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第8話 楽しくやれるハズさ

ーー隼太がこちらの世界に来てから既に2週間余り、ほぼ3週間近くになろうとしていた。街道を走る自動車のエンジンは以前過ごした文明の記憶を鮮明に呼び覚ます。見よう見まねで始めた運転も予想以上にうまくいっている。この時代の道路の舗装には不安が多いが、さすがは当時最先端の乗り物だ。見た目もその乗り心地も、今いる世界には全くと言って良いほど馴染んでいない。隼太以外の人間が見れば違和感しか感じないであろう鉄の塊は、時速約70km。レティシア達からすれば体験した事のない速度域だろう。


「ところでハヤタくん...そろそろ説明があっても良い頃なんじゃないかのぅ...」


エンジンと路面の音だけに支配されていた狭い5人乗りの空間に、人の声が空気を振るわせるのはしばらくぶりのことであった。無論、そのアロイジウスの質問は当然の疑問であり、むしろなぜもっと前に聞かれなかったのか不思議なくらいである。


「あぁ、そういえばそうでした...とはいえ技術の進歩を丸ごとすっぱ抜いて、いきなりこんな物の説明しても納得させられるとは思いませんが...」


そうは言っても隼太はマーティン家の従者であり、主の質問に適当に答えるわけにはいかない。隼太はどこから話せばいいのか悩みつつも、これが魔法や生物を介した動力によって動いている訳ではないという説明や、その他諸々、簡単な部分だけを分かりやすく噛み砕いて説明していく。それでも魔法やファンタジーに溢れたこの世界の人間がそれを簡単に理解できるわけもなく、話は一向に進展を見せなかった。ついにアロイジウスは諦めたようで、「どういう原理かはわからんが、とにかく招集に間に合うならいいじゃろう。」との結論を出したらしい。しばらくすればこの世界でも産業革命に似た出来事が起こるかもしれない。この自動車はそのときになれば大変重宝する事は間違いないだろう。とはいえ魔法の発達したこの世界ならば、科学に頼る必要すらないかもしれないが。隼太はそんな事を考えながら、ふと助手席を見る。


隼太の隣、助手席にて瞳を閉じ、静かな寝息を立てているのはレティシアである。アロイジウスやアゼルたちを後部座席に自然に誘導に、うまくレティシアを助手席に乗せた自分の功績を褒め称えたい気分だ。そういえば隼太が彼女の寝顔を見るのは今までで初めての事である。普段の彼女は可憐で優しく、自分でもありきたりでつまらない表現だと思うが、まさに女神という存在が姿を持つならば彼女こそそれに最も近いだろうと思わせるほどの美しさだ。しかし今の彼女は無防備でどこか幼く、傲慢ではあるものの、守ってあげたくなるような魅力があった。金色の髪がかかるシートは黒く、彼女の端正な美しさを邪魔する事無く引き立てている。


「ーーハヤタ殿、この分かれ道を右に曲がればすぐに...」


「了解っと...お、あれか?」


朝の霞のその奥に、薄く影作るその姿は、まさに一国の一番の都と呼ぶにふさわしいものであった。抱える建造物の大きさ、作りの丁寧さは遠くから見ても他の町とは一目瞭然。ウェルド公国の長く絢爛な歴史を語るよりも感覚的に示しているようだ。車はぐんぐんとその距離を詰め、すぐに都の入り口へと到着する。


「ここの検問所を通ればすぐに首都、『ウェリス』に到着です。」


「そうか...全員が無事だったって訳じゃないが、一応到着できて良かったな。」


竜車を操縦していた御者を除けば、一応全員無事に首都である「ウェリス」に到着することはできたと言えよう。とはいえ途中で襲ってきた男については、後から調べる必要がある。そこらの盗賊にしては異常なまでにレベルが高かったように感じるからだ。こっちではこれがデフォルトなのかもしれないが、空間魔法は希少な属性だ。そんな使い手が盗賊なんぞに身を落とすとは考えづらいだろう。ここならば人も多く集まっているだろうし、比較的多くの情報を掴むことも難しくはないだろう。


検問所に着いた一行は、検問所の役員に見慣れぬ自動車の存在を怪しまれ、危うく一時捉えられそうになるものの、アゼルが同行していたおかげでなんとか事なきを得て、無事ウェリスに到着することができた。車は荒れがちな街道を抜け、石畳に舗装された道へ入る。実際に首都の中に入ってみると、隼太が想像していたよりもずっと美しい景色が広がっていた。


「これは...すごいな...」


現代の発展し尽くした町並みに見慣れていた隼太だが、ここの建物の造りには目を見張る物があった。街路樹の包む広い道は平らな石畳で丁寧に舗装されており、これなら竜車で通っても乗り心地は悪くないだろうと思う。十字路の環状交差点には色とりどりの花が咲き誇っている。緑に溢れた公園には華美な噴水が取り付けられており、ヨーロッパ風庭園の見本とも言えるクオリティだ。ゆるい円錐状になっているこの都の道には坂が多く、それに面して営業している店の数もマーティン家の近くの町とは比べものにならない程だった。


隼太はアゼルの指示で一旦車を適当な場所に付け、車内から降りて伸びをする。貴重な高位精霊使いであるアロイジウスとその契約精霊であるシクリーは車の揺れには慣れていたようで、普段と変わらない様子だ。レティシアも、道中眠っていたおかげなのか、車酔いなどの症状はなかった。


