ボンボン危機一髪(笑)
首の皮、一枚ぐらいで繋がってますよ?
「な、な、な……」
真っ青になったボンボンが、エヴァンを指差して、壊れてみたいに、な、だけを繰り返している。
チャラ男と女狐は、しれっと距離をとって、ボンボンから離れている。うん、友情って素晴らしいね。反吐が出そうだ。
「リュート、お前の仲間は、ずいぶん愉快な挨拶をするんだな」
ボンボンを小物だと判断したのか、エヴァンは威嚇を止めて、リュートへ苦笑して話しかける。
「あ、あの、ノーマンは、ちょっと偉そうな話し方するだけで、悪気はないんです。俺が弱いって、一番わかっててくれているから、つい愚痴が出たんだと……」
リュートは必死になって、ボンボンをフォローする。
しかし、ボンボンに悪気はないんだったら、この世界は善人だらけだよ、リュート。
「……まぁ、粋がったガキに目くじら立てるのも、大人げないか」
リュートの必死な態度に、エヴァンは苦笑して、ため息を吐くと、リュートの頭を一撫でしてから、カウンターへと戻っていく。と見せかけ、一回戻って来たエヴァンは、ボンボンの耳元へ笑顔で何事か囁く。
ボンボンが壊れた人形みたいにコクコクと頷くのを見て、エヴァンは満足げに笑い、今度こそカウンターへ戻り、火グマの素材を抱えて奥へ姿を消す。
「クソ、僕を誰だと思ってるんだ」
エヴァンが消えたのを確認してから、毒づくボンボン。ちっちゃいなぁ。
冒険者達から、生暖かい眼差しで微笑ましげに見られてるし。
誰得情報だが、エヴァンが何を囁いたか、私の耳には聞こえていた。
『……次はないからな』
頑張れ、ボンボン。
チャラ男と女狐も、エヴァンの悪口へ参加してるけど、大丈夫か? エヴァンは口だけじゃない、現役冒険者なのに。
「兄ちゃん、リュートは火グマ狩ったんだぞ?」
「そうそう、二匹も」
「あと、うちの組合長はマジで強いから、喧嘩するなら命賭けだからな」
私がそう思っていたら、人がいい冒険者達が、親切に忠告してくれてる。
「ハァ? そんな嘘を信じる訳ないだろ?」
「そーそー、リュートはうちのパーティーのお荷物なんだから」
「みなさん、お優しいんですね。でも、リュートは本当に弱いんです」
それをサラッと嘘だと決めつけて、流してしまうボンボン達。せめて、組合長が強いは信じようね。こっちが迷惑だ。
冒険者達は、ハトが豆鉄砲食らったような顔から、ゆっくりと渋面になっていき、揃ってため息を吐いている。
「すみません、俺が弱いから……」
いい子なリュートは、冒険者達の側へ駆け寄り、仲間達へ聞こえないように小声で謝って回っている。
「いや、俺らは構わねぇけど」
「リュートを弱いって、お仲間、初級と見習いだろ?」
「どう見ても、あいつら大イモムシと死闘繰り広げたみたいだよな」
うん、私も同感。って、何か、揉めてる?
リュートが冒険者達と話している間に、報酬の受け取りをしていた筈のボンボン達が、お姉さんへ向けて怒鳴ってる事に気づいた私は、もふもふでリュートの頬を軽く押す。
(リュート、あっち、何か揉めてない?)
「え?」
冒険者達と話していたリュートは、私の言葉に、仲間達の方へ視線を向ける。
「何かあったんですかね?」
小首を傾げたリュートは、冒険者達へ一言断ってから、仲間達の元へ駆け寄る。
「何故、採集依頼が達成にならないんだ!」
「ちゃんと、青リンゴ、持ってきたよねぇ」
「そうよ、何処に目をつけてるのかしら?」
どうやら、ボンボン達が一方的に喚き散らしているみたいだ。
お姉さんは、完全な営業スマイルで流してるよ、あれは。
「……ですから、これは、青リンゴではありません。なので、そちらの採集依頼は達成にはなりません」
ボンボン達が黙ったのを見計らい、お姉さんは冷静に青リンゴ(?)を押し返して説明する。
あ、やっぱり、青リンゴじゃないんだ、あれ。最初から違和感あったんだよな。
って事で鑑定。
『鑑定結果
名称 リンゴ
塗られていて青い』
馬鹿か、あいつらは。バレない訳ないだろ。
「チッ、その依頼は元々僕達が受けたものじゃないんだ」
だからどうでも良い? そんな言い訳通じると?
