帰るまでが……。
もうすぐノクですよー?
余計なのもいますけどね!
「お前が、どうしても乗りたいと言うなら、こちらに乗せてやらない事もないぞ?」
「ん? あぁ、大丈夫だ。護衛対象を乗せた方がいいだろ?」
なんて、ツンデレトラクと、キラキラ笑顔なリュートのすれ違い会話で、私達の帰路はスタートとしていた。
乗せる、とトラクが表現したのは、行きの馬車では私達は御者のおじさんの隣だったからだろう。
ツンデレトラクが、自分の彼女達へ気を回しすぎて。
「……ハルさんは、中が良かったですか?」
(私はリュートと一緒なら何処でもいいよ?)
あと、あんな空気の悪そうなとこへは入りたくない。
話し声は微かに聞こえる。
あと、またツンデレトラクが貧乏揺すりしてるのか、ガタガタしてる。
でも往路みたいな、マッサージのあはんうふんな声はしない。
「ハルさん、ハルさん」
(まま、まま)
こちらはたまに御者のおじさんが話しかけてくる以外は、揃って何でか私を呼んでる。
そろそろゲシュなんとか崩壊しそうだ。
孫娘ちゃんが、何でリュートさんいないんですかぁ? とトゲのある声で問いかけるのを、トラクの彼女達がサラッといなしてる。
さすがだなー、と思う。
私も見習いたい。
で、どうしてノクへ帰る私達が、孫娘ちゃんと一緒かと言うと……。
「私をノクへ連れてって!」
とか、叫んだから。
元々、今回の依頼は特殊だったし、達成の仕方も特殊だから、村の代表者がついてきてくれる事になったんだけど。
だけどー、それはもちろん孫娘ちゃんな訳はない。
村の若手リーダーが、村長さんの代理として来てくれる事になったんだよ……。
そこで、孫娘ちゃんがさっきの台詞を叫んだ訳で。
まぁ、さすがに台詞は意訳だけど。
祖父である村長さんはたしなめて、諦めさせようとしてたよ? 常識人だし。
でも、まさか、村長さんの息子……つまりは、孫娘ちゃんの父親が、あそこまで孫娘ちゃんにデレデレだとは予想外過ぎる。
結局、デレデレ父親が孫娘ちゃんをデレデレ甘やかし、孫娘ちゃんは無事にノクへ行ける事になった。
私的には、なってしまった、とか言いたいけど。
追加依頼として、ノクまで孫娘ちゃんを護衛するっていう依頼を受け――させられて、現在に至る。
(そう言えば、村の代表者さんは?)
まさか、背後の地獄な空気の中に……?
だとしたら勇者だ。
「彼なら、あそこですよ?」
うん。乗りたくないよね? きゃんきゃん煩いし。
代表者さんは、馬に乗って並走してました。
私と目が合った瞬間、爽やかな真っ黒い笑顔でした。
デレデレ甘やかし父親が、世襲で村長になるのは無理かもしれない、そう思わせるくらい真っ黒い笑顔だった。
「ああいう人が好みなんですか?」
(私の好みはリュートに決まってるわ!)
代表者さんをガン見してたら、うちの可愛い子が妬いたんで、何キャラだよって感じのテンションで返しておいた。
●
往路と同じ場所で野営するのは、出発前に決めておいた。
ちゃんと話し合ったし、テントの割り振りも決めてあった。
ツンデレトラクは村の代表者さんと、あとは女の子達。
私達は往路と同じように見張り兼野営だ。
ただ違う点もある。
「俺も見張りを……」
「俺ならハルさんとルーがいるから、一人で大丈夫だ」
トラクが素直に提案してきたのを、トラクの体調を心配したリュートがキラキラ笑顔で退けたり……。
「私はリュートさんと一緒が……」
空気を読まない孫娘ちゃんは、トラクの彼女達が引きずるように連れていった。
いやー、なかなか面倒見がいいみたいだね。
夕飯はギスギスしながらも、皆で食べてるみたいだった。
私達?
私達は御者のおじさんと、のんびりご飯タイムだよ。
私とルーは、その辺の道草食べてますが、何か?
耐えきれなくなったのか、代表者さんがお椀を持って逃げてきた。
「ったく、あのワガママ娘が……」
「あれぐらいの年の女の子は、少し生意気なぐらいが可愛いですよ。うちの娘なんかも……」
毒づく代表者さんを、御者のおじさんが必死に元気づけてる。
リュートはご飯に夢中だ。
ある意味、こっちもカオスになったね。
トラクから助けを求めるような視線がバシバシ来てるなんて、きっと気のせいだし、道草うまうま。
(うまうま)
ヤギより優秀な除草係の私達のおかげで、周囲の下草は綺麗に整えられた。
それを見ていた代表者さんが、
「うちの村に欲しいなー」
と、言って私を抱き上げた時は、周囲から生き物の気配が消えたよ。
「……ハルさんは、俺のハルさんですから」
瞳孔かっ開いて笑うリュートのおかげで。
私は固まった代表者さんの腕から飛び降り、リュートへ飛びついてなだめに入る。
(はいはい、リュートのハルですよー。欲しいって言うのは、草刈り機としてですよー?)
「でも嫌です! ハルさんは、俺のです!」
私をムギュッと抱き締め、珍しく嫌々モード継続なリュート。
いつもなら、すぐに機嫌直るんだけどなぁ。
あ、もしかしたら、下卑Aにそういう対象として狙われたから、その影響が残ってるのかも?
