うるうるはしない
新年あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m
冒険者組合にてー、孫娘ちゃんとぉー、出会ったぁー。
なんて、懐かしい某うるっとしそうな旅番組系な番組のナレーションを脳裏に流しながら、私は正体が判明(思い出しただけ)した孫娘ちゃんを見つめる。
万が一はないだろうけど、一応リュートに確認しようと、リュートの口元を覆っていたもふもふを外して問いかける。
(リュート、私達がいない間に、あの子と何かあった?)
「何もないです。それに俺がハルさんと離れた事なんて、ほとんどないですよね?」
少しムッとした表情になってしまったリュートを見て、訊き方が悪かったかな、とか反省してたら、
「浮気なんてしてないです! 俺はハルさん一筋……っでふ」
と、大声で宣言されかけたので、再びもふっと途中から黙らせておく。
トラクから初対面より刺々しい視線が来た。おや、唇の動きだけで何か言ってる?
『そのばか、だまらせとけ』
美少年のジト目が痛い。うん、ごめんなさい。
(疑ってないよ。でも、ほら向こうが一方的に勘違いすることもあるから。リュート、カッコいいからね)
今度は、疑ってるの? とうるうるした目で無言で語ってくるこちらの美少年には、文字通り全身でフォローしておく。
無事にフォロー出来たのか、リュートはとろとろの笑顔で嬉しそうに私をもふっている。
可愛らしいリュートの反応のおかげで、騒ぎに関係のない冒険者さん達から、お菓子の貢ぎ物の山が近くのテーブルに出来上がっている。
すっかりここでのリュートの立ち位置は、いつもお腹を空かせている美少年になったらしい。
うむうむ、ともふもふしながら貢ぎ物を眺めていると、何故か時々ガチャガチャと食べ物とは思えない音がする。
なんだろうとジーッと見てると、ノク在住の冒険者さんの一人が近寄ってきて、
「ほら、ハルとルーの分もあるから心配しなくていいぞ?」
と、折れて再起不能らしい剣を見せてくれた。
「鍛冶屋で打ち直してもらってもいいんたが、ここまでポキッといっちまったら、買った方が安いからな」
食っていいぞと押し付けられた剣を、でろんと伸び切ったルーが一気に飲み込み、美味しそうに溶かしていく。
(ぷ、ぷ、ぷぅ?)
何故に最後は疑問形なのかはわからないが、美味しそうに食べるルーは可愛い。
折れた剣先がリュートに突き刺さりそうだけど、しっかりとルーに覆われてるし、溶けてきてるから大丈夫かな。
静かになったリュートはというと、言い争っているトラク達を心配そうに見つめている。
「だいたい、コイツに泣かされたって、何をされたんだ? 具体的に答えてみろ」
ハンッと鼻で笑って、相手を煽る可愛い系美少年のトラク。なかなかの攻撃力だ。
「なっ!? 開き直るのか!?」
「男が女の子泣かせる理由なんて、わかりきってるだろ!?」
「そうよ! 傷ついてる女の子にそんな言い難いこと聞くなんて最悪ね!」
う、と押し黙った孫娘ちゃんを見て、三人組がわぁわぁと喚き立てる。
それに対抗するように、トラクの彼女達がキッと三者三様の表情で臨戦態勢となり、喚き立てる三人組を睨み返す。
「あら? トラクの何処が開き直ってるのかしら?」
「そぉーそぉー、普通だよねぇー?」
「その言い難い事をこんな衆目の中で責め立てる時点で、あなた方の訴えはかなり怪しいとも言えるのですけど?」
お姉様なファース、ゆるふわギャルなセーカ、優等生委員長なサディが相変わらず仲良く流れるような勢いで三人組からの口撃を受けて立っているのはなかなか壮観だ。
ちなみにいらない情報だろうが、三人組パーティーの女性よりトラクハーレムの彼女達の方がかなり可愛い。
私の主観もあるだろうけど、さっきから三人組の男性陣の鼻の下が微妙に伸びていて、主にファースのたゆんたゆんな部分をガン見している。
そんな男性陣の様子に、トラクはふんと鼻を鳴らして、さり気なく彼女達を庇うように前へ出る。
「ここでこうやって声高く叫んだからには、いつ、何処で、どうやって、泣かされるような目に遭わせられたか、正直に話してもらえるんだろうな?」
いつ、何処で、どうやって。一言ずつわざとらしく区切って
