引き取られ拒否します。
ボンボンメッキ疑惑。
ハルさんは、リュートがいないと駄々もれます。
「あら、リュートさんのお仲間さんね」
巨乳のアンナさんが、さりげなく私を抱え、ボンボンとチャラ男から遠ざける。
いくら、あの二人が強引でも、年上の巨乳なお姉さんの腕から、私を奪い取れないだろう。
いつの間にか、椅子から降りたアニーも、アンナさんへ寄り添ってボンボンとチャラ男をジッと見つめている。
「お兄ちゃんたち、ハルさんのお友だちなの?」
(違うよ?)
全力でぶんぶんと体を横に振って否定しておく。
「あぁ、そうだ。だから、その毛玉をこちらへ寄越せ」
「うん、俺達、その毛玉のオトモダチだから」
私の全力否定も気にせず、ボンボンとチャラ男はアンナさんから私を奪おうとする。ブレないな、こいつら。まさか、しないと思った行動に出るとは。
もちろん、嫌なのでアンナさんの胸の谷間へ体を埋め、精一杯抵抗した。
抵抗する私の姿に、アニーはボンボンとチャラ男の前へ、手を広げて立つ。
「毛玉じゃないもん! ハルさんだもん! ハルさん嫌がってる!」
「何だと、このガキ……!」
ボンボン最悪だ。キレて、アニーを殴ろうと手を振り上げる。
何で私が止めようとしてないかって?
私が動くより早く、動いた人物がいたのが見えたからだ。
「あ゛? 次はないって言わなかったか?」
お前は何処ぞのヤンキーか。
ボンボンの振り上げた手首を掴み、低くそう囁いたのは、先程までテーブルに突っ伏して凹んでいたエヴァンだ。
よっ! やる時はやる男!
エヴァンに睨まれ、ボンボンはまさに蛇に睨まれた蛙状態だ。
言い訳しようとボンボンは口を開閉してるが、言葉は出て来ない。
「何処まで腐ってやがる。無抵抗な女子供に手を上げようとするなんて」
「そ、なつもりは、ただ、僕は、その毛玉を取り返そうと……」
お、ボンボンがやっと言い返した。
「アニー、ハルさん助けただけだもん! 盗ってないもん!」
アニー強いな。半泣きだけど、ボンボンへ言い返してる。
「そうよ。それに、明らかにハルさんは、あなた達と行きたくないみたいよ?」
アンナさんの助け船に、ここぞとばかりに、コクコクと頭を振る。別に、巨乳の感触が気持ち良かった訳じゃないよ?
「なっ、モンスター風情が……」
今度は私を貶す? 別にモンスターなのは事実だし、悪口でも何でもないけど。
しかし、聞いていたエヴァンは違ったらしい。
「そう言えばお前、エレの町出身だってな?」
ニヤリと笑ったエヴァンは、世間話のように問いながら、掴んだままのボンボンの手首を、ギリギリと締め上げる。
「それが、どうか、しましたか?」
絶妙な力加減らしく、ボンボンの手は変色しているが、まだ折れてはないようだ。何とか強がって答えてるし。一応、丁寧な口調で。
「ノーマンって、お前だよな?」
「そう、です」
何だろう。エヴァンが、イケメンなのに悪役みたいな笑い方してる。
私はアンナさんの腕の中で、成り行きを見守る。
「お前は本当に、初級冒険者か?」
「な、にを! カードもタグも本物だ……です!」
動揺してるなボンボン。
やっぱり、鑑定だと見習いで、カードとかが初級って、何か秘密があるのか?
「へぇ、そうか。――そう言えば、エレの町の冒険者組合の、組合長が交代したらしいぞ?」
「なっ!?」
エヴァンが告げた言葉を聞いた瞬間、ボンボンの顔が劇的に色を変える。
「どうかした〜? 別に、俺達には関係ないでしょ〜?」
チャラ男は心底不思議そうに、動揺を隠せないボンボンの顔を見つめて、緩く突っ込む。
「あ、あぁ、そうだな。僕達には関係ない話です。それより、いい加減、手を離してもらえますか?」
チャラ男の突っ込みに、ボンボンは何とか頷くと、強がって見せ、エヴァンを睨み付ける。
「そうか。何せ、出身地の冒険者組合の組合長が、不正で捕まったなんて、気になる話題かと思ったんだけどな」
「……っ!」
ニヤリと笑ったエヴァンは、言い終わってボンボンが動揺を見せたタイミングを狙い、手を離す。
ボンボンは腰が抜けてしまったのか、ふら、とその場へ崩れ落ちる。
しかし、ボンボンの動揺っぷりは尋常じゃないな。
出身地の冒険者組合の組合長が捕まって、何でそんなに驚くんだろう。
チャラ男の様子からすると、知り合いって事はないだろうし。
崩れ落ちたボンボンを眺めながら、そんな事を考えていると、エヴァンが満面の笑顔を浮かべて上体を倒し、ボンボンへ顔を寄せる。
囁かれた言葉は、本人と私にしか聞こえなかっただろう。
それを聞いたボンボンは、サッと顔を赤に染めて、勢い良く立ち上がる。
「帰るぞ、ジュノ! そんな毛玉を、僕達が引き取ってやる義理はない!」
(私も引き取られなくないから)
ボンボンの捨て台詞に、私はふいっと顔を反らし、アンナさんの胸の谷間を安住の地にする。
「あ、待ってよ〜、ノーマン!」
捨て台詞を吐いて去っていったボンボンを、チャラ男が慌てて追いかけて行き、室内は一気に静かになる。
エヴァンがボンボンへ囁いたのは、
『メッキじゃないといいな?』
という、意味不明な一言。
メッキ。つまりは、違うもの、大概は劣るモノに、優れたモノを塗りつけて、中身の劣るモノを覆い隠すって感じだよね。
この世界でも、そんな意味を持つなら、ボンボンがメッキ野郎?
