ボンボン達のいない日常
ボンボン達がいないと、ほのぼのしてます。
「おはよ、ございます」
今日もリュートの方が早起きだったらしい。
もふもふの中から聞こえたリュートの声に、私はゆっくりと目を覚まし、体のサイズを戻していく。
「朝は、冷えますね」
うん、それはリュートがパンイチなせいもあるよ?
「ハルさんの中から出ると、寒さが余計身に染みますね」
そうか、それもあるのか。
(とりあえず、早く服を着ないと、ガン見しちゃうよ?)
「は、ハルさんなら良いですよ?」
照れて可愛いな、この野郎。じゃあ、遠慮なく……じゃなくて。
(風邪引くから、早く着なさい)
「はい!」
少しだけ口調を強くすると、素直なリュートは、元気良く返事をして、テキパキと服を着ていく。
服を着ちゃうと、やっぱりリュートは華奢に見えるな。顔も可愛い系だから、余計に。
「ハルさん、着ました!」
(ん、偉い偉い)
私は屈んだリュートの肩へ飛び乗ると、もふもふの体を使ってリュートの頭を撫でる。
我ながらかなりおざなりな撫で方だと思ったが、リュートは嬉しそうなので良しとしよう。
「えへへ、ハルさんに誉められちゃいました」
無邪気に喜ぶ姿に、リュートの髪がボサボサになるまで、つい撫でまくってしまった。
朝からイチャイチャ出来て、幸せだ。
「お弁当までサービスして貰いました」
(良かったね、リュート)
朝食を終えた私とリュートは、冒険者組合へ向かう事にして、ほのぼのとした会話をしながら大通りを歩いていた。
私はいつも通り、リュートの肩へと乗っている。
私達は、すっかり見慣れた光景になってしまったらしく、驚かれる事はほとんどなく、微笑ましげに見られている。
リュートへ笑顔で挨拶してくれる人も多い。
私も肩の上から、もふもふを揺らして愛想を振り撒いておく。
そして、リュートの好感度が増すほど、ボンボン達の事をひそひそと話す声が良く聞こえる。
私の耳が良いから聞こえるんだろうけど。
ボンボン達は、リュート以外にも偉ぶっているらしく、かなり嫌われてる。
で、その悪評は、リュートへの加点に変わる。
あの子、仲間に酷く扱われてるのに、健気で可愛い。みたいな感じに。
ボンボン達のおかげで、リュートの味方は増える一方で、嬉しい限りだ。
「今日は依頼受けますか?」
(彼らがいつ戻ってくるかわからないし、簡単な依頼受けとく?)
「そうですね」
私と話すリュートを見ても、不審げに見てくる人もいなくなった。
私もボディランゲージで頑張ってるからね。
何と無く自慢したくなり、もふっと毛並みを膨らませてみた。
「ハルさん、擽ったいです」
もふもふが首筋に当たっているせいか、リュートから軽い苦情が来た。怒っている訳ではなく、クスクスと笑って楽しそうだ。
調子に乗って、もうちょっと膨らんだら、バランスを崩して落ちそうになってしまった。
その結果、私はリュートの腕に抱っこされている。
リュートは少し驚いただけだったが、見ていた周囲の人達がそうはいかなかった。
私が落ちて、万が一誰かに踏まれたら大変だと、あちこちから説得されてしまい、大通りの人混みの中では、抱っこされる事にした。
皆さん、明らかに好意から言ってくれてるのがわかったからね。
安定感のあるリュートの腕に抱かれていると、向こうから歩いてくる小さな顔見知りを見つける。
(あ、アニーだ)
「あぁ、本当ですね」
私の呟きに、リュートもアニーを見つけたらしく、微笑んで頷く。
私の命の恩人なアニーとは、もちろんリュートも顔見知りだ。
