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第11話 期待通りに思惑通り

「ウォルト様、こちらへ。」


ウェルド公国北部で突発的に起こった「終焉」による首都襲撃から未だ数時間も経っていない今、戦線の右端を目指すウォルト一行は既に半分以上の道のりを辿っていた。


「...本当に襲撃が起こっているのか?先から戦闘の音すら聞こえないが...?」


「...騎士団の報告に嘘はあり得ません。」


ウォルトの疑問に即座に否定の言葉を放ったのは、ウォルト達の護衛についている近衛騎士、ハウエル・ウィンターバーン。彼は隼太がこの世界に来てから初めて出会ったアジア系の顔つきをした人間であり、切れ長の目をした細身の男性だ。


ウォルト達が他の陣営と分かれてからここに至るまで、ウォルトの陣営は一切敵の襲撃を受けておらず、向かう先から戦闘をしているような音も聞こえない。彼女がそうした疑問を抱いたのはそのためであった。


「確かにそうだ。だがそれにしても静か過ぎないか?騎士団がそう易々と完璧に抑えきれるほど奴らは柔な連中ではないと思っていたのだが?」


「貴女様は騎士団の実力を疑っておられるようですが...先には近衛騎士の先鋭が既に向かっております。それに我らが騎士団に所属しているのは近衛騎士でなくとも良い腕を持ったものばかり。もう少し信頼してもらいたいものです。」


「...信頼に足るかどうかはこれからの君たちの行動で判断しよう。さてオリヴィエ、フレクシナの様子に何か変化はないか?」


ウォルトが振り返る先には彼女の従者、オリヴィエ・スチルがいる。彼女の体中には無数の金属が埋め込まれており、歩くだけで金属音がしそうな見た目だが、彼女の体からはそのような音は全くせず、ガチャガチャとうるさい音を立てているのは彼女が背中に背負っている鎖でグルグルに巻かれた黒い棺桶の方だ。


「...目に付くような...変化は...特に...中から...動く音が増えたような...気はしますが...」


「そうか...奴が動き始めたというのなら敵がそう遠くない所にいるというのは間違いではないようだな。」


「...一つ、よろしいでしょうか。」


ウォルトがオリヴィエの言葉に頷きながら独り言を言っていた所に、ハウエルが言葉を挟む。


「なんだ。何かあったのか?」


「いえそうでは...何故貴女様は自身の精霊をそのような物に閉じ込めておられるのですか?精霊とは元々人間を超越した存在。恐れ敬うのが常識のはず。そういった扱いをするのは流石にどうかと思いますが。」


「なるほど、君がそういった疑問を持つのは当然かもしれないが、これはそういう物なのだ。こうでもしていないとフレクシナを連れて出歩く事はできない。フレクシナは少々性格に問題があってな。出来れば私もこのような事はしたくはないが、仕方ない事だ。目に余る行為だとは思うが、多めに見てほしい。」


「貴女様がそうおっしゃられるならば私も不必要な詮索は避けるべきですね。申し訳ありません。騎士の身でありながら公務の場において私的な質問をしてしまいました。」


「なに、謝る必要はない。私も君たちの事を疑うような発言をした。お互い様だ。」


ハウエルとウォルトは互いに小さく笑い、再び歩みを進める。


しばらくしても彼らの陣営に襲撃は全くなく、既に住民が避難を終えた市街地は不気味なほど静かだった。周囲に気を配る事は忘れないが、ここまで何もないとは思わなかった。他の陣営もこのような状態なのだろうか。無論、何もないのが一番良いのだが。ハウエルがそんな事を考えながらふとガラスで出来た窓を眺めてみた。


もちろんそこに映っていたのは、紛れもないハウエル自身の姿だ。しかし驚くべき事に、窓の中の彼の状態は、今と全くかけ離れたものだった。


「――ッ!?」


――窓に映る自分が血まみれになっている。白を基調とした騎士団の制服が自身の血で染まっていた。体には無数の傷があり、ところどころに木の破片のようなものまで刺さっている。もちろん現実にそういった影響は見られず、呆れるほど静かなままだが、窓に映る自分は驚くほどの怪我を負っている。


