思いがけない救世主
まだリュートとは会えません。
感想・評価、嬉しいです。
ありがとうございます。
ハッハッハ。これこそ、まさに手も足も出ないっていう状況だ。私には、出す手足がないけど。
(馬鹿馬鹿しい)
自分で自分を罵倒してから、私は麻袋からの脱出を試みる。
防御では優れた最強もふもふも、こうなってしまうと無力だ。
せめて、牙や爪があれば……。無い物ねだりだな。
私が帰らなければ、リュートは探しに来てくれるだろうけど。
さすがに、あの女狐が適当な事言っても、騙されないよね?
いくら、素直ないい子でも。
……ちょっと、心配になってきた。自力で頑張ろう。
私は気合を入れ直し、麻袋の中で、モダモダと身動ぎをする。少しでも、結ばれた口が緩めば、と考えたのだ。
数分戦ったが、特に変化はない。
あの女狐、相当キツく結んでくれたらしい。
改めて怒りが込み上げてくる。
(そうだ、吸収……)
怒りでカッカッしていた私は、自分の特殊スキルを思い出し、吸収しようともふもふを揺らすが、実行前に冷静になる。
聞こえるからだ。
ガヤガヤと人が行き交う声や音が。
まず、麻袋が吸収出来たとしよう。
その場合、外からはどう見える? 溶ける? 一瞬でサッと消える?
どの場合でも、後には真っ白毛玉な私が残される。
どう考えても、モンスターが出た、とパニックになりそうだ。
いくらダメージが通りにくいとはいえ、袋叩きは嫌だ。
これは、詰んだかもしれない。
大人しくリュートを待つしかないか、と麻袋の中で、凹んでいると、軽い足音がパタパタと近づいてくる。
その後に、最初のと比べて、少し重い足音が近寄って来る。
『ほら、お姉ちゃん、これだよ!』
『確かに動いてるわねぇ。あの男、猫でも入れて捨てたのかしら?』
幼い少女らしき声と、色気のある女性の声。
女性の声に聞き覚えがあった私は、ここぞとばかりに、麻袋の中で暴れる。
『猫さん!? お姉ちゃん、早く出してあげて!』
『わかってるわ。引っ掻かれるかもしれないから、離れてなさい』
(引っ掻かないから、早く開けてください)
通じないのはわかってるけど、思わず話しかけてしまう。
近くに誰かが膝をつく気配がし、麻袋が持ち上げられ、固く結ばれていた口が解かれていく。
数分かかり――本当にどれだけキツくしたんだろ、あの女狐――麻袋の口が開かれ、新しい空気が入ってくる。
(空気が美味い……気がする)
「さぁ、猫さん、大丈夫……?」
「真っ白い猫さんだね!」
麻袋の中を覗き込んで来た顔の一つは、やはりと言うか、顔見知りだった。
「猫じゃない? もしかして、ハルさん、かしら?」
「猫さん、ハルさんって言うの?」
おずおずと話しかけてくるお姉さんの脇で、可愛らしい6歳ぐらいの少女が、無邪気な笑顔で話しかけてくる。
(そうだよ。ハルさんです。猫じゃないけど)
ハルさんはケダマモドキです。と、話しかけつつ、大きく頷く動作をする。
誰にも通じないのが寂しい。
離れて数時間ってとこだろうけど、早くリュートに会いたくて仕方ない。
「やっぱり、ハルさんなの? どうして、一人なのかしら?」
首を傾げながら私を抱き上げてくれたのは、冒険者組合の三人いる受付のお姉さんの一人、巨乳で色気の溢れる、あのお姉さんだった。
非番なのか、制服でないお姉さんの豊かな胸に抱かれ、私は精一杯困った顔をしてみた。
「もしかして、リュートさんとはぐれた……訳ではなさそうよね」
何と無く困っているのは伝わったらしく、お姉さんは推測を口にして、自ら否定する。
お姉さんの目線の先には、私が詰め込まれていた麻袋がある。
「リュートさんが、ハルさんを捨てる訳はないわよね」
大きく頷いて同意しておく。
「お姉ちゃん、アニーも、ハルさん抱っこしたい!」
幼女――アニーは、お姉さんの足元で、私を触ろうと手を伸ばしてる。
「……平気かしら、妹に抱っこさせても?」
(大丈夫ですよ)
了解の意味で大きく頷くと、お姉さんはゆっくりと私をアニーへ抱かせる。
「優しくよ? 落としたりしないでね?」
「うん! ハルさん、もふもふで気持ち良いね!」
(ありがとう)
アニーのおかげで、雰囲気は一気にほのぼのしたが、お姉さんは何かを考え込んでいる。
「……怪しいのは、お仲間さんね」
(おー、大正解!)