「あぁ~疲れた。初めての運転にしてはなかなか上出来だな...」


「お疲れ様ですハヤタ殿。」


「あぁアゼルか。そういえばいきなり車止めたけど、ここからどうするんだ?」


「ここからは徒歩にて向かいます。賢人会の皆様が待つ宮殿に車は入れませんので。」


どうやら不審な物や人間を持ち込まないようにそういったルールが制定されているらしい。宮殿といえども今となってはそこに主はおらず、もぬけの殻となっているのだろう。賢人会の面々はそれを利用して今回の招集をかけたのだろうか。アゼルの徒歩という言葉を聞いて明らかにテンションを落とす金髪の精霊の事は、アロイジウスに任せて放っておこう。


「では早速、こちらです。」


アゼルが集団の先頭を歩く。彼は隼太よりも身長が10cm近く低いものの、その背中と足取りの迷いのなさ、彼の誠実な態度を見せられると、やはり彼は近衛騎士なのだという事を再確認できる。負の感情はとっくに捨て去り、次の行動で己の威信を取り戻そうとしているのだろう。その切り替えの早さには感心せざるを得ない。


「ーーおいそこの騎士、足を止めよ。」


突然、脇道から知らない女性の声が聞こえた。


「私になにか...!貴女は!」


アゼルの様子が一瞬にして変わる。とんでもないものを見た、というような反応だ。


「ふむ、貴様その様子だとどうやら余の事を知っているようじゃな...名はなんと?」


「はっ。私はウェルド公国近衛騎士団所属、アゼル・スタンフォードでございます。お元気そうでなによりです。ミッシェラ様。」


脇道から突然姿を現したその女性。アゼルがミッシェラと呼ぶその人は、隼太の目に鮮烈な印象を与えた。まるで血をそのまま固めたような真紅の頭髪をポニーテールに縛り、胸元と脚のはだけた細身の黒いドレスを着ている。扇を当てるその口からは、聞いただけで底冷えするような不気味な威圧感を感じさせる声を発している。なんとも形容しがたい妖艶で美しい女性ではあるものの、隼太はその人の奥底にある冷酷さのような物を感じずにはいられなかった。


「...ミッシェラですって?」


その名を聞いた途端レティシアが見たこともないような顔で彼女を見つめる。


「レティシア、あの人となんかあったのか?」


「いえ、なんでもないの。こっちの話よ。」


レティシアは明らかにミッシェラに対して嫌悪感のような感情を抱いているようだ。彼女の反応から察するに、なにか彼女にレティシアが苦手とする要素があるのだろうか。まぁそれはなんとなく分からなくもないが...


「ところでミッシェラ様、何故貴女が今ここに...?もう宮殿に居られてもおかしくはない時間だと思いますが...」


「何、ただの気まぐれよ。そのような事を言うならアゼル、貴様に余の道案内をさせてやっても良いぞ。そうと決まれば早く宮殿へ案内しろ。」


アゼルはその言葉に一瞬の戸惑いを見せるものの、彼女の揺るぎなさ過ぎる立ち振る舞いに観念した様子で彼女の命令を受け入れる。


「...了解しました。とはいえ、今私は彼らの護衛兼案内役を頼まれています。ミッシェラ様をご案内するなら、彼らも同行することになります。構わないでしょうか?」


「彼ら、とな...?」


ミッシェラがふと此方を見る。その目は髪と同じように赤く、見られただけで背筋がゾッとするような感覚がした。その目がパッと見開かれ、そしてすぐに嘲笑的な目へと変わる。


「ほう、レティシアではないか。随分と久方ぶりではないか?」


「ええ、久しぶりねミッシェラ...貴女が私のことを覚えているなんて驚いたわ。」


「余が貴様を忘れるじゃと?フフフ、貴様も多少の冗談を口に出来る程度には成長したようじゃな。フフフ。」


ミッシェラはレティシアの言葉になぜか薄笑いを堪えきれない、といった様子だ。二人の過去になにがあったのだろうか。機嫌良さげに薄笑いを浮かべるミッシェラとそれに不服そうなレティシア。彼女のこんな表情を見るのは初めてのことだ。


「まぁこの場はよかろう。...すぐに顔を合わせる事になる。」


「...それはどういう?」


そういえば彼女はアゼルに宮殿への案内を命じていた。宮殿といえばこれから隼太たちが向かう目的地だ。賢人会の招集で行くはずだが、それに彼女の何が関係しているというのか。


「なんだ、貴様ら聞いてないのか?余と貴様ら...それにあと数名は同じ理由で呼ばれておるのじゃが?」


「...アゼル、どういう事なんだ?」


隼太はアゼルの方を見る。どういうことなのだろうか。彼らの他に同じ理由で呼ばれている者がいるのなら、それの説明くらいあって当然だろう。


「すみません、私も緊急の事でした故、詳しくは聞かされていないのです。...どうやらミッシェラ様はもうご存じのようですが。」


「これ坊主、あまりこの騎士を責め立てるでない。知らぬことは知らぬのじゃ。それは坊主とて同じ事じゃろう。」


ミッシェラの言うことはもっともである。アゼルが聞かされていないと言うことは、こちらに伝わっていないのは当然だ。もし知っていたのなら彼の性格上、教えない訳がないだろう。


「...仕方あるまい。ならば余が特別に教えてやろう。」


ミッシェラはまた何とも言えない嘲笑的な目でこちらを見つめながら、不気味な笑い声を細く響かせる。ずっと自らの口を隠して居た扇をゆっくりと折り畳み、それをこちらに向け、嗜虐的な笑顔のままこう呟いた。


