4回表~高校野球といえば、女子マネージャー~
炎天下の中、ルルイエ帝国帝都野球場のグラウンドには死体と見間違うほどにピクリとも動かない――呼吸で胸が上下しているくらいである――ルルイエ帝国野球チームの選手たちが転がっていた。監督やコーチも転がっている。
「何だ、このくらいでへばったのか? 甲子園に出場する高校は、きっとこの程度の練習量じゃないぞ?」
へんじはない。ただのしかばねのようだ。そんな名文句が遥の脳裏に浮かんだのは、きっと年上の従兄のせいに違いない。
「いくら何でもやりすぎじゃないか?」
唯一の例外であるマリア――彼女は遥の補佐をかってでていた――が問いかけてくる。
「千本ノックくらい軽くこなしますよ、高校球児は。なのに、こいつらときたら……」
高校球児の練習量などまったく知らないくせに、適当に言ってのける遥であった。
「流石に今日の練習はここまで、か。もうすぐ、甲子園の季節だ。時間はいくらあっても足りないと言うのに……」
遥のひとり言は、熱風に舞い上げられ、蒼天へと昇っていった。
――――☆☆☆☆――――
異世界甲子園。この世界に甲子園球場などない。が、システムの名前は人間側――異世界召喚されてやって来た勇者――からも、魔族側――こちらも異世界召喚されてやってきた魔王――からも反対意見は出ずに、すんなり決まったそうだ。
領地争いを戦争などによらずに解決する手段として構築されていったシステムである。
開催期間は夏から秋にかけて。冬になると雪に埋もれてしまう野球場が多いからである。
異世界であろうと、甲子園を謳うだけあり、各地に作られた野球場は立派な施設が多い。野球場以外は剣と魔法の世界的な世界観であるから、野球場だけが浮いていると言えなくもない。
甲子園を謳いながらも、一か所の野球場でトーナメントを行うワケではない。支配をしたい地域の野球場で試合を行い、勝ったチームがその地域の支配権を得るのである。そして、三年間支配権を持ち続けることが出来れば、実効支配に移れるのである。支配された地域に住む者は、その三年間の間にその地域に住み続けるか、移住するかを選択することが出来る。その地域から移住する場合は、自由に行先を選択できる。
が、身体能力に勝る魔族たちが勝ち続けた結果、ルルイエ帝国に膨大な難民が押し寄せ、食糧問題などが起きているのであった。
ルルイエ帝国周辺地域はまだ、魔族は支配権を得て一年経っていないので、この地域の支配権を奪い返す事が出来れば、難民問題、食糧問題が軽くなる筈であった――。
――――☆☆☆☆――――
「難民問題や、食糧問題を野球で解決しようなんて、どっかおかしいんだよねぇ……」
炎天下での練習で――水分補給は簡単にはさせなかった。初日の怒りはまだおさまっていなかったのである――チームメイトがぶっ倒れたので、遥は独りで帝都にくりだしていた。チームメイトの事はマリアに任せてある。
「なんていうか、重大な問題だけど、モチベーションが上がらないんだよね」
現代日本で仮初めの平和を享受していた遥に難民問題やら食糧問題やらを考えろと言われても、無理な注文であると言えよう。
それどころか、野球の練習を開始しても勇者補正のおかげか、すぐに基礎的な体の動きなどをマスターしてしまい、やる事がなくなっていた。
第一皇子であるヴィンセントからまきあげた小遣いで冒険者の衣装を買い込んだ遥は、ただブラブラと帝都を歩いていた。
やりたいことは特にない。なので、ただ歩くだけである。
「平和だよねえ……」
帝都のすぐ近くには難民もそこそこいるようではあるが、帝都の中はまだ平和であり、活気もあった。
遥の耳には、「勇者召喚がなったんだ。領地を取り戻してくれるだろうよ」とか「大丈夫か? 今度の勇者は?」などといった会話が意識せずとも入ってくる。
その会話から逃げるように早足になった。
そして、迷った。
「ま、帰る時は城を目指せばいいから、気にする必要もないか」
年上の従兄――そこそこのヲタクである――からよくない影響を強く受けた遥は、無駄に楽天家であった。
気が付けば遥は古びた教会にいた。何故ここに足を向けたのかは分からないが、この世界の教会を見ておくのも悪くないか、と扉に手をかけ、教会の中へと足を踏み入れた。
色鮮やかなステンドグラスや彫刻などが遥を出迎えた。遥の知識では彫刻などとしか言いあらわせないが、素晴らしい美術的な価値があるように見えた。
「はぁ、ここなら一日中見ているだけで時間が潰せるわ」
椅子――遥の知識では、長椅子でしかない――に腰かけ、ステンドグラスなどを見ているうちに、いつの間にかウトウトしていたようだ。
誰かが自分の手を握る感覚に気付き、目を開けると、そこには――。
「大丈夫ですか? 手がだいぶ痛んでいたようですよ。簡単に治療をしておきました。ゆっくり休まれたら、貴女のいるべき場所へと、お帰りなさい」
銀髪蒼眼の、シスター服に身を包んだ自分と同じ年頃の少女がいた。彼女の手からはあたたかい光が漏れていた。どうやら、簡単な回復魔法をかけながら遥の手に包帯を巻いてくれているようだ。
「超ど真ん中」
「はい?」
寝ぼけているのだろうか、くらいに銀髪の少女は思ったのかもしれなかった。
「お名前を教えていただけないでしょうか?」
包帯を巻き終え、自分の傍から離れようとした彼女の両手を、気が付けば包み込むように握っていた。
「私は神代遥と申します。こちら流に言えば、ハルカ・カミシロ。よろしく」
「あ、アリア・カーペンター、です」
アリアは少し顔を赤らめながら、遥の問いに答えていた。
「ルルイエ帝国野球チームの、マネージャーになってください!!」
「ええええ!?」
事情を話したら、司祭の了解がとれればマネージャーになってもいいということになった。アリアとしては、この教会の仕事もそこそこ忙しいし、司祭が了解をするとも思えなかったから、この条件を出したのであった。
司祭が出先から帰って来るのを待ちながら、遥はどうすればアリアをマネージャーとして迎え入れることが出来るかをひたすら考えた。
やはり、高校野球には可愛い女子マネージャーが必要だ。可愛い女子マネージャーがいれば、モチベーションも上がるというモノである。ルルイエ帝国野球チームの男どもの為ではない。自分の為である。中学高校と剣道をやっていたが、やたらと後輩たち――女の子である――にモテていたせいか、遥は可愛い女の子に目がなかった。彼女たちにモテるために剣の道を突き進んでいたと言っても過言ではない。頭のネジがおかしな方向に緩んでいる、とは同級生たちによる遥の評判であった。
やがて、出先から司祭が帰って来た。
アリアをマネージャーとして、ルルイエ帝国野球チームに招き入れたい。許可を願いたい。そう、口に出した。否、口に出した筈であった。
「アリアを私にください!! 幸せにします!!」