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9回裏~野球は九回裏ツーアウトから~

 遥の放った本塁打が魔王城に激突した。否、激突では終わらなかった。魔王城に穴を開け、勢いを失わずに破壊音を響かせながら突き抜けて行った。魔王城にポッカリと開いた穴は大きく、遥達のいる場所から本来なら魔王城に阻まれて見えない筈の壮大な“狂気山脈”が見えるくらいであった。

 そして、魔王城から異音が聞こえ出した。


「何だ……?」


 ゆうゆうとダイヤモンドを一周していた遥でさえ、本塁を踏む前に振り返って魔王城の方を見つめていたくらいであった。が、すぐに興味をなくした遥は本塁を踏み、ベンチへとさがろうとした。


「神代遥、貴様、やってくれたな!!」


 本塁打を打たれた事がよっぽど気に入らなかったのか、近付いてきたかと思うと、いきなり胸ぐらをつかまれた。


「貴様、やってくれたな!! いや、ナニをしたのか、分かっているのか?」


「鬼●郎、お前から本塁打を打っただけだが……?」


 そんなに悔しいのだろうか? 悔しいのなら、次の打席で本塁打を打てばいいだけだろうに……。


「……ふん、今に後悔することになるぞ」


 何を言いたかったのだろうか? 理解に苦しんだが、魔王はやがてマウンドへと戻った。その後も投球の度に魔王城を振り返っていた。いったい、魔王城に何があると言うのか? 本塁打一発で貫通するような防御力しかないのなら、魔王城というのも単なるハリボテなのかもしれない。

 



 九回裏、ツーアウト二塁。打席には魔王。リードは一点差である。

 ツーアウトまで簡単にとっておきながら三番打者に二塁打を打たれた遥は焦っていた。

――まずい、まずいぞ。「野球――甲子園――は九回裏ツーアウトから」なんて格言があるくらいだ。私、ピンチ!!


「勇者神代遥よ、貴様は素晴らしいな。いったい、どこで野球を学んだ? 師は誰だ?」


 バッターボックスに入る前、魔王がそんなことを聞いてきた。何だろう? 今から自分語りの時間かな?

 スポーツ漫画やスポーツ映画によくある、山場での自分語りの時間ならイヤだな、とは思ったが、魔王のふいんき(何故か変換できない)が真面目だったので真剣に答えることにした遥。ただ、彼女の思考はどこかおかしかった、否、可笑しかった。


「プロ野球と甲子園のテレビ放送を観て、あと、野球漫画を読んでいただけだけど?」


「なん……、だと……?」


 魔王の表情を、驚愕が彩った。まったく想定していなかった答えなのだろう。


「もしかして、鬼●郎は甲子園目指して必死に頑張って来たクチ? で、何らかのきっかけでこの世界に呼ばれたの?」


「鬼●郎と呼ぶな。……ふん、まあいい、聞かせてやろう」


「そんなことはどうでもいいからバッターボックスに入りなよ。試合をさっさと終わらせたいんだ」


「あれは、俺がK県県立Y高校三年の時だった……」


「聞けよ」


「俺は三塁でレギュラーをはっていた。そして、俺達が三年の時、念願かなって甲子園出場の切符をつかみとる寸前までいったんだ。そう、県予選決勝まで駒を進めたんだ」


「いや、だから聞けよ」


「九回裏、ツーアウトランナーなし。二点差ということもあったし、俺達のエースはまだスタミナにも余裕があった。そして、最後の打者はサードゴロに打ち取った。いや、打ち取った筈だった。俺はボールを簡単に掴み、一回ガッツポーズを入れてから一塁に送球した。打者ランナーは足もたいして速くなく、タイミングは完全にアウトだった」


「あのさ……」


「だが、俺も緊張していたのだろう。悪送球になってしまった。コースを大きく外れたせいで、ツーアウト二塁となったんだ」


「だからさ……」


「次のバッターもサードゴロだった。普通にキャッチし、今度は普通に送球した。が、今度は一塁手が緊張のあまり、グラブの土手に当てて弾いてしまった。ここからがもう最悪だった」


「球審、ちょっと水分補給していいよね? 答えは聞いてない」


「地獄は続いた。テンポを崩した俺達のエースが次の打者にフォアボールを与えてしまい、ツーアウト満塁になった。それどころか、次の打者にもフォアボールを与えて一点を与えてしまったんだ。押し出し四球だ。野球は九回裏ツーアウトからなんて言うが、やられる方はたまったもんじゃない」


「ふーっ。麦茶が欲しいんだけど、この世界にはないんだよね」

「鬼●郎さんの語りはいつまで続くんだろうね?」

「今のうちにアリアの膝枕で軽く寝て体力回復だ」

「まったく、何考えているのかな、ハルカは……」


「最後の打者は試合を通してまったく当たりのない打者で、決勝進出したチームの打線が好調だったこともあり、九番まで下げられていた打者だった。決勝戦でも三打数ノーヒットにおさえていたんだ。だけど、あの打席はフルカウントまで粘りやがった。そして、あの一球、あの一球だけが最後の打者への失投だった」


