あっという間にダンジョン終了
変な素材、正体判明。
「お世話になりました!」
(お世話になりました)
礼儀正しく頭を下げるリュートの腕の中で、私も一緒になって頭を下げておく。
挨拶を向ける先は、カイン一行だ。
手練れな彼らと一緒だったおかげで、帰り道は楽勝だったとしか言い様がない。
リュートは時々出てくるワームの不意打ちを警戒するぐらいで、あとは道中レイラに色々と教えてもらっていた。
回復術師の彼女からは、得るものが多かったらしい。
特に大きな波乱もなく、シンのレベルも順調にアップした。
無事にダンジョンを抜けて、ここでお別れだな、となったので、私とリュートは、カイン達に感謝を述べていたのだ。
「あー、いいって。ついでだし、シンにもいい刺激になったみたいだしな」
アハハ、と相変わらず楽しそうに笑ったカインは、リュートの頭をガシガシと撫でる。
ジッと見上げていたら、撫でて欲しいと思われたのか、私もガシガシと撫でられた。うん、嫌いじゃないぞ、この撫でられ方。
「ケダマモドキ、俺も見かけたら飼うかなぁ。この触り心地、クセになる」
「私も、触ってみても、いいですか?」
カインを傍らで見ていたユーマは、一度も私に触っていなかったが、あまりのカインのべた褒めっぷりに興味を惹かれたらしい。
クールな表情を崩さず、リュートと私を交互に見やり、あくまでもクールに許可を求める。
「いいですか、ハルさん?」
(いいよ?)
大きく頷いた私は、どうぞ、という意味を込めて、ユーマを見上げる。
「では、失礼します」
律儀に断りを入れ、ユーマはカインと場所を交代し、私へ手を伸ばす。
(……研究対象になった気分)
ユーマの触り方は、一言で表すなら、そんな感じだ。
良く見ると目元が微妙に和らいでいるから、私の毛並みを楽しんでいただけてはいるらしい。これが、クーデレってやつか。
「ありがとう。確かに素晴らしい手触りです。布団にしたら、安眠出来そうですね」
「はい! ハルさんで寝ると……」
(リュート?)
私を誉められて嬉しくなったリュートが、思い切り口を滑らせかけたので、思わず低い声を出してしまう。
「あ、え、あの、何でもないです!」
アワアワしたリュートは、思い切り挙動不審になりながら、私をギュッと抱き締め、不審そうなカイン達へ元気良く誤魔化す。
「あ、ああ、そうか? じゃあ、俺達はこのまま次の町へ行くから、ここでお別れだ」
「はい。本当にありがとうございました。とても勉強になりました!」
まずはリーダーのカインと。
「リュート、今度会ったら、手合わせしようぜ?」
「あぁ、負けないからな?」
同年代のシンとは、馬があったらしく、すっかり仲良しだ。ワンコがじゃれてる幻が見えるよ。
「……まぁ、色々と気を付けてください。敵は身近にいるようですから」
「? はい、気を付けます」
クーデレなユーマからは、クールな忠告が来たけど、リュートは完全にわかってない。あ、ため息吐いて苦笑された。最後に、頭をポンッて。
「辛い事があったら、冒険者組合に相談してくださいね?」
「はい! 辛い事があったら、相談します」
レイラは優しい笑顔で言い、素直に頷いたリュートと私の頭を撫でてくれる。リュートは年上のお姉さんからのウケが良いね。
各々と別れの挨拶をし、少し先の分かれ道までは一緒に行こうと、そうなった。
分かれ道までの短い会話の中、カイン達から気になる単語が洩れた。
「そう言えば、結局、もう一つの目的は達成出来なかったな」
思い出したようにカインが呟くと、ユーマの口の端には微かな苦笑が。
「まぁ、何のモンスターの素材かも、わかっていないですから」
「あー、土玉っすよね」
ユーマの苦笑混じりの言葉に、シンが微妙な口調で相槌を打つ。
「見つかったら良いな、ぐらいの気持ちでしたから、諦めましょう」
残念そうな男性陣を、レイラはそう言って柔らかな微笑で慰める。
仲良しなパーティーをニコニコと見ているリュートに、私は複雑な気分になりながらも、気になった事を尋ねる。
(リュート、土玉って何?)
