうだった。どら息子を連れ帰った時の、ボンボン達の反応が見物だよね。
エヴァンと一緒に若干黒く笑っていると、大きくしたままの私の体に、ばふっとリュートが抱き着いてくる。
「ハルさん……」
(なに?)
「俺はハルさんの一番ですか?」
何故、突然の甘えたモードなんだ? そのチワワみたいなうるうる目は止めなさい。可愛いじゃないか。
しかし、さっき、返り血塗れで、レッサードラゴンの眉間を突き刺していた気迫は何処行った?
(当たり前でしょ? リュートは私の大切な……)
「大切な?」
問い返され、少し悩む。
仲間は――絶対違うな、ボンボン達と同列は嫌。
相棒――うきょ……ゴホゴホ、これも違うな。
とりあえず、色々ひとまとめして。
(家族、かな。ちょっと、図々しい?)
「いえ、いいえ! 嬉しいです!」
ギュッとしがみついたせいで、リュートの姿がもふもふの中に半ばまで埋もれる。
リュートに見えない後ろ側では、エヴァンが私のもふもふ内に腕を突っ込んで、中を探ってるし。
擽ったいので、止めて欲しい。
(エヴァン、それ擽ったいから止めて)
「あぁ、悪い悪い。つい中身が気になってな」
(乙女の秘密を覗かないように)
「あー、女だったな、ハルは」
女呼びだけど、メス呼ばわりしないだけ、エヴァンも気遣いが出来る男だよね。
(そろそろ戻るよ。外じゃ目立ち過ぎるし)
「確かにな。女子供にはウケそうだぞ?」
(嫌だよ。あんまり、知らない相手にはベタベタされたくない。それに、リュートの腕の中が一番落ち着くからね)
私はデリケートなモンスターなんですぅ。
嘘だけど。
ついさっきまで、レッサードラゴンの口の中にいたぐらいだし。
そんな事を考えながら、私は体のサイズを、いつものサイズに戻し、リュートの腕の中へ飛び込む。
ずっと腕を広げて待ってたから、期待には応えないと。
「仲良しだな、お前らは」
(らぶらぶなんですぅ)
「馬鹿っぽいぞ、その喋り方」
(わざとだからね?)
「だろうな……ん? リュートどうした?」
エヴァンと軽口を叩き合っていると、リュートが何とも言えない顔で私達を見ている。
(あ、そっか。早くどら息子を連れ帰らないとね。エヴァンは生き返ったし)
「あぁ、それでか」
私はリュートの何とも言えない表情を、どら息子の事を放置しているせいだと思い、どら息子を見やって頷いて見せる。
エヴァンも納得した様子で頷き、どら息子の方へ歩いていき……。
数歩進んだ所で不意に振り返ったエヴァンは、真剣な顔で私とリュートを見つめる。
「そう言えば、言いそびれたぜ。
二人共、ありがとな。リュートとハルがいなければ、俺は確実に死んでた」
そう言って、深々と頭を下げたエヴァンは、しばらくして頭を上げると、照れ臭そうに笑う。
「いいえ、俺は何もしてません。エヴァンさんを助けたのはハルさんですから」
「俺が言いたくて礼を言ってんだ。黙って受け取っとけ」
殊勝な表情で謙遜するリュートより、礼を言ったエヴァンの方が偉そうだ。
(どーいたしまして)
ま、偉そうにしたのはわざとだってのは見え見えなんで、私も偉そうに返しておこう。
「おぅ」
軽く返してくるエヴァンだが、耳が赤いぞ?
毛並みを揺らして笑っていると、リュートがぽふっと顔を埋めてくる。
「……あの、何で気付かないんですか?」
ぐりぐりと甘えるように、リュートが顔を擦り寄せてきて、拗ねたような声で問われる。
(ん? 何が?)
「ハルさんとエヴァンさん、普通に会話してますけど」
リュートの指摘に、私とエヴァンは、顔を見合わせて、しばらく無言になる。
(え?)
「あ?」
自然に会話しすぎて、気付いてなかった。
そりゃ、うちの可愛い子が拗ねる訳だよね。
まぁ、皆さん予想されてるでしょうが、エヴァンは死にませんでした!(礼)
いつも、読んでくださって、ありがとうございます!