「すーすー」

「寝るの、はやいね……」


「打撃が湿っていたから、九番に下げられていたからといって、甘く見ていい打者じゃなかったんだ。県予選で決勝まで上り詰めるチームで三年間頑張っていた選手だったんだ。底力はあって当然だった。失投を見逃さず、ヤツは思いっきりフルスイングしやがった」


「思いっきりフルスイングって、意味がカブっているよね……?」

「むにゃむにゃ、もう食べられないよ……」


「美しい弧を描いた打球は、必死で追いかけたレフトを嘲笑うかのように、レフトスタンドへ飛び込みやがった。九回裏ツーアウトからの満塁ホームラン。なんてドラマチックなんだ。だけどな、そこからだった。そこから俺達の地獄が始まったんだ」


「え、ここからも長いの?」

「アリアぁ……、えへへ、じゅるり」

「どんな夢見てるんだろ?」


「全校応援で来ていた学校の連中からは試合が終わった翌日からブーイングを浴び、一塁手はお前がエラーをしなかったらと責められ、夏休み以降不登校になった。エースは自分一人じゃなく、家族まで責められ、ノイローゼになり野球部どころか、高校まで辞めちまった。俺と付き合っていた当時中学二年生だったエースの妹は、俺達が通っていた高校への進学を諦めたくらいだ」


「高三で中学二年生と付き合うなんて、なんてロリコンだ」

「何でそこで反応するの? ロリコンって何?」


「責める相手がいなくなった奴らは、俺も責めだした。そりゃそうだ。俺があの地獄の発端なんだから。高校にも、地域にも彼女の傍にも居場所がなくなった俺は、毎日町をブラブラするようになった」


「今日の夕食はカレーライスがいいな」

「それ、どんな料理……?」


「そんなある日、俺は居眠り運転で交差点に突っ込んできたトラックにはねられたんだ」


「それが噂の転生トラック!?」

「食いつきいいね。なんでそんなこと知ってるの、アリア? 教えたっけ……?」


「トラックにはねられた俺は、十日間生死の境を彷徨い苦しんだあげく、死んだ。そして、魔王召喚の儀式に応え、やって来た。この世界の魔王召喚に応えられる存在は、野球にドップリ浸かりながら、野球に絶望した者、野球で夢を絶たれた者なのだ。そう、俺が甲子園出場という夢を叶えられなかったからこそ、俺はこの世界にやって来た。魔王となったのだ!!」


「何だろう、自分が凄く薄っぺらく感じる」

「ドンマイ、ハルカ」


「甲子園出場、それが俺の、俺達の夢だった。そう、甲子園ゆめってのは、呪いと同じなんだよ。なまじ近づきすぎたが故に甲子園出場ゆめを叶えられなかった俺達は、呪われた。いいや、呪われ続けている。あの時のエラーがなければ、アイツが、俺達のエースが逆転満塁ホームランなんて打たれることはなかった。アイツが、俺達があの年の甲子園のヒーローになる筈だったんだ」


甲子園ゆめは呪いと同じ、か。どれだけ呪われた高校球児がいるんだろうな、今まで」

「急に真面目に反応したね?」


「俺はこの世界に来てエースで四番になった。そして、未だにエースに追いつけていないことを知っている。だからこそ、俺からホームランを打ったくらいでいい気にならないでもらいたい。そう、貴様はアイツからホームランを打ったワケじゃないんだからな。そして、俺は真面目に野球をやって来なかった貴様に負けるワケにはいかないのだ。さあ、勝負だ、勇者よ。俺はのろいから解放される為にも、ここで貴様から打つ。文句なしの一発をな……って貴様、何故ベンチにいる?」


「あ、話終わった? じゃあ、始めようか」




 魔王が放つ闘気は恐ろしいモノがあった。

 自分の一振りで勝負を決める、揺るぎない断固たる決意のようなモノが感じられた。

 ほんの少しでも甘く入ったらスタンドまで持っていかれる……!! 心地よい緊張感が全身を包むのを感じた。

 初球、外角低め、僅かに外れた。

 二球目、内角高めストレート。ギリギリストライクコース。上手くカットされ、ファウル。

 三球目、内角低めにカーブ。僅かにタイミングがずれたのか、空振り。

 四球目、外角高めのつり玉。余裕で見送る魔王。舌打ちする遥。

 五球目、真ん中低めへのチェンジアップ。タイミングを外されるも何とかくらいつく魔王。ファール。

 六球目、内角高めへのストレート。ギリギリストライクコースであったが、魔王が余裕を持って見送ったのが功を奏したのか、球審はボールとコールした。

 フルカウント……!!

 グラウンド上の全員に緊張が走った。




 あと一球。あと一球で全てが決まるのだ。

 そして、運命を決める一球が投じられた。

 タイミングを完全に掴んでいた魔王。コースも完全に読みどおり……!!

 白球を狙い打つ為、スイングモーションに入った。



 決まった、この一振りは俺の野球人生で最高のスイングだ――!!


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