悪食ハルさん
ナチュラルに、リュートをアランと打ちそうになります。
間違えてたら、教えてください。
(リュート、まだ怒ってるの?)
私の可愛い発言で、リュートはヘソを曲げてしまったらしく、さっきから私と目を合わせてくれない。
(リュート……)
私の言葉はリュートにしか聞こえないので、かなり寂しい。
ゆっさゆっさともふもふを揺らしてアピールするが、リュートは無反応だ。
(よし、浮気するか)
構ってもらえないのは寂しいし。
「えっ!? 駄目です! 誰と浮気する気ですか!? エヴァンさんですか!?」
途端に反応したリュートは、私を抱え上げ、揺さぶり始める。
(冗談だよ。ごめんね)
「そう、ですか。良かった」
私が謝ると、リュートは安心したようで、大きくため息を吐き、私をギュッと抱き締める。私も揃ってため息を吐いたが……。
(リュート、後ろ)
「邪魔するな!」
視界にリュートの背後から襲って来たコウモリが見え、注意を促そうとするのと、リュートが裏拳でコウモリを叩き落とすのは同時だった。
「せっかく、ハルさんとイチャイチャしてたのに……」
ちょっと本音を隠そうね、リュート。可愛いから。
ボンボン達は相変わらず死闘の真っ最中で、聞いてないみたいだから良かったけど。
「もう怒ってないですから、絶対に浮気しちゃ嫌です」
(冗談だから。それ以前に、私って何したら浮気なの?)
「俺以外に勝手に抱かれたら?」
なかなか過激な……って、違うか、抱っこの意味か。
(ふふ。気を付けるよ)
可愛らしい浮気の定義に、私は小さく笑いながら返す。
「はい!」
嬉しそうだな。
でも、いつか彼女とか出来たら、私の方が妬いちゃうかもね。
リュートの選ぶ子なら、私も好きになれるだろうから、二人揃って愛でれば良いか。きっとリュートなら、美少女連れてくるぞ?
戦うリュートを肩から見守りながら、私はずっと親戚のおばさんじみた事を考えていた。
「リュート、セーフゾーンで、休憩するぞ!」
無駄に声だけは元気なボンボンに呼ばれ、後ろを警戒していたリュートは、小走りで仲間の元へと駆け寄る。
(へぇ、これがセーフゾーンなんだ)
ボンボン達は先に入って寛いでいるようだ。
入り口から覗いて見たセーフゾーンは、だだっ広い洞窟の横穴みたいな空間だ。
ボンボン達の他にも、何組かのパーティーの姿がある。
「ハルさん、どうですか? セーフゾーンは、モンスターが入れないようになってるんですが……」
(ん? 大丈夫そうだよ。近づいても、何も感じないし)
「じゃあ、入りましょうか」
私の答えを聞いて微笑んだリュートは、念のため、私を腕へと抱き直し、セーフゾーンへ入っていく。
「おい、そんな毛玉でもモンスターなんだぞ? セーフゾーンに連れて入るな!」
私は何ともなかったけど、ボンボンが何ともあったようだ。
正論なんで、今回は私も突っ込めない。
(リュート、私は外で待機してるよ。このダンジョンにいるモンスターなら、最強もふもふの敵じゃないし)
「なら、俺も外で待機して……」
さっきのは本気だったらしく、リュートは私を連れてセーフゾーンを出ようとする。
(リュート。私なら平気だから、ちゃんと休憩しなさい)
止めるリュートの腕をスルリと抜け出した私は、久々に自分で移動してセーフゾーンを出ようとする。
「お、ハルじゃないか。リュートと離れると危ないぞ?」
「そうそう、良い毛皮してるんだから、冒険者に狩られても文句言えないわよ?」
「ほら、リュート、ハルがうろちょろしてたぞ」
「ちょーヤバイ、踏むとこだったって!」
出ようとしたのだが、ちょうど入ってきた冒険者パーティーに捕獲された。
男三人に女一人。見覚えがあるパーティーだ。
よくノクの町の冒険者組合にいて、リュートを可愛がってくれ、私のもふもふも誉めてくれた。つまりは、いい人達だ。
今も地面をうろちょろしていた私を、リュートに無断で遊び歩いてると思ったらしい。
リーダーに小脇に抱えられ、リュートの元へとリターンした。
ボンボンも、さすがに先輩冒険者へ向けて、モンスターどうのこうの言えなかったらしい。
戻ってきた私に、ボンボンがイライラして舌打ちしている。
「他の冒険者の迷惑になったら、どうするんだ」
