シンプルに気持ち悪い
名前の付け方は、悪役なんでやる気がないです。
「おはよ、ございます……」
目が覚めたリュートは、挨拶をしてから、甘えるように私のお腹辺りのもふもふへ顔を埋める。
(おはよう。寝足りない?)
二度寝するのか?
「いえ、ちょっと、物足りなくて……」
意味がわからず、体を傾げていると、顔を埋めたリュートが、匂いを嗅いでいる事に気付く。
(私、臭い?)
「全然臭くないです。ハルさんの匂い、落ち着きます」
いや、それにしても、嗅ぎすぎじゃ?
さすがに羞恥心が……。
(そろそろ恥ずかしいから……)
もふもふを蠢かして、リュートの顔を押し返す。
「もうちょっと……」
逃げようとする私を腕を回してしっかりと捕まえ、リュートはクンクンと匂いを嗅いでいる。
私は、もう色々と諦めた。
しばらくして、ようやく満足したのか、リュートの腕が外れる。
「癒されました」
(ならいいけど。抜け毛とか、顔につかないの?)
ちょうど良いので、昨日思い付いた疑問を尋ねてみる。
「そう言えば、抜け毛とか付いた事ないですね。こんな綺麗で真っ白な毛ですから、付いたらわかると思うんですが」
悪戯っぽく笑ったリュートは、あむっと私の毛並みを甘噛みする。
(こら、かじらないの)
「すみません、つい。でも、やっぱり抜けてませんね」
悪戯っ子なリュートへ、軽く頭突き――と言うか、私的には体当たりをして叱ると、リュートはヘラッと笑って乱れたもふもふを直してくれる。
(暑い時期は夏毛になるのかな? サマーカットとか、あり?)
「ハルさんのサマーカット? 駄目です! そんな色っぽい格好したら、誘拐されちゃいます」
(……時々、リュートの感性がわからないよ)
本気で言ってるらしいリュートに、私は力なく突っ込むが、リュートは聞いていない。
「今でも、狙ってる人がいるのに……」
大丈夫だよ、リュート。気のせいだから、それ。
聞いてはもらえなさそうなので、心の底で呟いておく。
(リュート、朝ごはん行こう?)
「そうですね。ノーマン達が呼びに来る前に、済ませちゃいましょう」
そう言っていちゃいちゃとするのを止めた私達は、早速朝ごはんの為、部屋を後にする。
ボンボン達は朝が遅いので、まだ食堂に姿はない。
すっかり顔見知りの冒険者達と挨拶を交わし、私達は端のテーブルへ陣取る。
「おや、相変わらず早いね。二人分で良いかい?」
「はい、お願いします!」
おかみさんに元気良く笑顔で応えるリュートに、周りの冒険者達も微笑ましげな表情だ。
美少年で可愛げがあるって、最強かもしれない。
結局、ボンボン達がなかなか起きて来なかったので、冒険者組合へ出発出来たのは、一昨日より遅いぐらいだった。
ちょっとだけギスギスするんじゃないかと心配だった女狐は、怖いぐらいに変わらず、逆に殊勝な顔で謝られた。
ま、瞳の奥にある冷ややかな色、丸わかりだけどね。
リュートが許したから、私も許してあげるよ。――今回は。
この間しっかりと注意したので、リュートはちゃんと仲間の後ろをついていってる。
町中でリュートがはぐれるのは、人懐こい性格が原因だった。
あちこちで声をかけられ、きちんと挨拶を返す。その間に、仲間とはぐれるのだ。
この問題は、リュートが挨拶している間、私が仲間をしっかり見ている事で解決した。
なので、今日ははぐれる事なく、四人揃って冒険者組合へと辿り着く。
中へ入ると、何だか騒がしい。
いつもガヤガヤしてるが、雰囲気が違う。何か緊張感が漂ってる。あと、イライラ感?
「だから、このボクが、ダンジョンへ行きたいって言ってるんだ! どうにかするのが冒険者だろ?」
カウンターの前で、そう騒いでいる男が見える。
年の頃はボンボンより少し上、服装はボンボンより金持ちっぽい。あとボンボンより体格も良いけど、顔面偏差値はさらに低い。
一応、ボンボンは冒険者な服装をしている。それでも、金持ちそうだけど。
騒いでいる男を見たボンボンは、明らかに驚いた表情をしている。知り合いなのか?