「貴様と余、それに加えてあと4名の中から、この国の新しい王を選ぶ...それがこの招集の理由よ。」


***********************


隼太たちがミッシェラと出会ってから10分ほど歩いただろうか。見渡す中でも圧倒的に大きく、荘厳な造りをしているあの建物は、紛うことなき「宮殿」と呼ばれる建物だろう。全面白を基調とした清潔感溢れる外装は公爵家の家風や性質を反映しているのだろう。今からレティシア達はあの場でこの国の新しい指導者を選ぶ会議に参加するのだ。突然の事が多すぎていまいち現実感は沸かないものの、事の重大さはよく分かる。もっとも、その報告を受けて最も衝撃を受けていたのはアゼルであったが。彼の驚いた顔はその真面目そうな顔にあまりに似合わないものだから、少し笑ってしまった程である。


「それで、その会議ってのに俺は参加してもいいの...?」


「平時であれば宮殿には貴様のような召使いが易々と踏み込んで良い場所ではない。が、今は別じゃ。」


意外にも隼太の質問に答えたのはミッシェラである。とはいえそこの事情に通じているのはこの場ではミッシェラただ一人なのだから当然といえば当然ではあるが。


「公爵が逝きよってからまだ1日ほどしか経っておらんのだ。宮殿内の者共はそれの対応に追われておる。故に1人につき最大2人まで従者を連れてくることが許されておるのじゃ。」


「なるほどな。じゃあ自分たちの身の回りの事は自分たちでやれ、って事か。」


「左様。まぁその程度のこともうまく出来んようでは一国を預かる責任を負わせることはできん、といった所じゃな。」


これについてもある程度筋道は通っていなくもない。自分の事も満足に世話できないような者に国の主を任せる、というのはあまりに不安なものだ。しかし、隼太の頭の中には一つの疑問が浮かぶ。


「...でも、公爵が死んだならその跡取りに継がせればいいだろ?なんでわざわざ関係ないところから選ぶんだ?」


「貴様も既に分かっておることをわざわざ余に訪ねるでない。前公爵のウィンストンは公爵家の最後の一人よ。このウェルド公国誕生から公爵家の血が途絶えるなど前代未聞。民にこの事が知れ渡れば国内は混乱の渦に巻き込まれるじゃろう。」


「これは失礼。まぁ子供でも分かるような簡単な事なんだが、これマジで一大事だな...」


ウェルド公国が出来てから、600年余りの時が経つとシクリーは言っていた。その言葉が本当であるならば、その長い期間国家を維持し続けてきた公爵家への信頼は相当のものだと見ていいだろう。


隼太が今自分たちの置かれている状況を冷静に考えている時、冷静とはお世辞にも言えない様子で頭を抱えている者が1人いた。


「ムリムリムリムリ...いきなりあたしが王様だなんて...そんなの絶っっっ対無理!!」


レティシアである。しかし無理もないだろう。公爵の死という衝撃的なニュースから一転、自分がこの国を治める立場になる可能性を無理矢理に提示されたのだ。落ち着いていられる方がおかしいとも言える。


アロイジウスが慌てながらなんとか落ち着かせようと必死になっているものの、あまり効果はなさそうだ。こういうときはとにかく優しい言葉を長い時間かけ続ける他に有効打はないだろう。後で自分もレティシアを励ます会に参加せざるを得ないだろう。


その隣を歩いているアゼルは自分の不甲斐なさにまたも自責の念を抱えきれない様子だ。彼もまたレティシアを励ましてくれてはいるものの、見ていて少し可哀想になる程である。


「...この程度で騒ぎよって、みっともない。この様子じゃ王などなれるハズもなかろう。」


「主に対する侮辱は聞き逃せないがお前の落ち着きっぷりにはさすがの俺も驚かされてるよ...」


その言葉通り、彼女は隼太達と出会ってから一度たりとも動揺や悩み、プレッシャーのような感情を微塵ほども見せていない。彼女とてこの事実を知ったのはついさっきであるはずなのに。


「余が慌てる事など、この世に生を受けてからただの一度もありはせぬわ。運命とは突然に叩きつけられるものよ。それに驚いて対処が遅れては生きてはいけぬ。」


彼女はまだ20歳前半といったくらいの見た目の女性である。ここまで動じぬ精神力を持ち合わせているとは全く見上げたものである。


事実彼女の言うことはほぼ正しい。隼太もそれに対して反論することはしなかった。


「しかしここは公国なのに新しい王を立てるんだな。てっきり跡取りは別の貴族がやるもんだと思ったよ俺は。」


「それに関しては余とて同じ意見よ。貴様にはその理由、分かるのか?」


「まぁ考えられるのはいくつかあるが一番可能性として高いのは一つだな。」


「ほう。良い、言うてみよ。」


ミッシェラは再度扇を開き、口元にかざしている。彼女から再び不気味な威圧感を感じるようになったのはそのためだろうか。


隼太は若干恐れを抱きながらも、落ち着きを失わずにしっかりとした口調で問いに対する答えを話し始める。


「まぁ俺の意見としちゃ、公爵という立場というものよりも強力な指導力・影響力を持つ存在が必要になる...ってのが理由としちゃ一番有力だと思う。」


隼太はミッシェラが言葉を滑り込ませるよりも先に話を続ける。


「ウェルド公国は誕生から600年っていうバカみたいに長い期間を一つの家が治め続けてきたっていう規格外の長期政権国家だろ?そんな期間国を維持し続けた公爵家への信頼は計り知れないはず。...だが、今となってはそれは存在しない。だからその後釜をポッと出の貴族風情が務めたってろくなことにはならないのは明確だろうし、下手を打てば隣国の襲撃にあってもおかしくはない。」