ま、私はリュートの肩が定位置だし、私をさらうにはリュートを出し抜く必要がある。あんなほのぼのだけど、リュートは腕の立つ冒険者でもあるからね。
「アニー、ハルさんを抱っこして歩ける?」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん! アニー、ハルさん、抱っこしてる!」
転ばないといいけど。
ちょっとだけ心配しつつ、私はアニーの腕に抱かれている。
下手に動くと、アニーがバランスを崩す可能性が高いので、結構気を使う。
「リュートさんが何処にいるかわからないから、とりあえず、冒険者組合へ行くわよ? 頑張れる?」
「うん!」
元気良く答えるアニー。
私も頑張ります。
幸いにも、冒険者組合の近くだったらしく、あまり時間はかからないようだ。
道すがら、お姉さんは何故自分があそこに来たかを教えてくれた。
女狐が私を捨ててと頼んだ相手が悪かったらしい。逆を言えば、私的にはラッキーだった訳だ。
女狐に頼まれてデレッとしていたのは、何処にでもいる小悪党な男で、弱いモノいじめが好きらしい。
よく子猫や子犬をいじめたり、老人相手に怒鳴ったり、駆け出し冒険者に詐欺紛いの事をして絡んでいた。
お姉さんは、その男の近所に住んでいたため、弟妹に頼んでおいたそうだ。
『あのおじさんが、変な事をしてたら、私に教えなさい』と。
そして、アニーが、モゾモゾと動く麻袋を持った件の男を目撃して、お姉さんへ報告してくれた、という事だ。
利発なアニーに感謝だ。
おかげさまでスピード救出となりました。
利発なアニーは、ただ今、私を落とさないよう必死だ。
時々、足がふらつくので心配だ。
お姉さんも、心配そうな顔でチラチラと見ている。
「アニー、そろそろ、ハルさんを私に渡してくれない?」
「やだ! ハルさんともっと一緒するの!」
「……ごめんなさい、ハルさん」
いいですよー。可愛いから、許しちゃう。
落とされても、私なら平気だし。
私達の心配を他所に、アニーは無事に冒険者組合まで運んでくれた。
「さぁ、ハルさん、こっちへ」
寂しそうなアニーを見ないようにして、私はお姉さんの腕へと移動する。
「誰か、リュートさんが何処にいるか知ってるかしら?」
私を腕に抱え、お姉さんは集まっている冒険者達へ近寄り、問いかける。
「リュート? 朝は宿で会ったぜ」
「俺が見た時は、何か仲間と揉めてたな」
「俺はさっき町ん中で走ってるのを見たぜ?」
「それ、俺も見た。何か、ハルさんって叫び回ってたから、ハルとはぐれたんじゃないか?」
はい、ご明察。現在進行形なう。
懐いてたのになぁ。どうしたんだろうな。喧嘩か。等々好き勝手話す冒険者達。その時、
「ハルさん、悪い人に捕まってただけだもん!」
幼い少女の高い声が、組合の中に響き渡る。
「何だって!?」
「マジかよ!」
「だから、リュートが走り回ってたのか」
「俺達も、ハルの捜索へ行くぞ!」
冒険者達、いい人と言うか、ノリが良すぎる。
みんな、お姉さんに抱かれた私に気付いてないらしい。
「落ち着いてもらえるかしら?」
そこへ、お姉さんからの鶴の一声。
ピタリと止まる冒険者達。
仲が良すぎると思う。
「ハルさんは保護したから、リュートさんへ連絡をお願いしたいのだけど?」
呆れている私に気付く事なく、お姉さんの指示を受けた冒険者達は町へと散っていく。
