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第24話 出航は今

「リアーナさん、これってどこに置けばいいんだっけ?」


「あぁ、それは奥の第二倉庫に積んでおいてくれるかい。…あ、シクリーちゃん、そこは危ないから離れた方がいいよ。」


海底都市へ向かうための潜水艇に荷物の積み込み作業を始めてから3時間。作業に飽きて探検を始めるシクリーをリアーナが注意したのと同時にほとんどの荷物が積み終わり、いよいよ出航の日が近づいてきた。


あの夜、リアーナの『航路はウチの頭の中にある』という言葉を聞いて驚いたが、その後何度問い詰めても書き記された海図等はなく、その航路を知る者が直接案内するという方法でしか安全に到着する事はできないらしい。後にアロイジウスやレティシアも含めて説明があり、それに合意する形となった。


「しかし何度見ても信じられないな。こんな物がこの世界の技術レベルで作れるとは。」


「まぁウチの家は代々ミレーの元締めをしてた家系だからね、これくらいの機材は持ってて当然さ。それにこの街は人が多いから腕の立つ技術者も多い。国に隠れて秘密裏に作ったんだよ。」


隼太たちの目の前にある金属の塊は、隼太が元いた世界ほどではないが、一目見ただけで潜水艇だと分かる見た目をしている。重厚な金属の板を、リベットのようなもので接着してある。リアーナがドヤ顔で自慢してくるのも納得だ。どうやって深海の水圧に耐えているのかは分からないが、恐らく魔法の力で補強しているのだろう。


「リアーナ嬢、荷物の積み込みは終わったよ。後は細かい点検を済ませればいつでも出発できる。」


「ありがとうユニ。お前たちにまで手を借りて済まないね。」


船の中から姿を見せたのは、リアーナが最も信頼を寄せる音楽集団、通称『凪の楽団』のメンバーであるユニという名の男だ。その爽やかな顔立ちで、黒い髪をオールバックにセットした細身の男は、隼太のいた世界でいうところのギターのような弦楽器を使用するらしい。


「彼らもミレーに同行するのか?」


「あぁ。でも今回同行するのは『凪』のフルメンバーじゃないよ。同行するのはユニ、サテナ、ヌドゥエの三人だけだ。本来なら6人組なんだが、今はそれぞれが忙しいみたいだし、さすがに全員を連れて行くのは申し訳ないからね。」


サテナというのは、潜水艇の端で何かジュースのような物を飲んでいる黒髪ツインテールの小柄な少女。楽団でのパートは笛を担当しているらしい。ヌドゥエは髪をドレッドに束ねた肌の黒い男性で、今はアロイジウスらと会話をしているようだ。ユニよりも低い音域の弦楽器を使うらしい。


「なるほどな…あんたはボディガードとかは付けないのか?」


「何言ってんだ、ミレーは私の庭さ。それにいざとなったら楽団の連中が助けてくれる。そのために同行してもらってるのさ。」


どうやら『凪』の面々はある程度の戦闘能力を有しているらしく、ボディーガードがわりに同行させるらしい。


「我々では心配かな?レティシア様の従者くん。」


「いえ、リアーナさんがこんなに信頼してるんだ。心配はないですよ。」


「そう言ってくれると嬉しいね。互いに自らの主を守る者同士、協力できることを信じているよ。」


「えぇ。こちらこそ。」


隼太とユニは笑顔の裏に互いへの牽制を込めた言葉を交わし、固い握手をした。ユニの手はこの時代の男のものにしては柔らかく、音楽一本で生活をしていることが実感できた。しかし彼が実際に武器を携帯しているのを見たことがないため、本当にリアーナのボディーガードが務まるのかという一抹の不安は残る。


「今は相手陣営の心配をしている暇はないな...ロッタよりも早くノロメナスルの涙を手に入れる。それがミレーでの最優先事項だ。」


余計な心配事をやめ、ミレーで成すべきことを再確認する。いざ海底都市に向かうことを自覚すると、自分の起こしたトラブルに主を巻き込んでしまったことへの罪悪感が胸に突き刺さる。今は王選の真っ最中だ。本来ならこんなことをしている場合ではない。もしかしたら今回の件が後々レティシアにとって不利に働くような事があればどうしよう。そんな思いばかりが頭を巡り、自分を責めない時はない。


「ハヤタ、大丈夫?なんだか暗い顔してるけど。」


「レティシア…」


考え事をしている隼太の視界に、鮮やかな黄金色の髪を揺らしたレティシアが入り込んできた。未だに覗き込まれるように目を合わせられると少し照れて目を逸らしそうになってしまう。


「……今こんな事を言っても仕方ないし、多分君は何とも思っていないだろうけど…この大事な時期にこんな事に巻き込んでしまってごめん。本当は自分一人でなんとかしなきゃいけないのに。」


