お宅訪問
第一異世界人再び。
「エヴァンさん、次行きましょう」
「あ、あぁ、そうだな」
ボンボン達の尻拭いのため、エヴァンとダンジョンへ潜ったリュートだが、進むにつれて、エヴァンの顔がなんともいえない表情になっていく。
今も相槌が、微妙に乱れた。
別に疲れた訳ではないと思う。
二人が強いから、一階層と二階層は、ほぼノンストップだったし。
いやぁ、ちょー楽だよ。
さすが、上級冒険者。格が違うね。
リュートも強いけど、エヴァンはさらに強い。
リュートは目をキラキラさせて、エヴァンの戦う姿を見つめてる。
私はリュートの肩へしがみついて、時々摘まみ食いしながらも、存在を消してる。
下手に動くと、エヴァンに斬られそうなんだよね。地味に怖い。
あと、状態異常のせいか、お尻の辺りが時々もぞもぞする。
ダンジョンから帰ったら、リュートに確認してもらおうと思う。忘れなければ。
「……よし、三階層へ下りるぞ」
「はい。ノーマン達が五階層まで下りたって事は、ハルさんの仲間は三階層にいなかったんですかね」
(そうだね。私自身も、仲間は見かけなかったし)
「そう言えば、ハルはこのダンジョン生まれだったか」
「はい。ハルさんは、命の恩人なんです」
(リュートは私の名付け親だよ)
エヴァンには通じないけど、つい会話に参加したくなり、口を挟む。
エヴァンはボンボン達とは違って、リュートが私と話していようが気にしないので楽だ。
「そうなのか。珍しいよな、ここまで人懐こいモンスターも」
(確かに、どのモンスターも問答無用で襲ってくるね)
「ハルさんは特別なんです」
(喋れるもんね。リュート相手限定だけど)
「完全に人間の言葉を理解してるみたいだしな」
リュートの肩に乗ったままの私を、エヴァンがわっしわしと撫でてくる。
ちょ、落ちる、落ちる。
「エヴァンさん、ハルさん落ちそうです!」
「お、悪い悪い。触り心地が良くて、つい」
私の状態に気付き、リュートが慌ててエヴァンを止めてくれ、豪快に笑いながらエヴァンは軽い口調で謝ってくれた。
(しょうがないから許してやろう)
リュートの肩の上で胸を反らして伸び、私がわざとらしく偉ぶって言うと、エヴァンの顔から笑みが消える。
「何か偉そうな事を言われた気がするな」
鋭いな、エヴァン。
睨まれているので、視線を外しておく。念のため、目を閉じてエヴァンへお尻を向ける。
「……尻向けてねぇか?」
気のせい、気のせい。
ゆらゆらと体を揺らしていると、諦めたのか、エヴァンの視線を感じなくなる。
そっと目を開けると、二人は毒ムカデの群れと戦闘中だった。
気を抜きすぎたと、心から反省した。
山も谷もなく、リュートとエヴァンは、サクサクとダンジョンを進んでいく。
ただ今の現在地は三階層の中程だ。
エヴァンが私のいた所を見たいというので、記憶を辿って案内する。
(確か、この辺で、骸骨剣士と遭遇したんだよね)
そう回想したのが良くなかったのかもしれない。
懐かしの第一異世界人(?)が、曲がり角の向こうから、登場してしまった。
(第一異世界人発見!)
「え、え? 第一、なんですか?」
「あー、確かにダンジョンに入って初のアンデット系だな」
私の馬鹿な発言にリュートはワタワタするが、エヴァンの方は余裕綽々な表情で、冷静だ。
「……三階層に、アンデットなんか出たか?」
「エヴァンさんが見た事ないなら、かなりレアなんじゃないですか?」
「回数潜ってても、ハルみたいに見た事ないモンスターもいたっていう前例があるからな」
訂正です。リュートも余裕綽々というか、通常運行だよ。
二人とも会話しながら、骸骨剣士をあしらってる、というか、エヴァンがリュートにアンデット?との戦い方実地で教えてるし。
さようなら、第一異世界人。
君の事は忘れないよ、三階層にいる間ぐらいは。
少しだけ、しんみりとした気分で、リュートの肩から飛び降り、骨の山になった骸骨剣士へ近寄る。
うん、綺麗なカルシウム感だ。
味見しよう。
しんみりとした気分は、食欲で何処かにいったので、崩れた骸骨剣士の吸収を試みるが、出来たのは収納までで、体内への吸収は出来ない。つまりは、これって……。
(リュート、骨死んでないよ?)
