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第19話 さようならの海



「オイオイオイ……冗談じゃないぞ……!!」


ーこれが信じられるだろうか。目の前に映る形容し難い惨状とは対照的に、脳内の色は真っ白に染まる。


広大な敷地の奥に建っている、マーティン家の屋敷から大量の黒煙と、この距離でも熱を感じそうなほど激しい炎が上がっているのだ。


隼太はハッとして、仕方なく案内していたロッタの事も忘れ、全力で屋敷に走る。


なぜ、こんな事になっているのか。

家の中にいる者は無事なのか。

レティシアは無事なのか。

色々な思考が頭を駆け巡るが、判断に足る材料がない。


パニックを起こした頭のままに駆ける足はいつもより速く動くが、近づけば近づくほど肌に当たる熱は温度を増していく。


「くそ…まずは何をすれば…!! レティシア!!アロイジウスさん!! ダリアさん!!カリーナ姉さん!!エラ!!リン!!みんな居るか!?」



…返事はない。



「消防車…はないか…! 中に入ろうにもここまで火が激しいんじゃ無理だ…!仕方ない、グロース!」


長い間自分の中に入れていた精霊を久々に解き放つ。火とは相性の悪そうな見た目だが、物理的には特に影響がないらしい。


「グロース、すぐに俺の服を防火服に成長させてくれ!」


『了解しました。』


静かで落ち着いた声で返事をする精霊は、眩しく光る右手を隼太の執事服に当てようとする。だがその時--


「お待ちなさい。」


「…は?」


焦る隼太に、澄ました顔のロッタが割って入った。


「なぜ!まだ今なら間に合うかもしれないだろ!」


「貴方、少し落ち着いた方が良くってよ。少し周りを見てみなさい。」


「周り…?」


その言葉に従い、周りを見渡してみる。しかし何も変わった事はない。ただ屋敷が激しく燃えている事だけを除けば。


「何が!どういう事なんだよ!」


「分からないのかしら?こんな屋敷が、こんなに激しく燃えているのに野次馬どころか、騒ぎ立てている者の一人もいない。火は見えずとも煙が上がっていれば多少は目を向けるはずです。」


「………」


「どうやら貴方は魔法があまり上手ではないのね。でもこれくらいは見分けられるようにならないと、この先苦労しますよ?」


ロッタは隼太を嘲るように目を細めて口角を上げた。次の瞬間、彼女の周りからバチバチと激しい音が鳴り始めた。


「うおっ、この音…!」


魔鉱石屋の中で聞こえた音と同じだ。やはり彼女が得意とするという雷属性の魔法の音か。


「…とはいえこれはかなり質の良い『幻』だこと。確かにある程度の魔術師でなけば見分けが付かなくても仕方ないかもしれませんね。」


ロッタは独り言のようにそう呟くと、自らの右手を屋敷に向けた。


「耳を塞いでおきなさい?きっと貴方にはうるさいでしょうから。」


彼女の腕には、既に目に見える程の電気が走っている。なにが起こるのかは分からないが、言われるがままに耳を塞ぐ。すると一瞬、物凄い光と塞いでいても耳を貫くような轟音が隼太を襲った。


