焦げてませんよ。
まだ、とどめではないですが、ちょっと、ざまぁ。
「……あれ、いないですね?」
寄り道をしながら、冒険者組合へとやって来た私達だが、リュートは室内を見渡して首を傾げて呟く。
中途半端な時間帯のせいか、朝より冒険者は疎らで、その中に彼らの姿は見えない。
(寄り道してたから、私達が遅かったんじゃない?)
彼らには、リュートを待つという選択肢はなさそうだし。
「そうですね」
リュートは、すぐに納得すると、依頼達成の報告へ向かう。
うん、そっか。日常茶飯事なんだね。置き去りは。
あはは、と乾いた笑いを内心で溢し、私は沸き上がった殺意を押し込める。
「お、無事に帰ってきたみたいだな」
「火グマだってな」
「やっぱ、煤けるよなぁ」
「俺はズボンに穴開いて、ケツ丸見えになったぞ」
さすが、中級冒険者は、対火グマ戦は経験済みらしい。
がはは、と豪快な笑い声混じりで、あちこちから声が飛んでくる。
なかなか興味深い。
「へぇ、そうなんですか」
先輩っぽく話しかけてくる冒険者に、リュートは丁寧な態度で、一人一人きちんと相槌を打っている。
リュートは、すっかり可愛がられている。やっぱり、可愛いげって大切だ。
一通り、冒険者達へ構われてから、リュートはやっとカウンターへ辿り着く。
意外と冒険者達はマナーが良いので、リュートへ無許可で私に触ろうとする輩はいないので、私はリュートの肩で寛ぎモードだ。
「依頼達成の報告です」
「はい。大イモムシの討伐と青リンゴの採集でしたよね〜」
「すみません、あの、依頼を交換しまして……」
リュートの言葉に、お姉さんはきょとんとした顔になる。どうかしたんだろうか。
「何か、駄目でしたか?」
「いえ、お仲間との交換でしたら、何の問題もないんですが……」
小首を傾げる、あざと可愛いリュートに、お姉さんはゆっくりと首を横に振る。
「違う問題が?」
「ちょっとだけ、ありますね。火グマは、リュートさんがハルさんと狩られたって事ですよね?」
(うん、頑張ってみた)
「はい」
伝わらないのはわかってるけど、頷くリュートの肩で、自己主張しといてみた。
「だとしたら、お仲間さんは、ランクアップのポイントが足りないかもしれませんね。お仲間は、皆さん見習いなんですよね」
「いえ、ノーマン――リーダーは、初級です」
それ、嘘だけどね。リュートには言えないけど。
お姉さんは、リュートの言葉を聞き、何かを計算し始める。
「ギリギリ、足りなさそうですね。大イモムシだと……。まぁ、無理にランクアップしなくても、リーダーさんが初級なら、初級までの依頼が受けられますから」
「そうなんですか。その辺は、ノーマンが決めると思います。彼らは、もう報告へ来たんですよね」
「……え、いえ、まだですが。火グマも狩ってるから、これぐらいの時間だと思ってましたけど」
意訳すると、あんな簡単な依頼にしては遅くない?かな。
まあ、突発的に火グマとかに遭遇って可能性もあるから、お姉さんはただ心配してるだけだろう。
「……火グマや牙イノシシでも出たんでしょうか」
(彼らも冒険者なんだから、大丈夫でしょ。リュートより、強いって言うんだから)
若干、と言うか、かなり意地悪な気持ちで、私はわざとらしく笑って告げる。
「そうですね。先に火グマを納品しちゃいましょう」
本気で心配しているリュートを見て、ちょっとだけ、心が痛む。
「は〜い、火グマの納品ですね。討伐証明部位と、カードをここへ」
「はい!」
元気良く返事をしたリュートは、麻袋から二匹分の火グマの爪と牙を出して、カウンターへ置く。
その後、リュートは懐からカードを取り出して、お姉さんへ手渡す。
(ねぇ、そのカードって、何書かれてるの?)