リュート、頼むから、チワワみたいにうるうるした目で見て来ないで。
言いたい事はわかるよ?
私のもふもふの中には、青リンゴが入ってるからね。
「おい、リュート! これは、元々お前が受けたんだ。火グマの依頼と一緒にキャンセルをしておけ!」
「そーそー、リュートのせいで、こっちはイモムシ探し大変だったんだからさぁ」
「よろしくね」
私とリュートが無言の争いしている間に、ボンボン達は勝手に話を終わらせて去っていく。
「……ハルさん」
さすがに固まったリュートは、申し訳なさそうに私の名前を呼ぶ。
(ま、これで私達が報酬もらえるし、良いんじゃない?)
冗談めかせて答えると、私はカウンターへ飛び乗り、依頼達成に必要な分の青リンゴをもふもふから吐き出す。
「ありがとうございます、ハルさん! あの、これで採集依頼達成出来ますよね?」
私へ向かって頭を下げたリュートは、成り行きを見守っていたお姉さんへ、青リンゴを差し出す。
「俺のせいで、ご迷惑おかけしました」
「いえ、リュートさんのせいじゃないのは、よぉくわかってますから、お気になさらずに。青リンゴ確認させていただきますね〜」
謝罪するリュートに、お姉さんは含みのある返しをして、リュートが差し出した青リンゴを受け取る。
ボンボン達、あちこちに敵を増やしてるけど、夜道歩けなくなるんじゃ。
「はい、確かに本物の青リンゴですね。個数もバッチリです。依頼達成、ありがとうございます。こちらが報酬です」
私がボンボン達の行く末を想像している無益な時間で、無事に依頼達成出来たらしい。
「ハルさん、依頼達成出来ました!」
(良かったね。じゃあ、帰ろっか)
リュートの差し出した腕の中へ飛び込み、私はもふもふを揺らして笑う。
「はい! ノーマン達のランクアップの話は、また今度ですね」
(……そんな話もあったね)
あれ、でも、依頼達成報告の時、ボンボン、お姉さんにカード見せてたよね?
じゃあ、やっぱり初級なのか、ボンボン。
鑑定では見習い扱いされてるのに。
私が内心首を捻っていると、お姉さんがカウンターへ寄りかかるようにして、リュートへ顔を近づけてくる。
「リュートさんに聞いておくように、組合長に言われたんですが、リュートさんの出身は?」
「ラザニ村ですけど……」
「ラザニ村ですね〜。お仲間さんもですか?」
「ノーマン達は、エレの町出身です」
「エレの町ですか、わかりました。ありがとうございます〜」
リュートが答えた事をメモし、ニッコリと笑うお姉さんと、かなり同情的になった冒険者達に見送られ、私達は冒険者組合を後にする。
「なんだったんでしょうか?」
(態度が悪いから、親に連絡とか?)