隼太は話しながら頭の中で考えを練る。その行為を何回も何回も繰り返し、慎重に口から出して行く。


「だからその後を務めるなら単なる一貴族じゃなくて、国王という新しいポストを設置する必要がある...王ってのは権力の象徴みたいな存在だからな。それくらいの力がないと最低限国を安定させる事はできないだろう...ってのが簡単な俺の考えなんだけど、どうよ?」


「ふむ、なるほど。悪くはなかろう。宮殿までの道のりをいくらか暇にせずに済んだ程度には道筋も通っておった。」


「こんなに頑張ってその程度かよ!?」


隼太は自分の考察が時間の無駄になっていく感覚に悲しさを覚えながら足を進める。隼太とミッシェラの後ろでは未だに現実を受け止め切れないレティシアとそれを慌てながら励ますアロイジウス、アゼルの3人が重い足取りで歩みを進める。


なにやらアゼルが何かに気づいたようなので、隼太はレティシアを励ます係を彼と交代する。アゼルは一行の先頭に立ち、前へ前へと進んで行く。次の瞬間、それに続く隼太達の目には驚くべき光景が飛び込んできた。


「でっけぇ門だなぁ~~~~...」


一行の目の前に立ち塞がるのは「宮殿」の入り口と思われる巨大な門であった。なぜこれほどまでに大きく作る必要があるのかは不明だが、フランスの凱旋門ほどの大きさはありそうな巨大な門であった。その荘厳な見た目は鳥居をくぐる際に感じるのと同じような不思議な緊張感を隼太に与えた。


「近衛騎士、アゼル・スタンフォード!ただいま戻った!速やかに門を開けよ!」


アゼルの呼びかけに応じるように、巨大な門がゆっくりと口を開ける。中には街のものとは比べものにならないほど綺麗に手入れされた庭園と、その先にメインの宮殿がそびえ立っていた。遠くから見ても迫力に溢れる建物であったが、近くで見るとまた違った趣を感じる。ここで最近人が死んだとは思えないほど美しい場所だった。


「さぁ皆様こちらへ。すでに賢人会の面々、他の候補者の方達は到着しておられます。」


アゼルと出迎えの騎士たちの案内によって宮殿の敷地内に足を踏み入れる。こうなってはレティシアも覚悟は決まったようで、ある程度表情も晴れてきた。アロイジウスと目を見合わせ、とりあえず一段落、といったところであろうか。庭園をナイフで切ったようにまっすぐ宮殿へと繋がる道を少し早足で進む。先ほどとは違う土の感触が少し懐かしい。


しばらく進むと、宮殿の入り口へと到着した。アゼルを含めた騎士団員の面々の案内により建物の中へと

入る。外観の美しさにも驚かされたが、内装も非常に豪華な造りをしており、公爵家の権力をそのまま可視化させたような見た目をしている。天井は必要以上に高く、壁、柱、さらには天井にまで凝った装飾が成されており、元いた世界にあった世界遺産に登録されていた建物と比べても全く遜色ないクオリティの建造物だった。


「ここが本日の会議が行われる会場となっております。準備はよろしいでしょうか?」


アゼルが振り返りそう訪ねる。彼の顔もここではいつにも増して引き締まっているようだ。その他の面々も非常に真剣な顔つきをしており、今回の会議の重要さがよくわかる。ミッシェラとシクリーだけは非常にリラックスしているが。シクリーに至っては欠伸までしている。この2人に関してはいつもこの調子なのだろう。アゼルもそれが分かったようで、ゆっくりと扉を開ける。


開かれた扉の中には、非常に広々とした空間が広がっていた。教会風の作りをしているが、それよりもずっと広い。中には想像していたよりも多くの人が集まっているようだ。


「長旅、ご苦労であった。さぁ、皆様どうぞこちらへ。」


部屋の一番奥、いかにも偉そうな人が壇上に置かれた半円状の机に並んでいる。あれが話に聞く「賢人会」の面々なのであろう。人数は10人余りといったところか。その中央、おそらく最も重要な人物であろうその老人が、物腰柔らかい声で一行を誘導する。


部屋の真ん中には赤いカーペットが敷かれており、それが階段を上って壇上まで続いている。壇上には賢人会の面々の他、華やかな衣装に身を包んだ3人の女性が立っている。あれが今回の王選の候補者なのだろうか。


「レティシア・E・マーティン様、ミッシェラ・ペンドルトン様、壇上にお上がり下さい。」


2人に声をかけたのは先ほど隼太たちに声をかけた賢人会の老人ではなく、およそ40代くらいの見た目をした男性だった。鍛え上げられた肉体は身につけた鎧を窮屈そうに押し上げており、一目見ただけでも相当な実力者なのだとわかる。彼は壇上の左端に立ち、司会のような役割を果たしているのだろうか。


「ハヤタくん、儂らはこっちじゃ。」


部屋の真ん中を分けるレッドカーペットの右側、そこに従者や支援者、そのほかの重要人物が並んでいるようだ。おおよそ30人ほどだろうか。


その列の後方に隼太、アロイジウス、シクリーが並ぶ。アゼルは壇上の手前までレティシアとミッシェラを案内すると、そのまま左に逸れる。カーペットの左側にはアゼルと同じ制服を着た人々、つまり近衛騎士がキッチリと並んでいる。人数は約50人ほどに見えるが、そのどれも並ではない圧を放っているように見えた。