「名前と、現在のランク。性別と、簡単な見た目です」
脇から覗いて見たけど、リュートの名前以外、全く読めなかった。
「リュートさんのは、その他にハルさんの事が書いてありますね〜」
(へぇ)
って、ナチュラルにお姉さんが会話に加わってきたよ。
「この部分ですよ」
リュートは気にする気配もなく、カードをお姉さんから受け取り、下部分を私へ見せてくれる。
(読めないんだって)
「帰ったら教えてあげますね」
(お願いします、リュート先生)
悪戯っぽい私の台詞に、リュートは擽ったそうに笑って、私の毛並みへ頬を寄せる。
「仲良しなところ、すみませーん。こちら、報酬です」
「あ、すみません!」
うふふ、リュートが照れてる。存分に頬擦りしてやろう。
「ハルさんは、リュートさんに懐いてて、可愛いですよねぇ」
お姉さんが心底羨ましそうなので、私はリュートの肩から、カウンターへ飛び移る。
「これは、撫でていいよって事でしょうか?」
(そうだよ)
「そうです」
「やったぁ。失礼します〜」
私の答えをリュートが代弁してくれ、お姉さんは嬉々として私を撫で回し始める。
「もぅ、相変わらず、もふもふです〜。円らなお目々も可愛いです〜。しかも、何か、昨日より、モフッとしてますねぇ」
「あ、それは、ハルさんが、火グマに炙られたからです」
ニコニコと笑顔で説明したリュートに、室内は一瞬の静寂の後――。
「「「えーっ!?」」」
息ピッタリな驚愕の声で包まれる。
その後は、大騒ぎになった。
「おい、誰か、火傷の薬はないのか!?」
「回復薬でもいいぞ!」
「それより、医者だ医者!」
話を聞いていたらしい冒険者達が、大慌てでカウンターの上にいる私の元へ色々と運んでくる。
「あたし、組合長呼んできます!」
お姉さんも、慌てた様子で駆け出していってしまう。
収拾がつかないので、行かないで欲しい。
いつの間にかリュートも、大慌てな冒険者達に混じっている。ちょっと待て、そこの素直ないい子。
目の前へ並べられていく、毒々しい液体の入ったビン、水差し(空)、酒樽(小)、タオル等々。
これは、火傷を心配してくれているんだろうけど、効くのか? それ以前に、火傷してないんだけど。
「おいおい、何の騒ぎだ?」
よし、エヴァン登場。
収拾つけてください。
「だから、ハルさんが、火グマに炙られちゃったんです!」
エヴァンを連れてきたお姉さんが、必死になってカウンターの上の私を示す。涙目で。
「さすがに、二匹はキツかったか!」
エヴァンも状況がわかると、ガシガシと髪を掻きむしりながら、私の元へと足早へ寄ってくる。
私の前へ置かれたおかしな物を脇へと押し退け、エヴァンは私を抱え上げ、全身を確認し始める。
「薬は?」
エヴァンの短い問いに、息を切らせた冒険者の一人が、小さな壺を差し出した。
「こ、ここに!」
たぶん、買ってきてくれたのかな? ありがとうございます。
開き直って内心でお礼を言ってると、エヴァンの手があちこち探るように触ってくる。
(ちょ、やだ、リュート! 私、火傷なんてしてないの、わかってるでしょ!)
