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第1話 長寝は三百の損

「うー…さむっ…」


肌を刺す12月の朝は、屋内とはいえ布団から出るにはいささか寒すぎる気温であった。屋外からはすっかり音が消え、4ヶ月前とは全く別の世界が広がっている。


「部屋の中でも暖房付けないでいるとここまで寒いのか…」


開口一番、自分の最も嫌いな季節に対する愚痴、もとい独り言が飛び出す。カーテンから差し込む日差しは暖かいものの、部屋の中を温められる程の効果は無いらしい。


とはいえこの頼りない陽の光意外に自分の体を温める手段がなく、夜のうちにすっかり冷え切ったつま先は自分の手で温める他ない。少しずつ血の気を取り戻してきた足を、決死の覚悟で床に付け、横たわっていたベッドから体を下ろす。


「冷たっ!」


足の裏に感じる冷たさに、思わず声を出してしまった。起きた時より足の冷えはマシになっているものの、それでも冷え切った床に足を下ろすのはなかなかストレスだ。昨日のうちにスリッパでも用意しておくべきだったと後悔している。


「…こんなに寒いのに学校になんぞ行かなくちゃあならないなんて、軽い地獄だな…寒暖差激しすぎだろこの国…」


続けようと思えばいつまでも続くであろう季節への愚痴は一旦この辺で切り上げる。そろそろ身支度を始めないと、朝の電車に乗り遅れてしまうだろう。おおよそ7時前後には起きられたはずだろうと思い、机の上の時計を見てみると、


AM 8:24


と表示されていた。


「ーッ⁉︎」


一瞬、頭の中が真っ白になる。正常な思考が戻ってくるまでにかかった時間はどれくらいだろうか。まずい、これは相当マズい。いつもは7時ピッタリに鳴るはずの目覚ましが、何故か今日だけ設定されていなかったらしい。


「ヤバいヤバい…!こんな事、高校入って一度もないのに…!」


自慢ではないが、大原 隼太は今までの人生で自分自身に人と比べて劣っている点があると思った事がない。勉強をさせれば学校のテストで満点をとるのは当たり前であるし、運動でも全国的な平均を大きく上回っている。


その類い稀な運動神経を欲しがる運動部は数多く、部活の助っ人に駆り出される事も決して珍しくない。身長183cmの長身、今風の整った顔。人と話すのも苦手ではないし、常に輪の中心にいる自覚もある。しかし隼太はそれを誇りに思ってはいるが驕るような事はしない。


完璧である事に少なからず拘りのある性格であり、常にひたむきにあろうと心がけてきた。真面目に正確に、全ての物事をそつなくこなすのが自分のあるべき姿だと常に思っていた。それなのに…


「このタイミングで遅刻はマズい…!無遅刻無欠席は最低限自分に科したルールなのに…!」


自らを襲う焦りと動揺。傍から見れば遅刻なんてものは些細な問題ではあるが、隼太にとっては大問題である。ヒートアップした思考を一旦落ち着かせ、焦らず、急いで準備を済ませる。翌日の準備の大抵は前日に済ませているので、家を出るまでにあまり時間はかからなかったが、それでも学校に間に合わせるのは不可能に近い時間であった。


「クソッ…!なんでこんな事に…!」


普段の落ち着いた、何事にも動じず柔軟に対応できるはずの精神も、既に取り返しがつかないほどの事態になってしまっては平時を保つ事はできなかった。


「とにかく今は急いで学校に向かうしか………ん?」


急いで靴を履き、玄関を開ければ、いつも通りの住宅街が広がっている――


――はずだった。


しかし次の瞬間、あっさりとその習慣とも呼べる推測は裏切られ、隼太の目に飛び込んで来たのは夢か現実かの判断もつかないような景色であった。


「おい邪魔だ!そこどいてくれ!」

「今日はいい果物が入ってるよ!ほらほら見てって頂戴!」

「はぁ…ったく、どこのどいつだよ首都で香辛料の相場が上がってるなんて行った奴は…」


「なん……だ…これは…??」


一瞬、というか、しばらくしても自分の身に何が起きているのかわからなかった。玄関を開けた先、目の前に広がるのは住み慣れた住宅街とは程遠い、騒がしい場所、言うなれば古い時代の都会のようなところに繋がっていた。それに、


「なんだかやけに人が多いな…それに…獣⁉︎ いや、違うな…どうやら人の言葉を話せるみたいだし…人間と同じ服を着ている?…どういうことだ??今日は12月、平日の朝のはず…ハロウィンなんてイベントはとっくに終わってるだろ…?」


そこにいた亜人は仮想なんてレベルの見た目ではなかった。一言で言うなら「獣人」という単語が最もよく当てはまるだろう。犬の様な耳、毛並み、それに尻尾も生えている。異様なのはそれがまるでなんの違和感もない様に、普通の生活に溶け込んでいるように見える事だ。


何故そのような存在が家の前に、当たり前のように存在するのか。さらに、よく見ればおかしいのは人通りの多さや初めて見るありえない人種だけではなかった。足元――もとい、周辺の建物全てが、現代建築とは程遠い、ヨーロッパ中世のような街並みに変わっていたのである。


「これはどういう事だ…タイムスリップ…いや、いくら昔だからとはいえ、獣人なんてのがいるなら少なくとも記録に残っているだろう…」


錯乱する思考の中で、隼太の脳はある一つの結論にたどり着こうとしていた。しかしその結論はあまりに現実から乖離しており、すぐに信じるのは難しく、半信半疑になるしかない、しかし目の前の現実は、どう考えてもそうとしか言いようが無かった。つまりこの現象は…


「元いた世界とは全く別の世界…異世界に来てしまった…という事なのだろうか。」


自分を知るものは一人もいない、常識や価値観も通じるか分からないような世界に、覚悟も知識もなく迷い込んでしまった。一部の人間からすればこれは人生を一からやり直すチャンスなのかもしれないが、隼太にとっては築き上げた地位を全て失い、なにもかも全てを初めからやり直さなければならないという、まさに地獄、最悪の出来事であったという事は言うまでもない。


「どうすればいい…?何が起きているのかサッパリわからないぞ…!」


自らを取り巻く環境全てを失った絶望の中、大原隼太の突然の異世界生活が、今始まろうとしていた――



はじめまして。椎名葉司と申します。

初めて書く小説ですので、至らない点が多々あるとは思いますが、どうか暖かく見守って頂けると幸いです。どれくらいの長さになるかは分かりませんが、最後まで行けるようにゆっくり頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。

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