アニーも私達を見つけたらしく、にぱっと子供らしい笑顔を浮かべ、パタパタと走り出す。
転ばなきゃいいけど、と私が思ったのとほぼ同時に、アニーはズシャッと勢い良く転んだ。
「あ」
(あ)
思わず、私とリュートの声が綺麗に重なる。
「アニー、大丈夫か?」
慌てて駆け寄ると、アニーがゆっくりと地面から顔を上げる。
大通りは整備された土の地面なので、幸いにも大きな怪我はなさそうだ。
「ふぇ……っ」
怪我はなくても、痛みはあるだろう。
ひっく、と大きくしゃくり上げたアニーは、転んだまま、大粒の涙を溢し始める。
「痛むのか?」
屈んでアニーを立ち上がらせてあげたリュートは、心配そうにアニーを見つめ、怪我を探して、優しく話しかける。
「ふぇぇ……っ」
それでも、アニーは泣き止まない。
不細工な男なら、泣こうか喚こうが放置だが、可愛い女の子なら別だ。
(リュート、代わって)
「はい」
通り過ぎる人達からも心配そうな眼差しが、ちらほらと。
幼女が泣いてるから、目立つよね。これ、そばにしゃがんでるのが、リュートじゃなくてボンボンだったら、即通報されそうだ。
そんな事を考えながら、私はリュートの腕から降りて、アニーの足下まで移動する。
(あー、ちょっとだけ、膝擦りむいちゃったか)
某海産物な名前の家族の妹さん程じゃないけど、スカート短めだから、仕方無いか。
(アニー、泣かないで。痛いの痛いの飛んでけ〜)
私はアニーの膝にぽふっと体を寄せ、うっすらと血の滲んだ擦り傷を包み込むようにする。
意識するのは、私の特殊スキルの一つ。アニーの事は好きだから、擦り傷くらい治せるだろう。
「はる、しゃん?」
痛みが薄くなったのか、私のもふもふ感に気付いたのか、アニーはグスッと鼻を啜り、ゴシゴシと顔を擦る。
(はい、ハルさんですよ?)
もふっと上方向に少し体を伸ばし、アニーと視線を合わせる。
「ハルさん!」
さっきまで泣いてたのが嘘のように笑顔を浮かべたアニーは、勢い良く抱きついてくる。
リュートに支えてもらわなきゃ、一緒になって転ぶところだった。
(ありがと、リュート)
「いえ。アニー、走る時は気を付けないと」
私にお礼を言われ、少し照れ臭そうに笑ったリュートは、改めてアニーに向き直り、優しく言い聞かせる。
「ごめんなさい」
「怪我がなくて良かったよ」
「うん!」
私を抱き上げたアニーは、心配そうなリュートに元気良く答える。リュートも安心したのか、嬉しそうに笑っている。
可愛いな、二人共。
アニーの腕の中で一緒になって笑っていると、もふもふに軽く引っ張られる感覚が。
見上げると、アニーがえへへ、と可愛らしく笑ってるのが見えた。
「ハルさん、アニーとお揃いなの!」
興奮気味言うアニーの髪は、赤いリボンで緩く結ばれている。
(お揃いって、まさか?)
確認したくても、結ばれたのは視界の外で、結ばれた感覚しかわからない。
「似合ってますよ、ハルさん」
頬を染めてニコニコと笑いながら、私を撫でて誉めてくれるリュート。
通り過ぎる人達からも、生暖かい眼差しを向けられている。
アニーも嬉しそうだし、諦めよう。
(ありがとう、アニー)
伝わらないだろうけど、感謝を口にして、私は伸びてアニーの子供らしい丸い頬へキスを送った。
「ハルさんの浮気者……」
はい、アニーと別れた後、リュートさんがご機嫌斜めです。
原因は、さっき私がアニーにキスをしたからだ。
と言っても、私には口的な部分はないから、ただ顔を押し付けただけにしか見えないと思うが……。
リュートには、ちゃんとキスに見えたらしい。
付き合いの長さだろうか。
(えーと、ごめん?)
