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第2話 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥

「――とりあえず今起きたことを整理してみるか...」


隼太は先ほどまで混乱の渦のなかにあった思考回路をいったん掬い上げ、精神を落ち着かせてもう一度考え直してみることにする。何度思い返しても目を疑う出来事ではあるが、実際に自分の身に起きた事だ。いまわかっている事だけでも詰めていく必要があるだろう。


「とりあえず前提として、ここは元いた世界とは全く別の世界...であることに間違いはないだろう。」


隼太の目の前に広がるその世界は、今まで過ごしてきた環境とはあまりに違いすぎていた。先ほどまで家の中に繋がっていた扉も、外に出ていったん閉じてしまえばこの町によく馴染む、中世ヨーロッパ風の建物に変わってしまっていた。どうやら元の世界に戻る方法は、今のところ手元には無いらしい。朝起きて、出かける支度を済ませ、やっとの思いで玄関の扉を開けたら繋がっていた先は異世界でした...なんて話、物語なら何とも典型的な入り口だろうが、いざ自分の身に起きたのだから、冗談では済まない事態である。


「今の俺、客観的にみたら相当ヤバイ状況じゃないか...?視覚的に得られない情報は聞き込みをして回るのが一番手っ取り早いだろうが、怪しいものを見るような目で対応されることは容易に想像がつく...」


さすがに単身で異国に旅をしにきた外国人でも、現地の人間に「ここはなんという国だ?」と尋ねる者はまずいないだろう。それくらい知識として知っていて当然であり、そんなことをわざわざ人に訪ねるなど、普通では考えられない。とはいえ、隼太がいま置かれている状況は、そのような平時ではあり得ないような行動を起こさなければ、到底打開することは不可能だろう。


「一応学校に行く準備だけは出来ているから、最低限身の回りの物は持ち出せている...とはいえ、電波なんて物はないからスマホはほぼ使い物にならないし、服は制服、靴は普通のスニーカー、教科書と筆箱、財布、その他諸々の入ったスクールバッグ...どこから見てもこっちの文化には全く馴染めていないな...」


元の世界では見ただけで学生だと認識できるであろうこの格好も、こちらの世界では、綺麗に整った上等なな服を着て、革ではない謎の素材で出来た靴を履いた怪しい美青年だとしか思われないだろう。元の世界では身分を証明する上で大きな利点であった自身の見た目も、今の状況では良くも悪くも目立ってしまうはずである。そんな見かけで変なことばかり聞き回るような事をしたら、最悪の場合は衛兵でも呼ばれてあっさり終了...なんてことは考えたくもないが、一つの可能性としてはあり得なくもない。


「クソッ...分かってたことだがなかなかキツい状況だな...こういう、元の世界から異世界に突然転移させられる話はよく見るが、大抵なんらかの能力とか与えられたりするもんだろ...」


自分の知っているいわゆる「異世界転移モノ」の多くでは、自分をこの世界に転移させた者がおり、その者が自分に何らかの特殊能力を授けてくれる展開がよくあった。しかし今の自分はどうだ。そのような展開は一切なく、本当の意味で突然転移させられてしまったのだ。


「でもまぁ、こちらでもある程度の富裕層であれば綺麗な洋服の一つや二つ着るだろうし、白い靴...は見かけないがいつの時代も金持ちのセンスは一般層に理解されないだろうから、まぁある程度は大丈夫なハズ。何も知らされないままに家を飛び出してきたどこかの貴族の息子...とでも名乗っておけば見かけで怪しまれる事はないはず。それに、少しは話も聞き出しやすくなるだろう。」


普通、そんな立場で護衛の一人もつけずに歩いていようものなら、ならず者に襲われる心配はするべきであろう。しかし、隼太は自分の実力を客観的に考えた結果、ろくな訓練も受けていない盗賊くらいなら、3~5人くらいなんとかなるだろうと見ている。


そうと決まれば早速行動に移そう。決断が早いのも数多い自分の美点の一つであると隼太は思っている。元々家であったハズの建物を後にし、人の多い通りを歩きながら考えることにする。


