第18話 大停電の夜に
――例の騒動から約2ヶ月ほどの時間が経過した。
その間にも世間の情勢は激しい動きがあった。
その中でも最も大きい事件は、長年国を治めてきた公爵家の当代、パージヴァル・ウィンストン氏の死だろう。国民の動揺がある程度治まり、街がやっと復興に向おうとしたタイミングで、ウェルド公国を長年治めてきた公爵家の血が途絶えたことが世に発表され、その時に公爵に変わる新たな王を定める選挙が行われる事も公にされた。
無論民衆は驚き、国の将来に大きな不安を抱くこととなった。中には革命を起こし、国を自らの手で治めるための良い機会だと捉え、民による小規模なクーデターが起こった町もあるらしい。民衆が結託し、力を強めたことにより各都市の警備は強化され、隼太達が暮らすマーティン家が建つ町でも走り回る衛兵の姿を頻繁に見かけるようになった。もともと自治色の強い南部の町、パーシィを除くほとんどの町では以前に比べて緊張感が増したという話をよく聞く。
あの時一同に介していた王選の候補者達は元々自分達のいた町に戻り、選挙に向けた活動を本格的に開始した。中には従者を無くした陣営もあるらしいが、未だその探し人は見つからないらしい。大罪人と称されるジャック・リーパーの行方も警戒視されているが、手がかりすら見つかっていないようだ。ミッシェラの元にもあれ以来一度も帰って来ていないらしい。
そして今、隼太はレティシアやアロイジウスと共に元いた屋敷に戻っている。
この期間中に隼太は以前十分に勉強できていなかった国の歴史や、政治、文化、経済などの学習を行い、さらに契約精霊のグロースの能力の考察、検証を繰り返していた。
「ハヤタ~!!そろそろ夕食の時間よ!」
「お、レティシア。わざわざ呼びに来てくれたの?」
「他のメイドさん達はみんな忙しそうだもん。ほら、リンちゃんも一緒にごはん食べよ!」
「ひ、ひゃい!!身に余る光栄でございます!!」
「....お前、俺と話す時と態度全然違くないか?それにもう2ヶ月も経つんだからそろそろ慣れろよ....」
「ム、ムリですよ!こんな高貴な方と同じ屋根の下で暮らすなんて絶対慣れませんって...へ、へへへじゃあ失礼しまさぁ...」
「テンパりすぎて下世話な商人みたいになってんな...」
目をキョロキョロさせてなんとも落ち着きがないままレティシアにペコペコ頭を下げるリンだが、なんと家に来てから2ヶ月の間ずっとこの調子だ。リンを屋敷で養う事を快く承諾してくれたレティシアとアロイジウスだが、当のリンは居候する先がまさかマーティン家だったとは思っていなかったようで、それはもうビビり倒しているのである。
「ほらリンちゃん、もう私たち2ヶ月も一緒にいるんだよ?そんなに緊張しなくても大丈夫!ハヤタなんてここに来てから2週間もしないうちにすっかり慣れちゃったんだから。ねぇハヤタ?」
「それだと俺がとんでもなく図々しい奴みたいな印象持たれそうなんだけど!まぁそれはいいとして...ほれ、開発の続きは飯の後だ。ホレ行くぞ。」
「え、えぇ...ひゃ~やっぱり緊張するなぁ...」
始めて会った時の堂々とした態度とは全く違うリンの手を引き、食堂へと向う。マーティン家では食事の際には支度を行っているメイドも一つの食卓を囲むことが習慣になっている。
「あら、メイドとしての役割を忘れて自らを客人と勘違いしている可哀想な頭のハヤタ。いつになったら私の代わりに働いてくれるのかしら。」
「ダリアさん...未だにその憎まれ口は健在ですね...元々自分は客人兼メイドとしてここにいるんですからこれが普通なんですよ。最初は働き方とかここの文化を知るために積極的に働いてただけです~!」
「...ちょっとハヤタ。少しの間上向いて待ってなさい。その方が首を切りやすいから。」
「こ、こら!2人ともやめろ!ハヤタもダリアをおちょくらない!ダリアもすぐ本気にしない!」
「あら、私はいつでも本気だからこの家のメイド長を務めさせてもらってるのよ、カーミラ。」
「はぁ~もうメンドくさいねぇ!なんでこんなに問題児が多いんだ...あ、おいエラ!寝 る な !!」
