朝ごはんのある風景
動きのない日常回。
ただただほのぼのしてます。
男性の朝の生理現象について、サラリと触れずに流してます。
さらっとエヴァンの扱いが……。
とりあえず、いかがわしさはない……はず。
「ふふふ、ハルさん、ホカホカであったかいです」
お風呂から上がったパジャマな私は、待ち構えていたリュートに捕獲され、清潔でふかふかなベッドへ押し倒されていた。
うん。押し倒されていた。
押し倒されていた。
思わず三回繰り返しちゃったけど、私はベッドに押し倒されている。
もふもふボディな時のノリなんだろうけど、なかなかにいかがわしい体勢だよね。
「押し潰さないでね?」
こちらの姿でのマット扱いはちょっと困る、色々と。
私の不安を感じているのか、ルーも枕元で若干大きくなって、ぷぅぷぅ警戒の鳴き声を上げている。
(まま、つぶす、だめー。りゅ、とかしゅー)
「ハルさんを潰す訳ないじゃないですか」
また、ふふふと笑い声を洩らしたリュートは、私をベッドへ押し倒した体勢から少し体をずらし、私の横に寝転ぶ。
そのまま、流れるような動作で引き寄せられ、私は横向きでリュートの胸元へ額を寄せるような姿勢になる。
「ハルさん、柔らかくて、いい匂いがします…」
さらにギュッと引き寄せられ、頭を乗せられたのは引き締まったリュートの腕の上……おー、これは腕枕だ。
「腕痺れない? 大丈夫?」
「大丈夫です、ハルさんは寝辛くないですか?」
人間の頭って結構重いらしいから、心配になって思わず確認したけど、リュートからは打てば響くような答えと蕩けるような笑顔が返って来た。
「……うん、大丈夫」
愛しい相手へ向けるような笑顔に、私は思わずリュートから目線を外して頷いた。
真っ直ぐに見つめられてると、自分がそういう意味で好かれてると勘違いしそうになるし。
「ハルさん? なんで、俺を見てくれないんですか?」
良くも悪くも空気を読まないリュートにすぐ気付かれ、しゅんとした声で呼ばれてしまい、私は視線をリュートへ戻す。
戻した先には声の通りしゅんとした表情のリュート。
「ハルさん、ハルさん」
目が合った瞬間、キラキラした笑顔に戻ったリュートは、嬉しそうに私の名前を呼ぶ。
「おやすみ、リュート」
いたたまれなくなった私は、寝ちゃえばいいという結論に達して、挨拶をしてすぐに目を閉じてしまう。
「はい、おやすみなさい、ハルさん……」
すぐに眠気が訪れて遠のく意識の中、いつもより切な気なリュートの声が聞こえ、唇に何か柔らかなものが触れた感触がした……ような気もしたけど。
たぶん、気のせいだろう。
「好きです」
なんて、聞こえた気がしたなんて。
●
(まま、まま、あさー)
「ん〜、ありがと、ルー」
寝過ごすかと思ったけど、優秀な目覚ましルーのおかげで、無事に起きれた。
魔力切れれば勝手にケダマモドキな姿へ戻るらしいけど、私は魔力多いって話だから大丈夫なんだろう。
今のところ、朝起きてもふもふしてたことはないし。
まぁ、リュートやエヴァンと寝てる分には、もふもふに戻ってたとしても問題ないんだけど。
「そう言えば……」
完全に眠りへ落ちる前、なにか聞こえた気がしたような?
その主であろうリュートを腕枕の体勢のまま、じっと見つめるが、いつも通り気持ち良さそうに眠っている。
(りゅ、げんきー?)
私がリュートの寝顔を見ていると、ルーが唐突にそんな事を言い出し、リュートを見て体を傾げている。
ルーの視線が向いているのは、リュートの寝顔ではなく、下半身の方……?
ナニかを察した私は、ルーをもふっと髪へと収納してから、リュートを起こさないよう気を付けて体を起こす。
エヴァンはイジっても平気だけど、リュートはイジっちゃ駄目な気がするんだよね。
(朝ごはん用意しに行こうか)
リュートへ布団をかけ直し、私はルーへ話しかけながら、パジャマを脱いで収納し、その後ワンピースへと着替えて部屋を後にする。
(ごはんー)
(昨日、メリーさんが色々用意してくれてあるから……目玉焼きぐらい挑戦してみようかな)
さすがに目玉焼き炎上とかは起きない……よね?