「...なんだ?急に止まって。その窓の奥になにかいるのか?」


ウォルトの声かけによってハッと平時の冷静さを取り戻す。ハウエルは今一度自身を写す窓を見てみる。


「...なんとも、ない...?」


「なんだ?いきなり。集中力を欠くとは君らしくもないな。」


「...すみません。どうやら気付かぬうちに気を抜いていたようです。このような事は二度と――」


先ほどみた窓の中の景色は自分の見間違いだろうと無理矢理に頭に残る不気味さを押し付けたハウエルの目に追い打ちをかけるようにさらに衝撃的な光景が飛び込んできた。


再度見た窓には、先ほどと同じように目を背けたくなるほどの怪我を負ったハウエル。さらに今回はそれだけではない。ハウエル自身だけでなく、同じような負傷をウォルトとオリヴィエも受けているのだ。


「やはりおかしい...これは明らかに普通じゃない...!もしかすると既になんらかの攻撃を受けている可能性がある!」


ハウエルはそう言うと、腰に付けた剣を鞘ごと抜き取り、それで自身を写す窓を突き割った。


「いきなり何をするんだ!?正気か!?」


「...気をつけて下さいウォルト様。敵は存外近くに居る可能性があります。」


「――あ~惜しかったなぁ。あと少し、あと少しなんだけどなぁ...流石は腕利きの騎士だね。こんな露骨な手はそうそう通じないか。」


「「??」」


警戒を強めた2人の耳に、突然知らない声が入ってきた。その声は幼く、まるで小さな少年のようだ。


「...誰だ、今すぐに姿を現せ。...といったところでたやすく姿を晒しはしないだろうが。」


「別に隠れてなんかいないさ。君はさっきから何回も『こっち側』を覗いているじゃないか。」


「――なるほどそういう事か...」


ハウエルは今再び窓を見る。先ほど割ったものとは別の、自分を写している窓だ。相変わらず現実とは全く違う状態の自分と共に、声の主の姿はあった。黒い色に染められた騎士団の制服に似た衣服、紫色の長い髪。身長は130cmほどのまさに少年だ。


「やぁ、初めまして。僕は黒騎士レイノー・ランシファー。きっと短い間になるだろうけど...よろしくね。」


「...ハウエル・ウィンターバーンだ。なるほど、『鏡の中に入る能力』...幻系統の上位魔法にそういったものがあると聞いた事があるが...そのような優秀な術者を敵として迎えるのはいささか残念だ。」


「僕も君みたいな剣士を相手にするのは骨が折れるよ。まぁ能力については正解かな...まだ半分だけど。さすが近衛騎士は詳しいね。これは早めに済ませないとダメかな...あんまり遅れるとリガに怒られるし。」


レイノーはそう言うと、ハウエルが先ほど割った窓枠に置いていた腰を下ろし、窓にの中の怪我だらけのハウエルに近づいてくる。が、


「――おっと、」


窓の景色の中にいるレイノーが、窓の中のハウエルに近づくより前に、ハウエルの剣の鞘が窓を突き破っていた。


「変な事をするようならその度に窓を突き割るだけだ。」


「…本当に厄介だね。」


「能力についても完全に把握できている訳ではないような口ぶりだったのも気になる。窓に映る自分の状態も...俺としても貴様との勝負を長引かせるつもりはない。」


「...惜しい惜しい。あとちょっと、もう少しだなぁ。あと一回。あと一回攻撃が入れば僕の勝ちは決まりなんだけどなぁ...」


レイノーは相変わらずブツブツと独り言を続けている。


「...予想通りだが、鏡を割ることは貴様の死には繋がらないようだな。」


「うん。まぁそうだね。僕は鏡から近くの鏡に自由に行き来できるよ。でも君を写してる鏡じゃないと君に攻撃もできないけどね。よっと、」


「!!」


振り返ると、またハウエルを写す鏡にレイノーが近づいている。それもさっきよりずっと近くに。ハウエルが近づくよりも前に、レイノーがハウエルやウォルトに近づく方が早いだろう。