厨房と食堂とを行き来するメイド達の様子は相変わらず慌ただしく、非常にうるさいんだか賑やかなんだか分からない状態になっていた。
「そろそろ俺もメイド業務に戻ろうかな...この家でまともに動けるのは2人だけだし。」
厨房で火を扱いながらうとうとしているエラをカーミラがたたき起こし、ダリアは淡々と業務をこなす。マーティン家の見慣れた日常だ。
「お、ハヤタくんにリンちゃん。来よったな。」
「あ、どうもアロイジウスさん。ここも変わらず賑やかですね。」
「ハハハ、良いことじゃ。リンちゃんも元気にしとるか?」
「え、えぇ...おかげさまで...へへ。」
リンのまさかのコミュ障っぷりには驚くが、まぁ彼女には彼女のペースがある。段々慣れていければいいだろう。
「そういえばなんだけど、うちの陣営の選挙はいまどんな状況なんだ?」
「う~ん…そうね。私たちは今のところ2番人気、なのかな?」
「お、悪くないじゃん。」
「ふふ、おかげさまで。でもやっぱり元々公爵家との関わりが深いウォルトさんが1番人気。宮殿には出席してなかったけど、南町パーシィの領主のリアーナさんが3番目。あとの3人、ミッシェラさん・アニトラさん・アーガイルさんはそれぞれ同じくらい...でもまだ始まったばかりだから、これからどうなるかは分からないわ。」
「なるほど。まぁ順当、予想通りだな。でも俺はその南町のリアーナさんって人のことあんまり知らないんだよね。会ったことある?」
「うーん、私はないけど...お爺さまは?」
「リアーナか。ふむ、アレがまだ幼い時に一度だけ会ったことがあるが、それ以来見とらんのう。でも南のパーシィはこの国の中でも治安が安定している町じゃ。それもリアーナの代になってさらに良くなったと聞いておる。恐らく民からの信頼も厚い良い領主になったんじゃろう。」
「なるほど...それは是非一度お目にかかってみたいものですね。おっと、そうこう言ってる間に料理が出来たみたいだ。」
食卓を囲んで話をしていると、いつの間にかテーブルの上には料理がズラリと並んでいた。一段落仕事を終えたメイド達もエプロンを外して静かに椅子に腰をかける。食事に主従関係を持ち込まないのがこの家のルールだ。
「よし、みんな席についたかな。それじゃあ食事にするか!」
アロイジウスがそう言うと、皆それぞれに食事を始めた。ハヤタだけ小さな声で「いただきます」と呟き、食事を始める。こっちにはそのような習慣がないので、なんとなくふわっと始まるのだ。
元いた世界よりかなり単純な味付けだが、非常に食材の質が良いので十二分に食事を楽しめる。メイド達の料理の腕も素晴らしい。でも流石にこんなに長くこの生活を続けていると、なんだか物足りなさを感じずにはいられなくなる。いつかこちらでも向こうの料理を出してみよう。
しばらくして食事が終わると、メイド達は再びエプロンを着け、今度は食器の片付けを始める。
「リン、そろそろ俺たちも部屋に戻ろう。こっちの機械の知識に関してもっと詰めておきたい。じゃあ俺たちはここで失礼します。ほれ、行くぞ。」
「あ、そうですね。すいませんおいしかったです!失礼します!」
ハヤタは軽く一礼し、リンは恥ずかしそうにそれをマネする。そうして食堂を立ち去ろうとしたとき、
「あ、ハヤタ、忘れてたんだけど」
「ん?どうしたんレティシア。」
「――そういえば首都でハヤタの事が噂になってるみたいなんだけど、大丈夫?」
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「――という訳で試しに街に来てみたんだが...これは...」
広大な屋敷の門を出ると、目の前に未だ見慣れない街の風景が広がっている。
丁寧に舗装された石畳の上を、木製の車輪が地を鳴らしながら疾走する。
行き交う人の波は複雑で、首都ほどではないがこの街、ドルクナもウェルド公国有数の人口を誇る街だ。
「今のところ…変わった感じはないな。やっぱり首都からはそれなりに距離もあるしこの辺りなら普通に出掛けても面倒事にはならなさそうだ。」
素知らぬ顔して道を往来する人々の顔には何一つ違和感はない。今まで通りの異世界の風景だ。
