ヤキモチリュート
シリアス……っぽく見せても、シリアスにはなりません。
ハルさんですから。
「かなり貯まりましたね」
イリスさんから受け取った買い取り代金を、リュートは袋を二つに分け、片方を私のもふもふの中に押し込む。
うむ、擽ったいぞ。
(リュート、私ならいらないよ?)
「でも、ハルさんと俺で狩ったんですから。ハルさんの物を買いましょう、これで。リボンとか髪飾りとか」
気に入ったんだね、リボン。
リュートは目をキラキラと輝かせて、私のもふもふを撫でている。
たぶん、見てるのはアニーが結んでくれたリボンだろう。
「あ、ハルさんが、リボンしてます! 可愛いですね〜」
イリスさんも、私のリボンに気付いて、可愛らしい声を上げる。やっぱり女性ウケがいいみたいだね。
「おー、なかなか可愛いな」
「首がないから、首輪は無理よね」
「尻尾も、ないよな?」
あれ、冒険者ウケも良かったようだ。
皆さん、ワイワイと私の何処にリボン着けるか討論始めたよ。
はいはい、首も尻尾もないですよ?
あと、戦闘中は外しますからね。
「ハルさん、ハルさん、これ着けてみません?」
ジト目で、いつの間に冒険者達の会話へ参加しているリュートを眺めていると、イリスさんがグイッと顔を寄せてくる。
イリスさんの手には、自分の髪に着けていたシンプルな青いヘアピンが……。
(お好きにどうぞ?)
抵抗を諦めた私は、目を細め、イリスさんの前でじっとして待つ。
「これは良いって事ですね〜」
うふふ、と笑ったイリスさんは、無抵抗な私の頭部にヘアピンを着け、満足げな表情を浮かべる。
「これで、お揃いです〜」
お揃い、流行ってるのか?
(ありがとうございます)
モンスターな私に必要かは微妙だが、気持ちは嬉しいので、感謝の気持ちを伝えるべく、イリスさんを真っ直ぐに見上げ、もふもふを揺らしてから、ペコリと頭を下げる動作をする。
「か……」
(か?)
「可愛いです、ハルさん、その動き!」
身悶えしたイリスさんは、我慢しきれなかったのか、カウンターの上にいた私を覆い被さるように抱きついてくる。
イリスさんのさっきの間は、ツボッたのを我慢していた間か。
おとなしくイリスさんに抱き締められていると、何処からか刺すような視線を感じる。
イリスさんは美女だから、嫉妬に狂った男性冒険者かな、と思って視線を向けると、そこにいたのは……。
(リュート……)
拗ねた顔をして、チラチラとこちらを窺う、私の中で一番の可愛い子の姿があった。
「ハルさんの浮気者……」
またか。本日二度目だよ。
ひっそりとため息を吐くと、私を抱き締めているリュートには丸聞こえだったらしく、ガーンと言わんばかりの顔をされる。
「ハルさん、怒ったんですか?」
(怒らないよ。ただ私は、リュートが嫌われないように、愛想振り撒いてただけなのに、ヤキモチ妬かれて、ちょっと困っただけ)
「……ハルさん、そんなに俺の事を」
素直ないい子で良かった。
リュートは感極まったらしく、拗ねてた事も忘れて、私へ頬擦りしている。
「あいつら、またやってるよ」
「本当に仲良しだね」
「と言うか、リュートがハルにベタ惚れなんじゃ?」
「違いない」
BGMは冒険者達のからかう声だ。悪意は感じないので、聞こえないフリをしておく。
冒険者組合の中で、痴話喧嘩じみた事を始めるぐらいだから、リュートは全く気にしていない。
そこに、奥の部屋からエヴァンが出て来る。
騒がしい面々に苦笑したエヴァンは、私達に気付くと不審げな表情で寄ってくる。
「リュート、お前らのパーティーは、あのどら……カネノの依頼を受けて、ダンジョンへ潜ってるんじゃないのか?」
真剣な顔をして尋ねて来たエヴァンだけど、さりげなくどら息子って言いかけた。周知の事実なんだな。
「はい。俺は足手まといで輪を乱すから先に帰れという、リーダーの指示に従いました。今日は、仲間を待つ間に出来そうな依頼を探しに来ました」
「あー、え、あ? お前らのパーティー、お前が抜けて大丈夫なのか?」
リュートの説明に一回納得しかけたエヴァンだが、すぐにギョッとしたようで、リュートの顔を窺う。
そうだよね。リュート達の真実を知ってると、そういう顔しちゃうよね。
エヴァンの背後で、状況を知った冒険者達も同じ顔してるし。
イリスさん、今、鼻で嘲笑った気がする。
ボンボン達、相当嫌われてるな。
こんな状況でただ一人、リュートだけは理解出来ず、小首を傾げてる。
もう、可愛いな。
「俺がパーティーで一番弱いですから、何の問題もないと」
「……一度、リュートとはじっくり語り合う必要がありそうだな。ノーマン達も交えて」
自分を卑下した風でもなく、心から思っているらしいリュートに、エヴァンは口の端を引きつらせ、わざとらしい朗らかな笑顔で、にこやかに言う。
語り合いって、エヴァン、それ、拳とか剣で語り合う気だよね、絶対。
「いいんですか? 皆喜びます。上級冒険者からお話が聞けるなんて!」
そんな血生臭い語り合いだと思う筈もなく、リュートは無邪気に喜んで、私をギュッと抱き締めている。
「あ、あぁ」
リュートの喜び様に、エヴァンは毒気を抜かれたらしく、柔らかく苦笑して、リュートの頭をポンポンと叩く。
よっ、兄貴!