なら、導き出される結論は一つ。
初級冒険者というメッキが剥げて現れるのは、私が鑑定した『見習い冒険者』という地金だろう。
(……エヴァンの意味ありげな言い方からすると、ボンボンの初級冒険者なメッキは、捕まったエレの町の組合長が関わってるんだろうねぇ――っと、リュートだ)
「ハルさん!」
リュートの突然の登場に、私は駄々もれにしていた思考を止め、アンナさんの腕からテーブルへ飛び降りる。
「ハルさん、良かったです……」
リュートの胸に飛び込もうかと思ったが、その前にギュッと抱きすくめられる。
(ごめんね、心配かけて……)
リュートの体熱い。かなり汗も掻いてるし、私を必死に探してくれてたのが、伝わってくる。
「ハルさんは、悪くないです。エメラが、ハルさんの入った鞄を盗られたって……。でも、俺、嘘だってわかったから、聞き出したんだけど、捨てた男が、見つからなくて……」
全力疾走してくれてたのか、なかなか整わない呼吸のまま、リュートは説明をしてくれてる。
ちょっと、初対面を思い出してほっこりする。
「他の冒険者から、ハルさんが、冒険者組合で保護されたって、聞いて、死ぬ気で走って、来ました」
残念。落ち着いたのか、乱れていた口調も、呼吸が整うにつれて戻ってしまう。
可愛かったのにな、と拗ねそうな事を考えていたら、駄々もれにしてた訳でもないのに、リュートにジトッと睨まれる。
(ねぇ、あいつらとすれ違った?)
「あいつら? ノーマン達ですか? 俺はすれ違ってないですよ?」
リュートが嘘吐く訳ないから、ボンボン達は違う方向へ逃げていったのか。
「ハルさん、今は俺以外のこと、考えないで欲しいです」
はぐらかそうと話題にした内容に思考を割いていると、私を抱き締めたリュートが、無駄な美少年オーラを出して、甘えたように小声で囁いてくる。
可愛いけど。
可愛いけども、場所を考えよう、リュート。
エヴァンとか、戻ってきた冒険者達とか、アンナさんとかの生温い視線が痛いよ。
アニーだけは、ハルさん良かったね、と無邪気に喜んでくれたので、良しという事で。
べ、べつに、諦めた訳じゃないからね!
……やっぱり、このキャラは私に向いてないと思う。
(今日はお休みにする? 私を探し回って疲れたでしょ?)
「そうですね。いくら俺が体力馬鹿でも、ずっと全力疾走だったんで、少し休みたいですけど……」
(あー、リーダーが決めるのか)
「はい」
私達がそんな会話をしながら大通りを歩いていると、前方からチャラ男が近づいてくる。
「あ、いたいた〜。全く手間かけさせないでくれる? 今日は、ノーマンの具合が悪いから、依頼は受けずに自由行動だからね」
俺は女の子と遊ぶから〜、といかにもチャラ男な事を言い残して、チャラ男は去っていく。
「休めそうですね」
(部屋でまったりしよっか?)
「はい!」
私とまったり出来るのが嬉しいのか、リュートはニコニコと笑って歩いている。微笑ましい。
「エメラと会わないといいですが……。さっき、怒鳴ってしまったので……」
緊急時以外に怒鳴るリュートか。ちょっと見たかった、と考えた所で、リュートの強い視線を感じた。
「俺にとって、ハルさんがいなくなるのは、十分な緊急時です!」
駄々もれたらしい。何故か怒られた。その後、
「今日は、一秒も離れたくないです」
可愛らしいお願いをされたので、叶えてあげる事にした。
それって、私達の平常運転じゃ、と突っ込むのは、脳内だけにして。
甘えん坊リュート。
ま、中身の実年齢でも十歳ぐらいは差があるので。