治療だとわかっていても、リュート以外の不躾な手は慣れない。思わず救助要請すると、やっとリュートが気付いたらしい。
「あ、あの! ハルさん、炙られたぐらいなら、火傷しないんで……」
一緒になって慌てていたのが恥ずかしいのか、リュートはバツが悪そうにエヴァンへ話しかける。
「あ? あー、そう言えば、防御力特化だって話だったな」
リュートの説明に、エヴァンは納得したように唸り、周囲で慌てていた冒険者達は驚いている。
「マジか!?」
「火グマに炙られて平気なのか!」
「ハルの毛皮、売れそうだな」
確かに。聞こえてきた最後に喋った冒険者の声へ内心で頷く。だから、私の同族は人前に現れないのかもしれない。
攻撃力低め。防御力特化。移動速度いまいち。毛皮として最高。
乱獲の未来しか見えないよね。
「怪我も、毛皮へのダメージも無さそうだな」
私がケダマモドキを考察していると、いつの間にかニカッと笑うエヴァンの顔が間近にある。
イケメンはアップでもイケメンだ。
「ごめんなさい〜、ハルさんが焦げたと思って、慌てちゃいました〜」
お姉さんは申し訳なさそうに、慌てていた全員へ頭を下げている。
「いいって、いいって!」
「ハルが無事で良かったよ」
「いい相棒だな」
誰も怒ったりせず、私の無事を喜んでくれる。ここの冒険者達は、本当にいい人ばかりだ。組合長がエヴァンだからかもしれないな。
何せ、兄貴だし。
「リュート、ハル返すぞ?」
「あ、はい! ご心配おかけしました!」
「気にするな。ハルも、あんまり無茶するなよ?」
ニッと白い歯を見せて笑ったエヴァンは、私の目を覗き込んで、そう話しかけてから、私をリュートへと手渡してくれる。
(はーい、兄貴)
「もう、ハルさん」
頷きながら、思わずそんな返事をすると、リュートがクスクスと笑い出す。ウケたらしい。
「……お前ら、会話してるように見えるよな」
「そ、そうですか?」
仲良しな私達を見ていたエヴァンは、不審そうな眼差しで、そう突っ込みを入れてくる。あからさまにキョドるな、リュート。
「俺も、うちのワンコへ話しかけちまうぜ?」
「俺は猫だな」
「はっはっは、俺はうちのチビだ」
後ろの冒険者達は、ほのぼのし過ぎだろ。
「会話してるみたいに見えるぐらい、仲良いんだな、お前ら」
よし、エヴァンは、脳筋だったようだ。
特に追及とかではなく、ただ思うままに口にしただけらしい。
「はい!」
こっちも、素直過ぎる。キラキラとした顔で、私を抱き締めてる。
「あたしもハルさんと話したいです〜」
お姉さんが緩く参戦した時だった。
「おい、リュート。僕らが依頼を達成してきたのに、お前はこんな所で油を売ってるとは、いい身分だな!」
こいつらの接近に気付かないとは……。
喚き散らすボンボンを横目に見ながら、私はリュートの肩へ移動する。
「ごめん」
申し訳なさそうに謝るリュート。
ボンボンの後ろでは、チャラ男と女狐が睨んでいる。全員、薄汚れてる。
「あの〜」
お姉さんが物言いたげな表情で、ボンボンへ声をかけるが……。
「まったく、しっかり仕事をしろ。渡す依頼を間違えるなんて、受付失格だな」
お姉さんを嘲笑い、ボンボンはカウンターへ、大イモムシの討伐証明部位を置く。
続いてチャラ男が、
「可愛いから、許しちゃうけど」
と、チャラく麻袋から青リンゴ(?)を取り出す。
「……はい、確認しますね。大イモムシが5匹と青リンゴの納品ですね」
ボンボンの間違った発言をスルーしたお姉さんは、カウンターの中へ戻ると、ボンボン達が持ってきた品の確認を始める。
「しかし、リュートへ指名で依頼を頼むとは、ここの組合長は見る目がないらしいな」
待つ間、リュートへ絡む事に飽きたのか、ボンボンは大声で悪態を吐き始める。
しかも、組合長を馬鹿にするような事を。
ボンボンも、エヴァンが組合長だとは知らないのか。
リュートがアワアワして、火グマの素材を確認しているエヴァンを窺っている。
冒険者達は、呆れたような表情をして、小声で囁き合っている。
状況がわかっていないのは、ボンボン達だけだ。
「どうせ、早々に諦めて戻って……」
ボンボンが、そこまで言った時だった。
バンッと大きな物音がし、全員の視線がそちらへ向く。もちろん、私も。
物音の先には、ニヤリと笑うエヴァン。テーブルを蹴倒したらしい。
丸テーブルが転がっていて、側にいた冒険者達が、おわ、とか言って避けてるし。
「大イモムシ討伐だからといって、馬鹿にする気はなかったが、喧嘩を売りたいなら買うぜ?」
「はぁ?」
まだ状況がわからないのか、ボンボン。そんな小馬鹿にした顔してると、不味いぞ?
「……俺が、このノクの冒険者組合、組合長のエヴァンだよ」
あ、ボンボン達がフリーズした。
さぁ、どう言い訳するんだろうね。
私は、おろおろするリュートの肩で、クスクスと笑うのだった。
レベル差は開く一方です。