私もリュートが仲間達への好意を示すから、毒気を抜かれるんだよね。
さっさと気付いて、見捨てればいいのに。
私は、エヴァンから適当な依頼を見せてもらってるリュートの横顔を見つめ、真っ白な見た目で真っ黒く思う。
けど、気付いてもリュートは仲間を見捨てないよね。
見捨てるとしたら、向こうだろう。
彼らの曇りきった眼差しでは、リュートの魅力も、本当の強さもわからないだろうから。
その時が、本当に楽しみだ。
リュートを失った彼らが、どう転落していくか。
「いましたよ、ハルさん」
(うん、あの子だね)
緊張感に満ちた私達の視線の先にいるのは、モンスター……ではなく、愛らしい子犬だ。
エヴァンが紹介してくれた依頼は、迷子の子犬探しだったのだ。
町中なら、飼い主が探せるだろう。しかし、不注意で町の外で逃がしてしまったらしい。
それで、冒険者組合へ依頼を出したそうだ。
確かに一日で終わりそうな、簡単な依頼だ。
「ハルさん、お願いします!」
(りょーかい)
森の浅い所で子犬を見つけた私とリュートは、挟み撃ちにする事にし、私はぶん投げられて、子犬の先回りをする。
華麗に着地……とはいかなかったが、空から降ってきた私に子犬は驚いて止まる。予定だったのだが――。
(懐かれた……)
もふもふは嫌いじゃないよ、嫌いじゃ。
緩い女神様が間違えて、もふもふに転生させてくれたぐらいだし。
どちらかといわなくても、ラブだよラブ。
だから、まとわりついてくる柴犬似な子犬なんて、天国なんだけど。
「俺のハルさんなのに……」
もう一匹の可愛い子のヤキモチが、ね。
無事に子犬を確保したのはいいんだけど、もふもふ感のせいで仲間だと思われたのか、子犬に舐められたり、かじられたり大変だった。
何とか待ち合わせの場所まで着いて……。
今はリュートの腕に避難させてもらってるのだが、子犬はきゅんきゅんと鳴いて、リュートの足へよじ登ろうとしている。
(母親だと思われたのかな)
「まさか、ハルさん、本当に産んだんじゃ……」
私の冗談に、リュートが愕然とした表情で、私と子犬を交互に見つめている。
(産んでないから)
簡潔に突っ込んで否定しておく。
しっかり否定しておかないと、また拗ねそうだからね。
しばらくして、やっと依頼主である飼い主の女性が来て、きゅんきゅんと鳴いている子犬を連れ帰った。
子犬があまりにも私に懐いているので、飼い主は優しく微笑んで私を撫で、
「たまにで良いから、この子に会いに来てあげて」
と、言い残して。
(予定より早く終わったけど、どうする? 達成報告は済んだけど、冒険者組合へもう一回顔出して、新しい依頼を受ける? それとも、宿屋に戻ってイチャイチャする?)
子犬が去った方向を、ジッと見つめているリュートを腕の中で仰ぎ見て、私は悪戯っぽく尋ねる。
「イチャイチャが良いです」
うん、即決だった。
(じゃあ、まったりイチャイチャしよっか)
今日は、何かヤキモチを妬かせてばっかりだったから、帰ったら思う存分甘やかしてあげよう。
「はい。明日にはノーマン達が戻って来ますから、二人きりになれませんし」
嫌な情報をありがとう。
リュートは仲間が戻って来るのを楽しみにしてるみたいだけど、私は全然楽しみじゃないからね。
機嫌の直ったリュートに抱かれながら、私はひっそりと息を吐く。
よし、きっとボロボロになって帰ってくるだろうから、その姿を見て嘲笑うのを楽しみにしてやる。
リュートに駄々漏れないよう気を付けながら、私はそんな決意をしたのだが……。
リュートとのイチャイチャな半日を過ごし、次の日も、リュート的には軽い依頼をこなし、私達はボンボン達の帰還を、温度差がある気持ちで待っていた。
しかし、帰還の予定を過ぎても、ボンボン達は帰って来なかった。
リュートを置き去りにして、次の町へでも行ったんじゃ?
冒険者組合で、私を肩に乗せて、ポツンと仲間達を待つリュートの姿に、冒険者達は視線を交わし合って目で語りあっている。
(リュート……)
「大丈夫です。いつか、こんな日が来るのは……」
寂しげに笑うリュートに、冒険者組合全体が、お通夜な雰囲気になった時だった。
バンッ!
勢い良く開かれたドアに、全員の視線がそちらへ向く。
そこにいたのは、ヒキガエルが人間になったような中年男性と、両脇を固める護衛らしきガタイが良い男二人。
「わしの息子は何処だ!」
怒鳴り散らす中年男性に、冒険者達は驚いた表情をしている。
服装からすると、怒鳴り散らす中年男性は貴族らしい。
もしかして、と思った私は、中年男性を鑑定する。
『鑑定結果
名前 トーチ・ナリキ
成金男爵』
あー、色々と納得した。で、嫌な予感がしてきたよ。
「わしの息子、カネノが、ダンジョンに行くと言ったまま、帰って来ないんだぞ! 金ならいくらでもくれてやる! さっさと息子を探せ!」
聞こえないフリをしたい。
あんなフラグ、回収しないで欲しかった。
「ハルさん、行きましょう!」
リュートが、彼らを見捨てる訳はないんだから。
いっそ死んでてくれって思った私は、悪くない。
もう仲間は見捨てても良いんじゃないかとは思う。
感想ありがとうございます。