「皆さんお集まりのようですので、此度の会議の説明をさせて頂きます。私、今会議の進行役を務めさせて頂きます、ウェルド公国最高軍事指令官、アダム・ロジャースと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」


壇上の左からアダムの威厳に満ちた声が響く。


「まず、突然の招集にも関わらず早急に集まって頂きありがとうございます。皆様も既にご存じの事かと思われますが、昨日に突然公爵であられたウィンストン殿がお亡くなりになられました。」


部屋の中に静寂が広がり、皆暗い表情をしている。


「そして彼の書いた遺書には、次のウェルド公国の指導者にあてはまる条件が記されておりました。今回6人の候補者の皆様に集まって頂いたのはその条件に当てはまる者だと判断したからです。」


彼が言うには此度の王選における候補車は単純に有力な貴族層から出した、というわけではないようだ。早く国をまとめる必要があるこの状況下で、ここまで短時間で次の段階に話を持って行けているのは褒られて然るべき素晴らしい対応だと言えるだろう。


「その条件は2つだけ。しかしその条件に当てはまるものは数少なく、結果的にこの6人に決定いたしました。」


2つだけの単純な条件に見えるが、国内を探し回って見つけたのがたったの6人とは。どれだけ難しい条件なのだろうか。


「まず一つ。候補者は高位精霊術士である、もしくは高位精霊術士の従者がいること。これは精霊とつながりの深いウェルド王国の指導者として当然の条件である...との記載があります。」


条件の一つは高位精霊術士であるか、その従者がいるというものである。これはよく分かる。精霊という存在はこの国において重要な存在であることはいまさら語る必要もないだろう。


そして候補者が絞られた理由の大半はここにある。高位精霊術士の存在は大変貴重で、ウェルド公国内にその数はたったの12人。隼太もそこには加えられるべきだが、その存在の異質さと、88体の高位精霊とは違う高位精霊であるグロース。これをむやみに公にするといろいろと面倒なことになりそうなのでこの事を知っている者には最低限の口止めをしてある。


「そしてもう一つの条件...それは候補者が女性であること、です。」


会場中が呆気にとられたような顔をしている。隼太自身も正直これに関しては意外というしかなかった。確かに候補者はみな女性だが、それはただの偶然だと思っていたがどうやらそうではないらしい。そう思ったのは隼太だけではないようで、室内からはじわじわとどよめきが起こる。


「皆様の動揺も分かりますが、どうか理解を。これにも理由がございますので。」


会場を落ち着かせるようにアダムの声が広がる。


「600年前に起きた『厄災の魔女』との大戦争...その戦争に終止符を打ち、ウェルド公国を立ち上げたセリシア・メルフォール様。国を立ち上げたその方が女性であったからでございます。ウェルド公国の始まりは彼女から。つまり新しい時代の指導者は再度女性から始めるべき、というのがウィンストン様のお考えです。」


その話を聞いた隼太の耳に、聞いたことのない単語が飛び込んできた。


「『厄災の魔女』...?」


「あれ、まさかお兄さん知らないのぉー?知ってて当たり前の話なんだけどぉ?」


「こんな事言いたかないが歴史は途中でまだ完全に勉強してなかったんだよ...こんな重要そうなことならもっと学んでおくべきだったな...」


隼太は自分の知識の浅はかさに悔しさを感じた。歴史は語学の次に学ぶべき学問だと言ってもよい重要なものだろう。しかし隼太は途中で魔法学に興味を持ち、そちらばかり勉強してしまっていたのだ。


「まぁいいわぁ。知らないなら教えてあげるわよぉ。まず初めに、600年前に存在していた『厄災の魔女』について説明するわねぇ。」


「あぁ、頼む。」


「600年以上前の世界、魔女が突然姿を現すまでは、人類も精霊も別々に平和に暮らしていたの。2つの種族間につながりなんてほぼなかった。それでも十分平和だったし、誰もそれを壊そうとはしなかった。でも、それはなんの前触れもなく突然訪れたのよぉ。『厄災の魔女』、なんてまとめて言われてはいるけど実際は6人。血の魔女、蟲の魔女、病の魔女、雹の魔女、暗闇の魔女、童殺の魔女。この6人よぉ。奴らはその名に関連する大厄災を次々と巻き起こしていったわぁ。魔女たちの手によって真水は全て血に変わり、蟲が作物を食らいつくし、家畜や人は病に倒れる。空からはものすごい勢いで雹が降り注ぎ、辺りは氷付けになった。さらには世界から太陽が消え、魔女のいた時代に生まれた子供は皆殺しにされたのぉ。それは見るも無惨、この上ないほど残酷なものだったわ。」


シクリーの口から語られたのは、今の状況とは全く違う600年前の環境と魔女の存在、その非道な行いの数々であった。想像しただけでも最悪、まさに地獄とも呼べる状況だっただろう。


「なんだそれ...よくそんな状況で平和を取り戻せたな...」


「もちろん簡単じゃなかったわぁ。奴らはその厄災だけじゃなくて、この世界で魔法を初めて使った存在なんだものぉ。あたしたち精霊ならまだしも、人間はそれのせいで大量に数を減らしたわぁ。そんな中で、人類と精霊は互いに結託し、魔女に対抗することにしたの。その立役者となったのが、さっきあのおじさんが言ってたセリシアちゃんなのよぉ。」