ペッと骨を吐き出し、私はリュートを仰ぎ見て報告する。
「ハルさん、骸骨剣士は死にませんよ。アンデットですから」
お腹壊しますよと、苦笑しながら説明してくれたリュートに、捕獲されてしまった。
食べてみたかったな、白い骨。
カルシウム感……。
私に必要があるかは微妙だけど。
名残を惜しんで骨を見つめていると、エヴァンに話しかけられる。
「ハルが、何でも食うって話だったが、骸骨剣士を食いたかったのか?」
うん。カルシウム感希望。
伝わらないのはわかってるので、頷いて見せて、リュートの腕の中でもふもふを萎ませて凹んでおく。
さようなら、第一異世界人。
繰り返しになるけど、君の事は忘れないよ。
(食べてみたかったな、ラムネみたいで美味しそうだったし……)
食べ損ねた相手としてだけど。
「ハルさん?」
(ナンデモナイヨ? あ、後方から第二異世界人が来たよ?)
「第二? あぁ、また骸骨剣士ですか」
私の緩い警告で身を翻しながら、リュートは斬撃が効かないらしい骸骨剣士を、鞘に入ったままの剣で叩き散らした。
早速実践で生かせる辺り、エヴァンから習った事は、しっかり身についたらしい。
「リュート、お前、それで初級なりたてって、詐欺だぞ?」
援護しようとしたのか、エヴァンが剣に手をかけたまま、何とも言えない顔をして呟く。
リュートはリュートで、
「はい! 初級の名に恥じぬよう頑張ります」
と、斜め上な答えを返してるし。
やめてあげて。エヴァンがずっこけそうになったよ。
照れ隠しなのか、エヴァンが第一異世界人な骸骨剣士の頭蓋骨を蹴り転がした。
転がった先でカタカタ鳴ってるから、本当に生きてるらしい。
しばらくしたら、骸骨剣士に戻るんだろう。
(あの鎧って、自分で着るのかな?)
「着せてあげたという話は聞きませんね」
主語がない呟きを、リュートはきちんと理解してくれたらしく、小さく笑って震えている骨を見下ろしている。
「復活しないうちに行くぞ?」
「はい!」
(はーい。この先、道なりだよ)
先を行こうとするエヴァンに、緩い返事をして道順を教える。
「この先、道なりだそうです」
実際に伝えるのはリュートだけど。
私の記憶通り、道なりにしばらく歩くと、見覚えがある行き止まりの空間に辿り着いた。
(ここだよ)
リュートの肩から飛び降り、私は産まれた場所というか、意識を取り戻した場所へ、一足先に飛び込む。
安全だとは思うけど、一応ね。
私なら何かがあっても、大概の事は最強もふもふが防いでくれるし、万が一、同族がいたら、人間に驚いて逃げちゃうから。
(残念ながら、同族はいないみたいだよ)
入口で待ってくれているリュートとエヴァンへ声をかけてから、私は誰もいない辺りを見回す。
行き止まりの空間は、少し膨らんでいて、ちょっとした部屋のようだ。
セーフゾーンほど、広くはないけどね。
一番奥の壁際には、枯れ草が集められ、何かがそこで暮らしていた形跡がある。
(懐かしいとかはないな)
枯れ草へ飛び込んでみたが、特に何の感情も湧かなかった。
「ここがハルさんの家だったんですか」
「こんな所があったとはな」
リュートとエヴァンが、興味深げに私の住み処だった場所を見回している。
(特に同族の手がかりはなさそうだね)
置き手紙とかもなさそうだし、何かに襲われた形跡もないな。
やっぱり、何かの理由で住み処を変えた時に、置き去りにされたんだろう。または、緩い女神様が、送り込む場所を間違えた、とか。
後者の方が、とても可能性が高そうだ。
