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第5話 鉄橋を渡ると涙が始まる

――隼太と少女との問答から丁度2週間が経つ。現在隼太は、彼女に仕える形で生活している。なぜこのような事になってしまったのか。その原因は以前の彼女との話のあとにまで遡る。


*******************************************


「この世界で...生きていく方法を教える...?それって何をすれば良いの??」


「簡単に言えば、俺が自分でなんでも出来るようになるための学習を、満足できるまでできる環境が欲しい...って感じかな。」


隼太が彼女に提示したこの条件は、具体性を欠いているものの、隼太自身が償いには十分足りるだろうと判断した条件だ。要はこの世界についてじっくり勉強できる環境を隼太が満足できるまで保証するという内容である。無論隼太が求める勉学の内容は非常にレベルが高く、身の回りの物全てを完璧にこなすには覚えの早い隼太でも数年かかることは間違いない。その点、少しばかり彼女には迷惑がかかりすぎてしまうだろうが、彼女から言い出したことだ。ありがたく甘えさせてもらう。


「なるほど...ちょっと難しいけど、大体掴めたわ。つまり、あなたはお勉強したいから私の家で身の回りの世話をして欲しいって事ね?」


「まぁ大体そんな感じだな...でも、自分の身の回りの事は、自分でやるよ。そこまで迷惑かけられない。」


「あらそう?...なら家事もお勉強の一環ってことで...うちに仕えてもらおうかしら。」


「...ん?あ、あのーちょっと話が違う方向向いてきてる気がするんですが...」


「うん!そうね!それがいいわ!それなら家事の勉強もできるし、それ以外の勉強はその後たくさんさせてあげればいいもの。それに今召し使いの人手が足りてないから丁度いいし...!」


彼女の耳には隼太の声など聞こえていない様子である。彼女は自分の考えをどんどん進めてしまうタイプのようで、隼太の処遇を勝手に決めてしまった。


「うん。それなら完璧かも。良い案が出てよかったわ!それじゃあ、あなた、明日から早速よろしくね!」


すっかり話に乗り遅れた隼太を振り回し、彼女は部屋を出ようとする。が、彼女は急に振り返り、突然大声をあげる。


「あーーーーーーっ!!!そういえば、あなたの名前聞いてないじゃない!」


「あ、確かに。」


そういえばお互い、名乗りもせずにずっと話を進めていた。彼女が気づかなければ隼太もスルーしてしまっていたかもしれない。


「あーもう、私忘れっぽいのよねぇ...しっかりしなくちゃ。」


彼女は頭を抱えながら、ふぅ、と息を吐いて自分を落ち着かせると、ゆっくりと口を開く。



「私はレティシア。レティシア・E・マーティンよ。これからよろしくね。」



息を呑むほど美しい、彼女の微笑みがそこにはあった。呼吸をすることも忘れてしまう、とはまさにこの事かと思った。とはいえ、いつまでも見とれているわけにはいかない。彼女が先に名乗ったのだから、自分も彼女に名を告げなければならないだろう。。



「俺は大原隼太。こちらこそよろしく、レティシア。」



****************************************



「くっそ...この俺が3回やっても出来ない事がこの世に存在するとは...」


「...あんたなかなか傲慢ね。こんな簡単な事も出来ないの?」


隼太に挑発的な言葉を放つ、赤髪で身長の低いこの女性は、隼太の仕えるマーティン家の先輩メイド、ダリアである。彼女はその小さい体からは想像も出来ないほど働き者で、20代前半でありながらマーティン家のメイド長を務めている。そんな彼女が呆れているのは隼太の窯を使った調理の下手さである。


「こんなに失敗する人、初めて見たわ。あなた、窯に呪われてるんじゃないかしら?」


「そんな話聞いたことないっすよ...もう一回、もう一回だ...!」


「まったく...今日はもう終わりにするわよ。まだ屋敷の掃除が半分も残ってる。料理の方はダリアがやるから、ハヤタは食卓を整えておいて。」


なぜ窯での料理だけはうまく出来ないのだろうか...現代で窯を扱った経験はないにしても、隼太が一つの事で3回以上失敗するのは初めてのことである。ダリアにも嫌みったらしく叱られたし、今のところ、窯に関しては良い印象がない。