「まぁ、折角街に出たんだからちょっと挨拶周りでもするか。忙しくて礼を言いそびれてる相手もいるしな。」
そう決めると、スッと人々の波に乗り軽快に街を流す。
今見ても様々な人種がよく混ざり合った世界だと感心する。人間やら獣人やら、分類の難しいものまでその種類は多岐にわたる。
小綺麗な街の一角を少し外れ、次第に荒くなる石畳の坂を下ると、ちらほらと小規模な商店や大衆酒場が見当たるようになってくる。話によれば、民間の傭兵を管理する騎士団およびウェルド国軍直属の施設もあるらしい。故にマーティン家のある高貴な雰囲気の上町とは対照的なこの下町は自然と治安なども低くなる。良くも悪くも性根の曲がったならず者達が力を持っているようだ。
「おっと、そうだ。この路地か。ったく…気をつけてないと素通りするぞこんなとこ。」
一方余計に出た左足を戻し、建物と建物の隙間に細く伸びる暗い路地に足を合わせ、乗っていた人波を右に抜けて路地へ進む。
「人1人通るのでいっぱいいっぱいじゃないか…よくこっちにきて最初にこんなとこ来たよな…」
そんな事をぐちぐちと一人で話しながら道を進むと、道の壁沿いに一つの薄汚い商店が見えてきた。
「ったく…商売するとこじゃないぞこんなの。しゃあない。これでも一応命を救われたしな。丁度欲しい品もここにありそうだ。」
店の前で立ち止まり、護衛と執事業で稼いだ金の入ったサイフをポケットの中で弄る。一通り心の整理がついたところで、思い扉を手前に引いて開ける。
ギィーとうるさく鳴る扉は、建てつけの悪さが音だけでよく分かる。
「おーい、じいさん、いるかー??」
「誰がじいさんだよォ!!ん?なんだ兄ちゃん、どっかで見た顔だな…」
「まぁ覚えてねぇのも無理ないよ。あの時俺はただの一人の客でもねぇ厄介者だったしな。」
「厄介者…?…あァ!!兄ちゃんあれか!!この歳で迷子になってた!!」
「そこは思い出さなくていいんだよ!」
「フハハハハ!!あれを忘れるかよォ!!傑作だったなぁ!」
「ぐっ…ウザすぎるが言い返せない…!!」
一時は忘れられたかと思ったが、思い出して欲しくないところで思い出されてしまったらしい。まぁなんであれ忘れられるより話が面倒にならないだろうからそれは水に流すとしよう。
「んで?なんでまたこんなとこに来たんだァ?それに装いもちょっとばかし変わってんじゃァねェか。この2、3ヶ月で何があった?」
「なに、ちょっといい働き口が見つかったんでそこで世話になってるだけだよ。まぁ大した用じゃないんだが…」
隼太は後頭部を一、二度軽く掻くと、腰を45度に曲げてこう告げた。
「覚えてないかもしれないけど、ありがとうジイさん。あんたがくれた魔鉱石のお陰で俺、なんとか助かった。」
その言葉を聞いた店の店主は、なんだかキョトンとした顔をしている。
「あァ??なんの事だ?…あー、なんかあったなァそんな事。あまりに可哀想だったもんだから、土産にでもと思ってやったあの火の魔鉱石か…」
「それだよ。助かったとかなんだとか、何が何だかわからんと思うが、礼を言わないと俺が納得できないんでな。」
「ふむ、なるほど、本当に良くわかんねェが何かあったんだなァ兄ちゃん。ま、思いつきの善行がタメになったんなら儲けだな!フハハハ!!」
店主は一瞬何かを哀れむような目をしたかと思えば、すぐにまたいつものように大口を開けて笑い始めた。
「あ、今日はそれだけじゃなくてだな。ジイさんの店って魔鉱石屋だろ?」
「あァ?見れば分かんだろォ。」
「今ちょっと私用で魔鉱石を探しててな…ちょっとばかし譲ってもらいたいんだが…」
「おォ、なんだ、今日は客なのかよォ。んなら大歓迎だ!ゆっくり見てってくれ!」
「あぁ、助かる。」
「んで?どの属性の魔鉱石を探してんだ?」
「基本的には雷。他の属性は今は少量でいいんだが…」
「なるほどなァ。兄ちゃん、ウチに目ェ付けたのは正解だぜ。」
「この白けた店にか?」
「白けたとか言ってんじゃァねェよ!!…ったく、だから良いんだろうが、分からねェか?」
「………あぁ〜、なるほどな。なんとなく分かった気がするよ。」