「とりあえず知りたいことが多すぎる。通りを歩く人は皆忙しそうだな...これではゆっくり話を聞くのは難しいだろう...となれば」


その冷静な表情とは裏腹に、隼太は比較的良く出来ているハズの頭をすり切れるほどに回す。整った顔を支える長身は、こちらの世界でも群衆の中から辺りを見回すのに苦労しない程度には役に立つらしい。途中、横を通り抜ける獣人の耳が丁度首筋に当たり、くすぐったい思いはしたが。


「そろそろメインの通りから外れてきたかな...となればそろそろ忙しそうにしている店も減ってくるというもの......おっと」


隼太の目に入ってきた道は、意識して周りを見ていないと気づかず通り過ぎてしまうかもしれないほど細く、適度に寂れているようであった。道を囲む建物の壁には苔が生い茂っており、手入れの行き届いた中央の通りとは全く別の雰囲気を漂わせている。


「ここがいいか...こういうところならじっくり話を聞かせてくれるだけの余裕(暇)のある店も多いハズ。」


大通りを後にし、人通りの少ない道を歩く。日当たりが悪く、昼間でも薄暗いその道は、普通なら立ち入ることも躊躇するだろう。こんなところに長くいては、盗賊なんぞに出くわす機会も増えるかもしれない。そう簡単にやられるほどやわではないが、なんにせよ、早くどこか店に入る必要があるだろう。人通りが少ないとなかなかまともな店に出会えないが、200メートルほど進んだ先に、看板の出ている小さな店を見つけた。この機会を逃すわけにはいかないと、隼太は早歩きで店の中に入る。


「突然すまない、この店の店主はいるだろうか?」


貴族の息子という設定を通すため、丁寧にそして少し大きめの態度で呼びかける。ぱっと見、人の気配を感じない店内だが、看板がでているので一応営業はしているはずであろう。店内には雑貨のようなものがだいぶ散らかった様子で置かれている。用途は不明だが、宝石のような石が埋め込まれているものが多く見受けられる。


「おォ?なんだァ兄ちゃん、うちの店になんか用か?」


薄暗い店の奥から出てきたのは、髭面で強面の、背の低い老人であった。


「この都でうちに目ぇ付けるたァ、兄ちゃん、オメェもなかなか見る目があるじゃあねぇか!ハッハッハ!」


一目見てはどうみても善良な市民、とは言いがたいその老人は、見た目からは想像もつかないほど陽気な態度であり、意外とまともそうで助かったと同時に、どうやら必要以上に長居させられそうな予感がする。その店主と思わしき老人は、相手の身なりなどは全く気にしていないようなので、隼太は作った口調を早々にやめることにした。


「あ、あぁ...しかし裏切るようで申し訳ないんだけど、俺は別に買い物するためにここに来たんじゃないんだ。手間をとらせてすまないが、いくつか聞きたいことがあってな」


「あァ?んだよぉ兄ちゃん、オメェ客じゃあねぇのかぁ??チッ、期待して損したぜ。そんな身なりしてんなら相当金持ってるだろうと思ってたのによぉ」


意外にも、その老人は相手の事を一応観察くらいはしているらしい。商売人なら当然と言えば当然であるが、まったくそのようなそぶりを感じさせない態度である。


「客じゃあねぇならさっさと帰れ、と言いたい所ではあるが...まぁ、不本意だけどよォ、俺も今暇してっからなぁ...多少なら話、聞いてやろうじゃあねぇか」


表情こそ不機嫌そうにしているが、老人は早く早く、と話を催促してくる。やはり人の少ない店ならば、退屈しのぎに話を聞いてくれるだろうと思ったのはあながち間違いではなかったらしい。これが人でごった返す、大通りの人気店であるならば、さっさと追い返されて終わりだっただろう。