「こっち来てからなかなか思うようにいかないな...」


その言葉の通り、異世界に来てからという物、隼太は自分の行動に満足できていない。一言でいうなら、失敗続きである。


「まず何も持たされない状態で異世界転移っておかしいだろ、誰かに召喚されたわけでもないっぽいし...こういうのってなんか特別な能力授けられたりするもんじゃないのか...」


意外と厳しい異世界転移の現実に対する愚痴をこぼしながら歩いているうちに、屋敷の食堂へと到着した。


「しかしまぁ、何回見ても広い屋敷だよなぁ。屋敷だけでも相当だが、庭なんて地平線見えるぞ...」


現代でこれほどの土地を一つの家で持とうとするならば、どれだけの資産があれば良いのだろうか。考えただけでも恐ろしい額になることは明確なので、隼太は考えるのを止める。


「なぁーにをボーッと眺めてるんじゃ?」


「おわぁ!?ビックリした~!!驚かせないで下さいよアロイジウスさん!」


「ほっほっほ、すまんのハヤタくん、どうだ、もう仕事には慣れたかね?」


突然隼太の耳元で囁いたこの老人は、このマーティン家の現家長であるアロイジウス・L・マーティンである。隼太の急な頼みを快く承諾し、ここに滞在することを許してくれたのが彼である。話によればレティシアの両親は二人とも国内でも指折りの治癒魔術師だったらしいが、6年前の戦争時に後方支援として駆り出され、その際に命を落としたという。それにより、レティシアの祖父である、彼がこのマーティン家で最も偉い存在なのだ。


「おかげさまで大抵の事は問題なく...それにしても食堂に来る時間にしては早くないですか?」


「そうかの?おや、本当じゃ。わしの腹の虫がやけにうるさいもんで、もう食事の時間だと勘違いしてしもうたようじゃの!ほっほっほ!」


彼はつくづくどこまでも軽い人だ。そんな彼の明るさに救われた事もあるが今は少し面倒でもある。


「とにかく、テーブルの用意もまだですから、自室でお休みになられては?」


「まぁまぁそんなに冷たくせんでもええじゃないかハヤタくん。精霊を転がして暇を潰すのにも飽きてしもうたわ。」


「精霊に対してそんな口きいて大丈夫なんですか...」


「構わん構わん、精霊なんてそこまで怖いもんでもないわい。」


「――ちょっとぉー、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど?アーロぉー」


いきなりアロイジウスの後ろから声が聞こえた。しかしその声には実像がない。声だけが聞こえるのだ。

初めてならば驚くのは間違いないが、これにももう慣れたもんである。


「ゲッ、おったんかこの小娘。」


「なによぉー、一応あんたよりも長生きなんだけどぉー?それにあたしがいるのなんて当たり前でしょー?」


「精霊に年齢なんてありゃせんじゃろうが。まぁそれもそうじゃが...たまにはどっかで遊んできてもええんじゃぞ?」


「そんなことできたらこんなお爺さん、とっくに見放してるわよぉ。仕方ないじゃなぁい。一応契約なんだもぉん。」


見えない少女らしき声とアロイジウスの会話が続く。彼らはお互いを腐れ縁のように扱っているようであった。だが実はそんな陳腐な関係ではなく、彼らは互いに契約を交わしているのだ。つまりアロイジウスは精霊術士である。精霊術士の存在はこの世界では珍しく、ハッキリとした姿と意思を持つ高位精霊は、この世に88体しか存在していないらしい。人と契約を交わしていない高位精霊も多いようだ。現在ウェルド公国における精霊術士と呼ばれる人物はたったの300人程度、その中でも高位精霊と契約を交わしているのはたったの12人しかいないらしい。アロイジウスと契約した精霊ーシクリーと呼ばれる少女は代々マーティン家に仕えているとのことだ。つまりマーティン家はこのシクリーの力を借りてここまで成長した、といっても過言では無い。