「ちゃんって...お前そんなに親密だったの?」


「当たり前じゃなぁい。セシリアちゃんはあたしたちみたいな精霊たち、その全員と契約を結んで戦ったのよぉ。だから精霊はみんなセシリアちゃんの事はよく知ってるの。セシリアちゃんと人類の必死の抵抗によってなんとか魔女は封印できたわぁ。でも奴らは強力すぎて消滅させることはできなかったのぉ。魔女との戦争が終わってセシリアちゃんがこの国を作って、そしていなくなった後...精霊のみんなはバラバラになったわぁ。セシリアちゃん以外とは契約したくないって子も多いわねぇ。」


「なるほど、それだから精霊術士は貴重なのか。」


「そう。そしてこれが600年前の大戦争の簡単な説明ねぇ。」


「そうか...なるほど分かった。ありがとうよ、シクリー。」


そういうと彼女は少し照れくさそうにそっぽを向いた。


「まぁこれくらい大したことないわぁ。それにもう話始まるわよぉ?」


「おっと、そうだったな。集中集中。」


隼太は改めて気を取り直し、アダムの話に耳を傾ける。


「この2つの条件、それに当てはまる人物をここに今日集めました。とはいえ今日この場であたらしく王を決定する、というわけではありません。新しい王は国民による選挙によって決定することになっておりますので。」


どうやら新しい国王は賢人会や貴族層によって決定されるのではなく、全国民からの選挙によって決定されるらしい。隼太もそれに賛成だ。民主主義が行き届いた日本という国で育った隼太にとって選挙という物はとてもなじみの深いものだった。


「では、簡単に候補者の方々から挨拶を...まず、アーガイル・ジンデル様!」


「...」


「...あの、アーガイル様...?」


「あ!あれ!?あたしですか!?ありゃ~すいませんねぇ...あたしいっつもぼーっとしとりまして...」


アダムに名を呼ばれたアーガイルという女性の第一印象は、一国を治める立場になる者としてはなんとも不安になるようなものだった。綺麗な緑色のショートカットの髪の毛を恥ずかしそうに掻いている。


「あ...えーっと...アーガイル・ジンデル、です。どうぞよろしく~...あはは...」


彼女は手を慌ただしく動かしながら、なんとも頼りない挨拶を済ませる。あの調子で本当に大丈夫なのだろうか。


「アーガイル様、貴女様の従者の方と精霊のご紹介もして頂けると助かるのですが...」


「え!あ、そうなんですか??おーい、ホルクスちゃん、エリク、こっち来て~!」


アーガイルは隼太たちの並ぶ列に声をかける。すると...


「あ~もう、ほんとに世話の焼ける子だねぇ...」


「あぁ全くだよ...」


面倒くさそうに、アーガイルの従者と精霊が前に出る。従者の方は40代前半ほどの男性で、スーツを着用している。身長は高く、190cmほどあるだろうか。髪はクセのある灰色で、タバコのようなものを咥えている。一方、精霊の方は全身が驚くほど白く、細身の背の高い女性のような見た目だ。瞳だけが燃えるように赤く、その存在が人間ではない事がよく分かる。2人は気だるげな足取りでゆっくりと壇上に姿を現すと、


「俺が姫さんの下っ端のエリクです。どうぞよろしく。」


「あたいがこいつの契約精霊のホルクスだ!この中でこの子の立候補に文句ある奴がいるってんならいつでも相手してやる!かかってきな!」


ダルそうに挨拶するエリクとは対照的に、ホルクスは怒声にも似た荒々しい口調で簡単に名乗りを上げる。見た目に合わない態度だが、精霊術士以外には姿は見えないのであまり関係はないのだろう。


「もぉ~!なんでそんな事言うのぉ!」


「バカだねぇ、こういうのは最初が肝心なんだよ!ナメられたら終わりだかんな!」


「ま~た始めやがった...家でやれ、家で。」


二人は火花が散りそうなほどお互いを睨みあっている。エリクは適当に声をかけるだけで、本気で止めようとはしていないようだ。


「お二人とも落ち着いて...一旦お下がり下さい。次の方の紹介があります故。」


アーガイルはホッとしたようだが、ホルクスは不満そうな顔で渋々下がっていく。エリクはそんな2人の間に入り、一応言い合いになるのを止めているようだ。なかなか不安になるトリオだと言ってもいいだろう。アダムは気を取りなおして次の候補者を紹介する。


「続いて2人目、アニトラ・アールフォルス様!」


「は、はい!」


2人目に出てきた彼女は、他の候補者とは明らかに違う点があった。彼女だけは美しい衣服を着ていないのだ。他の候補者は皆豪華とは言わないまでも、それなりに綺麗な服を身に纏っていたが、彼女はなんとも一般人のような出で立ちをしているのだ。さらにかなり緊張しているようだ。


「ご、ご紹介に預かりました、あ、あにとりゃ・あーるふぉるしゅと申します...私は貴族じゃないし、ただの農民...です、だからこんなとこ慣れてなくて...」


彼女は目をぐるぐるさせながら、自分の名前も噛み噛みで挨拶をした。会場からはちらほら彼女を非難する声も聞こえてくる。


「アニトラ様、どうか落ち着いて下さい。それとアニトラ様の従者であられるシスイ様、どうか壇上へ。」


「ややっ、私の出番ですかな??」


列の前方からなんとも元気そうな声が聞こえる。どうやら女性のようだ。女性ばかりだな、と少々飽き気味だった隼太だが、彼女の姿を見た瞬間、驚きのあまりつい声を出してしまった。