「拳ぐらいの、艶々した土の玉ですね」
「そうそう、良く知ってるな、リュート。ハルに説明してやってるのか?」
リュートから説明を受けてると、脇に並んだカインが話しかけてくる。
「はい。土玉が気になってたみたいなんで」
「へぇ。まさか、土玉はケダマモドキの素材なんて事はないよな?」
悪戯っぽく笑ったカインが覗き込んで来たけど、私から土玉なんて……。
そこまで考えて、ふと思い出す。
さっき、朝ごはん代わりに食べたワームから出た素材を。
(リュート、手出して)
とりあえず、見て確認してもらおう。
「こうですか?」
リュートは片腕だけで私を抱え直し、空いた右手を手のひらを上にして、私の前へ差し出してくれる。
(ありがと。そのままにしててね)
もふっとリュートの手のひらを包むように体を乗せ、さっきゲットした素材をリュートの手のひらへ吐き出す。
(これ、土玉?)
「え? そうです、これですよ、土玉って」
「マジで、ケダマモドキの素材だったのか!?」
(違うから。ワームから出たの! カインへあげて!)
カインからとんでもない勘違いをされ、私は慌てて訂正してもらうため、リュートを見上げる。
「さっきのワームから出たんです」
私の意を汲んでくれたリュートは、私を肩へと移動させてから、土玉をカインへ手渡す。
「よろしければ差し上げます」
「いいのか? 結構いい値段で売れるんだぜ、これ」
土玉を受け取ったカインは、土玉とリュートを交互に見て、困ったように笑う。
(私は良いよ)
「俺もです。――俺達には必要ないですし、ここまでのお礼です。足りないかもしれませんが……」
私達は小声で相談してから、リュートがカインへ笑顔で説明して、ふるふるともげそうな勢いで首を振る。
可愛いな、この生き物。
「そうか、ありがたい。正直、お礼なんてもらえる事はしてないが、本当に土玉が急いで必要だったんだよ。助かる」
「次にお会いした時、あなた達が困っている事があったら、力を貸します。もちろん、私達が出来る範囲にはなりますが……」
「ありがとな、リュート、ハル!」
「まさか、あの時に土玉見つけてたなんて。ハルさんに感謝ですね」
かなり感謝されてる。土玉、吐き捨てなくて良かったよ。
リュートと顔を見合わせて笑い合い、私達は最後まで感謝を口にしながら去っていくカイン達を見送った。
「久しぶりの二人きりですね」
二人きりで静かになり、寂しがるんじゃないかと思ったリュートは、逆に嬉しそうだ。
私をギュッと抱き締めて、頬擦りしてくる。
甘えん坊が進んでるけど、大丈夫だろうか?
これはリュートには、年上のお姉さんタイプの恋人じゃないと駄目かもしれない。
普段は甘えん坊だけど、いざとなったら男前で勇敢な可愛い系美少年。いけるいける。モテそうだ。
「ハルさん……無視しないでください」
自分の世界に入っていたら、あむ、ともふもふを甘噛みされた。
噛みグセは治した方がいいかもしれない。
(噛むのは駄目)
「はい!」
私の意識が自分へ向いたのが嬉しいのか、リュートはニコニコと笑っている。
「まだお昼ぐらいですから、どうしますか? 早めに町に戻ります?」
(んー、リュートの体力に余裕があるなら、一狩りしていこっか? そろそろお肉とか、山菜とか欲しいし)
「俺の体力は、全然問題ないです!」
キラキラと輝く笑顔に、強がりや虚勢は全く見えない。
(なら、道草食っていこうか)
「はい!」
元気良く返事をしたリュートは、私を肩へと移動させ、整備された道を外れて森の中へと進んでいく。
鑑定で食べられる草や、役に立ちそうなモノをリュートに指示して採集してもらいながら、私達は森を進む。
しばらく進んでいくと、不意に森が開けて、小さな泉が現れる。
(綺麗な泉だね)
「はい。飲んでも大丈夫でしょうか」
(ちょっと待って)
喉が乾いているらしいリュートのため、私は定位置から飛び降りて、泉へと近寄っていく。
鑑定すれば、飲めるかわかるはずだ。
水面に映る自分を見つめながら、私は泉の鑑定を始める。
『鑑定結果
名前 名も無き泉
特に名前もない泉。飲んでも大丈夫』
(飲めそうだよ、リュート)
半透明の画面に浮いた文字をそこまで読み、私はリュートを振り返って呼びかける。
この一瞬後、私は振り向いた事を後悔した。
「ハルさん!」
(え?)