「あのぉー...俺そろそろ仕事に戻ってもいいですかね?」


「おぉ、すまんな、君の事を忘れておったわ。わしのことは気にせず、仕事を続けてくれ。」


「俺忘れられてたのね...ではまた後ほど。失礼します。」


隼太は少し傷ついた気持ちとその短い言葉をその場に残し、食堂の中に入り仕事を始める。だいぶ時間を使ってしまったようだ。急いで終わらせないとまたダリアに叱られるだろう。


「へぇー...あの子、よく見たことなかったけどぉ、けっこう見込みがあるんじゃなぁーい?」


「...ほう、お前が他人を評価するなんて珍しいのう。」


「そんなことないわよぉ-。ただあの子、あたしたち、精霊との親和性が高い...というか、少し高すぎるように見えただけよぉ。」


「ほう、それは意外...高すぎる、とは少し気になるがのぅ。」


扉の向こう、隼太の目の届かぬところで精霊と老人の間にそんな会話が行われていた事を、忙しく働く隼太は知る由もなかった。


*****************************************


「あー美味しかった~!ダリアの料理はいつ食べても美味しいわね!」


「もったいないお言葉です、レティシア様。」


一通り食事をおえたマーティン家の食卓には、この屋敷の顔ぶれが勢揃いしていた。屋敷の主であるアロイジウス、レティシアを初め、この屋敷に仕える隼太を含めた召使いの4人も揃っている。


「おいこら!寝てないで片付けはじめるぞ!」


「んー...眠い...」


そんな気の抜けた会話を交わしているのはカリーナとエラの2人だ。2人ともこのマーティン家でメイドをしている。カリーナは緑の髪をした気の強い姉御肌、といった感じの女性で、隼太は初めて会ったときに「姉さんと呼びな!」といわれて以来、本人の希望に添ってカリーナ姉さん、と呼ぶことになっている。カリーナは女性にしては身長が高く、175cmくらいはあるだろう。一方、エラは隼太よりも少し前にこのマーティン家に来たメイドで、薄紫色の髪を腰ほどまでに長く伸ばしている少女である。そして常に眠たそうにしているのも大きな特徴だろう。仕事している最中は一応起きているようだが、一瞬でも休む時間が与えられればすぐに眠りに落ちてしまう。背はダリアよりも数センチほど大きいようだ。


「エラはいっつもその様子じゃな、全く、わしも面白い子を引き取っちまったもんじゃなぁ!ほっほっほ!」


そんなエラの欠点すらも軽く笑い飛ばすアロイジウスはなんと器の広い男なのだろうか。


「ごめんなさい旦那様...ふぁ~あ。」


「エラ!旦那様の前でそんな態度取ってんじゃないよ!」


「ごめんなさい姉様...眠い...ベッド...」


「ったくしょうが無い子だねぇ...ほら、片付けはウチがやっとくからあんたは迷惑かけないようにその眠気をどうにかしてきな!」


カリーナとエラは隼太がこの屋敷に来てからの2週間、ずっとあの調子である。どうやら面倒見のいいカリーナはエラの事が放っておけないようだ。エラもそのことに甘えている節があるが、カリーナはそういう事には気づかないくらいに鈍感であり、エラにうまいように使われているという見方もできるだろう。