「ーー!?ッあれは!?」


列から外れ、壇上に姿を現した彼女が身に纏っていたのは、驚くべきことに隼太が生まれた国、日本で大昔から着用されていたものとまるで同じものだった。



「ーーー間違いない、あれは和服だ...!」



「おろ?そこの美しいお兄さん、私のこの格好、知ってるんですか!?」


「知らないわけが...まさか君も日本からこちらに飛ばされたのか!?」


「ニホン...とやらが何かは知りませんが、これは鷹匠の伝統的な衣装なんですよ!」


「鷹匠...だと?」


「そうです!私がアニトラ様の従者であり自称公国一の鷹使い!そして精霊術士でもあるシスイ・アズサと申します!どうぞお見知り置きを~」


シスイ・アズサ...なんとも日本風な名前だ。彼女の存在の全てに隼太は衝撃を隠せない。とはいえ少し目立ちすぎてしまった。静かに列に戻り、冷静さを取り戻す。にしてもおかしすぎる。彼女の存在、出で立ちからその名前、そして職業すらも母国情緒に溢れすぎている。彼女は日本の存在は知らないようだが、確実に隼太の他にもこの世界に「飛ばされてきた」人間が存在するということはもはや間違いないだろう。どうやら彼女には後で個別に聞かなければならないことがありそうだ。


「自己紹介ありがとうございますシスイ様。それで貴女の精霊は何処に?」


「あ、ここにちゃんと居りますよ~!」


シスイはそう言いながら自分の肩を指さす。だがそこに精霊らしき存在は見当たらない。よ~く目を凝らして見てみると、小さな人形のようなものが彼女の肩に乗っていた。


「この子が私の精霊、モール=ドールちゃんです!こちらもどうぞよろしく!」


シスイは軽快に笑いながら、未だ緊張の色が濃いアニトラと共に後ろに下がる。これで2人目の紹介が終わったようだ。さっきほど適当ではないが、こちらも何とも言えない陣営だ。


「それでは3人目、ウォルト・バクルー様!」


「はっ」


次に前に出たのは深い青い髪を長く伸ばした、なんとも美しい女性だった。アーガイルやアニトラも負けないほど綺麗な女性だが、彼女の身には気品のような物を感じた。決して己を飾ってはいないが、彼女の中の精神の高貴さを見た目が表しているようだった。


「ウォルト・バクルー。この度の王選に指名を頂き参上した。よろしく頼む。」


彼女の声からは深い落ち着きと頼りがいを感じる。間違いなく今出てきた3人のなかでは王になっても安心できる存在だろう。その認識は間違っていなかったようで、周りからもウォルトに賛同する声がちらほら上がっているようだ。


「ありがとうございますウォルト様。貴女様の精霊を紹介して頂けますでしょうか?」


「了解した。オリヴィエ!持って来い!」


彼女に声をかけられた女性は、周りから驚きの声が漏れるほど異質なものだった。棺桶のようなものを背負っている彼女の体には、おびただしい程のピアスが埋め込まれているのだ。彼女は金属音をたてながら壇上に上がり、背負っていた棺桶のようなものを立てて下ろす。


「ウォルト様、これは...?」


「あぁ、すまんな。こちらは私の従者のオリヴィエ・スチルだ。体に付けている金属は彼女の嗜好だ。私は止めていない。そしてこの中に入っているのが私の精霊、フレクシナだ。」


「精霊を棺桶に...?」


隼太はまたも驚かされた。こんな扱いをされている精霊が存在するのか。虐待的ともいえるその行為に、隼太は先ほどの評価を取り消したくなる。


「フレクシナは少しイタズラが過ぎる癖があってな。本来は目隠しをしておけば問題ないのだがこのような場所でなにかあっては困るだろう。保険のようなものだ。理解してくれ。」


そう言い放つ彼女の口調からは温度を感じない、なんとも冷め切った声だった。確かに彼女はしっかりした女性なのかもしれないが、どこか異常性のようなものを感じずにはいられなかった。そして彼女はオリヴィエと共に下がり、挨拶を終わりにした。会場内はなんだか不気味なものを見たような雰囲気に包まれており、先ほど一時和んだ空気は凍てつくように冷たい。


「それでは4人目、ミッシェラ・ペンドルトン様!」


「やっと余の出番か…」


彼女はつまらなそうに足を出し、ゆっくりと前に出る。あいかわらず扇を口の前に置き、表情は目から下しか分からない。他の誰よりも露出の激しい黒のドレスを来ており、その豊満な胸とスラリと伸びた脚から、なんとも言えない色気を放っている。嗜虐的な目つきは、背筋をゾッとさせるが、一部の人間からしたらたまらないものがあるのだろうとも思う。


「余の名はミッシェラ・ペンドルトン。いずれこの国の女王となる者よ。この名前、よく覚えておくと良い。」


ミッシェラはいままでのどの候補者とも違う態度で挨拶をする。この態度を知っていた隼太は今更驚きもしないが、他の面々は非常に困惑している。それも当然だ。こんな挨拶をこの重要な場面で行うなど普通ではない。


「それではミッシェラ様。従者の方を呼び、貴女様の精霊をお見せ下さい。」


「うむ。よかろう。ジャック!姿を現せ!」


なんと彼女は隼太たちがいる列の方ではなく、天井の方を見ながら声をかける。すると...