「俺だって、してもらった事ないのに」
そっちか。それで拗ねてた訳か。可愛いな。
私は赤いリボンを揺らして、微笑ましげな気分で、リュートの腕の中、寛いでいる。
しばらく拗ねたリュートを堪能した後、大通りを外れたのを見計らい、私はリュートの肩へとよじ登る。
「ハルさんは、やっぱり可愛い女の子の方が好きなんだ……」
可愛いからって放置しすぎたらしい。
本気で凹んでいるリュートの頬に、私はスリスリと体を寄せて注意を引く。
リュートがこちらを見たのを確認してから、アニーにしたのより、意識してしっかりとリュートの頬へキスをする。
(アニーも可愛いけど、リュートの方が可愛いよ)
「ハルさん……っ」
あ、ちょっと嫌な予感が。
う゛……っ。
感極まったリュートは、深紅の目を潤ませ、私をぎゅうぎゅうと抱き締める。
中身が出る、中身が。
ぬいぐるみっぽい私だけど、中身は綿じゃなく内臓だからね、きっと。
遠い目をしてスプラッタな想像をしていると、私の状態に気付いたリュートが、慌てて腕を緩めてくれる。
「す、すみません! 嬉しくて……」
(うん、わかってるから、大丈夫だよ)
シュンとしてしまったリュートを、もふもふで宥めて、私達はイチャイチャとしながら、改めて冒険者組合へ向かう。
すれ違う人達の生暖かい眼差しなんて、気にしたら負けだ。
「おはようございます!」
リュートに撫で回されている内に、冒険者組合へ着いたらしく、リュートのハキハキとした挨拶が聞こえる。
リュートの手も止まったので、私はリュートの肩へと移動して辺りを見回しながら、もふもふを揺らして冒険者達へ挨拶をする。
「おー、おはよう」
「ハルもおはよう。相変わらず白いな!」
「ハルさんみたいな毛皮、売ってないかなぁ」
「二人共、今日も仲良しだな〜」
あちこちから挨拶が返ってくる。
今日もノリが良いね、ここの冒険者達は。
もしかして、これが冒険者のスタンダードって可能性もあるのか。
悩んでいる私を乗せて、リュートは受付カウンターの前へ立つ。
「リュートさん、ハルさん、おはようございます〜」
今日の受付は口調だけが緩い、イリスさんだ。
「おはようございます」
(あ、リュート、先に素材の買い取りしてもらいたい)
挨拶するリュートから、カウンターへ飛び移ると、もふもふ内に収納していたモンスターの素材を吐き出す。
「……あの、買い取りをお願いします」
驚いた様子もなく、苦笑したリュートは、私のもふもふを撫でて、イリスさんへ買い取りの依頼をしてくれる。
「ハルさんのもふもふの中は、神秘ですね〜。素材の確認をさせていただきます〜」
イリスさんは少しだけ驚いた顔をしていたが、すぐにキリッとした顔になると、私の吐き出した素材の確認をしてくれる。
「刺ネズミの刺と牙、尻尾もありますね〜。あとは、大コウモリの牙と血。それに肝。他には、これは、まさか、土グモの素材ですか!?」
素材を確認していたイリスさんが、目を見張って私を見てくるけど、私は知らないぞ?
(……ん? 私わからないよ? リュートが倒したのを食べてただけだし)
全部を鑑定なんてしてなかったから。
だいたい、リュートがあっという間に倒してるから、確認しないで食べたのもあるし。
「土グモだってよ!」
「また、手こずりそうなのを狩ったなぁ」
「リュートは若手の有望株だな」
背後の冒険者達がワイワイ言ってるし、強いのか土グモ。
(リュート、土グモ倒したの?)
「ハルさんを投げて、天井から叩き落としたのがそうですよ」
(あ、あれか)
思い出した。
そう言えば、あれはクモっぽい見た目してたな。
ボンボン達が、見つけた瞬間、悲鳴上げて逃げた事しか覚えてなかった。
天井に張り付いたまま、ボンボン達を追おうとしたから、リュートにぶん投げてもらって、体当たりで落としたんだよね。どうせ、リュートが助ける事になるだろうし、先手必勝だよね。
その後は、リュートがバシバシッと倒しちゃったからね。良くは見ない内に、食べちゃったから。
「全部買い取りでいいんですか?」
「あ、はい。ここにある分は、俺とハルさんが狩った分なので」
(お願いします)
土グモの素材は、牙と甲殻だった。
高く売れたのでホクホクだ。
次も見つけたら、積極的に狩ろうと思う。
もふもふ、イチャイチャ回。以上。
次回も、もふもふ、イチャイチャ予定。




