どら息子危機一髪
いや、死んでも良いですけどね。
嫌いですし。
やっと静かになったセーフゾーンの中、私はリュートの枕になっていた。
さっきまで、どら息子を含めたボンボン達が、
「こんな所で寝られるか!」
って、騒いでいたから、とても静かとは言い難かった。
他の冒険者達に、かなり嫌そうな目で見られて、リュートが謝って回っていた。
ようやく騒ぎ疲れたのか、無駄に高そうな寝袋でボンボン達が眠りに就いたのがついさっきだ。
それで、やっと静かになった、という訳だ。
リュートは、もう一度冒険者達に謝って回ってから、私を抱き締めて外套に包まり、壁に背を預けて目を閉じる。
リュートが眠ったのを確認して、私は微妙に大きくしていた体のサイズを戻し、空いた隙間からリュートの腕を抜け出す。
向かう先は、土が剥き出しになっている壁に寄りかかる、リュートの後頭部だ。
一度寝たリュートは、私が何をしても起きたりしないので、そこそこ強引に壁とリュートの後頭部の間へ割り込み、枕になる。
少しでもリュートが快適に眠れるように。
「はるさん……」
寝言で私の名前を呼び、リュートは枕になった私のもふもふに頬擦りする。
にへら、と笑った幼い寝顔が可愛い。
あ、こら、かじっちゃ駄目だって!
お腹空いてるの?
「はる、さん……」
しゃぶるのも駄目だって!
うぅ、もふもふには感覚があるから、変な感じ。
この、悪戯っ子め。
リュートの寝顔が幸せそうだから、我慢しておこう。
浅い眠りの中にいた私は、リュートの頭の重さが消え、その後に続いた、ひぃっ! という男の悲鳴で目を覚ます。
(リュート?)
リュートという支えがなくなって、ボテリと地面に落ちた私は、周囲を見渡して目を見張る。
「何のつもりですか?」
口調はかろうじて丁寧だが声は常より低く、鋭い眼差しをしたリュートは、悲鳴の主らしき男の胸ぐらを掴んでいる。って、どら息子だ、胸ぐら掴まれてるの。
「ぐ、ケダマ、モドキをだな……っ」
リュート怪力だな。どら息子の爪先浮きそうになってるけど。
ボンボン達、止めないのか? うん、寝てるね。
状況はわからないが、どら息子が死にかけてるけど。
あ、やっと起きた。
で、リュートを見て固まった。
「リュート、なのか?」
ボンボンの声が震えてる。
リュートの本気の顔を見たの、初めてなのかもしれない。
戦闘時以外のリュートは、ふわふわした素直ないい子だからね。
正直、どら息子がどうなろうが関係無いけど、リュートが人殺しになったら困るし、止めないと。
(リュート! やり過ぎだよ。もう抵抗する気ないみたいだから、離してあげなよ)
「ハルさん、でも……」
(それ以上は、弱いものいじめでしかないよ)
「わかりました」
かなり不服そうだが、リュートはどら息子から手を離す。
支えを失ったどら息子は、ドサリと重い音を立てて地面へ崩れ落ち、ゴホゴホと咳き込んでいる。
まだ生きてたようで何よりだ。
リュートはというと、鋭い眼差しで、咳き込んでいるどら息子を睨んでいる。
リュートをここまで怒らせるなんて、一体何したんだどら息子。
あざとい女狐に手でも出したか?
それにしては、全員寝てたみたいだけど。
――まさか、どら息子、そっちか? 美少年なリュートが狙い?
私が真剣に悩んでいると、やっとボンボンが動き出したらしく、喚く声が響く。
今何時だ? 他の冒険者達も起きてたし、早朝なのか?