「ほう。そんな所におったのかジャック。」


突然黒い影が天井から落ちてくる。なんとも奇想天外な出方であった。彼女がジャックと呼ぶその人は恐らく男であろう。女性というにはあまりに似合わない。なぜそのような事すらハッキリ分からないのか。それは全身を真っ黒い服で丸ごと覆っており、顔すらも目しか見えない状態だからだ。なぜだかは分からないが、彼からは今まで出会ったどの人間よりも恐ろしい雰囲気が漂っている。形容しがたい圧倒的な威圧感だ。隼太が彼に対してそんな印象を感じていると突然ーーー


「ミッシェラ様...これはなにかの冗談ですかな?」


突然、ミッシェラとジャックと呼ばれる男の前に、金髪の騎士が一人、剣を出して佇んでいる。今一体何が起きたのだろうか。突然の事すぎて何がなんだかわからない。彼がどのタイミングでここに姿を現したのさえも分からない。


「なんじゃお主...余に剣を向けるなど...簡単に許される事ではないぞ...?」


「それはこちらとて同じ事です、ミッシェラ様。この大犯罪者を従者として宮殿に入れるなど、許される事ではありません。」


2人の間には不穏すぎる空気が流れている。一触即発、といった感じだ。彼はジャックの事を「大犯罪者」と呼んでいたが、果たしてジャックはどんな男なのだろうか。


「フローレンス、ここはよい、剣を治めよ。」


「しかしアダム様、こやつは長い間騎士団が追い続けてきた、ウェルド公国史上最悪の犯罪者。ここで簡単に逃がすわけには...!」


「落ち着け、フローレンス。今この男は国王候補であられるミッシェラ様の従者だ。丁重に扱う必要がある。それに、剣聖であるお前の全力の剣撃をここで打ち込むとなれば、非戦闘民の安全も保証できまい。ここは退け。」


「ほう、お主はなかなか話が分かるではないか。」


一瞬、先頭にまで発展しかけた空気は一旦落ち着き、室内に安堵感が漂う。ミッシェラだけはその影響を全く受けていないように動じない姿勢だ。


「とはいえミッシェラ様、これは簡単に済まされることではありませぬ。この会議が終了したあとに従者の方が騎士団の攻撃を受けたとて、文句は言えませぬぞ?」


「フフフ、アダムお主、思い上がりも程々せんと足元を掬われるぞ?そのようなこと、万が一にも起こりはせぬわ。」


ミッシェラは薄笑いを浮かべ、嘲笑的な目つきでアダムをあざ笑う。その姿には騎士団の面々の怒りを買ってもおかしくはないだろう。


「まぁよろしいでしょう。精霊をお見せ下さい。」


「すでにここに居ろうが。こやつが余の精霊、リブラリアよ。」


隼太の目には信じられない姿が映っていた。その精霊には肉がない...つまり骸骨のような見た目をしているのだ。黒いボロボロの布を身に纏い、片手には本、もう片方の手には巨大な鎌を持っている。言うなれば死神のような見た目だろう。この陣営の面々は全てただ者ではない、危険な匂いがむせかえるほど漂っている。アダムはそれに動じず、次の候補者を呼び上げる。


「それでは次...レティシア・E・マーティン様!」


「はい。」


ついにレティシアの番が来た。彼女はさっきまでの動揺を欠片ほども見せず、一応落ち着いてはいるようだ。美しい金髪をなびかせ、前に歩み出る。


「レティシア・E・マーティンと申します。どうぞよろしくお願いします。」


彼女は今までの誰よりも一般的な挨拶をする。普通ならもっと味付けをするべきかもしれないが、今日のこの場は荒れすぎている。彼女の簡単だがクセの薄い挨拶が逆に効果的になっているのだ。


「それでは従者の方と精霊をお見せ下さい。」


レティシアは静かに頷くと、隼太たちのいる列に向かってこう言った。


「従者ではないけれど...お爺さま、どうかこちらへ。」


「うむ、分かった。」


アロイジウスが席を立ち、静かに壇上へと上がる。今まで登壇した候補者以外の者の中では最も高齢であるアロイジウスはゆったりとした足取りだ。


「知っておる者も多いじゃろうが、儂はアロイジウス・L・マーティンじゃ。で、此奴が儂の精霊のシクリーじゃ。まぁよろしく頼むわい。」


「な〜んかあたしの扱いが雑なんじゃないのぉ〜?」


シクリーは少し不機嫌そうだが、アロイジウスの挨拶はごく簡単なものだった。今までの陣営と打って変わって普通なのがうちの陣営の売りなのだろうか。どうやら先ほどまで不安そうな顔つきをしていた者達もホッとしたような顔をしている。地味といえば地味だが、いまはこれが最善だと言えるだろう。


「ありがとうございましたレティシア様。それでは最後の一人、リアーナ・ケイ様のご紹介に参りたいところなんですが...」


アダムが最後の候補者の紹介をしようとしたが、壇上には5人の候補者しかいない。しかし全候補者は6人のハズだ。


「リアーナ様は体調不良により別室で休養中でございますので、彼女の紹介はまた別の機会に行うとしましょう…それではこれより、此度の王選についての具体的な説明を開始したいとーーー」


「ーーー失礼します!!アダム様!!一大事で御座います!!」


王選についての説明が開始されようとしたその瞬間、部屋の入り口が激しい音を立てて開かれた。


「貴様!今は重要な会議中だぞ!後にせんか!」


「しかし事は重大に御座います!ーーウェリス北部の検問所付近に『終焉』が迫っております!!」


下位の騎士から告げられた「終焉」という謎の存在。この突飛で意味不明な報告が、隼太が異世界に来てから初めて体験する、長く厳しい戦闘の幕開けであったーー

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