(るー、てつらう)
(ありがと)
よし、最悪の場合、ルーに魔法で消化してもらおう。……違った。消火してもらおうと思う。
自分の脳内に浮かんだ漢字を訂正し、私は覚えたばかりのキッチンの場所を目指す。
……万が一暗黒物質が生まれた場合には、消化してもらおう。
元・貴族のお屋敷だけあって、エヴァンの家はなかなかに広いので、油断すると迷いそうだ。
「よし、ここかな」
目の前には見覚えのある扉。開いた先にあったのは──お手洗いだった。
(まま、こちー)
素直にルーから案内してもらう事にした。
べ、別に、迷った訳じゃないんだからね! ……うん、ごめんなさい。迷いました。
●
まずは、昨日メリーさんから貰ったエプロンを身に着けて……うん、ルーがポケットへインした。落ち着くらしい。
「ふんふんふーん」
一品目は、レタス的な野菜を適当にむしって、木製のサラダボウルへ盛り付けて、そこへミニトマトとハム乗っけて、サラダ完成。
発生した野菜くずは、ルーが美味しそうにポケットの中でむにむにと食べてくれている。
昨日の分もルーが食べてくれたから、生ゴミ出なくてメリーさんも喜んでくれてたね。
「スープは昨日の余りがあるから、温めれば大丈夫だね」
誰にもなく呟くと、ルーがぷっぷっと返事をしてくれる。
一人暮らし長くなるとひとり言増えちゃうけど、今はルーがいるから寂しくなくていいな。
(るー、いるー)
(うん、ずっと一緒だよ。どんな進化したって、ルーはルーだから)
(あい!)
火にかけた鍋を焦げないよう混ぜながら、嬉しそうなルーとそんな会話を交わす。
「さて、あとは、これだね」
私は気合を入れ直し、前世でも見たような紙の容器で保管されている卵を手に取る。
ファンタジーな世界だから、この卵もモンスターの卵だとかあるのかな、と思ったけど、一般的に売られてるのはニワトリの卵らしい。
私の知ってるニワトリと同じ……かどうかは、ちょっと微妙かな。
なんか、殻の色うずらみたいだし、大きさも大きいし。
ま、鑑定してみたら、鮮度も保管も良いから、生でも食べられるみたいだし。
メリーさんに聞いたら、生で食べる人もたまにいるらしいから、半熟とかでも大丈夫みたいだね。
問題は焼く工程だけど、スープを温められたんだし、問題なくコンロは使えてるから、大丈夫だよね。
(万が一の時はよろしくね、ルー)
私とルーは無傷でも、キッチンが破壊される可能性もあるし。
(あい! るー、まま、まもうー)
どちらといえば、建物の方がヤバそうだけど、やる気になってるルーが可愛いから訂正しないでおく。
「フライパンに、油をひいてー、卵をパカッとで、あ、ベーコン入れるのもあり?」
(ぱかー)
念の為、直接フライパンは止めておいて、適当なボウルへ卵を一個割り入れる。
お、ボウルへ出した卵の中身は、新鮮らしく黄身と白身がしっかりと盛り上がったいい卵だ。中の色味は普通だし。
「とりあえず、一人一個かな」
私がそう呟くと、ルーがぐにーっと体を伸ばして、卵をさらにニ個取ってくれた。
「ありがと。もう一個取ってくれる?」
(まま、ぱぱ、りゅ?)
ポケットから飛び出したルーは、ニ個の卵を抱えたまま、円らな瞳で私を見て体を傾げて、三人分の名前を上げる。
「ルーの分も焼くよ?」
(……あい!)
