女神様……?
相変わらず女神様が緩い。
ハルさんの突っ込み多めです。
泉からの帰り道、私はもふもふを揺らして、落ち着かなかった。理由は、
(虫に食われたかな?)
どうもお尻の辺りがもぞもぞする。
「……ハルさんの毛皮を突破したとするなら、かなり凶悪な虫なんですけど」
(そうだよね。気にし過ぎかな)
さっき、スライムに溶かされかかったせいかもしれない。
リュートの肩の上で身動ぎしていたら、落ちるのを心配したリュートに捕獲される。
「牙イノシシも狩れましたし、帰りましょうか」
(そうだね。彼らはまだ帰って来ないだろうし)
うふふ、ボンボン達がいなければ、ごちそうをリュートに食べさせてあげられるからね。
(お腹空いたでしょ)
「はい、実は……」
照れ臭そうに笑うリュートのお腹の虫は、飼い主と一緒で控えめで可愛らしい鳴き声だ。さっきから、頻繁に聞こえてきてる。
(早く帰ろう)
「はい!」
嬉しそうなリュートにギュッと抱き締められ、私達はノクの町を目指して歩く。
門番は初対面だったが、何事もなく通過出来た。
まぁ、私を触ってみたいと頼まれ、一頻り触られたが。
「ハルさんの毛皮は大人気ですね」
リュートは満面の笑顔で、無邪気に喜んでいる。
何だこの、可愛いな。
あまりにも可愛いので、ちょっと逆ギレしといた。いや、意味はないよ?
それだけ、リュートが可愛いって事だ。
夕暮れも迫っていたので、私達は冒険者組合に寄らずに、宿へと直行する事にした。
「おや、お帰り。お仲間はまだ帰ってないよ?」
おかみさんはあたたかな笑顔で、私達を迎えてくれる。
「ただいま帰りました。ノーマン達は、まだダンジョンなんです。俺は足手まといだって帰されちゃって」
にへら、と照れ臭そうに笑う少年が、実はとんでもなく強いと知ったら、今現在慰めてくれてるおかみさんはどんな反応するかな?
日頃の行いがいいリュートだから、好意的な反応だろうけど。
「さぁさぁ、たくさん食べて強くなりな。お仲間を見返してやらないと」
手洗いと着替えを済ませ、早めの夕食の席に着いた私達の前には、笑顔のおかみさんによって次々と料理が運ばれてくる。
代金が心配になる量だが、材料は持ち込みさせてもらったので、少しまけてくれるそうだ。
その他にも、事情を聞いた冒険者達がリュートに色々と貢いでくれた。
肉とか肉とか肉とか肉とか。
肉の比率多すぎ。と言うか、肉ばっかだよ。
誰だ、生肉置いたの! え? 私用?
いくら、私がモンスターでも、生肉なんて……うん、美味しかった。
そう言えば、ダンジョンの中で食べてたね、生肉。
「美味しいですね、ハルさん」
下品に見えない程度にがつがつと料理を頬張るリュートに、周囲からは微笑ましげな視線が向けられている。
(うん、美味しいね)
私も目を細めて笑い、幸せそうなリュートを堪能する。
ボンボン達がやって来る心配はほぼゼロなので、寛ぎまくってるとは思う。
ダンジョン内では色々あったので、これぐらいは許して欲しい。
結局、リュートは、お腹がパンパンになるまで食べて、幸せそうだ。
食べきれなかった分は、朝食に回してくれるらしいので、ご好意に甘える事にした。
その後、酔っ払った冒険者達の相手を嫌がらずにしたリュートは、お湯を頼んで部屋へと戻る。
私はと言うと、酔っ払いに絡まれまくったので、嫌になってリュートの後頭部へ避難していた。
(毛が絡まるかと思ったよ)
「部屋に戻ったら、手櫛で整えますか?」
(じゃあ、お願い)
「まずはお湯で洗いましょうね」
(リュートも一緒に?)
悪戯っぽく言ったら、リュートがボッと首筋まで赤くなった。
うん、モジモジするリュートは可愛いけど、相変わらず何処に照れるポイントがあるのかわからないよ、リュート。
(さっぱりした〜)
タオルの洗濯にしか見えない入浴を終えた私は、しっかりと水分を吸収して洗い立てのシーツへダイブする。
シーツの上をコロコロと転がりながら、こっそりとリュートの入浴シーンを眺めていたのだが……、
「ハルさん?」
頬を染めたリュートに、ジト目で睨まれた。
(せっかく目の保養してたのになぁ)
クスクスと笑った私は、そう言って入浴中のリュートに背を向ける。
暇潰しに自分の鑑定をしてみる事にした。
少しは戦闘に参加したし、レベルアップしたかもしれない。
『鑑定結果
種族 ケダマモドキ(雌)
名前 ハル
レベル 15』
よし、5アップしてる。ボンボン達を完全に追い越したよね。
後は、読めなかった部分だけど……。
私は目で文字を追い、変わった部分がないかを探していく。
『鑑定……私が見てあげてるんだからね?』
女神様、ありがたみが薄れますから。これ、よりはマトモになったけど。
接吸収とかは変化はないな。後は、最後の部分だけど……。
何か読めないけど増えてる。レベルアップしたから?