「朝っぱらから揉めてるなぁ」
私へ話しかけてきたのは、セーフゾーンにいた冒険者の一人だ。
私が小首を傾げて見上げると、冒険者はわざわざしゃがんで説明してくれた。
「お前の飼い主が寝てる隙に、あの男が、お前を盗ろうとしたんだよ。いくら仲間とはいえ、最悪だよなぁ?」
わざとらしい大声の説明は、私にじゃなく、セーフゾーンにいた他の冒険者達へ聞かせる為だったらしい。
リュートが一方的な悪者にならないように。
効果は抜群だ。
元々、ボンボン達は昨日のばか騒ぎで好感情を持たれていない。その逆で、リュートは騒いだ仲間に代わり、謝って回っていたので、好印象だったから、余計に。
私に怒鳴られた事もあり、シュンとしてやり過ぎを反省しているのも、良かったらしい。
「おい、いくら仲間内とはいえ、他人の物に手を出すのは、見過ごせないぞ?」
「そっちのガキは、明らかに正当防衛だろ!」
「それを多勢に無勢で、とは。組合へ報告するか?」
セーフゾーンにいた他の冒険者達が、リュートの擁護をしてくれる。
世論を味方にすると強いよね。
周囲から責め立てられ、一方的にリュートを罵っていたボンボン達が、怯んで言葉を失う。
そのまま、冒険者達はジト目でボンボン達を見つめ、やがて堪えきれなくなったボンボンは……、
「もういい! お前みたいな足手まといは、パーティーの輪を乱すんだ! ここから一人で帰れ! 宿でおとなしく僕達を待っていろ!」
そんな捨て台詞を吐いて、リュートを憎々しげに睨んでいるどら息子を連れ、セーフゾーンを出て行った。
一瞬の静寂がセーフゾーンを満たし、私の頭上からプッと噴き出す音が。
「て、典型的な小物かよ!」
アハハと笑いながら、最初に話しかけてきた冒険者が、私を抱え上げて、リュートの元へと運んでくれる。
「……ありがとうございます」
私を差し出され、リュートは弱々しく笑いながら、私を受け取る。
ん? あれだけ一方的に罵られたら、精神的にもタフなリュートもキツかったのかな。
私が小首を傾げて、心配そうに見つめると、リュートは今にも泣きそうな顔になる。
(リュート?)
「嫌わないで、ください……。もう、あんな事、しないですから……」
何だろう、この可愛い生き物。
「「っ!」」
何人かいた女性冒険者達が、致命傷を喰らったようだ。固まってしまい、仲間達に揺さぶられている。
かくいう私も、結構な大ダメージだ。
(大丈夫、怒ってないよ。私を守ってくれたんだよね)
何とか平静を装った私は、柔らかい声で言うと、甘えるように体を寄せる。
「本当に?」
(本当だよ)
「本当に本当?」
(本当に本当の本当だよ。キリがないからね、これ)
幼子のように確認してくるリュートに付き合ったら、また、本当がゲシュタルト崩壊しかけたよ。
リュートは時々、甘えん坊になるよね。可愛いけど。
「ハルさん、怒ってたから……」
(リュートが悪者になったら嫌だから止めたんだよ)
「そうなんですか……。俺、寝てて、目が覚めたら、カネノ様が、ハルさんを誘拐しようとしてて……」
(で、胸ぐらを掴んじゃったんだね)
ポツポツと状況を説明してくれたリュートは、私の確認に、コクリと頷く。
もう、仕草が可愛い。
復活した女性冒険者達も釘付けだ。
私が怒ってないとわかって安心したのか、リュートはニコニコと無邪気な笑顔だ。
その笑顔を見て、私はある可能性を思い付く。
(……もしかして、落ち込んでたのは、私が叱ったから?)