(ご迷惑おかけします)
言葉が通じれば、こんな面倒事にはならないので、本当に申し訳ない。
「リュートさんが来るまで、あちらで休みましょう。アニーもいらっしゃい」
「うん!」
お姉さんは私とアニーを連れて、手近なテーブルへと落ち着く。
「……ジュース、どうぞ」
いつの間にかカウンターから出て来たお姉さんが、アニーへジュースを出してあげている――いい加減、お姉さんだと混乱するかも。
名前はわかってるんだし、きちんと呼び分けよう。
今日、私を助けてくれた巨乳なお姉さんが、アンナさん。
昨日いた緩い口調のお姉さんが、イリスさん。
で、この無口で無表情なテクニシャンお姉さんが、ウィナさんだ。
ウィナさんは、ジュースを飲むアニーの頭を、優しく撫でている。無表情だけど。
「……ハルさんも」
ジッと見ていたら、撫でて欲しがってると思われたのか、ウィナさんの手が私へと伸ばされる。
うむ、相変わらずのテクニシャンだ。
あまりの気持ち良さにテーブルの上で、クタッと伸びてしまう。
「ハルさん、伸びた!」
アニーは伸びた私が面白かったらしく、パチパチと手を叩いて喜んでいる。
「体の構造が気になるわね……」
アンナさん、視線が痛い。そんなに見つめても、青リンゴぐらいしか出ません。
「お、アンナ、わざわざ休みにご出勤か? アニーまで連れて」
そこへ、奥から現れたのは兄貴――ではなく、エヴァンだ。
エヴァンはウィナに続いて、アニーの頭を撫でている。こちらは乱雑な手つきだが、アニーはきゃははと笑っている。
可愛い。
ま、うちのリュートの方が可愛いけど。
思い出したら寂しくなり、テーブルの上でもふもふをざわつかせる。伸びたまま。
「なんだ、これ? 誰かの納品した毛皮か……って、ハルか!?」
ノリ突っ込みありがとうございます。ここの冒険者は、本当にノリが良すぎる。
いや、素なのはわかってるけど。
「ここまで平らになるとは。中身はどうなってるんだ?」
心底不思議そうに呟いたエヴァンは、指先でもふもふした私の毛並みを突いてくる。
(擽ったい)
あと、私の中身は私も不明だったり。
水浴びしても、長毛種の猫みたいに痩せ細ったりはしなかったから、詰まってはいるらしい。
夢や希望とか?
(掻き分けるのはエチケット違反ですー)
しばらく放置していたら、エヴァンが無遠慮に毛並みを掻き分けようとしてきたので、私はアンナさんの巨乳へ避難する。
「組合長、ハルさんは女の子なんだから、駄目よ?」
アンナさんの巨乳へ埋まりながら、コクコクと頭を振る。
「くみあいちょーのえっち!」
「え、エッチ……?」
アニーの無邪気な攻撃に、エヴァンが撃沈した。
「……組合長、えっち」
ウィナさんの追撃。目標は完全に沈黙。
私は毛並みを揺らして笑う。笑っていると、わかってくれる人はいないけど。
(早く迎えに来てくれないかな)
そう願うと、入り口の方で人の気配がする。
でも、リュートじゃない。
嫌な予感がし、私はざわりともふもふを逆立てる。
入って来たのは、
「本当にあの毛玉野郎だな」
「オマケのリュートはいないみたいだね〜」
ボンボンとチャラ男の二人だった。
(ごめんなさい、チェンジをお願いします!)
聞いてもらえる筈はないだろうけど、願う自由ぐらいはある筈。
とりあえず、リュート早く来て! と叫んでおいた。
リュート、早く来て!