ぱぱ、つおい。
せめて、今月もう一本と思い立ち、短い閑話ですが、アップしておきます。
エヴァン視点で、エヴァン主体の閑話なので、読まなくても本編の流れには影響ありません。
[エヴァン視点]
「まったく、なんでハルは危機感が薄いんだ……?」
ハルを押し込んだトイレの扉を睨み、思わずポツリと洩らすと、隣から楽しげな笑い声が聞こえてくる。
確認するまでもなく、隣にいる家政婦──メリーさんの笑い声だ。
「それだけ旦那様を信頼されてるのですよ」
「意識されてない、とも言えるよな?」
「うふふふ、それは、ハルさんご本人に確認したらよろしいですわ」
思わず拗ねたような反論をしてしまい、メリーさんからは微笑ましげに返される。
冒険者としても先輩であるメリーさんには、色々な意味で勝てそうもない。
「……確認、か」
何とも思ってない、とか言われたら、立ち直れない自信がある。
嫌われてはいない、とは思うが──。
考え込んでいると、脳内に楽しげなハルの声が響いてくる。
俺へ話しかけている訳ではなく、ルーと話しているのが駄々漏れているんだろう。
何ともなしにハルの声を聞いていると、なかなかな衝撃的な単語が聞こえてきて、俺は思わず口元を手で覆う。
「俺が、パパ……?」
ルーはハルを母親だと慕っていて、ママと呼んでいて本物の親子のような関係なのは知っていたが、まさかパパ──つまり、父親は俺だと?
「あらあら、旦那様、手が早くていらっしゃいますねぇ」
「ちがっ……うが、違わないのか……?」
メリーさんのうふふふとからかう声に、思わず否定しかけて、さらにそれを否定する。
混乱する頭の中に、相変わらず駄々漏れてるハルの楽しげな声が響き、手で覆った顔に熱が集まるのがわかる。
「……出来たら呼んでくれ」
「うふふ、かしこまりました」
ハルさんに行ってもらいましょう、とか聞こえた気がするが、俺は振り返る事無く私室へ向かう。
正確には、振り返れなかったのだが……。
「……まさか、あれぐらいのことで、こんなに動揺するとは、な」
末期症状な自分に呆れながら、俺は私室の扉を開けて、真っ直ぐベッドへ向かった。
乱暴に靴を脱いで、ベッドへ仰向けに寝転がる。
少し眠るのもいいかと、腕で目元を覆い、そのまま寝る体勢をとる。
少し経ち、うとうとしかけていた俺の耳に、水気のある物を叩きつけているような音が聞こえ、次いで私室の扉が開く音が聞こえてきた。
「ルーか?」
「ぷっ!」
仰向けのまま声をかけると、元気のいい鳴き声が返ってきて、ベッドへ何かが落ちたような揺れが伝わってくる。
それでも、仰向けのまま目を閉じていると、胸辺りに何かが乗ってきて、たゆんたゆんしている気配が……。
目元を覆っていた腕を外して目を開けると、当たり前だが予想通りそこにはルーがいて、ぷるぷるしながら俺を見ていた。
「一人で来たのか?」
スライムだから一匹が正解だろうが、人の言葉を理解しているルーを匹で呼ぶには抵抗があった。
「ぷ!」
俺の問いかけに、ルーは軽く胸? を反らすような体勢で、元気よく鳴いて答え……。
「ん? そう言えば、スライムって、鳴くもんだったか?」
ふと今さらすぎる素朴な疑問を抱き、首を傾げてルーを見るが、もちろん答えはなく、不思議そうに体を傾げて返された。
こういう仕草はハルを真似てるんだろうな、と思いながら、ルーを抱えて上体を起こす。
眠気は何処かへいってしまった。
「だいぶ育ったなぁ」
ハルの毛並みの中に隠れていた頃と比べ、明らかに大きくなっているルーの半透明な体を突くと、高速でぶるぶると震えられた。
「おお、なんだ?」
嫌がってはいないようだが、ハルとは違って表情的な変化がないルーの感情がわからず、戸惑う俺。
戸惑う俺に気付いたのか、ルーがピタッと動きを止めて、ジーッと俺を見上げてくる。
「遊んで欲しいのか?」
俺の言葉に、ルーは再び高速でぶるぶるし始める。
正解らしい。
しかし、遊ぶと言っても、何をしたらいいんだ?
「ハルとは何をして遊んでるんだ?」
俺の問いかけに、ルーはこてんと体を傾げてから、しばらく考え込むようにぷるぷるして、ポヨンッと跳ねて俺から離れる。
そして、その場で俺を振り返ると、誘うように上下に跳ねる。
「もしかして、追いかけて欲しいのか?」
跳ねる動きが高速になった。
ルーなら大丈夫だろうが、反射的に攻撃しないように気をつけないとな──なんて、思ったのは要らぬ心配だったらしい。
「全然捕まらないな……」
ぬるんと逃げられるスライムをしっかりと捕まえるのは無理だろうから、触れられたら攻守交代というルールにしたのだが、そもそも全く触れない。
室内を破壊するような事はしないようにとハルがしつけてあるのか、あくまでも物を壊したりしないで、ルーは高速で室内を逃げ回っている。
スライムらしく、ぐにょんと変形して隙間に入ったりもするので、正直なかなかな難易度になっていると思う。
「遊びで本気になるのもなんだが、父親の威厳を見せないとな」
どこかにほんの少しだけあった、幼児と遊んであげる、という感覚を全力で遠くを放り投げた俺は、唇を舐めて隙間から覗いているルーを見つめて呟く。
──数分後、なんとか無事にルーを捕獲した俺は、無意識に自分が呟いた言葉を遅れて理解し、ベッドの上で頭を抱える事になった。
(ぱぱ、つおい〜)
腕の中にいるルーからそんな言葉が聞こえたのは、疲れているせいだろう。
読んでいただき、ありがとうございます。
このまま流れに乗って、一ヶ月一本更新ぐらいに戻れたらなぁと思いますが、某ウイルスさんがとても怖い今日この頃。