5回裏~雑魚戦はダイジェスト~
暑い、否、熱い夏が始まった。
シスターでもあるアリア・カーペンターをマネージャーとして招き入れたルルイエ帝国野球チームは結束を固めて、異世界甲子園へと乗り込んだのである。
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「アリアを私にください」と司祭に頼んだ――その瞬間、言い間違えたことに気付き顔を真っ赤にした――遙に、司祭は簡単にOKをした。「こんな激しい愛の告白は聞いたことないわい」と、楽しそうに笑いながら。アリアのどんなところが気に入ったのか、とか、初めて会ったのはいつか、とか根掘り葉掘り聞いてきたくらいである。今日が初対面で一目惚れだと告げたら何故か残念そうな顔をしていた。
ルルイエ帝国野球チームのメンバーである事を告げると、司祭はかなりの事情通であるらしく、メンバーの裏事情をいくつか教えてくれた。
サードの重戦士ゲンとファーストの吟遊詩人シュウが突き合っている、トカ。
「突き合っている……? 付き合っているではなく……?」
「ほう、細かいニュアンスの違いを理解するとは、お主、やるな」
「仲の良い友人に腐女子がいたので」
二人が何を言っているのか理解できないアリアはただ、呆然と立ちすくんでいるだけだった。
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十六翼将最初の一人が支配権を持つ地域へとルルイエ帝国野球チームは、泥だらけのユニフォーム姿でやって来た。
そんな彼らを十六翼将最初の一人は嘲笑った。
試合には負けたけど、練習は必死にやったから許してくれ、とそう言い訳でもするつもりか、と。貴様らをここで返り討ちにし、来週にはルルイエ帝国帝都に乗り込んでくれるわ、と。
遥を除いたルルイエ帝国野球チームは屈辱に唇をかんだが、遥は平然としたモノであった。昨年、支配権を奪われた時に一度挑んでコテンパンにやられていたから、遥以外のメンバーには忸怩たるものがあったのだろう。
「両チーム、フェアプレーを心掛けるように」
審判の声に従い、両チームが握手をした。十六翼将最初の一人――翼を持つ人型の魔物だ――と握手をしようと手を伸ばした遙に声をかけてきた。遥をみくだした声で。
「おや、第一皇子が主将じゃなく、可愛い女の子が今年は主将か。ククク、舐められたモノだな。お前と、あの銀髪の女は試合の後、かわいがってやるぜ」
「へぇ……?」
「ま、どうせ勝つのは俺達だからな。てめえらは戦利品だ。男はどうでもいい」
「へぇ……?」
遥と十六翼将の一人を除いて、残りのメンバー達は守備位置へと散ったり、ベンチにさがったりと行動を開始した。
「おいおい、いつまで俺の手を握っているつもりだ? 試合が……ッ!?」
力を試すつもりで強く握っていたが、相手が戸惑うような表情すら見せなかったので手を離そうとしたが、彼の方からは手を離すことは出来なかった。
「調子に乗るなよ、雑魚が……ッ」
目の前の少女から底冷えするような声が発せられた。
やがてメキメキ、と自分の右手から音が聞こえて来た。力の入れ方を目の前の少女が変えたのか、いつの間にか自分が膝を地につける格好になっていた。冷や汗が流れ出していた。黒髪の少女から自分を引き剥がそうとする自身のチームメイトはいなかった。審判ですら声をかけようともしなかった。皆、目の前の少女の放つ殺気に怯えているのである。
「お前らなど、コールド負けにしてやるよ。それと、アリアは私のものだ。貴様ごとき愚物が手を触れることすら許さん」
十六翼将最初の一人は、己の右手が使い物にならなくなる音を聞いた。
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一回表のルルイエ帝国チームの攻撃は三者凡退に終わった。
一回裏、十六翼将チームは十六翼将の指示を受け、敵チームを抹殺することに決めていた。ピッチャーは黒髪の少女であった。
一番打者はセーフティーバントで三塁側に上手くボールを転がし、ファーストまで自慢の俊足をとばし、一塁手を抹殺する為にスライディングの体勢に入った。否、入ろうとした。ランニングから姿勢を変えようとした瞬間、背中に衝撃を受けて、1番打者は外野フェンスまで吹き飛び、めり込み、自力でフェンスから抜け出すことは出来なかった。
「一番打者、TKO」
一番打者の背中を殴りつけるような姿勢をしていた遥の右手には、ボールが握られていた。いつの間に一番打者に追いついたのか、視認する者はいなかった。
「アウト!!」
塁審のコールが響いた。
二番打者は2ストライク後、ど真ん中に決まったストレートで金属バットと手首を粉砕され、ベンチへとひきさがった。遥の右手から放たれたボールはキャッチャーミットに収まっていた。三球三振である。
三番打者は金属バットと二番打者の手首を粉砕した相手ピッチャーの球威にビビり、戦意喪失し、ど真ん中に放り込まれたボールをただ見送るだけであった。
二回表、エースで四番の遥が放った打球はピッチャーライナー。打球は捕球しようとしたピッチャーのグローブを突き破り、グローブの後ろにあったピッチャーの胴体を突き破り、勢いを殺さずにバックスクリーンへと肉片ごと突き刺さった。ソロホームランでルルイエ帝国野球チームが一点先制した。
十六翼将が泣きながら審判に試合中止を求め、ルルイエ帝国チームの勝利となった。
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「よく来たな、俺は十六翼将二人目の――」
「十六翼将三人目の――」
「以下同文」
「以下略」
「……」
「…」
「あべし」
「ばべら」
「アッー!?」
「ぎゃふん」
「切腹ッ!!」
「きゃいん」
「しぇーっ」
「ごめんなさい、許してください」
「おら、故郷に帰って、農業やるだよ」
異世界甲子園始まってルルイエ帝国野球チームの快進撃はとどまる事をしらず、一月も経たないうちに十六翼将率いる十六のチームは文字通り全滅した。
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「十六翼将は全員敗れた、か……」
「ふん、だが、我らを十六翼将などという雑魚と一緒にしないでもらおうか」
「そう、次は、我ら八鬼軍曹が貴様らの相手よ」
「十六翼将など、例えるなら地方予選一回戦コールド負けも同然のチーム。我ら甲子園常連校レベルを簡単に倒せると思うなよ」
「いや、ホントすいませんでした。ナマ言って申し訳ありません」
「我らなど、地方予選三回戦レベルでしかありませんでした」
「一から修行しなおしてきます」
「世界は広い、な……」
ルルイエ帝国野球チームの怪進撃はとどまる事をしらず、十六翼将撃破後二週間と経たずに八鬼軍曹を殲滅したのであった。
※TKO……タッチ・ノック・アウト。