「っ……お、おぉ!?」


驚いた。眩しさに塞いだ目を静かに開けると、なんて事のないいつも通りの屋敷がそこにあったのだ。


「ど、どういう事だ…!?」


「『幻魔法』。希少な属性ですね。それも風景や他人の感覚そのものまで惑わすとは、かなりの使い手。」


「幻魔法…!?なるほど、あの風景は魔法だったのか。でも幻属性の魔法を使える奴なんてうちに居たか…?それとも外部からの敵襲…!?」


「それは中に入れば分かる事です。さぁ出ていらっしゃい!客人を出迎えもしないほど無礼な家ではないでしょう!」


ロッタが屋敷の玄関に向かって叫ぶと、不穏な空気など一切感じさせないほど静かに扉が開いたかと思えば、紫のくせっ毛がひょっこり隙間から出てきた。


「…エラ!?」


「あらまぁ。可愛いお嬢さんね。貴女がこの魔法を使った術士かしら?」


「ふわあぁ…えぇ、まぁそんなとこです…んん、なんだかまた眠くなってきた…先ほどは大変失礼いたしました…とりあえず中へどうぞ…ふわあぁ…」


欠伸混じりで目元を擦りながら、エラが気だるそうにロッタを中へと案内する。


「助かるわ。ほら、ぼうっとしていないで貴方も中に入りましょう?」


「あ、はい…」


正直、隼太には何が起きているのか未だに理解できていない。火災の件は魔法が原因だと分かったが、それを使ったのがマーティン家のメイドのエラだったとは。それにロッタはエラの事を術士だと呼んでいた。エラがあの魔法を使ったなんて信じられない…


そんなことを考えながらロッタに続いて屋敷に入ると、玄関の正面でダリアとカリーナが深々と頭を下げていた。


「ようこそお越しいただきました、ロッタ・T・アーチボルト様。先ほどのご無礼、なんとお詫びすれば良いか…」


「ふふふ、気にしないで頂戴。急に押し掛けたのは此方の方なのですから。それに久しぶりに良いものを見させてもらいましたしね。」


にこやかな顔のロッタだが、なんだかそれが逆に不気味だ。


「それはそうと家主さんは?不在なのかしら。」


2人の謝罪を軽く流し、ロッタが屋敷の中を見回すと、玄関の奥の正面の扉が開き、アロイジウスとレティシアが出てきた。


「ほほほ、これはこれはロッタ殿。こんなボロ屋敷にわざわざ足を運んで頂けるとは!」


「嫌ですわ、アロイジウス様。貴方ほどの精霊術師様が私なんかにそのような言葉遣いをなさらないで下さい。」


「ほっほっほ、国家指定魔術師ともあろうお方に無礼を働く事はできませんからな。それで、本日はどのようなご用件で?」


「ふふ、お話が早いですわね。大した事ではないのですが、ご報告が御座いまして。」


「ほう、何ですかな?」


「私、こちらの執事を貰う事にしましたの。」


空気が一気に凍りつく。


「…え?ハヤタ、どういう事?」


「え、いやその、俺は…」


「貴方は黙っていなさい。これは既に私が決めた事なのです。だからご報告。」


「掴みにしては多少笑えぬ冗談ですなロッタ殿。彼は私どもの優秀な仲間でしてな。そう易々と決めて良いものではありますまい。」


「もうご相談の余地はありませんのよアロイジウス様。………いや、えぇ。そうですね。私も鬼では御座いません。なら彼を賭けて一つ勝負でも如何ですか?」


「勝負、ですかな?」


「えぇ。ですが純粋な戦闘ともなればここにいる方々を行動不能にするのはいささか簡単すぎます。なので別のルールを。」


「なるほど、彼をやるつもりはありませんがとりあえずお聞きしましょう。」


「…舞台は『海底都市ミレー』。そこにあると言われている伝説の魔術漿液『ノロメナスルの涙』を先に手に入れた方の勝ち。このようなルールで如何でしょうか?」


「………もう一度聞きますが、今ここで貴女から彼を取り返すなら、抵抗なさるのですかな?」


「ええもちろん。本来ならもう彼は私の所有物です。それを奪うならば私は魔力の限りを持ってお相手致します。」


「………なるほど、分かりました。受けましょう、その勝負。」


「アロイジウスさん!」


「いいんじゃハヤタくん。ワシは一度仲間となった者を蔑ろにするようなマネはせん。」


アロイジウスの眉間にはシワが寄り、いつもにこやかな口角は下に向いている。口調にこそ出てはいないが、静かな怒りを抱いているのはよく分かる。


「受けて頂けるならありがたいですわ。それに、私ずっと前から海底都市に言ってみたかったの。」


ロッタは嬉しそうに笑うと、


「出発は1週間後とします。それまで彼の身柄はお返し致します。お別れの挨拶はその間に。」


それを告げると一礼して、


「日も低くなって来ましたね。それでは私は失礼します。一週間後、素敵な旅になりそうですね。」


そう言うと、ロッタは静かに微笑み、全身の雷と共に去っていった。


今回ちょっと短めです。実は私自身もこれから先どうなるかハッキリとは分かってないです(笑)

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