読める部分も増えたな。
リュートに字を教えてもらう前に、レベルアップで読めるようになるかもしれない。
読めるようになった部分を、とりあえず確認だ。
『吸収(収納)……もふもふ内に色々と収納可能。時間経過なし。サイズ制限、ほぼなし。すごいでしょ?』
女神様、鑑定で話しかけないでください。でも、確かにすごいな。リュートの袋と同じ効果なんだ。知らずに使ってたけど。
後は、えぇと……。
『治癒効果……もふもふ内に入れてあげた生き物を回復させる。自身の好意の大きさにより、効果は増減する』
これって、初日にリュートの傷が治った原因だよ。女神様、私で遊んでませんか?
モンスターに、このスキルいります?
まぁ、助かってますけど。
気を取り直し、私は鑑定結果へ再び目をやる。
まだ読めるみたいだな。次は?
『悪食……何でも美味しく食べてね?』
女神様……。あ、追伸がある。
『何を食べてもお腹壊さない。何でも消化可能』
ありがとうございます、でいいんだろうか?
何を食べてもって、毒とかも大丈夫なのか?
『もちろん、毒なんかも平気よ』
リアルタイムで文字が増えたよ。女神様、見てるのか?
新たに増えた文字の下は、異世界の文字のままだ。
やっぱり、リュートに習うべきか、と思った瞬間、鑑定結果の半透明なウィンドウの向こうに、リュートの整った顔がアップになる。
「ハルさん?」
ポタポタと髪から水を滴らせるリュートに、私は苦笑しながら鑑定結果を閉じようとした。
その時、私の鑑定結果の最後に、妙な赤字を見つける。
『状態異常 寄生』
何が? 私がリュートに寄生していると?
いや、私の鑑定結果なんだから、私の状態異常だよね?
私に何か寄生してる? 虫? 虫なの? 生肉なんて食べたから?
(リュート、モンスターに寄生して生きる生き物って、いる?)
もふもふがなければ、私の顔は真っ青だったかもしれない。
「寄生虫とかなら、聞いた事はありますけど。まさか、ハルさん、お腹の具合悪いんですか?」
私の声音から異常に気付いたのか、リュートはポタポタと水を滴らせながら、私を抱き上げる。
(……そういう訳じゃないけど)
「ハルさん、鉄鍋とか食べてましたし、寄生虫ぐらい消化出来そうですけど」
(そうだね……)
寄生虫って、生きてるから、どうなるの? 対象外? リュートに虫下し買ってもらうべき?
悩みながらも慣れは怖いもので、体は勝手に動き、私は水を滴らせるリュートの頭へ張りつき、水分を吸収していた。
(リュート、一応……)
虫下し、と言いかけた時、ピンポンと間の抜けた音が頭の中に響く。
同時に、勝手に出て来た鑑定結果のウィンドウへ文字が浮き出る。
『寄生虫とか微生物とか、ウィルス的なものも、消化しちゃうから心配しなくていいわよ。生肉とかでもバンバンいっちゃって』
もう完全に会話だよ、これ。何か、ハートマークの幻覚も見えたし。
でも、状態異常の詳細とかは教えてくれないんだね。
そこの線引きは何なんだろう。
あの女神様だし、緩いんだろうな。
「……さん、るさん、ハルさん!」
考え込んでいたら、遠い目をしていたらしく、半泣きのリュートに揺さぶられていた。
「そ、そんなに具合悪いんですか?」
(ううん、ごめん、ボーッとしてただけ)
「良かった……」
リュートは絞り出すようにそれだけ口にすると、ギュッと私を抱き締める。
「ハルさん、ワームなんて食べたから、お腹壊したのかと思いました」
思わずキュンとしていた私は、続いたこの台詞で、脱力感に襲われたが、気を取り直して体のサイズを変えていく。
(ごめんって。鉄鍋食べる私が、ワームごときじゃお腹壊さないよ)
「そうですよね」
無邪気に笑ったリュートは、自分と同じぐらいになった私へと遠慮なくしがみつく。
(リュート、服着ないと風邪引くよ?)
リュートはどうやら裸族らしい。辛うじて下着は履いてるけど。
可愛らしい顔なのに、体は引き締まって筋肉質なんだよね。
今は、大きなクマのぬいぐるみに抱き着く子供みたいな事してるけど。
「こうすると、全身でハルさんを堪能できて、幸せです」
にへら、と蕩けきった笑顔のリュートに、私は服を着せる事を諦めた。
しょうがないよね、可愛いから。
結局、しがみついたまま寝オチしたリュートは、私のもふもふ内に収納する。
そう言えば、状態異常の事を忘れてたけど、まぁ寄生なんだし、宿主の私を殺したりするような可能性は低いだろう。
リュートを寝やすい体勢にしてあげながら、私は自分の状態異常を一先ず放置する事にした。
今のところ、体に異変は……。
ん? またお尻の辺りがもぞもぞする?
リュートか?
中で、かじられてるのかもしれない。
悪戯っ子め、と思いながら、私も目を閉じて眠りへ落ちていく。
鍵はかけてあるし、巨大もふもふがベッドの上に鎮座してても大丈夫のはず。
眠りに落ちる直前、そんな事を考えながら。
ボンボン達、明日も帰って来なきゃいいけど、なんてフラグを、頭の隅で建立したのが悪かったのかもしれない。
裸族なリュート。
ちょっとお馬鹿な子なので、風邪は引かない筈(笑)
フラグは建立しただけ。




