カエルの子はカエル
シリアスっぽいですが、ハルさんですから、シリアスにはなりません。ハルさんですから(二度目)
(結局、こうなるんだよね)
ダンジョンへ向かうリュートの肩の上。
私はリュートにしか聞こえないとわかっていても、思わず毒づく。
リュートは一人ではなく、隣にいるのは、何とエヴァンだ。
何故、この二人でダンジョンへ向かう事になったかというと、話は少し遡り――。
(どら)息子が帰って来ないと乗り込んできた、ヒキガエルみたいな父親、ナリキ男爵。
喚くだけ喚いてから、受付カウンター内のアンナさんに詰め寄った。
「さっさと冒険者を向かわせて、わしの大切な息子を保護しろ!」
「申し訳ございませんが、そのような危険もあるのが、冒険者です」
アンナさんは動じる気配もなく微笑み、ナリキ男爵の横暴な要望を流す。
そりゃそうだろ。
冒険者は危険な職業だ。
命を落とす危険性も高いだろう。
みんな、それを覚悟でしてる筈だ。
いわゆる、自己責任。
「何を言ってるんだ、貴様! カネノはわしの息子だぞ? 貴族なんだぞ?」
うわ、嫌な言い方。
リュートは混ざろうとするな。
(ちょっと待機してて。ややこしくなるから)
色々と言いたそうな素直を黙らせて、私は成り行きを見守る。
「どなたのお子様だろうと、冒険者は冒険者です。特別扱いはありません。こちらが依頼した調査任務などではない限り、行方不明になろうが預かり知らぬ事となります」
鉄壁の笑顔と正論で、アンナさんは冷静にナリキ男爵の怒声を受け流す。
「何を!? カネノはわしの息子だ! そこら辺の冒険者風情とは、命の価値が違う! わかったなら、さっさとカネノを助けに行け!」
あ、完全に冒険者達を敵に回したよ、ナリキ男爵。
どうするんだか。
「あなたのお子様を助けるため、他の冒険者達に危険を冒せと?」
アンナさんの声が低くなった。いくら、建前で自己責任だとか思っても、アンナさんを含めた受付陣はみんなの無事を祈ってると思う。
その命を軽んじるような事言われれば、イラッとするよね。
特に親子共々態度悪いから。
「失礼ですが、お子様は依頼を出して、危険を承知でダンジョンへ行かれたのですから、自己責任です」
てめぇの意思で行ったんだから、てめぇでケツを拭けってなもんだよね。
「てめぇ? ケツ?」
ヤバい、駄々漏れた。
リュートが小首を傾げて私を見ている。
(何でもないから忘れて)
リュートがそんな汚い言葉使っちゃダメ絶対。色々とダメージが大きいから。
「なら、わしが依頼を出してやる! 金ならいくらでも出すんだ! さっさとわしの息子を迎えに……」
そう来たか。
まぁ、それが無難だよね。
最初にそれを言えば、もしかしたら、一パーティーぐらいなら受けてくれていたかもね。
でも、ナリキ男爵。あなたはあれだけ冒険者達を馬鹿にしたんだからね。
今いる冒険者達は、受けてはくれないよね。当然だけど。
誰一人動こうとしない中、ナリキ男爵のこめかみがピクピクと震える。
「貴様ら、貴族であるわしに逆らってタダで済むと……」
室内の空気が不穏になりかける中……。
「おい、ここで一番実入りが良い依頼を寄越せ!」
ある意味空気が読めるタイミングで、初めて見る冒険者パーティーが入ってきた。
筋骨隆々で悪人モブ顔な冒険者達は、中の微妙な空気を感じる事もなく、受付カウンターへ向かい、明らかに場違いなナリキ男爵を見つける。
「お貴族様か。依頼に来たのなら、俺達にしておけよ。そこら辺の弱っちい冒険者とは、格が違うからな。格が!」
ガハハと豪快に笑う姿に、ちょっと感動してしまった。
典型的な小物過ぎて。
弱い扱いされた他の冒険者達も、怒るのを忘れて、ポカンとしている。
「うむ、そのようだな。おい、組合を通さず依頼を出しても問題はないな?」
ナリキ男爵は親近感を覚えたのか、大仰に頷いて見せ、貼り付けたような笑顔のアンナさんへ話しかける。
「……構いませんが、トラブルがあった場合、そちらで対処していただく事になりますが」
「構わぬ! 自己責任と言ったのは、そちらだろうが」
あ、唾飛んだ。さすが親子。
「ハルさん、俺、ノーマン達を迎えに行きたいです」
(待って。あいつらが行ってからにしよう。揉めるから)
我慢しきれなくなったのか、私を両手で持ったリュートが、目線を合わせて訴えるのを押し留め、私は騒がしい一団が消えるのを待つ。
アンナさんが言ったトラブルって、代金の未払いとか、約束した金額より高い金請求されたりとかのトラブルなのに、きっと。
ま、金持ちだし、大丈夫か。
「ハルさん、ハルさん、俺達も行きましょう?」