「え?…ふふっ、なんだ、そんな事考えてたの?」


隼太がレティシアに頭を下げると、彼女は驚いたようにふふっと笑った。


「……私ね、たまにハヤタの事が心配になるんだ。一人でなんでも解決したがるところ…」


「………」


「まぁ実際解決できる事がほとんどなんだろうけど、それでもやっぱり人は一人じゃどうにもならない事ってあるよ。今回のことだってそうだよ。私は今は王様を目指してる最中だけど、やっぱり身の回りにいる人の事は一番大切にしていたい。だからハヤタの為なら私もお爺様も、嫌だとか思ったりしないよ。」


「レティシア…君のそういう言葉に助けられているから俺は頑張っていられるんだと思う。ありがとう。」


「えへへ…そんな改まってお礼なんか言わなくなっていいよ!それにお互い様だもん!みんなが私にしてくれたこと、私もちゃんとお返ししないとね!」


美しい髪を揺らしながら、少し照れたように笑う彼女の笑顔に何度助けられた事か。言葉にして伝えはしても、やはりその感謝の全て伝えきれない。


「よし…いつまでもこんな調子じゃこの先うまくいかないぞ。さっぱり切り替えて目的に集中しよう。」


レティシアとの会話のおかげでミレーで為すべきことを再確認できた。ずっと抱えていた杞憂も少しは楽になり、良い精神状態で目的地に向かうことができる気がする。この先に待ち構えている危機も、きっと乗り越えてみせると決意を固めた。


**************


それから3日が経ち、ついにミレーへの出航日を迎えた。


「ついにこの日が来たか…必ずロッタよりも先にノロメナスルの涙を手に入れて、元いた屋敷に戻るぞ。」


隼太の決心は固く、目的のために全力を尽くすという気力で一杯だ。服を着替え、髪を整え、身の回りの支度を済ませる。グロースとも軽く会話し、動作や連携に支障が無いことを確認する。まぁグロースに関しては自分の精神そのものなので、自分のコンディションが良ければ思った通りの動きを見せてくれるのは分かっているが。


深く深呼吸をして宿の自室を出る。既にレティシアやアロイジウスは身支度を済ませて広間で最後の確認作業を行なっていた。


「おはようハヤタ。昨日はしっかり眠れた?」


「おはようレティシア。うん、問題ないよ。…ついに今日だね。目的を果たすために全力を尽くすという気持ちに変わりはないから大丈夫。」


「なら良かった。用事をぱぱっと済ませて、早くいつもの家に戻れるように頑張ろう!」


レティシア陣営は今一度全員の気持ちを再確認し、ミレーに向かう潜水艇へと向かった。


*************************


「やぁ、昨日はよく眠れたかい?」


潜水艇の止まっている港に着くと、『凪』のユニが声をかけてきた。


「パーシィは夜でも気温が高いからね。首都から来た方からしたら寝苦しいかもしれない。」


「お気遣い頂きありがとうございます。もうこちらの気候にも慣れましたのでしっかり休めました。今日の航海に影響が出るといけませんしね。」


軽く言葉を交わし、互いに今日の航海に対する準備が整っている事を確かめる。


「もうすぐ船を出すから、皆さんも早めに潜水艇に集まっておいてね。じゃあ僕はこれで。船の最終チェックを手伝わないと。」


ユニはそう言って手を振りながら潜水艇へと向かった。


「そろそろ俺たちも行くか...そういえばロッタ様はどこにいるんだ?」


「...あら、存外勘が悪いのね。」


「うわぁ!?」


隼太がロッタの居場所を気にかけた瞬間に、耳元でロッタの声が聞こえた。


「い、いつの間に...」


「『うわぁ』だなんて失礼な反応。中からこんがり焼いてしまいましょうか。」


いきなりの登場と、いざとなればいつでも実行できる脅しに隼太を含めた全員の顔が引きつる。


「フフフ、冗談です。さぁ早く船に向かいましょう。この航海を経てミレーに到着してからが本番なのだから。」


「えぇもちろん...」


ロッタの言葉の通りだ。この航海はただの移動に過ぎない。海の底へと向かい、着いたあとでは『ノロメナスルの漿液』を巡って争わねばならないのだから。


「さっと行って帰って来ましょう。海の底は潮臭くてたまらないでしょうしね。」


「どうなんですかね...でも、すぐに帰るつもりでいるのはこちらも同じです。」


互いの目を見つめ、その覚悟ができている事を確認する。


「...この場にいても仕方ありますまい。のうハヤタくん。ロッタ殿も到着された事だし、そろそろ船に向かうとしましょうぞ。」


「そうですね。よし、じゃあ行くか!」


ユニとロッタと話したことで、これから航海に行く覚悟がより固まった。隼太は、この航海を含め、ミレーへ向かう道のりは生半可な旅ではないだろうが、こうして助けてくれる主のためにも、絶対に無事に全員で屋敷に帰るという気持ちを強く抱いた。


そうして、ロッタを含め、隼太、レティシア、アロイジウス、シクリーの5人は、リアーナの待つ潜水艇へと向かった。










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