「だから、そんな言い難いことをここで……」
鼻の下が伸びて役に立たない男性陣をキッと睨んだ三人組パーティーの女性は、鋭い眼差しをトラクへと移し、先程と同じ台詞を繰り返す……ことは出来ず、トラクのからかうような嘲りを多分に含んだ言葉でぶった切られる。
「言える訳がない? 言える訳がないようなことをされたと、わざわざ衆目の中で声高に叫んでいるのに?」
あざとく小首を傾げたトラクのハキハキとした切り返しに、もとよりかなりリュート寄りで冷ややかだった周囲の空気がさらに冷え込んでいく。
さすがに訴えているのが年端も行かぬ女の子だったから、女性冒険者からは多少の同情めいた視線はあったみたいだけれど、今はそれも無くなって、ただただ三人組と孫娘ちゃんを観察するように見つめている。
そんな何とも言えない空気を打ち破ったのは、ゆるふわギャルなセーカよりさらにふわふわとした聞き覚えのあるゆるい声で。
「お話し合い終わりましたか〜? えーと、トンコさんでしたっけ〜? ……何をされたか、言えるものなら言ってみてください〜。それが本当なら、ですけど〜。
あ、見苦しく喚かないで、お話する際は人の言葉でお願いしますね〜?」
うん。聞いた瞬間、ぞわりもふ、と全身の毛が逆立ったよ、私。
ゆるゆるないつもの雰囲気から想像もつかない少し低く冷たくなった声に、ざわめいていた冒険者組合の中は水を打ったように静まり返っている。
口調と表情がいつも通りなのが余計に恐怖を煽り、私はもふっとしたままリュートの腕の中に滑り込む。
「ハルさん? どうかしましたか?」
リュートは強者の余裕なのか、イリスさんの変化に気付いていないのか、私をしっかりと抱き締めて心配そうに覗き込んでくる姿は全くの通常運転だ。
傍観していた冒険者達はもちろん、あのトラクですら、うわ、と若干引いてるのに。
「あら? イリスがそこまでキレてるなんて珍しいわね」
そんなブリザードな空気の中、うふふ、といつも通り笑いながら現れたのはアンナさんだ。
「だってぇ、そこの子豚……じゃなくて、トンコさんが、リュートさんを犯罪者扱いするんですよ〜? そんな事する人は許せませんよね〜?」
先輩であり年上でもあるアンナさんの登場に、イリスさんはあざと可愛く頬を膨らませ、ぷんぷんと自分で言いながら孫娘ちゃんを可愛らしく睨んでいる。
さっきまでブリザードにヤラれていた冒険者達も復活し、ニマニマしてるのが何気に恐ろしい。もしかしたら、ノクでは見慣れた風景なのかもしれない。
そんな現実逃避をしていると、アンナさんは困った子ね、と苦笑いしてイリスさんの頬を軽くちょんっと指で突いてから、すっかり空気と化している孫娘ちゃんと三人組へ視線を向ける。
「基本的に冒険者組合としては、冒険者間の問題にあまり口出しはしないけれど──
「さすがにここまであからさまにやられると、こちらとしても無視は出来ないぞ。しかも、ノク期待の星をいきなり犯罪者扱い、とはな」……私情を挟みすぎですね、イリスも組合長も」
アンナさんの台詞を遮ったのは、奥からヌッと現れたエヴァンだ。
苦笑いしてエヴァンを振り返りながら声をかけたアンナさんは、エヴァンの顔を見て一瞬軽く目を見張るが、すぐに何事もなかったように苦笑いして暴走気味の上司と同僚を軽く諌めてみせる。
そんなアンナさんの反応を訝しんだ私は、リュートの腕の中から体を伸ばし、孫娘ちゃんと三人組を睨んでいるエヴァンの様子を窺う。
(ぱぱー)
エヴァンの声が聞こえると同時に、嬉しそうにぷぅと一鳴きしたルーはポンッと勢いよく私の毛並みから飛び出して、エヴァンへ体当たりしようと──あ、ギリギリでキャッチされた。
「……」
しばらく無言でルーを見つめていたエヴァンは、ルーをそのまま肩へとリリースして、何事もなかったように三人組へと視線を移す。
三人組パーティーはノクに来たのは久しぶりなのか最近来たからなのかはわからないけど、どうやらルーを見たのは初めてらしく、冒険者組合内を跳ね回ったスライムの姿に目を見張って固まっている。
「モ、モンスター! どうして倒さないの!? あなた達の仕事よね!?」
周囲を見ながら元気良く喚くのは孫娘ちゃん。いや、旅の道中、私の姿を見てなかった? ルーもくっついてたよ?