呆然としているボンボンが、ポツリと洩らした。
「あれは、ナリキ男爵の……」
惜しい。成金じゃないのか。気になるので、鑑定してみる。
『鑑定結果
名前 カネノ(男)
職業 どら息子
レベル 0
ナリキン――ごほっ、ナリキ男爵のどら息子。冒険者へ憧れている』
あれ。フルネームだと、ほぼ金の成る木だ。
どうでも良い発見だけど。あと、鑑定も成金と間違えた。文字なのに、咳き込んで誤魔化したし。
私の鑑定って、やっぱり何か変。レベル0などら息子も相当変だけど。
移動するリュートの肩の上で、ぼんやりと考え込んでいると、何やら粘っこい視線を感じる。
「ハルさん?」
思わず毛を逆立たせてしまったらしく、リュートから心配そうに呼ばれる。
(何でもないよ。でも、抱えてて)
離れる事ない視線に、私は恐怖に似た感情を抱き、返事も待たずに、リュートの腕の中へ移動する。
火グマ相手でも、恐怖なんて抱かなかったのに……。
「寒いんですか?」
怯えた猫のようにもふもふを膨らませる私に、リュートは心配そうな表情で、毛並みを優しく撫でてくれる。
自分じゃわからないけど、当社比1・5倍ぐらいになってるかも。リュートの腕がもふもふに沈む感覚がある。
(……うん、寒い)
何か視線が気持ち悪くて。
「今日はお休みさせてもらいます!」
私の答えに、清々しいくらいに即答したリュートは、どら息子を遠巻きに見ているボンボンへ話しかけようとする。
ちなみに、私もリュートも気にしてなかったが、どら息子はずっと騒いでいたりする。
ボンボンへ近寄ると、自然と騒ぎの中心へ近づく事になるので、どら息子の声が大きくなる。
「ノーマン、悪いけど……」
リュートがボンボンの名前を呼んだ瞬間、どら息子がボンボンを視界に入れる。
「おー、ノーマンじゃないか! 良いところで会った。キミは冒険者になったんだったね。実は、ボクも溢れる才能を活用しようと、冒険者になってみたんだ」
眠らせとけ、そんな才能。絶対に気のせいだから。
「覚えていてくださったんですか!」
ボンボンは嬉しそうだけど、私だったらこんな奴に覚えられたくない。
「同じ夢を抱いた同志だからね」
美化すれば、憧れの近所のお兄さん的なものか?
「ありがとうございます、光栄です」
興奮しきったボンボンが、正直気色悪い。私はリュートの腕の中で身震いする。
「寒いんですね。早く帰りましょう」
興奮しきったボンボンとどら息子のやり取りを横目に、リュートは通常運行だ。
さっきから、チャラ男と女狐は、完全な空気と化している。
どら息子に詰め寄られていた冒険者達は、どら息子の態度が悪かったせいか、ボンボンが相手をしてくれるようになると、これ幸いにと距離をとってギャラリー状態だ。
「ノーマン、悪いけど、俺たち……」
「き、キミは、ノーマンの知り合いか!」
リュートがもう一度ボンボンへ話しかけた時だった。どら息子が、唾を飛ばさんばかりの勢いで詰め寄ってきたのは。
あまりの勢いに、さらにもふもふが逆立つ感覚がある。
「え、えぇ。ノーマンとはパーティーを組んでます。リュートと申します」
「リュートか。見たところ、剣士のようだね」
どら息子とはいえ、男爵の息子にリュートは困惑した顔をしながらも、丁寧に答えている。
「すみません、リュートはうちのパーティーで一番弱いんです! 冒険者としてのお話なら、ジュノの方に……」
自分達が役立たずと信じ込んでいるリュートに、どら息子が注目したのが相当嫌なのか、ボンボンは表情を引きつらせ、どら息子の腕へ触れる。
「ちょっと黙っててくれ!」
ボンボンの手をパチンッと勢い良く振り払い、どら息子は再びリュートへ詰め寄って来る。
シンプルに、ただただ気持ち悪い。
「リュート! キミが抱いている、それは、もしかして、ケダマモドキじゃないか!?」
また唾飛んできた。
嫌になった私は、体を反転させて、リュートの胸へ顔を埋める。
(私、絶対に触られたくないから)
一応、念押ししておく。
「そうですが……」
私へ小さく頷いてから、リュートは慎重に肯定を口にする。
「やはり! あの男の文献の通りの姿だから、間違いはないと思ったが、まさか、幻と言われるモンスターとこんな所で出会えるとは……」
「はぁ……」
どら息子の熱のこもった演説を、リュートは困惑しきった表情で、力なく流している。
「リュート、そのケダマモドキを譲ってくれないか?」
「すみません。ハルさんは誰にも渡せません。たとえ、男爵のご子息様だろうとも」
鼻息荒く言い寄ってくるどら息子に、リュートはキッパリと断り、私の体を抱え直してくれる。
「リュート! お前、役立たずのクセに、カネノ様のお願いを断るのか!」
「あぁ。俺が役立たずだろうと関係ない。ハルさんは物じゃないんだ」
突っ掛かって来たボンボンに、リュートは動じる事なく返して、私をしっかりと抱き締める。
「うわぁ、リュートのクセに生意気〜」
「別にいいじゃない、欲しいっておっしゃるんだから、あげても」
チャラ男と女狐も参戦したらしい。
リュートの胸へ顔を埋めてるから、表情はわからないけど、たぶん嫌な顔してそうだ。
頑張って、リュート。
「タダとは言わない! 好きな金額を言ってくれ。金貨100枚だろうが、1000枚だって用意するぞ?」
傍で聞いていた冒険者達がどよめいてる。
かなりの高額らしい。
「金額じゃないですから。――ハルさん、具合が悪いみたいだから、俺は今日はパスだ」
リュートは全く心を動かされた気配もなくサラリと返すと、怒りか驚きか、両方かもしれないが、黙ってしまったノーマンへ一方的に告げて、さっき入ってきたばかりの入口へと向かう。
途中、私の具合が悪いという言葉を聞いた冒険者達が、次々にお大事に、とか、養生しろよ、とか声をかけてくれる。
鋭敏な私の耳は、やっと復活してリュートを罵るボンボン達の声を拾っていたが、もう聞きたくなかったので、シャットアウトして、リュートの歩く揺れを感じながら目を閉じる。
あの恐怖は、寝不足なせいもあったのかもしれない。
そう推測をしながら、私は訪れた睡魔に身を委ね、深い眠りへ落ちていった。
リュートはすっかりもふもふラブ。
誤字指摘、ありがとうございます。