「...出ろ、フレクシナ。」


不意にウォルトがそう呟く。するとオリヴィエの体に埋め込まれた無数の金属が青白い光を放ち始め、背負っていた棺桶が激しく揺れ出す。


次の瞬間、棺桶を縛っていた鎖が飛び散るように砕け、棺桶に数センチの隙間が空く。隙間から薄紫色の異様に長い指がスルリと出て来て、ゆっくりとその蓋を開けていく。近くの空気の流れが奇妙に重い。まるで固体で強く肌を撫でられるような感覚があった。


「そこの窓を叩き割れ。」


ウォルトがそう命令すると、レイノーが映っている窓が突然割れる。その精霊は瞬きの間に棺桶から身を出し、下界に姿を晒した。


「――なるほど。」


その姿を一目見たハウエルはなぜか納得していた。これは確かに棺桶に入れておく必要がありそうだ、と、そう思った。


姿を日の元に晒したフレクシナの全身は、薄紫色の肌につつまれており、血管のように濃い紫のラインが体のあちこちに入っている。髪は長く、身体的特徴は人間に近い物はあるが、頭部に顔や感覚器官はついておらず、体つきも男女の区別がつかない。胴が短く、四肢が気持ち悪いほど長く、細く作られている。誰が見ても薄気味悪くなるような不気味な存在感だ。


「助かりました...今のは本気で危なかった。霊調液を持っていて良かった。」


「気にするな。だが此奴を放すのは少し危険だ。なんにせよ決着は早くつけなければなるまい...」


「フハハハハ!!このマヌケ共が!!」


突如、別の窓の中から叫び声が聞こえた。その声の主は明らかにレイノーのものだ。彼は気付かぬうちにまた別の窓に映っていた。ほんの数秒に満たない一瞬だが、その一瞬が彼らの命運を分けるものになってしまった。


窓に映るレイノーは勝ち誇ったような口ぶりで、先ほどまでの少年のような顔つきが嘘のように、不気味な笑みを浮かべている。その性格は明らかに豹変しているが、それだけなら大した問題ではない。だが、本当にまずいのは彼のいる場所だった。


「…!!」


気付いた時には既に遅かった。鏡の中でレイノーは、ハウエルの肩に上り、小さなナイフをハウエルの首に突きつけていた。


「これで終わりだ!!僕のもう半分の能力は『鏡の世界と現実の世界の状態を入れ替える』能力!!!既に勝負は付いた!!!あとはこのナイフを首に刺して能力を使えばカタが付く!!!」


ハウエルを写す窓、それは先ほどよりもずっと遠く、全力疾走でも数秒かかるような場所にある。


(――間に合わない!)


「死ねえぇぇぇェェーーーーーーッ!!!!!」


レイノーはそう叫ぶと、ハウエルの首にナイフを突き刺す。鏡の中のハウエルは首から大量の血を流している。どうみても致命傷だ。


「さぁ、入れ替われ!!」


レイノーのその一言により、目の前の世界が一瞬歪んだように揺れ、だんだんと自分の体に傷が増えてゆく。それはウォルトやオリヴィエも同じようで、彼女らは激痛に耐えきれず、声を漏らしている。次々に全身に傷が刻まれ、最後に首筋からグサリという肉が切れる音が聞こえた。首にナイフを刺された致命傷が、しっかりとハウエルの身に付けられたのだ。


「ハァ、ハァ…ふぅ、思ったよりも時間がかかっちゃったな...あとの女共は鏡の外に出た僕でも片づけられるし...あの精霊は突っ立ってるだけで特に攻撃もしてこない。」


ハウエルは視界にもやがかかったような状態の目で、前を見ると、鏡にいたはずのレイノーがしっかりと現実の地面に足をつけて立っている。鏡の中のハウエルにナイフを刺した時とは打って変わって、初めのような態度が戻っている。


「ありゃ、君まだ生きてるんだ。でもその様子じゃもう長くないだろうね。なんでここにいるのか不思議そうだから答えてあげる。僕の能力の性質上、どうやっても鏡と現実の状態を入れ替える時に僕本体がこっちに戻って来ちゃうんだ。だから確実な傷を与えない限り君みたいな実力者を相手にはできないんだよ。だから僕は君を殺すまでこっちには出てこなかったってわけ。」