「いや、ルーはリュートの大切な仲間だし」
「えぇと、お嬢さんはリュートに送ってきてもらったんだろ?」
「ルーに驚いてたら、ハル見たら腰抜かすんじゃね?」
「ハルみたいな可愛いモンスター見て、腰抜かす訳ないでしょ」
私が突っ込む前に、その辺で野次馬していた冒険者達からのんびりとしながらも鋭い突っ込みが飛び交う。
相変わらず息ピッタリなようで何よりだ。
「ハルさんは世界一可愛いですから!」
我が意を得たり、とばかりに頬を染めたリュートが、私を抱き締めて元気良く宣言すると、はぁ、と大きなため息が聞こえる。
その後、ツカツカと近寄ってきたため息の主は、頭痛を堪えるように額を押さえたトラクで、キラキラとしているリュートの後頭部をペシッと遠慮なく叩く。
「痛……くは、ないけど、なんだよ、トラク」
「空気を読め、周りを見ろ」
叩かれた後頭部を押さえ、年相応の少年らしい拗ねた顔をしたリュートに、トラクは呆れたような……というか完全に呆れた顔で告げて目線で周囲を見渡す。
「空気? 周り?」
空気は読むもんじゃない、吸うものだ。とか言い出すんじゃないかとハラハラしたけど、いい子なリュートはおとなしく周囲を見渡す。
リュートの真っ直ぐな瞳に対し、孫娘ちゃんプラス三人組冒険者以外は、手を振って返してくれたり、笑顔で頷いてくれている。
「いつも通り……だな……?」
律儀に一人一人に頭を下げたり、笑顔を返してからトラクへと視線を戻したリュートは、不思議そうに首を傾げてみせる。
「あーもー! あんたらもリュートを甘やかすな!」
周囲へとビシッと指を突きつけて声を荒らげたトラクは、そのまま指をリュートの鼻先へと移動させる。
「リュートがいい奴で人を疑わないのは美点だが、そのせいでこうやって変に絡まれたりするし、もしかしたらお前の大切な相手に何らかの被害が……」
そこまで言いかけたトラクは、リュートの雰囲気が変わったのを敏感に感じ取ったのか、ピタリと言葉を止めてリュートの顔をまじまじと見つめてくる。
ついでに私はリュートの腕の中から、トラクの美少年顔をじっと見上げておく。
リュートはちょっとお馬鹿でいい子なところが可愛くていいんだから、という念をたっぷり込めて。
「……ふん、そこまでは腑抜けてはないようで何よりだ」
しばらくして、そんな台詞をニヤリとした笑みと共に呟いたトラクは、じゃれるように軽くトンとリュートの肩を押しやる。
「当たり前だ。──ハルさんは、絶対に傷つけさせない」
仲良しな男子高校生的なリュートとトラクのノリに感動していた私は、何事か低く呟いたリュートの声を聞き逃してしまい、体を仰け反らせてリュートの顔を見上げる。
返ってきたのは、それこそいつも通りなリュートのキラキラとした無邪気な笑顔で、私ももふっとして返しておいた。
「おーい、この空気どうすんだよ」
(ぷぅ)
遠くから、そんな突っ込む声も聞こえたが。
もうすっかり定番の流れな絡まれリュートです。
トラクは突っ込み担当で。