ダンジョンで少年と出会った。
少年登場編。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
私の目の前でペコリと頭を下げているのは、赤銅色の髪に深紅の瞳をした少年だ。
年の頃は、14・5歳ぐらいだろう。素直で真っ直ぐな視線とか、わんこっぽい。
どうやら、伝えようと思わないと、私の言葉は聞こえないらしい。心の声が駄々漏れとかじゃなくて良かった。
(どういたしまして)
「やっぱり、あなたの声だ。女の子、ですか?」
性別の判断が出来るぐらいに、ちゃんと聞こえている事に驚きながらも、私は体を揺らして頷く。あと、メスと言わず、女の子と言ってくれる辺り、本当に良い子だ。
「本当に助かりました。俺は冒険者なんですけど、仲間とはぐれてしまって……」
そこまで説明すると、少年は疲れた様子で壁に背を預け、座り込んでしまう。
(冒険者?)
インディな感じのやつだろうか?
「あー、冒険者っていうのは、ここみたいなダンジョンに潜って、モンスターを倒して素材を集めたり、財宝を探したりするんです。あと、依頼を受けて、採集とか護衛もします」
少年は嫌な顔もせず、私の疑問に答えてくれたが、想像とはだいぶ違うみたいだ。
私は、少年に伝わらないように突っ込みつつ、少年の隣まで転がる。
(大変だね。怪我は大丈夫?)
「はい。あの、あなたは何故、人間である俺を助けてくれたんですか?」
そっか。私は自分が人間だったから、って理由があるけど、彼にしたら、モンスターに突然助けられたって状況だから、困惑するも仕方がない。
私はどう説明したものかと思い悩み、結局、素直な気持ちを口にした。
(助けたかったから。あなたと、話してみたかったし)
「そう、なんですか。あなたのお仲間は?」
(知らない。気付いたら、私だけだったから)
「珍しいモンスターですから、人目につきにくい辺りにいるんじゃ」
(……う〜ん、そうかな)
「何度か、このダンジョンに潜ってますが、あなたみたいなモンスターは初めてお見かけしましたから」
同族と会える気がしなくなってきた。
まあ、モンスターなんだし、一匹で逞しく……ん?
考え込んでいた私は、強い視線を感じて、少年の方を向く。目が外側から認識出来てるかはわからないけど。
やはり、というか、強い視線の主は少年で、真っ直ぐで澄んだ瞳は、何かを期待してキラキラと輝いている。
私は何かの理由を悟り、座り込んだ少年の膝へヨジヨジと登る。
(どうぞ? 触りたいんでしょ?)
至上最高な触り心地らしいし。自分で触れないのが、かなり悔しい。
「いいんですか? じゃあ、失礼します」
最初は控えめに。徐々に大胆に。
少年の手が、遠慮なく私の毛並みを撫でくり回す。
「うわぁ、どんな高級な毛皮にも負けない手触りです!」
ははは、思う存分にモフればいいさ。
(なかなか気持ち良いね)
「そうですか? 良かったです」
(今さらだけど、名前教えてくれる?)
いつまでも少年じゃ、呼びにくい。
「あ、すみません、自己紹介もせず……。俺は駆け出し冒険者の、リュートです」
少年ことリュートは、律儀に私も持ち上げ、目線を合わせて自己紹介してくれる。私も見習わないと。
(私は、ケダマモドキ。名前はまだない)
某文豪の真似をしたが、リュートは不思議そうな顔をするだけだ。当たり前か。
「お名前ないんですね」
(産まれたてで、一人だったからね。何かつけてくれない?)
自分で考えるのは面倒臭いという本心は飲み込み、私はリュートを見上げてお願いする。
「では、シロ……ではなく、えぇと、ハルなんて、どうでしょうか」
(いいよ。響きも嫌いじゃない。ありがとう、リュート)
「はい! ハルさん!」
元気良いな、リュートは。
リュートには言えないけど、もう一つ今さらながらな話題がある。
何故、言葉が通じるか、だ。
まさか、異世界で日本語通じましたって事はないだろう。
かなりの疑問だけど、通じないより通じる方がいいに決まってるから、深くは考えないでおこう。
(リュート、これからどうするの?)
「仲間と合流したいんですが、もうすぐ夜ですから、仲間はダンジョンを出てしまったかもしれません」
私の問いに、リュートはヘニョと眉尻を下げて、寂しそうに答える。
(薄情なんだね)
「仕方がないです。ダンジョンですから」
(そういうもんなんだね。それより、何で夜になるってわかったの?)
諦めたように苦笑するリュートに、私は曖昧な相槌を打ち、それより気になった点を伝え問う。
「時計がありますから」
答えはシンプルだった。
リュートは懐から古い懐中時計を取り出し、私へ見せてくれる。
(そうなんだ。夜になると、危険なの?)
「モンスターの多くは夜行性ですから」
(……私はともかく、リュートは危険だね)
「心配しないでください。ハルさんには、迷惑かけないように、別の場所に行きます」
名残惜しそうに私の毛並みを一撫でし、リュートは私を膝から退けて、立ち上がる。
少しふらつく姿は、明らかに万全の状態ではなさそうだ。
「まずは、こいつを解体して素材を剥いどきますね。その後は、ダンジョンが何とかしてくれますから」
誤魔化すように笑ったリュートは、協力して始末したムカデへ、小振りのナイフを突き立て、言葉通り解体していくが……。
(ダンジョンが何とかしてくれる?)