リュートの声に、再び泉を振り返った私が見たのは、水面が盛り上がったような、プルプルした透明なドーム状の物体。私の三、四倍はあるな、あれは。
(なに、これ!?)
慌てて、さっきまで見ていた鑑定結果へ、視線を走らせる。
水が飲めるものだと書かれた下に、緩い女神様からの好意なのだろうが、赤字の上、太字で。
『スライム出現注意』
そうか、スライムか。って、わかったから、どうしろと?
思わず内心で突っ込んでいたら、スライムに飲み込まれた。
痛みはないけど、呼吸がヤバい。
スライムが透明だから、駆け寄ってくるリュートが見える。
どうするんだろう、と思っていたら、リュートは普通に剣でスライムをぶった斬ったよ。
私を傷つけない自信があるんだろう。
太刀筋には一切の躊躇いがないし、私にも不安は一欠片もない。
うん、空気が美味しいな。
ビチャッと形を失ったスライムから投げ出された私は、地面にヘタリながら深呼吸する。
「ハルさん!」
ぬるぬるしてる中から、リュートの手によって救出される。
一瞬頭の中をピンクな単語が過ったが、振り払って、もふもふでジェルのようなスライムの体を吸収してしまう。ゼリーみたいな甘くて爽やかな味がした。
摂食な吸収が出来たという事は、スライムは死んでしまったようだ。
さすが、RPG序盤で定番のモンスターだ。弱いみたいだね。
ん? そのわりには、リュートの顔が真剣だ。
「溶けてませんか!?」
あ、そういう補食なのね。
最強もふもふじゃなきゃ、やばかったのか。
癒し系な見た目して、エグい事を……。
心配したリュートに全身をまさぐられながら、私は周囲を見渡す。
見ると、リュートに斬り裂かれたスライムは、地面に溶け込んで消えていた。
「子供はいないみたいですね」
私の無事を確かめ終えたのか、リュートは周囲を見渡して、不思議そうに呟く。
(スライムの子供?)
「はい。こういう綺麗な泉にいる時は、だいたい出産なので……」
これぐらいです、とリュートは自らの拳を示して、スライムの子供の大きさを教えてくれる。
(まだ産む前だったのかな。ちょっとだけ申し訳ないね)
「そうですね。でも、俺はハルさんが無事で良かったです」
ま、モンスター同士なんだから、弱肉強食って事で。
私を抱き締めて満足そうなリュートは、静かになった泉に近寄り、安全を確かめてから、水を飲み始める。
(あ、私も飲みたい)
正直、空腹とか喉の乾きは感じないけど、一応ね。
あと、水筒代わりになるだろうし。
「落ちないように気をつけて」
リュートはそう言いながら、私を地面へ下ろしてくれる。
もふもふを水に浸し、冷たい水を堪能していると、お尻の辺り毛並みで、ざわ、と何かを感じる。
リュートだな、と思った私は、気にせず水を飲み続けた。
限界がわからず、溺れかけたのはリュートには内緒だ。
スライム瞬殺。