「残念ですね」
悩んでいたら、私が寂しがってるとでも思ったのか、リュートが私を抱き上げて慰めてくれる。でも、慰めてくれる、リュートの方が寂しそうだ。
(私にはリュートがいるから、そんなに残念じゃないよ)
「ハルさん……っ」
感極まったリュートに、ギュッと抱き締められ、頬擦りされる。
「おーい、そろそろ下の階層に行くぞ。先に行った奴らが、お仲間と合流してるかもしれないからな」
リュートとイチャイチャしてると、くく、と笑っているエヴァンに声をかけられる。
エヴァンは器が広いよね。ボンボン達なら、ボロクソ言われてるよ、確実に。
「はい! 行きましょう、ハルさん」
(そうだね)
正直、迎えに行きたくはないけどね。
「しかし、せっかく寄り道したが、あいつらの痕跡はなかったな」
「……そうですね。無事だといいんですが」
(あの言いにくいんだけど、私の住み処の事、あいつらに話してないよね?)
私の指摘に、リュートが目を見張って、あ、と声を洩らす。
「どうした?」
「えぇと、ですね。実はここの事、仲間には言ってないんです」
「そりゃ、痕跡ある訳ないよな」
申し訳そうなリュートに、エヴァンは気にした風もなく笑いながら、ガシガシと髪を掻く。
「……そう言えば、寄生してたんだから、下手な寄り道も出来ないか」
リュートを慮ったのか、エヴァンは続けた台詞を小声で呟き、未だに申し訳そうなリュートの頭をポンポンと叩く。
私も、それ言おうと思ったけど、止めといたんだよね。リュートが気に病むだけだし。
「ま、大した時間はかかってないから、すぐに遅れは取り戻せるさ」
「はい!」
元気良く返事をしたリュートは、早速遅れを取り戻すつもりなのか、明らかに歩調を速める。
エヴァンも遅れる事なく並走……歩いてるから並歩かな。そんな言葉があるかは知らないけど。
二人共、身体能力も高いし、体力もあり余ってるから、ほぼ駆け足な速度の歩みでダンジョン内を進んでいく。
トラップ? かかってますよ?
三階層からは、一気に増えるみたいだし。
落とし穴は開く直前に、飛び越えてるし、飛んで来る矢とか石は、バシバシ撃ち落としてるけど。
毒ガスとか不可避以外は気にしないそうデス。
某冒険者組合組合長の話によると、だけど。
私にもわかるよ。
これは常識じゃないでしょ? まったく、
(脳筋共め)
「のーきん?」
「お前のとこの生意気なリーダーか?」
「それはノーマンです」
「あー、そんな名前だったかな」
内心でからかうと、リュートに駄々漏れ、さらにすっとぼけた相槌がエヴァンから返ってくる。
緩い、緩すぎる。
あの女神様並みに緩いって、この会話。
こんな緩い会話をしている二人が、今何をしているかと言うと……。
「あ、踏んじまった」
エヴァンが不注意で発動させてしまった、定番なトラップ――狭い通路で大岩ゴロゴロな、大岩に追いかけられていた。 全く焦る気配もなく、二人は壁にあった避けるためのスペースまで余裕で走り、大岩をやり過ごした。
私が言えた事じゃないけど、ちょっとは動揺とか焦りはないんだろうか。リュートもエヴァンも。
ダンジョン探索って、もうちょっとハラハラしてても良いと思う。
まぁ、リュートもエヴァンも、楽しそうだからいいか。
目的、忘れてないよね?
――忘れてても、ぜーんぜん、構わないけど。
そんな事を駄々漏れないように考えて、私は一人ほくそ笑んだ。
第二異世界人はリュートじゃね? という突っ込みはなしで。
感想、評価ありがとうございます。