「はい、そうですけど」
それ以外に何かありました? と言わんばかりのリュートに、私は脱力感と共に、砂粒一つ分ぐらい、ボンボンへ同情めいた気持ちを抱く。
「ハルさん?」
(何でもないよ。庇ってくれた皆さんに、お礼言っておこうか)
「はい!」
すっかり元気になったリュートは、人懐こい笑顔を振り撒いて、自分を庇ってくれた冒険者達へ一人一人お礼を言っていく。
最終的に、すっかり冒険者達に気に入られたリュートは、ちょうどダンジョンから出る予定だったパーティーと一緒させてもらう事になった。
可愛げって素晴らしい。
で、帰り道、私とリュートは、周囲を冒険者達に囲まれてダンジョンの中を歩いていた。
罵倒から庇ってくれたけど、リュートが足手まといなのは事実だと思われたらしい。
見た目、ワンコ系の可愛い美少年だから、仕方ないか。
そんな事をリュートの肩の上で考えていると、冒険者達が身構える。
ちなみに、仲間に入れてくれた冒険者達の顔触れは、まず、リーダーで剣士のカイン。最初にリュートを庇って、大笑いしてた青年だ。
サブリーダーで魔法使いの、ユーマ。綺麗系クールな青年。大笑いするカインに呆れていた。
リュートとあまり年齢の変わらなそうな少年、シン。短剣使いらしい。今回は、このシンのレベルアップのためにダンジョンへ潜ったそうだ。
最後は、私と一緒にリュートの可愛らしさにキュンキュンしていた女性冒険者の、レイラ。初めて見たけど、回復術師って職業らしい。
何と、シンが見習いなだけで、あと三人は中級冒険者だ。このダンジョンの浅い階層は初級向けなので、かなり余裕そうだ。
今も、何匹か一気に襲ってきたモンスターを、危なげ無く処理している。
リュートはレイラの横に立ち、キラキラとした眼差しで、カイン達を見つめている。
「皆さん、強いですね、ハルさん!」
そうだね。某ボンボンとは違うね、ぐらいの嫌味を言おうとした私は、足元からの不穏な音を拾う。
(リュート、足元からワームが来るよ!)
私の警告に、一瞬の間もなく反応したリュートは、戦闘能力のないレイラを背に庇い、足元の地面から飛び出してきたワームを一太刀で斬り捨てる。
「ハルさん!」
(もう一匹、左から!)
私は、リュートの声に直ぐ様反応し、壁から狙っていたワームの位置を知らせる。
「はい!」
今度も瞬殺だ。
私以外の全員が、呆然とリュートを見ている。
中級だけあって、完全に呆けてはいないみたいだけど。
「リュート、お前、足手まといって言われてなかったか?」
うん、カイン、言いたい事はわかるぞ? こんな動きを出来る人間が足手まといって、お前らはどれ程だよって言いたくなるよね。
リュートに注目が集まっているのをいい事に、私はワームの死体へ近寄り、こっそりと朝ごはんタイムだ。
うん、やっぱりジャーキー。
むぐむぐと吸収していると、誰かに捕獲された。
このふかふかな胸の感触は、レイラだな。
リュートはカインの質問攻めにあってるし。
「ハルさん、危ないですよ?」
(はーい)
おとなしくレイラの胸に抱かれ、私はもふもふ内に一旦収納したワームを、全部体内に取り込んでしまう。
ん? 妙な素材が出た。
まぁ、いっか。
「おい、ハル。お前の飼い主、本当に足手まといか?」
違うよ、と体全部を横に振って、カインの問いに答えておく。
「すげぇな、リュート! ハルさんって、人間の言葉わかるみてぇだな!」
シンもワンコ系らしい。無邪気に私を誉めてくれてる。
「はい! ハルさんはすごいんです!」
リュートも嬉しそうに返し、レイラから私を受け取って、自慢し始める。
そんなほのぼのした年少組の傍らで、年上組は顔を寄せ合って、真剣な表情をしている。
「おい、あいつら、リュートが足手まといって、どれだけ手練れなんだ?」
と、心底不思議そうなカイン。
「そのようには見えませんでしたが……」
と、冷ややかな口調で切って捨てるユーマ。
「少なくとも三人は見習いの札を下げてましたね」
と、のんびりと、だが鋭い指摘をするレイラ。
私はと言うと、お腹も膨れたので、リュートの腕の中でうつらうつらしていた。
帰り道は、大きな危険は無さそうだから。
このメンバーを苦戦させるには、この辺のモンスターでは力不足だろう。
剣戟の音を子守唄に、微睡みの中にいた私は、遠くで大嫌いな奴らの悲鳴を聞いた気がした。
ま、気のせいだろ。
リュート、完全にボンボンをスルーの巻。
今回は全面的にどら息子が悪いですから。