(りゅ、ぷんぷん?)
たゆんたゆんと跳ね戻って来たルーも、不思議そうにリュートを見上げている。
(心配しなくても、この姿の私でその気になる人なんて……)
「います! ハルさんは無自覚過ぎるんです! エヴァンさんだって、俺だって……「リュートさぁん!」」
いつものリュートとは違う『男』って感じの眼差しに、私が目を奪われ……かけたけど、孫娘ちゃんの甘ったるい声でぶち壊しだね。
リュートは苦笑いをし、私を抱え直して孫娘ちゃんの方を向く。
「あのー、寝る時もあの女の人たちと一緒なんですか?」
言外に、リュートと一緒がいい、的な空気を駄々漏らせながら、孫娘ちゃんは上目遣いでリュートを見ている。
「えぇ。彼女達は実力のある冒険者ですし、隣のテントにはトラクもいますから」
孫娘ちゃん以上に空気を読まないリュートは、ニコリと笑って、安心してくださいと孫娘ちゃんを追い返す。
「さすが町暮らしだなぁ。あんな田舎臭いガキじゃよろめきもしないか」
そうからかうように話しかけてきたのは、孫娘ちゃんが来たら即逃げた代表者さんだ。
「いえ、俺はハルさん一筋なんで、どんな美女だろうが一緒なんです」
「そうか」
代表者さんは、男だなぁ、と呟いて微笑ましげな顔で、トラクの待つテントの方へ歩いていく。
「私はリュートさんと……っ!」
そんな声が聞こえた気もするけど、気のせいだろう。
「ハルさんと二人きり邪魔されたくなくて、少し強い言い方してしまいました……」
(私もリュートと二人きりになりたかったから、同罪だよ)
いい子がしゅんとしてたんで、もふっと慰めると、ムギューッと抱き締められた。
「大丈夫なのか、ハルは?」
御者のおじさんが心配してくれてるねー。
「…………俺のせいです」
リュートがこの世の終わりみたいな顔で、クッてやってるけど、大丈夫なのはわかってるよね?
「一体、何が……」
御者のおじさんが、つられて深刻な表情で、リュートに抱えられている私を見つめながら話しかけてくる。
(ちょっと変形しただけなんで)
まだクセになってたらしい。
見事な瓢箪型になった私は、戻るのも疲れるんで、自然に戻るのを待ってるんだけど……。
「ハルさん……」
見つめてくるリュートが今にも泣きそうなんだよね。
はいはい、ハルさん戻りますよーっと。
グッと全身に力を入れると、ボフッという音と共に私は元の体型へ戻り――。
「良かったです、ハルさん!」
感極まったリュートに抱き締められ――一コマ目へ戻る的なことになり、リュートはしばらく再起不能となった。
「ず、ずみましぇん……っ」
ただ今、私達は見張りタイムなう。
リュートはまだ謝ってるよ? ……寝言で。
(りゅ、うるさい)
という訳で、見張りタイムなうなのは、私とルーだけだ。
ルーはぷるぷるとしながら、迷惑そうにリュートの寝顔を見ている。
(ルー、周り見てきてくれる? もしかしたら、ゴブリンの生き残りいるかもしれないし)
(あい、ままー。いってきま)
(いってらっしゃい。気を付けてね)
す、は何処に? とか、ルーを傷つけられるような相手とか化け物だよね、とか思いつつ、楽しそうに跳ねていくルーを見送る。
たゆんたゆんと跳ねる後ろ姿を見ながら、私は何かを忘れている気がして、リュートに抱かれながら体を傾げる。
「はるしゃん……ごめん、なしゃい……」
(大丈夫、怒ってないから……)
もふもふでたしたしとリュートを慰めてたら、一瞬思い出しかけた何かの事は脳裏から綺麗に消えていた。
思い出せたのは、しばらくしてから、森から帰ってきたルーが、頭以外を凍らせた不審者を引っ張って来た時だった。
(まま、るー、まほ、つかた!)
(そうみたいだねー、殺さないで連れてきて偉いねぇ)
凍らせた不審者……たぶん男……の上で、ルーがドヤ顔で跳ねている。
うむ、うちの子可愛い。
きちんと男は生きてるみたいだし、ちゃんと私の言いつけは守ってるし、本当に偉いなぁ。
――現実逃避してたけど、ルーが魔法使ったみたいだね。
そう言えば、使えるようになったって言ってた気がする。
確認しておくべきだったよ。
とりあえず、リュートを起こして氷を割らせて不審者を救助してもらい、改めて縄でぐるぐるにしようとしたけど。
途中、痴漢だと判明した不審者を、未遂だったので解放した。
何でかって?
「……ハルさんに、何する気だったんですか?」
そのままだと、ぶちギレたリュートが、不審者を殺っちゃいそうだったから。
「もう一生清らかに生きます〜!」
そう半泣きで叫びながら、不審者は森の中に消えていった。
一人の男を更生させたようで、何よりだと思う。
リュートは警戒するように見送ってるけどね。
(いや、たぶん、普通に狙いはトラクの彼女達と孫娘ちゃんだよ?)
思わずそう呟いたら、ハルさんは無自覚過ぎます! とリュートからお説教された。
真剣にお説教してくる姿が可愛いと思ったのは内緒だ。
通常運行なハルと、にじり寄ろうとしているリュート。
そして、それをぶち壊す孫娘ちゃん。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。