9回表~勇者チーム対魔王チーム、伝統の一戦~
太陽が天高く輝いていた。実際には違う天体名であったが、遥は覚えるのがめんどくさかったので太陽と呼んでいる。そして、いつの間にかルルイエ帝国野球チームのメンバー達も太陽と呼び出した。実にいい加減な連中である。
遥達ルルイエ帝国野球チームは白色のユニフォームである。彼らに対峙するように整列している魔王率いる野球チームは対照的な黒色のユニフォームであった。全身、黒。ベルトも、スパイクも、帽子も全て黒。漆黒の闇を思わせるくらいに黒であった。魔王や彼が率いる野球チームから放たれる闘気にルルイエ帝国野球チームは少し驚いていたが、遥は全身黒なんてカッコイイな、厨二病をこじらせている従兄が喜びそうだ、くらいにしか感じていなかった。自分も全身黒をカッコイイなんて思っているあたり、遥も十分どうかしていた。
「ククク、まさか、召喚されてその年のうちに決戦を挑まれるとは思わなかったぞ。勇者対魔王の対戦は最低限翌年に持ち越されるのがルール、いや、明文化されていないのだから、暗黙の了解だったのだがな。冬になるまでに十六翼将、八鬼軍曹、四天王が率いるすべてのチームを破ってくるとは思わなかったぞ。が、その快進撃に敬意を表して、貴様らの挑戦を受けてやろう」
「分かったから、いい加減手を離せよ。試合が始まる前に私の右手を使い物にならなくしようなんて、薄汚い考えをしているんじゃないだろうな、鬼●郎?」
「貴様ぁーッ、俺を●太郎と呼ぶなぁーッ!!」
試合開始前の握手で遥の手を数十秒握り続けていた魔王であったが、怒鳴り声を発するとともに、遥の手を振りほどいた。
ちなみに魔王の本名は鬼●郎ではない。異様に伸びた前髪が右目を隠しているから、つい鬼●郎と呼びたくなったのだ。今代の魔王もまた、現代日本から召喚された人物であった。それ故その髪型できっと、鬼●郎とからかわれていたことが多かったのだろう。鬼●郎呼ばわりをスルーすることはなかった。むしろ、怒りを露わにしていた。
球審になだめられる形で、それぞれのポジションに移った。遥達はまた、先攻である。
魔王城に隣接する野球スタジアム。バックスクリーンにくっつくようにして、魔王城が聳え立っていた。
魔王チーム対勇者チームの伝統の一戦がこの場所で開かれるのは、何世代ぶりであろうか?
一回表の攻撃は三者凡退に終わった。毎度のことである。
「しまっていこー!!」
「「「応ッ!!」」」
遥のかけ声にチームのメンバーが応える。なんだか、初めてチームっぽいな、などと思ってしまう遥。やはり、魔王チームが対戦相手ともなると、自分でも緊張するらしい。
一回裏、ツーアウト二塁。まともに得点圏にランナーを進めてしまった遥。バッターボックスには魔王。
「狙いはホームラン一択よ。勇者よ、本気で来いよ。打たれた後で本気じゃなかったから、などとほざかれてはたまらないからな」
「魔王相手に、手加減など出来るワケ、ないだろう?」
遥は、今日は最初から最後までクライマックスのつもりである。「最初から最後までクライマックスって、要するにずっと平凡じゃね?」、などと従兄は言っていたが。
ツーストライクまであっさりと追い込んだが、流石は魔王であった。ほんの少し甘く――四天王クラスでもとらえられないであろう――入ったボールを上手く腕をたたんで、打ち返した。打球はグングン伸びて、センターの頭上を越えた。
「ち、スタンドまでは届かなかったか。が、まずは一点だ。この一点が運命を左右するかもしれんな」
魔王は軽い足取りで一塁へと走り出した。一点取れればいいし、二点目を取れるとは思っていない口ぶりだった。
遥の視界に二塁ランナーが三塁をまわって本塁へと突っ込んでくるのが分かった。返球はどう考えても間に合わない――。
しかし、恐るべきスピードで遥の顔のすぐ横をボールが横切り、キャッチャーミットに収まった。ランナーはまだ、本塁と三塁の中間にいた。挟み撃ちにされたランナーは何度か三塁と本塁の間を行ったり来たりしたが、諦め、最後にホームにキャッチャーを殺す勢いでスライディングした。その頃には本塁のカバーに入っていた遥が三塁のゲンからボールを受け取り、スライディングした足をかちあげる勢いでランナーの足にタッチした。骨の砕ける音が聞こえた。
「アウト!!」
魔王は挟殺プレーの間に三塁まで進んでいたが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。一点取れなかったのが悔しいようだ。
ランナーは遥のアッパーカット気味のタッチによって膝を砕かれ、歩けなくなったところを他のメンバーに引きずられていった。のちに遥の放つアッパーカットが“絶望アッパーカット”と呼ばれる所以となった一撃であった。
その後は、五番打者を三振に打ち取り、初回は無失点で切り抜けた。
「ねね、ハルカ、どう、私をチームに引き入れておいてよかったでしょ? この四天王“最速”の私を、ね」
「ああ、助かったよ。ミアをチームに入れておいて本当によかった」
遥は寄り添ってきたミアの頭を撫でてやる。ミア、四天王の一人で四天王“最速”を誇る少女であった。人間ではなく、その茶色の髪の毛が生えている頭部からは山羊型の角が生えている。角っ娘魔族である。そのミアは遥に頭を撫でられ、ご満悦であった。小柄なミアは遥にとっては可愛い妹分となっていた。二人の後ろでアリアが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
四天王三人目であるミアチームとの対戦で、彼女達を打ち破った後、ミアがルルイエ帝国野球チームに入れて欲しい、と言ってきたのであった。
メンバーは全員反対したが、「面白そうだ」の理由でミアはルルイエ帝国野球チームのメンバーになったのである。今日はセンターでスタメン出場している。本来のセンターであるマリアはベンチスタートであった。
そう、先ほどの返球はミアによるモノであった。
「さ、次は私がバッターの番だ。行ってくる」
「行ってらっしゃい」
遥はベンチから勢いよく飛び出した。
「お帰りなさい」
「キャッチャーファウルフライで一球で戻って来ちゃった」
その後は一進一退の攻防が続いた。
敵チームの投手を攻めあぐねたのである。魔王チームの投手は魔王であった。
そして、九回表、ツーアウト。
四巡目であり魔王の投球に慣れた遥は、魔王の投じたボールを芯でとらえ、バックスクリーンへと、否、バックスクリーンを越え、魔王城へとぶち込んだのであった。
遂に、均衡が破れた。
試合の行方は、九回裏の攻防に委ねられることになったのであった――。