ルーは相当嬉しかったのか、弾んだ返事と共に高速ぷるぷるし、卵をもう一個取って渡してくれる。
「油ひいてー、ベーコン入れてー、卵パカーンッと」
(ぱかーん)
ルーの可愛らしい合いの手を聞きながら、私は温まったベーコン入りフライパンにボウルの中身を流し入れる。
ジュッと音がして、透明だった白身が白くなっていくのを眺め、しばらくしてからコップに汲んでおいた水をフライパンへ注ぐ。
「あとは蓋をして蒸らして半熟ー」
ちょっと大きめだけど、気にせず鍋蓋をフライパンへと被せ、あとは待つだけだ。
このやり方が正しいかは知らないけど、前世では毎回ちゃんと焼けてたから大丈夫だろう。
私は美味しく食べられてたし。
「そろそろいいかな?」
カタカタ揺れてる鍋蓋を持ち上げ、中身を確認すると、いい感じで黄身に白い膜が出来て、火が通っているようだ。
「出来上がり! ルー、ぱ……エヴァン起こしてきてくれる?」
私は大きな皿へ人数分の目玉が出来た目玉焼きを乗せながら、ルーへお手伝いをお願いする。
(あい! るー、ぱぱおこすー)
テーブルの上で楽しそうに目玉焼き見つめていたルーは、たゆんっと大きく一跳ねしてから、ぽよんぽよんと跳ねてキッチンを飛び出していく。
器用に扉を開けて出て行ったルーを見送っていると、ルーと入れ替わるように勢いよく扉を開けてリュートが飛び込んでくる。
「おはようございます! ハルさん!」
満面の笑顔のリュート。
しばらく固まる私。
「……おはよう、リュート。服着て来て?」
シャワーを浴びて来たのか、全裸だったのでそのまま周り右させておいた。
さらにリュートと入れ替わるように、ぽよんぽよんと音がしてきて、ルーがキッチへ戻って来て、その背後から寝起きのエヴァンがあらわ……。
「……おはよう、エヴァン」
「ああ……おは……」
「服着て来ないと、朝ごはん抜きで」
さすがに全裸ではなかったが、上半身裸だったエヴァンを、開いたままの扉を指差して追い返しておく。
しかし、周囲の男性の肌色率高すぎる。
誰得の……あ、ゆる女神様が、なんかキャーキャー喜んでる。
二人共、美少年と美青年だもんね。
いわゆる眼福ってやつ?
脱いだらすごい系な感じで、実用的な筋肉ついてるし。
って、私もしっかり見ちゃってるか。
はた、と気付いた事実に、思いがけず頬に熱が集まる。
(まま、らいじょぶ?)
心配したルーがするすると登ってきて、ひんやりぷるぷるボディを私の頬へ押し宛ててくれる。
(大丈夫だよ、ありがと。ひんやりして気持ちいいね)
(どちましてー)
嬉しそうにふるふるとしているルーに頬擦りしていると、シャツを羽織ったエヴァンが戻って来た。
「おはよう、これでいいよな?」
首を傾げて窺うように私を見てくるエヴァンだが、ボタンの留め方が雑なので、まだご立派な胸板が覗いてる。許容範囲なのでスルーして頷いておく。
「朝ごはん用意してくれてたのか?」
テーブルに並んだ料理を見て軽く目を見張ったエヴァンは、驚きを隠さず私の顔を見つめてくる。
「えぇと……そこまで大したものじゃないよ?」
サラダは野菜むしっただけだし、目玉焼きは焼いただけだから、ハードル上げないで欲しい。
嬉しそうなエヴァンの笑顔に耐えられず、私はルーに顔を埋めてエヴァンの視線を避ける。
(まま、ままー)
ルーは遊んでもらってると思ってるのか、ふるふるとしてて楽しそうだ。
「これ、もう運んでいいのか?」
「え、あ、うん、あとはスープよそうだけだから……」
私の謎の行動を気にすることなく、エヴァンは出来上がっていた料理をリビングへと運ぶことにしたようだ。
「手伝います!」
そこへきちんと服を着たリュートがタイミングよく戻って来たので、朝ごはんの用意はあっという間に終わってた。
──私がルーに顔を埋めて遊んでいる間に。
「何してんだ? 冷めないうちに食べるぞ?」
「ハルさんのご飯、楽しみです!」
エヴァンに呼ばれ、リュートに手を引かれ、私は朝ごはんの用意されたテーブルへと連れて行かれる。
「いただきます!」
「いただくぜ」
(いただきまうー)
「どうぞ、召し上がれ?」
三者三様の挨拶を聞きながら、私は定番の台詞を口にして笑った。
目の前にある光景が、ただただ幸せだなぁ、と改めて思ったから。
(転生させてくれて、本当にありがとうございます)
胸をあたたかくする泣きたくなるような幸福感に、私が以前も伝えた感謝をもう一度伝えると、聞き慣れて来てしまったラインに似た通知音が脳裏に響いた。
『どういたしまして! 私もハルが喜んでくれて嬉しいわ!
あと、ルーにはきちんと可愛く進化するように言い聞かせておいてね!』
感動しかけたのに、最後の一言で台無しにする辺り、さすがゆる女神様だと思う。
まぁ、そういうところが余計に憎めないんだよね。
ある意味、肌色多めの回でした。
改めて、あけましておめでとうございますm(_ _)m
本年もよろしくお願いします。