(貴族様の息子はともかく、あいつらは迎えに行かないとね)
正直、死んでても構わないけど、ダンジョンの中で死なれたら死体が残らないから、困るんだよね。
いつまでもリュートが気にしそうで。
ダンジョンで死ぬ時は、リュートをパーティーから脱退させた後でお願いします。
そんな内心を押し隠し、私はもふもふをゆっくりと揺らす。
(貴族様の息子だけ救出されて、あいつらは置いてかれそうだからね)
「守るべきカネノ様がいなければ、ノーマン達は楽に帰って来れそうですけど……」
(別れた時は、二階層だったからね)
いくらあいつらでも、何とか帰ってくるだろうと、私ですら楽観的に思っていた。
「……ノーマンって、リュートの仲間だったのか。そいつらなら、五階層だぜ?」
私達の会話、と言うか、リュートの言葉に反応した冒険者が話しかけて来て、とんでもない爆弾をくれた。
「まさか、いくらノーマン達でも、五階層は……」
リュートの慌てようからすると、五階層はヤバいみたいだな。
私がいて、リュートが苦戦していたのが三階層だから、それ以上に強い敵がいるのかもしれない。
だとしたら、ボンボン達なんて瞬殺されそうだけど。
私の疑問は、冒険者の苦笑い混じりの次の台詞が解消してくれた。
「リュートのお仲間、寄生してたんだよ。俺達のパーティーに」
冒険者の苦笑いから察するに、ボンボン達は強そうなこのパーティーの後ろへピッタリくっつき、五階層まで降りたのだろう。だから、寄生。
つーか、セコい。
(リュート、寄生ってルール的には良いの?)
「モンスターをなすりつけたりしなければ。あまり誉められたやり方ではないですけど。カネノ様を無事に連れていくため、ついやってしまったんでしょうね」
私へ小声で説明したリュートは、教えてくれた冒険者へ向き直り、深々と頭を下げる。
「仲間がご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「なすりつけとかの実害はなかったから気にしなくて良いさ。俺達も、そいつら、セーフゾーンに置いてきちまったし」
(置いてきたって、まさか……)
これ以上は聞きたくないけど、私の言葉はリュート以外の相手には伝わらない。
「朝早くに、そいつらが寝てる間に出発して、中ボスを倒した後、魔法陣で帰還したんだ、俺達は」
(リュート、魔法陣って何?)
やっぱりと思う一方、初めて聞いた単語に、リュートへ尋ねる。
「こう丸い図形で、地面や紙に描かれて、一定の条件を満たせば、描かれた魔法を発動させられるものです。中ボスを倒した所の魔法陣なら、転移陣だと思います。入口まで一気に戻れる筈だと」
(へぇ、そうなんだ)
「お前ら、相変わらず仲良いな。会話してるようにしか見えねぇよ」
リュートと顔を寄せ合って話していると、割り込むようにズイッと顔を寄せ、エヴァンがからかうようにそう声をかけて来た。
「はい、仲良しですから」
からかわれたと思っていないリュートが、全力で嬉しそうに答えたので、エヴァンは微妙な表情になりながら、ポリポリと頬を掻いてる。
「俺達も、ダンジョンへ行くので、これで失礼します。ハルさん、行きましょう?」
(はいよ。たまには迎えに行ってやらないとね)
しかも、即死の未来しかなさそうな五階層に置き去りらしいし。
「はい。いつもは俺が迎えに来てもらってますから」
リュートは優しい、いい子だなぁ。
いつも、その前に、ボンボン達がリュートを置き去りにしてるんだけどね。
思い出したら、ちょっと殺意が湧いてきた。
私がボンボン達の殺害計画をこっそり練っていると、エヴァンが真剣な表情で口を開いた。
「リュート、ダンジョンへ潜るなら、俺も一緒に行っていいか?」
「俺と、ですか? 俺は構わないですけど」
そう言ってリュートはチラリと、窺うように私を見つめる。
(私も構わないよ? エヴァンなら人柄も良いし、腕も折り紙付きだからね)
エヴァンにも伝わるように、大きく体を縦に動かして頷いておく。
実際、四階層からは未知の領域だから、保険はかけておきたい。
「ハルもいいみたいだな。じゃあ、リュートの支度が済み次第出発するので大丈夫か?」
「はい。俺達はすぐに出られます」
「なら、善は急げだな。アンナ、ちょっと出てくるから、後は頼んだぞ?」 ニヤリとアンナさんへ向けて不敵に笑ったエヴァンをお供に、私達はダンジョンへボンボン達を迎えに行く事になったのだ。
またしばらくダンジョン回です。
残念ながら、ボンボン達は生きているようです。
感想、ありがとうございます。