「見ててください」
意味不明な言葉に頭を捻っていると、リュートは残骸となったムカデを指差す。
訝しむ私の目の前で、ムカデの残骸は、地面に吸収されるように無くなった。体液の跡もない。
(食べられた?)
「さあ? 仕組みはわからないですけど、人間でもモンスターでも、死んでしばらくすると、ああなります」
小さく肩を竦めたリュートは、ムカデの素材を袋に仕舞いかけ、何故か私を見ている。
(いらないから)
「ありがとうございます!」
キラキラとした笑顔を振り撒いたリュートは、嬉々としてムカデの素材を袋に仕舞う。
「これで、お金がもらえます」
(それ、お金になるんだ)
「はい。かなり良い値段になりますよ……分け前とかは」
(だから、いらないよ。モンスターな私が、お金もらってもしょうがないでしょう)
リュートは天然らしい。クスクスと。私は、この体になって、初めて心から笑う。
「あ、そうですよね。ハルさんは、ケダマモドキなんですよね」
えへへ、と照れ臭そうに笑うリュートを見て、私は不意にある思いを抱く。
こんないい子を死なせたくないと。
モンスターらしからぬ思いを。
て言うか、体がモンスターになったからって、心まで染まらなくてもいいと思う。
せっかく、モンスター相手でも、普通に会話してくれるいい子と出会ったんだから。
(情けは人のためならず、って言うし)
「ハルさん? なさけ、なんですか?」
(独り言だよ)
きょとんとしているリュートを見ながら、私は二人?で生き残る術を考える。
まずは、リュートを鑑定しよう。
『鑑定結果
種族名 人間(男)
職業 冒険者見習い
レベル 10
素直な良い子』
(おい)
「え? 何ですか、ハルさん」
(ごめん、リュートに言ったんじゃないの)
私が謝ると、リュートは少しだけ不思議そうにしながら、傷の治療作業へと戻る。
確かに素直な良い子だけど……。鑑定結果まで、出て来るとは。どれだけだよ。
リュートはレベルもムカデより高いし、多分普通に戦えば強いんだろう。
今回は、仲間とはぐれて、囲まれたりしたのかもしれない。
私はといえば、触り心地も最高な、最強のもふもふがあるから、防御面は問題ない。サイズも変えられるみたいだし、盾になるって手も……。
(そうだ、いい手がある)
「ハルさん?」
治療を終えたらしいリュートの視線を受けながら、私は体に気合を入れる。おかしな表現だが、そうすれば、体のサイズを変えられると、本能な部分が教えてくれた。
「え? え?」
慌てふためくリュートの声を聞きながら、私はゆっくりと膨らんでいく体を感じていた。
時間にして一分弱で、もふもふな私のサイズは、リュートを越えた。これで、OKだ。
(リュート、夜に動くのは危ないんだよね? 朝になるまで、私の毛の中に入って休まない?)
「え?」
(防御力はさっき見たよね? あ、もしかして、臭そうで嫌?)
モンスターも生き物だし獣臭いかも。その可能性を忘れていた私は、目線が合うようになったリュートを見つめる。
「いえ! それはないです! ですが、ハルさんが嫌じゃないですか?」
ブンブンと首がもげそうな勢いで横に振ったリュートは、窺うような視線を私の方へと向け、おずおずと真っ白な毛並みに触れてくる。嘘ではなさそうだ。
(嫌なら言わない。リュートは悪戯とか変な事はしなそうだし、私は構わないよ?)
「じゃあ、遠慮なく、一晩お世話になります」
ペコリと頭を下げたリュートは、失礼します、と律儀に挨拶をしながら、私のお腹だろう辺りの毛に沈んでいく。
(臭くても我慢してね? と言うか、私の中身見える?)
「臭くはないです。いい匂いします。中身……は毛ですね。相変わらず、最高な触り心地で、幸せです」
(……我が事ながら、謎だね)
まぁ、まだ一日しか付き合ってない体だから、仕方ない。
リュートに伝わらないよう内心で呟き、私は毛並みに埋もれさせたリュートを感知しようとする。
「何か、毛がザワザワしてますけど……」
(あ、わかる? リュートを探ってみたの。気持ち悪い?)
「いえ、少しだけ、くすぐったい、です……」
相変わらず素直で良い子な答えが返ってくるが、何となく眠そうだ。
(寝ていいよ。私のもふもふは、最強だから)
「はい、ありがと、ございま……」
す、までは言えず、力尽きたらしい。
(お休み、リュート)
だいぶ慣れたのか、毛並みに埋めたリュートの位置がわかるようになった私は、彼を包むように意識する。
ざわ、と毛が動く感覚があり、どうやら成功したらしい。
少しでも、この眠りがリュートの癒しになりますように。
そうは確かに思ったけれど……。
――次の日の朝。
「ハルさん、見てください! 傷が全部治ってます!」
嬉しそうに報告してくるリュートを見下ろしながら、私は、そうじゃない感と共に、ゆっくりと体を縮ませていくのだった。
もふもふ書いてます。