6回表~「安心してください、ちゃんとはいてますよ」~
四天王最初の一人との対戦を明後日に控えたある日、遥たちルルイエ帝国野球チーム一行は、練習を終えた後、あてがわれた宿に泊まっていた。選手たちの宿泊する宿は中立地帯とされ、魔族、人間族を問わず宿への攻撃は禁じられている。禁を破って攻撃を加え、それが発覚した場合――大半のケースでは発覚しなかったとしても――、連帯責任でチームの敗北が決定づけられている為、禁を破っての攻撃などはまずされていない。スポーツマンシップがどうこう、とかいう話らしい。
「だから、こうしてアリアと一緒に安心して寝られるよ」
「なんで一緒のベッドで寝る必要があるのかな……?」
アリアをチームのマネージャーとして引き入れて以来、練習時間以外、遥はほぼアリアと一緒にいた。独占欲もあるにはあるが、ちゃんと理由があるのだ。
「そんなことはどうでもいいから、寝よ? 明日は練習オフにしたし、多少ベッドの上で運動しても構わないし」
「ベッドの上での運動って……」
顔を赤らめるアリア。思い当たる節があるらしい。
「さて、では……ッ!?」
アリアに覆いかぶさろうとしたその刹那、部屋のドアがノックされた。その音に舌打ちをする遥。
「だ、誰か来たよ、ハルカ?」
「無視無視。そんなことより、ベッドの上での運動を……」
再度ノックされるドア。黙って様子をみようとしたが、居留守は使えないようだ。
「いるんだろ、ハルカ? 出て来い。話がある」
「ああっ、クソッ、イイところで……ッ!!」
ドア越しに声をかけてきたのはヴィンセントだ。こういう時のヴィンセントはしつこい。そのことを経験で学んでいた遥は、ベッドの中での運動を諦め、ヴィンセントの話を聞くことにした。嫌な予感しかしないし、嫌な予感はたいてい当たるのだ……。
「どうした、ヴィンセント……ッ!?」
ドアを開けた先には、バスローブを纏ったヴィンセントがいた。しかし、その格好は普通のバスローブ姿ではなかった。
両腕の部分が肩の所から無惨に引きちぎられ、ヴィンセントの両腕は剥き出しになっていた。
「何があった……ッ!? いや、別に言わなくていい。だいたいの想像はつく」
「まあ、そう言わずに聞け。敵からの攻撃を受けたワケじゃない」
「……」
「自分で引きちぎったのだ。どうだ……、ワイルドだろう?」
「あっ、そう……」
いきなり右手に力こぶをつくって見せつけてくるヴィンセント。ワイルドさをアピールしているのだろうか?
「見さらせ、この力こぶ!! カッヂヴァッ!?」
鼻血が噴き出すヴィンセント。遥の超高速右ストレートが決まったのであった。最後まで言わせるのは危険な感じがしたのである。
最近、ヴィンセントはこういった奇行が多い。やたらとアリアに声をかけるので、それにブチ切れた遥が突き合っていると噂のゲンとシュウの部屋に簀巻きにしてとある晩に放り込んでからというモノ、ヴィンセントは変わったのだった。部屋からは暫くの間、ヴィンセントの「アッーー!?」という声が響き渡っていたらしいが、やがてその声は聞こえなくなったという話であるが、変わったのはその翌朝からだ。
やたらと筋肉への信仰を口にするようになった。やれ筋肉は裏切らないだの、世界で一番信用できるのは自分自身ではなく、自らが鍛える筋肉だ、などと言うようになったのだ。
しかし、遥は筋肉への信仰は持ち合わせていなかったのでマッスル信仰など、どうでもよかったのだ。
「いつになったら俺を試合に出してくれるのだ!? 俺だけ活躍の場がないではないか!!」
遥が来てからというモノ、ピッチャーの座も四番打者の座も奪われたヴィンセントは、ベンチウォーマーと化していたのである。
「監督にでも聞いてくれ」
「監督もコーチも遥が来てからただのお飾りじゃないか!!」
試合や練習に関しては、いつの間にかすべて遥が決めるようになり、監督やコーチはただの引率者になっていた。今日も夜の町――歓楽街だ――にしけこんでいるらしい。屑どもめ。
「なあ、俺はいつになったら試合で活躍できるんだ?」
「心配するな。その日はいつか来る。だが、お前をそう簡単に試合に出すワケにはいかないんだ。何故なら……」
「何故なら……?」
「何故なら……」
「何故なら……?」
ボカしたくらいでは引き下がりそうにない。
「お前は私達の秘密兵器だからだ。試合に出して情報を漏らすのは得策ではないんだ」
「そ、そうか、俺は秘密兵器か……!!」
「あ、ああ、そうだ、ヴィンセント、お前は秘密兵器なんだ。簡単に試合に出すワケにはいかないんだ!!」
どうやら遥の苦し紛れのいいワケに納得してくれたようだ。ホッと軽く息を吐いた。よかった、単純で。よかった、脳筋で。……こいつ、本当に変わったな。おかしくなったよ。
「そうか、俺は秘密兵器。秘密兵器なのだな。フーッハハハハ!!」
一息つくたびに、なにやらポージングをとり出すヴィンセント。ボディービルでよく見るポーズだが、ボディービルに興味のない遥にはポーズの名前は分からない。分かりたくもない。
しかし、気になることがあった。ヴィンセントがポージングをとるたびに、バスローブの股間の部分が揺れ動き、何か揺れているように見えるのだ。
「ヴィンセント、貴様、まさか、下着をつけずに女性の部屋を訪ねてきたワケじゃないだろうな……?」
「ん……? 下着だと? 何を言っている? 下着など、筋肉に対する信仰の前には塵芥も同じ存在よ」
コイツは、いったいナニを言っているのだ? 遥にはヴィンセントの思考が、言動が理解できなかった。
「つまり……?」
「安心してくれ。ちゃんと脱いでマズッ!?」
魔力を込めた一撃でヴィンセントを吹き飛ばし、くだらない会話を終わらせることにした。試合や練習よりも疲れた。
ヴィンセントが吹き飛ばされた先にはヴァンとシュウがいて、「やはり駄目だったか。仕方あるまい」「では、筋肉について一晩中語り明かすとするか。ベッドの上でな」「マッスルマッスルゥ!!」などとよく分からない会話をしながらヴィンセントを引きずっていった。
くだらない、無益な会話を終わらせ、遥は眠ることにした。
ああ、アリアとベッドの上での練習をしよう。
そう思ってアリアが眠るベッドに潜り込もうとしたが、アリアはスヤスヤと寝息を立てていた。
「ああ、もう、なんて日だ……!!」
アリアを起こすのはしのびない。ベッドに潜り込んで、アリアの存在を感じながら寝るだけにとどめよう。
嫌なことがあった日でも、アリアの傍では安心して眠れる。
彼女は、私にとって春の陽だまりのような、温かい存在だ。アリアは誰にも渡さない――。そんなことを考えながら、アリアを抱きしめて遥は眠りについた。
「お休み、いい夢を――」