「ったく...わざわざ面倒な選択ばっかするよなぁカーミラ姉さんは。エラのやつにうまく使われてんぞ?」


「そんなことはないよ、ただあの子がちょっとばかり可哀想だったから...」


「そんな考えに至ってる時点で取り込まれてるよ!」


意外と天然なカーミラとの会話はここまでにして、卓上の片付けに取りかかる。


「ねぇハヤタ、この屋敷にはもう慣れたかしら?」


「ああレティシア。なんとかやれてるよ。一応ね。」


「ダリアが影で褒めてたわよ、ハヤタは異様に覚えが早いって。」


「え、マジで?あのダリアが?嘘でしょ」


「人のことを呼び捨てにして陰口を叩くなんて、無能のくせに随分大きな口をきくようになったじゃないのハヤタ。」


レティシアとの会話に割って入ったのは赤い髪が特徴的なダリアである。


「無能の分際でこのあたしを見下すなんて無駄に威勢がいいのねハヤタ。レティシア様に色目を使うのは自由だけど、仕事の最中に気を抜くなんて2流もいいとこだわ。」


「その言葉、そのままそっくりエラのやつに言ってやって欲しいところなんですが...」


「あの子はああいう子だもの。仕方ないわ。あなたは違うでしょう?やるべき事はしっかりこなしなさい。」


「あいつ意外と愛されてんな...言われなくても最初からそのつもりですよ!」


意外と優しいかと思われたダリアの口調からはそのような感情を一切感じない。全く、どこまでも厳しい人である。


「そんなにダリアと仲良しなら大丈夫そうね。お勉強もしっかりしてるらしいし。」


「それに関してもおかげさまで。文字の習得も問題なく。気になってた魔法についても基礎の部分なら大抵分かったかな。」


「大抵って...魔法学ってそんなに単純な学問じゃないハズなんだけど...」


「そうなの?それにしては意外と大丈夫だったな。魔方陣の組み方だって数学的な要素が多いし...」


隼太がまず勉強を始めたのはこの世界特有の言語である。なぜか言葉は理解できるし、文字の形はアルファベットに似ていたので、語学に関しては苦労しなかった。隼太がそれ以外で最初に目を付けたのは魔法学についてだった。魔鉱石屋の親父が言っていたように、この国が魔法発祥であるという話はどうやら事実であるらしい。いくつもの史実に、ウェルド公国の魔術師が何人も結集して魔法の基礎を作り上げたという記述が残っている。その先駆者たちが築いた礎の上に成り立っているのが今の魔法だという。とはいえまだ勉強を始めてから2週間しか経っていない。故にまだ魔法学については基礎的な部分の勉強しかできていない。


「できれば実践的な練習もしたいんだが...」


「あら、隼太は魔術師になりたいの?」


「まぁそこまではいかなくても一通り使えるようにはなりたいかな...」


隼太の性質上、目の前にある未開拓の事柄はなんでもマスターしないと気が済まなくなってしまう。常人ならどれか一つを選んでそれを極めていくものだが、隼太の異様なまでの吸収の早さがその超人的なまでの完璧さを可能にしてしまう。


「魔法...それなら私が教えてあげられるかも...」


「本当に!?でもレティシアって治癒魔術師でしょ?見聞によれば魔法の属性って8種類くらいあったハズじゃ...」


「普通ならできないわよ。でもなんとなーく、すこしだけ出来るのもあるから、それでいいなら教えてあげられるわ。」


「レティシアって意外となんでもできんのね...」


「意外だなんて失礼ね。まぁいいわ、魔法を教える前にハヤタの魔法適正とマナの属性を調べなくっちゃ。他人の魔法属性を調べるのも治癒魔術師なら一応できるもの。」


そう話すレティシアの顔はどこか自慢げである。隼太もまた、彼女の言葉に期待が募らせる。2人のすぐ後ろでは、ダリアが不機嫌そうにこちらを見つめ、アロイジウスとシクリーが言い合いをしていた。そんな彼らには目もくれず、レティシアは隼太の額に触れ、その手の先が白く光りだす。


「じゃあ見るわね...ハヤタの魔法の属性は――」


このあとレティシアの口から告げられる隼太の魔法属性。それがこれからの隼太の人生に大きな影響を及ぼすことになるとは、この場にいた誰も思いもしなかった――






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