「まぁ聞きたいことは多すぎるほどあるんだけど、まずは一つ.........ここは、どこだ?」


隼太が思い切って口にした質問の後、店内にはしばしの沈黙が流れる。老人はじっとこちらを見つめ、その表情は固く動かない。緊張感に額から汗がしみ出る。この無言の時はどれくらいであっただろう。一瞬のことであった気もするし、数十分にも感じられた。そしてその沈黙は、老人の口から漏れ出た吐息によって破られる。


「フッ...フハハハハ!!ハッハッハ!おいおい兄ちゃん、いい年して迷子なのかよォ!こりゃあ傑作なんてもんじゃあねぇぞォ!」


腹をかかえて笑い転げる老人の姿に、覚悟していたとはいえ、隼太は強い羞恥心を感じずにはいられない。


「まぁ初めから予想はついてたが...おい爺さん!さすがに笑いすぎだろ!」


「あ~すまん、すまんな、あまりに兄ちゃんの質問が突飛だったもんでよォ。まさかこんなこと聞かれるとは想像もしてなかったぜ。」


何事も完璧にこなしたいと常に思う隼太が、冗談以外で他人に笑われるなど、本来あってはならないことだろう。そんなことを欠片ほども知らない老人は一通り笑い尽くした様子で、やっと落ち着きを取り戻す。


「いやはや、初めて会った野郎にここまで笑わせられたのは久しぶりだなァ。客じゃあねぇ奴の相手なんて、ほんとはしたかぁねぇけどよォ、気分は悪かねぇ。質問には答えてやるよ。」


「ハァ...全く、何も情報が手元にないってのはキツすぎるだろ...」


悲嘆そうに肩を落とす隼太とは打って変わって、老人の方は一旦悪くなりかけた機嫌を直したらしく、隼太に構わず早速話を始める。


「まず一つ確認なんだが、オメェが知りたがってる場所ってのはよォ、この店がこの都のどの辺りにあるかってぇ事だろ?」


「いや、まぁそれも知っておきたい所ではあるが、もっとでかい範囲でだよ。ここはなんて国なんだ?」


「オイオイオイ、兄ちゃん、そんなことも知らねぇたぁ一体どんな生活してきたんだ!?見るからにオメェ、平民の出じゃあねぇだろ?平民がそんな立派な服着てこんなとこ歩き回るワケがねぇしよォ。」


冷静さを取り戻した老人は、一応それなりに頭が回るようではあったが、困惑は隠せていないようである。


「一流の貴族...ってわけじゃあねぇにしても、そこそこ良い家の出身なハズだぜ。それでいてその程度の教育も受けちゃいねぇたぁどういうことなんだか...親の顔が見てみたいってなもんだなぁ...まぁその話は一旦置いとくか。」


「その辺りの説明は時間がかかるだろうからまた今度な。それで、本題の質問のほうなんだが...」


「まぁまぁ焦るなって。兄ちゃん、そんなに生き急いでたら早死にすんぞ?咲いた花ってなぁ後は枯れるだけだかんよォ!ハッハッハ!」


老人はヘラヘラとした態度で答えを急ぐ隼太を抑える。


「焦らなくてもそれくらい教えてやるよ。兄ちゃんがあまりに常識がねぇもんでかわいそうだからな!ハッハッハ!」


老人は依然、軽い態度は崩さないものの、その表情には少しだけ、誇らしげな色が差したように思えた。


「いいかァ?耳かっぽじってよく聞けよォ?ここはなァ.......」


自国の名を出そうとする老人の口元には、わずかな笑みが添えられている。自慢気なその顔から出てくる言葉は、隼太がもっとも嫌悪する、自身の恥を犠牲に得た答えだ。一語一句聞き逃すまいと、老人の答えに耳を澄ませる。そんな隼太の様子を見て、満足げな老人が、待ちに待った答えを口にする。


「――ここはウェルド公国。精霊との盟約に守られた、魔法発祥の大国だよ」







最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。文字数の割に進行がやや遅めかと思いますが、初心者ですので、どうかご慈愛下さいませ。ではこれからも、椎名葉司と本作品をどうぞよろしくお願い致します。(よろしければ感想などのご意見をお寄せ頂けると幸いです!作品制作のモチベーション向上に繋がります故…)

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