レイノーはナイフをジャグリングのように上に投げて遊びながら、余裕のある顔つきで欠伸までしてみせる。


「...まぁ、すぐに死ぬ君にこんな事言っても仕方ないか。あの精霊が変な動きしないうちにあの2人もさっさと片付けちゃおう。」


レイノーはハウエルに構うのをやめ、ウォルトとオリヴィエの方へと足を向ける。ハウエルほどではないにしても、2人の傷も決して浅くはない。この状態では簡単に身動きもとれないだろう。


「これで僕のお仕事は終わり...ニケの交信が途切れてるのがちょっと気がかりだけど、これでリガのとこに帰れる...」


レイノーは不意に独り言を中断する。すると静かに俯いて、話の内容を変えこう呟く。


「……とどめは刺したはずなんだけどなぁ...なんで立ってるの?君。」


レイノーが振り返る先には、先ほど構うのをやめた近衛騎士ハウエル・ウィンターバーンが立っていた。全身の傷はそのまま、首筋からは以前大量の血が肌を伝い流れている。その鋭く尖った切れ長の目が、彼の強い意志を語るよりもハッキリと表現している。


「貴様に一つ...俺が戦闘を行う上での教訓を教えてやろう...」


「教訓?なにそれ。僕に負けた人に教わることなんてないよ。今もどうせ意地で立ってるんでしょ?無理すると死に際で苦労するだけだよ?」


レイノーが半ば呆れたような口調と目線をハウエルに向ける。だがハウエルはそんな事は全く気にしていないようで、同じ口調で話を続ける。


「俺が貴様に負けた...?そんな事を言うから貴様はこの後、俺の前に無様な首を晒す事になるのだ...お前の敗因はお前自身の発言にある...」


「...僕の、発言?敗因?何を言ってるのかさっぱりわからないな。」


「…貴様は俺の首にナイフを刺す瞬間、俺に『死ね』と、確かにそう言ったな。」


ハウエルは血だらけの手でこの日初めて鞘から剣――否、刀を抜き取る。彼は他の騎士が使う剣とは違い、一撃に全てをかける刀を使うのだ。その鋒をレイノーに向け、ハッキリとこう話す。


「――勝負の時、相手に『死ね』などと阿呆丸出しの事を言う奴は次の瞬間、自分が『死ぬ』事に気がつかない間抜けばかりなのだ。」


「…そんな体たらくでよく僕を侮辱できたね。不快だ。さっさと死んで楽になれ!!」


ハウエルの言葉に腹を立てたレイノーがナイフを向けこちらに走ってくる。――しかし、


「鏡の中にいない貴様など、例え傷付いていようとも、赤子を殺すよりも楽な相手よ。」


ハウエルはそう呟くと、抜いた刀を両手で握り、不規則な動きで突っ込んで来るレイノーをたった一太刀。ハウエルが振ったのはただその一太刀だけであった。


「――討ち取ったり。」


ハウエルは血の付いた刀で空を斬り、その汚れを落とす。磨かれた白い刀身を再び鞘に収め、戦闘の終わりを告げる。彼は後ろを振り返らない。なぜなら刀を伝う感覚で、自分が確かに相手の首を切り落としたことを知っているからであった。


「ぐぅ…限界か…」


ハウエルはそう最後に呟くと、血に濡れた道に倒れた。


――ウォルト・バクルー及びその従者オリヴィエと精霊フレクシナ、近衛騎士ハウエル・ウィンターバーンの活躍により黒騎士レイノー・ランシファーに勝利。しかし全員重傷の怪我により前線に向かうことは出来ず、その後合流した治癒魔術師により治療を受ける。ハウエルのみ彼の強すぎる意向により治療完了後前線へ向かう。これにて首都ウェリス北部総力戦におけるウォルト陣営の活躍は終了である。




更新遅れて大変申し訳ありません!最近は作者の多忙によりなかなか小説を書く時間が取れておりません。この先ももしかしたら予告無しに更新が遅れてしまう可能性があります...ですが作品を書くことをやめる予定はありませんのでご安心ください。ご迷惑をおかけしましたが、これからもこの作品をどうかよろしくお願いいたします!

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