最後の意味不明な質問に、リュートが首を傾げているので、私はとりあえず思いついた事を口にしてみる。
「……俺の両親は亡くなってますけど」
(いや、明らかにリュートは違うから)
何処まで天然なんだ、リュートは。
力なく突っ込みを入れつつ、私はリュートの肩の上で伸びている。
ただ今、もふもふした厚めのタオルみたいかもしれない。
「エレの町にも、冒険者組合がありますから、その関係でしょうか?」
(そうなんだ)
「はい。大きな町には、ほとんど冒険者組合がある筈です」
(そっか。冒険者なんだもんね。一ヶ所には落ち着かないか)
「そうですね。俺達も、ある程度、ダンジョン攻略したら、次の町へ行く予定です。依頼を受けて資金を稼いで」
(あー、食費とか装備とか、宿の金とかもかかるもんね)
「俺みたいな穀潰しもいますからね」
クスクスと笑うリュートに悲壮感はなく、ただただ事実を述べている、そんな態度なのが悔しい。
(リュートは穀潰しじゃないから)
ほら。私が否定しても、リュートは苦笑するだけ。
一度、ボンボン達はリュートの戦う姿を見ればいい。それでも、穀潰しなんて言うなら、覚悟しとけ。
クックッと悪役のように笑っていると、リュートは私が上機嫌だと思ったらしく、笑顔になった。
「ふふ、宿に着いたら、ハルさんを拭きますね」
(ありがと。お願いね)
ま、リュートが笑っていてくれる間は、私も我慢しておいてやる。いつか、ブチッといきそうだけど。
何せ、私はモンスターだし。
殺しはしないよ、殺しはね。
「お、帰ってきたね。今日は部屋空いてるよ?」
宿屋のおかみさんは、すっかりリュートを覚えてくれたらしい。
「一人部屋は、空いてますか?」
「あー、ハルがいるから、その方が良いんだね。大丈夫だよ」
「ありがとうございます。じゃあ、一人部屋でお願いします」
そう言ってペコッと頭を下げるリュートに、おかみさんは満面の笑顔になる。
可愛げって……以下略。
「じゃあ、行きましょうか、ハルさん」
(はーい)
「あ、そうだ。水を使いたいんですが」
「はいよ。別料金だけど、安くしとくよ」
「ありがとうございます!」
可愛げって……うん、もういいや。
おかみさんにお礼を言うリュートを眺めながら、私は諦めの境地に到っていた。
うん、リュートは可愛いからしょうがない。
「部屋はあっちですよ」
指差してくれてるけど、基本的に歩くのはリュートだからね。
相変わらず、リュートの肩で伸びながら、私はのんびりと内心で突っ込む。
「水は部屋へ用意しといたよ」
途中、おかみさんとすれ違い、そう声をかけられる。仕事、早いなぁ。
「ありがとうございます!」
きちんとお礼を言うリュートに、ほっこりとしながら、私はリュートの肩の上に乗ったまま、宿屋の中を移動していく。
用意してもらった部屋は、二階の奥だ。
耳を澄ませても、奴らの声は聞こえない。離れた部屋らしい。良い事だ。
「ここですね」
部屋番号を確認して、リュートがドアを開ける。
中は一人で過ごすのにちょうど良いぐらいの広さだ。
簡素だけど清潔そうなベッドに、窓際には小さな机。
床には大きな木の盥が置かれ、そこには水が張られている。
「じゃあ、先にハルさん、水浴びを……あ、ハルさんが入るなら、お湯にすべきでしたね」
(んー、もふもふで、熱いとかはあんまり感じないから、大丈夫だと思う)
トンッとリュートの肩から飛び降りた私は、盥へと近寄ると、縁へよじ登る。
ちょい、と毛先を水面に触れさせ、感触を確かめてから、私はゆっくりと水の中へ身を浸していく。
もふもふが水を吸い込む感覚はあるが、冷たさはわからない。そう考えた瞬間、異常に気付いた。
(やば、平気……じゃ、ない! リュート、溺れる!)
「え、ちょっと待ってください!」
ザバッと水音がして、リュートに救出された私は、大きく息を吐く。
(呼吸してるの、忘れてた)
もふもふは最強でも、私は息をしてるって事、意識してないから忘れていた。
「支えてますか?」
(大丈夫、今度は学習したから、仰向けになるよ)
「わかりました。ゆっくり、降ろしますよ?」
優しく声をかけられ、私の体は再び水へと戻され、学習した私は、仰向け(たぶん)で水面へ浮かぶ。
(ふぅ。まさか、盥で溺れるとは……)
「大丈夫ですか?」
(うん、気持ちいいよ)
盥の側へ陣取ったリュートは屈み込むと、私のお腹辺りへ、手で水を掬ってかけてくれる。
別にしなくていい、と言いかけた私だったが、楽しそうなリュートを見て、言葉を飲み込んだ。
それぐらい、リュートが楽しそうに笑っていたから。
ま、たまにはいいよね、と私はされるがまま、水面をぷかぷかと漂って、リュートの笑顔を眺めていた。
もふもふした生き物は、水に濡れると情けない姿になりますが、ハルは毛の塊なので、たぶん大丈夫です。