ボンボンは小声でブツブツ言ってるが、先客の冒険者達は、最初驚いただけで、リュートの腕で落ち着いている私を見て、すでに警戒を解いてる。
「モンスター使いか。珍しいな」
「かなりレアな職業だよな」
そんな小声の会話が、私の鋭敏な耳へ届く。
迷惑にはなってないようで良かった。
モンスター使いって職業があるのは驚きだけど。
「良かったですね、ハルさん。一応、入り口側にしましょうか?」
(うん)
仲間達と離れた場所に陣取ったリュートは、壁を背にして地面へ膝を抱えて座ると、抱えた私に顎を乗せて寛いでいる。
「……落ち着きます」
ふぁ、と妙な声を洩らし、リュートは顎でグリグリと私のもふもふな毛並み堪能している。
その時、リュートの引き締まったお腹から、きゅう、と可愛らしく情けない鳴き声がしてくる。
見上げると鳴き声の主も、可愛らしくて情けない顔をしていた。
ダンジョン内だから時間感覚ないけど、お昼過ぎなのか。
見渡すと、他の冒険者達も、ボンボン達もお昼を食べている。
(リュートもお昼食べないと)
「はい、食べます!」
傍から見ると、一人で突然ご飯食べる宣言をしたように見えるリュートに、他の冒険者達は微笑ましげな視線を、ボンボン達は冷えた視線を向けてくる。
ボンボン達は、お前に食わす飯はねぇ! 的な視線だろう。ちょっと、お笑い芸人を思い出し、笑いが込み上げる。
「ハルさん?」
笑っている私に気付いたのか、リュートは不思議そうに私を見下ろしている。
(何でもないよ? ほら、手を出して)
夢の中みたいに人型になれれば、お弁当を作ってあげたりも出来るけど、何せ今は手足のないケダマモドキなんで。本日は、お弁当収納として、活躍してみた。
「はい」
リュートの差し出した両手に、もふっと体を乗せ、吸収一歩手前の、収納状態にしていたお弁当を吐き出す。
別に吐き出すというのは比喩表現であって、実際に飲み込んだモノを吐いてる訳では……ないよね?
まぁいっか。リュートなら気にしなそうだし。
「お弁当? ハルさんが?」
(おかみさんからだよ)
「そうですか。帰ったらお礼言わないといけませんね」
そう笑顔で言いながらも、リュートはちょっと……いや、かなり落胆した顔をしてる。
うん、リュートは私に手足があるように見えるのかな?
いつか手足が生えたら、作ってあげよう。って、オタマジャクシじゃあるまいし、生えないか。
でも、あの緩い女神様の口振りだと……。
「ハルさん、食べますか? 箱はハルさんにって、書いてありますけど……」
(おかみさん……)
確かに私は何でも食べられ(吸収)るけど。
体のいい廃品処分に使われてる気も……。
(いただきますけど)
空になった弁当箱を受け取った私は、それを収納ではなく、体内へと取り込む。すっかり慣れた作業だ。
(ん、ほんのり甘い)
モンスターな味覚なおかげで、美味しくいただきました。
リュートには内緒だけど、実はリュートが斬り捨てたモンスターも、こっそり何匹かいただいてる。
最初は残さず体内吸収だったが、慣れてきたら、素材だけを残せるようになった。
私、すっかり悪食だね。
素材だけを吐き出して収納してるのは、後でリュートに渡すためだ。
どうせ、どら息子から依頼料がもらえても、リュートには分け前は来ないだろうから。
この溜めた素材を売り払って、お腹いっぱいご飯食べさせてあげなきゃ。
決意も新たに、私は喚いているどら息子と、それを諌めないボンボン達を眺めていた。
そう言えば、セーフゾーンは、大体一つ階層に一つだけらしい。
何で私がそんな事を考えているかと言うと、セーフゾーンを出てから、まだ小一時間しか経っていないのに、前を行くボンボン達がかなりへたってるからだ。
私がリーダーなら、引き返そうというレベルだ。
元気なのは、守られているどら息子ぐらいだ。
元々、今日ダンジョンに潜ったのは、どら息子から『ケダマモドキを探しに行きたいから、一緒に潜ってくれるパーティー募集』の依頼を受けたからだ。
金さえ払えば、こういう個人的な依頼もオーケーらしい。そう言えば、リュートが護衛の依頼もあるって言ってた気がする。
そんな事より、今は前を行くボンボン達をどうにかしないと。
(リュート、ちょっといい?)