なぜ魔鉱石屋をこんなところに出しているのか、隼太にはずっとそれが不思議でならなかった。話によれば魔鉱石だけで計り知れない程の富を築いた者も決して少なくないらしい。なのになんでこんな誰も気付かないような路地に店を出しているのか。
「客が少ないって事は、売れる品が少なくて済む。まぁ大した金は貰えないが。でもそれは上質な品物が店に売れ残りやすいって事でもある。つまりジイさん、完全に通な得意先相手にだけ焦点当てて商売してんな?」
「フハハ、当たりだ。こんなとこにはまず知らなきゃ辿り着かない。だからいい!分かりづらくて入りづらいのがうちのやり方なんだァ。常に店には良い魔鉱石が大量に残ってる。大抵の上質な魔鉱石ってなァ、市場に出た途端に買い占められるが、うちならその心配がない。そこに価値があんのよォ!つまり兄ちゃんの目当ての品もウチには大量に在庫があるし、その分他より安く提供できるってもんよォ!」
「へぇ、ジイさんもなかなか考えてんのな。見直したよ。」
下らなくも、謎が解けた喜びに包まれながら店主と談笑していると、珍しく店の入り口から扉の開く音がした。
「ーーーお取り込み中失礼するわよ。」
扉の音と同時に、透き通るように冷たい女性の声が狭い店内に反響する。無意識にその声に反応し、ふと後ろを振り返ろうとすると、突然店主に頭を物凄い勢いで押さえつけられた。
「…ん?客か?…うぉおっ!?な、何すんだよジイさん!!」
「う、うるせェ!悪い事は言わねェから急いでその高え頭下げろ!!」
異常なまでに慌てる店主の額には脂汗が浮いていた。その小さな体からは想像もつかないほど強い力で押さえつけられ、顔を上に向ける事すらできない。
「あら?あまり見ない顔ね。ルーク、面をあげなさい。ほら、そこの貴方も。」
「ど、どうも、この度はご来店頂き誠にありが…」
「そんな口上は煩わしいだけよルーク。注文していた品はちゃんと用意できているのでしょうね?」
女性は店主の事をルークと呼んでいる。そういえば彼の名前を知らなかった。店主は慌てた様子で店の奥へと向かい、なんだかゴソゴソと物音を立てながら物を探している。
「っててて…首痛めたぞジイさん…!!」
「あら、ごめんなさいね。ルークは私を見ると何故か萎縮してしまうのよ。…でも貴方はなんともないのね。」
「えぇ…どうも。」
ゆっくりと顔を上げてその姿を見ると、驚いた。ドレスにも見える黒いローブに、白と青の混ざったまだら模様の長い髪。瞳の色は左右で違い、片方は紫、もう片方は黄色だ。なんとなく妖艶な雰囲気がする。
「ご注文の品はこちらに…」
「あら…ふふ、良い魔鉱石だわ。さすがねルーク、私は貴方の仕事っぷりをとても信頼しているのですよ。」
「そ、それはありがとうございます。身に余るお言葉でさァ…」
店の奥から出てきた純度の非常に高い黄色の魔鉱石。間違いなく雷属性のものだ。女性はそれを眺めると、暖色の店内灯に石を透かして眺めている。
「ところで、背の高いそこの貴方はどなた?こんな店に来るという事はさぞ高位な魔術師なのでしょうね?」
「…あ、いえ自分は一端の執事です。」
「執事…?ふぅん、貴方本当に珍しいわ。ルークとはどんな関係なのかしら。」
「いえ、道案内を一度してもらって…あと魔鉱石をもらったことがあるくらいです。……失礼を承知でお尋ねしたいのですが、あなたの名…」
「失礼を承知?私に失礼だと分かった上で質問するの?意味が分からない…貴方、何を言っているのかしら?」
「っ馬鹿野朗…!オイ逃げろ兄ちゃん!!」
隼太の小さな失言?を聞いた途端に、目付きが異常なまでに鋭くなった。店内の魔鉱石が激しく振動し、どこからかバチバチという激しい音が鳴る。その時、隼太は一瞬でこう思い知らされた。
この人は、明らかに危険だ。と。
「…ぷっ…フフフ…ウフフフフフ、アハハハハ!!」
「「………は??」」
「…ふぅ…ごめんなさい、取り乱してしまって。貴方、面白い事言うのね。私に失礼だと分かりながら物を申す者は初めて見ました。」
完全に殺されるかと思ったが、彼女の示した答えは予想もしていないものだった。
