第3話 唇よ、熱く君を語れ
――寂れた店の老人の口から出てきた単語は、真剣に捉えるにはあまりに現実味を帯びていないものばかりであった。
「精霊...?魔法...?まぁ異世界モノにはありがちな設定だけど、マジで存在してるのか...」
「何驚いてんだよ兄ちゃん、まさか自分のいる場所だけじゃあなくて、精霊や魔法なんてのもしらねェのか?」
つくづく面倒になことになってきたなァ、と呟きながら、老人はすっかり白くなった頭髪を掻きむしる。
「兄ちゃん、すまねぇが俺もこれ以上は面倒見れねェよ」
「なんだよ、教えてくれたっていいじゃねぇか。俺とジジイの仲じゃねぇの」
「誰がジジイだよ!ったく...しっかりしてんのは見てくれだけじゃあねェか。」
軽口を叩く余裕が出来てきた隼太とは裏腹に、老人の表情は暗く俯き加減であった。
「なんだよジジ...もとい爺さんよ、なんかマズい事でもあるのか?」
「全くオメェは...後ろ、見てみろよ。」
老人に言われた通り、後ろを振り返ってみる。隼太の後ろには、散らかった商品と暗い光を放つ石のような物体が天井からぶら下がっているだけの、寂れた店内の様子が広がっているだけであった。
「...なんにもないように見えるが?」
「そうじゃあねェよ...ほら、もっと奥、店の入り口の方だよ」
隼太は言われた通り、店の入り口に目を移す。そこには2,3人ほどの人影が見える。
「なるほど...客が来たって事か。」
「あァそうだ。だからもうオメェに時間は使えねぇってなワケだな。」
「...わざわざこんな店に来なくてももっと良い店ありそうだけどな。」
「オメェさっきからマジで失礼だな!?」
老人は顔を真っ赤にして怒号をあげる。
「ま、意外にも客が入るって事が分かって安心したよ。爺さんには短い間だけど世話になったな。」
「んだよ、気持ち悪ィなァ。俺とオメェの仲なんだろォ?それに、なにも大層なことはしちゃいねェよ。」
若干キレ気味な老人だが、本心から隼太を邪魔者扱いしているわけではないらしい。
「それでも少しは助かった。これ以上は自分でどうにかするさ。」
「少しってなァ余計だが、まァいいだろ。」
店の客を待たせる訳にもいかないので、隼太は店を出ることにする。それじゃ、と老人に一言だけ残して店を立ち去ろうとしたとき、
「オイ兄ちゃん、これ持ってけ」
という声と一緒に、老人は赤い石のようなものを隼太に投げつけた。隼太はそれをサラッとキャッチし、
「おい爺さん、いくら俺が邪魔だったからって石投げつけるこたねぇだろ!」
「違うわ!ばかもん、そいつァ火の魔鉱石だよ。まァ護身用にでも持っとけ。要らねェならそこら辺で金に換えたっていいだろうがよ」
「な...」
隼太は突然老人から投げつけられた厚意に言葉を失う。突然右も左も分からない所に連れてこられて、初めて会話の相手になってくれたのはこの老人であった。自覚はなくとも不安でいっぱいだった隼太の心を、その雑でやかましい声が誤魔化してくれていたらしい。
ふいに目頭が熱くなるが、そのような姿をこの老人に見せてしまったら、一生恥ずかしくてこのことを思い出したくなくなるだろう。老人の厚意に密かに感謝しながら、今度こそ店を後にする。
「じゃあな爺さん、金が出来たら少しくらいこの店でつかってやるよ。」
「...なんとも頭にくる言いぐさだが、まァいいか。ウチは魔鉱石の店だかんなァ。必要になれば贔屓にしてくれや。」
「あぁ。約束するよ。...んじゃまたな。」
「あァ。うまくやれよ、兄ちゃん。」
その老人の言葉を最後に、隼太は足早に店を去った。
店をでてしばらくしたあと、隼太はまた大通りの方へと歩みを進める。
「そういや、あの爺さんの名前、聞くの忘れてたな...」
まぁまたいつか様子でも見にいってやるか、とそんな事を考えながら整った石畳のうえを歩いている時のことであった。
「―――危ない!!!」
「なっ...」
その男の声が聞こえた次の瞬間、隼太の体をものすごい衝撃が襲う。鼻の奥には血のにおいが色濃く漂い、視界は白く点滅する。喉に焼けるほど熱いものを感じ、口から血を吐いて吹っ飛ぶ。自分の身に何が起きたのかまるで分からなかった。声を出すより前に意識が揺らいでいく。
「おい!大丈夫かあんた!クソッ...こりゃ重傷だな...」
隼太を吹き飛ばした物に関係しているであろう男は、焦りと自責の念で押しつぶされそうな声を出しながら隼太に駆け寄る。なんとか意識は保てているらしく、かろうじて回る首を衝撃の方向に向ける。そこには馬車のような乗り物があったが、牽いているのは馬とは全く別の生き物であった。
「――何なの!?今の衝撃は!...って、あなた!これはどういうこと!?」
――隼太はそれを見た瞬間、自分の身に受けたのと同等、いやそれ以上の衝撃を受けたように感じた。車の中から降りてきたその人から発せられる声は、聞くだけでそれ以外の感覚を忘れさせるほど美しく、隼太をのぞき込む顔すらも、この世の物とは思えないほど綺麗であり、元の世界をどれだけ旅してもこれほど美しい人には出会えないだろうとすら思ってしまう。特徴的な金色の髪は昼下がりの日差しにまぶしいほど輝いている。日の光すら彼女に触れる事を嬉しく思っているかのようだった。
「すごい怪我...なんでこんな事に...」
「申し訳ありません、レティシア様...すべて私の責任でございます。」
「そんな...でも早く治療を始めないと、この人取り返しがつかなくなるーーー」
周りの悲鳴と焦る2つの声、それもだんだん遠くなっていく。急すぎることではあるが、すでに隼太の中には死ぬ覚悟ができていた。レティシア、と呼ばれていたあまりにも美しい少女の手は、淡い光を放っているように見えた。
「絶対、死なせたりなんかしない...!」
鼓膜を振るわすその声からは、少女の確固たる決意が感じ取れる。
「焦ってる顔も...綺麗だな...」
――それがこの日、大原隼太が見た最後の景色であり、最後に放った言葉であった。