「何ですか? 疲れましたか?」
(リュートの肩に乗ってるから疲れないよ。私より、あっち)
天然なリュートの発言に脱力感に襲われつつも、私は前方の一団を示す。
「ノーマン達が疲れてるんですか?」
私へ向けたリュートの確認の言葉に、ボンボンの肩が揺れ、明らかに限界な顔色のまま振り返る。
「何処に目をつけてる! 足手まといなお前じゃあるまいし、僕らが疲れている訳ないだろ!?」
「そうだよな、ごめん。俺が全然疲れてないのに、ノーマン達が疲れる訳なかったよな」
あ、やせ我慢して叫んだボンボンに、天然なリュートが笑顔で止めを刺した。
これで、ボンボンは自分から、疲れたから帰ろうぜ、って言えなくなったよ。
チャラ男と女狐がリュートを睨んでるけど、逆恨みだから、それ。
自分達で、ボンボンを何とかしなよ。リュートが疲れてないのは事実だし。
「今日はダンジョンで一泊ですね」
何故かワクワクとした雰囲気を漂わせ、リュートは地中から飛び出してきたワームを叩き潰している。
さすがに、ちょっと吸収をためらった私だったけど、食べ(吸収)てみたら美味しかった。ジャーキーぽい。
「ハルさん、お腹壊しますよ?」
食べ過ぎて、バレた。
やっぱり、ちょこちょこ飛び降りてたからなぁ。
(はーい、気を付けます)
よじよじとリュートの足へ登っていると、ひょいっと抱えられ、定位置な肩へと置かれる。
「食べ足りなかったんですか?」
(んー? どれぐらい食べられるかなって)
「だいぶ食べてたみたいですけど、見た目の変化はないですね。相変わらず、ふわふわのもふもふで真っ白です」
リュートは内輪揉めしてるボンボン達を気にせず、私のお腹辺りの毛並みをもふっている。
(女の子憧れの体質だね)
「ハルさんなら太ってても可愛いです」
(ありがと)
そんな会話をのんびりとしながら、私も戦闘に参加して進んでいく。
ボンボン達はかなり無口になり、どら息子だけが喚いている。大丈夫だろうか?
で、結局、無事に次のセーフゾーンには辿り着いた。
リュート以外は、ヘロヘロになっているが。
そのリュートも、今現在かなり元気がない。
別に疲れたとか、ボンボン達に罵倒されたから、とかが理由ではない。
「ハルさんの中に入りたかったです」
色々と誤解されそうだが、この呟きがリュートが凹んでいた原因だ。
久しぶりの野宿で、私のもふもふで眠れると思っていたらしい。
(人目があるから、無理。ごめんね)
「……いえ、ワガママ言って、俺の方こそ、ごめんなさい」
シュンとしたリュートも可愛いけど、やっぱり笑っていて欲しい。
――という訳で。
(宿に帰ったら、好きにもふもふしていいから)
ご褒美としてどうなんだ、と自分で言ってて思ったが、頬を染めたリュートが、蕩けきった笑顔になったんで、良しとしよう。
感想など、ありがとうございます。
もう一つの連載も、頑張りますので。