「かと言って、初対面の『失礼な』殿方に、私が自ら名乗るのも癪に障ります。そうね、ルーク。私の紹介は貴方に任せるわ。」
「へ、へい……こ、このお方こそ!魔法大国ウェルド公国において、たった8人しかいない国家指定魔術師の一人であり、世界最高の雷魔術師、『霹靂のロッタ』ことロッタ・T・アーチボルト様である!」
普段の喋り方と違いすぎて違和感しか感じない紹介の仕方だがロッタと呼ばれる女性はそれを鼻で笑うと、少し笑った。
「悪くはなかったですよルーク。良くはなかったけれど。」
「そ、そうでしたか…へへ」
「国家指定魔術師…!」
「あら貴方、そこまで聞いてもピンと来ないのかしら?」
「い、いえいえ。まさかそこまで高位な魔術師の方だったとは…」
国家指定魔術師。
それはこの魔法の総本山であるウェルド公国において各属性の魔法の最高の使い手に贈られる称号。つまり国家指定魔術師とは、属性ごとの世界最高の使い手を呼ぶ言葉である。国家指定魔術師ともなれば、精霊使いと同等かそれ以上の実力と地位を持っている。今の隼太に勝てる相手ではないだろう。
それ故なのか、彼女が放つオーラは凄まじく、そのせいで無意識に圧倒されてしまう。気づけば隼太の額にも、じっとりと脂汗が滲んでいる。
「フフフ、口先だけの褒め言葉は要りません。でも貴方、気に入りました。どこの家の執事をしているのかしら?」
「ち、ちょっとここから離れた小さな家です…ほ、本当大した事ない所なので…」
「あらそう…それは勿体無いわ。貴方、私の家に来なさい。」
「………………………………は?」
「聞こえなかったのかしら?貴方は今日から私に奉仕するのよ。」
「え、いやいやいや…自分には主人が…」
「そんな小さい家の事情など私が考慮する義理はなくってよ。それに私が直接声を掛けているのよ?…変な考えは起こさない方が貴方の為だと思うのだけど?」
……非常にマズい。変に気に入られてしまったせいで彼女に断れない無理な要求を迫られている。
どうやってこの場を切り抜けるか。まず戦うのは論外だ。彼女は国家指定魔術師、それも雷魔法の権威だ。隼太の精霊グロースもスピードには自信があるが、雷の速度に反応できるとは思えない。
かといって上手く言いくるめられるだろうか。彼女は見る限り常識外れの強情さを持ち合わせている。何を言ったところで彼女の気を変える事はできないかもしれない。
どうする…打開策を何か…何かなければ……!!!
「…どうしたのかしら。もう決まった事なのよ?早く帰りましょう。」
「………すいません、俺嘘ついてました。」
「…嘘?」
「俺が仕えてる家、マーティン家です。高位精霊術師のアロイジウス・L・マーティンと治癒魔術師レティシア・E・マーティンの。」
「………へぇ、貴方私に嘘をついたのね?それにマーティン家……なるほど、分かりました。なら私を屋敷に案内して頂戴?」
「え、屋敷に、ですか?」
「そうよ?何か文句があるのかしら?」
「い、いえ、それくらいなら…」
「そうと決まれば早く行きましょう。ありがとうルーク、次も今回と同じくらいの働きをしてくれると嬉しいわ。」
「め、滅相も無い!精一杯やらせていただきまさァ!」
「ふふ、よろしい。さぁ案内して頂戴。」
「あ、はい…じゃあジイさん、またな。」
「あ、あァ、気を付けろよォ兄ちゃん。」
店主も今度は本格的に俺を哀れむような目で見ている。ったく…なんだこの仕打ちは…
音の鳴る扉を開け、店を出て歩いてきた道をまたなぞる用に歩く。足音は2つ。背中に当たる視線がなんともいえない恐怖の念を作り出す。額の脂汗がゆっくりと目尻の横を流れ落ちる。
1分が限りなく長い。まずこの人を屋敷に連れて帰ってもいいのだろうか。保身の為に主人を危険に晒してもいいのか。いや、まだ危険だと決まった訳ではないが、扱いに困る性格なのは間違いない。
そんな事を延々と考えながら、そう長くはない帰り道をひたすら歩く。
屋敷まであと300m……………200m……………100m……………0。
「…………………あ?」
屋敷が、燃えている。
最後まで読んでいただきありがとうございます!今回から第2章です!これからもどうぞよろしくお願いします!