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3回表~ルルイエ帝国野球チーム、結成~

 キョトン、とした表情を浮かべていたのは腰近くまで伸びた艶のある黒髪の少女。年の頃はまだ、十七、八くらいであろうか。

 そんな少女を大勢の人間が見つめていた。彼らの目には落胆の色が浮かんでいた。


「そ、そんな……、プロ野球の選手とかじゃないのか……?」

「嘘だろ……」

「いくら勇者補正がつくからと言っても……」

「ああ、ルルイエ帝国もお終いじゃ……」


 泣き崩れる大人たちを前に、少女は冷静であった。


「あの……、説明をお願いします……」




「なるほど、この世界では領地争いを野球でしている、と。ある意味平和ですね」


「平和、というワケではないぞ。プレイ中に亡くなることだってあるのだからな」


「そうなんですか……」


 とりあえず監督だと名乗るナイスミドルなおじさんから説明を受けた少女――神代かみしろはるか――はよく分からない世界に召喚されてしまったのだな、くらいにしか考えていなかった。プレイ中に亡くなる、なんてせいぜいが不慮の事故だろう。


「奴らは身体能力に優れているからそこまで非道なプレイはしないけどね、しかし、相手が勇者チームともなると、話は別だ。殺人スライディングや本塁クロスプレーでキャッチャーを殴り殺すことなど、なんとも思わんのだよ」


「ルール違反でしょ、それ」


「審判も魔族の報復が怖くて、ルール違反と告げられないのだ。あいつらは結構そういうところが上手いし、審判の目をごまかすくらい、奴らにとって簡単なんだよ」


「なんだそりゃ」




 色々とこの世界の事を説明されたあと――言葉や文字が理解できるのは勇者補正のおかげらしい――、グラウンドに場所を移し、勇者チームの仲間を紹介された。遥もまた、簡単な自己紹介を済ませた。


 1番・ライトは騎士ユゴス。俊足である。

 2番・レフトは魔道士ゴメス。風魔法を上手く駆使したレーザービームが魅力的だとのこと。

 3番・キャッチャーの重戦士ヴァン。見た目に反して俊敏らしい。

 4番・ピッチャーは第一皇子ヴィンセント。イケメンである。

 5番・サードは重戦士ゲン。足は遅いが、それをカバーする長打力の持ち主で守備も上手い。

 6番・セカンドは騎士団長ゴウ。いぶし銀の守備職人。

 7番・センターは紅一点の騎士マリア。広い守備範囲も持つ。

 8番・ショートはルルイエ聖教の司祭ゴンザレス。顎髭のうっとうしい男である。

 9番・ファーストは吟遊詩人シュウ。美声の持ち主である。

 他に控えメンバーが数人。


「勇者ハルカよ、君にはマネージャーでもやってもらうかな。野球をやったことがないと言うのなら、そこがベストポジションであろうよ。可愛い女の子がマネージャーをやってくれるのならば、俺達の士気も上がるというモノよ」


 そう遥に声をかけてきたのは、4番でピッチャーのヴィンセント。見下みくだしているのがありありと分かる態度だった。周りのメンバーも声をあげて笑っていた。マリアを除いて。彼女はこの馬鹿どもは、といった表情をしていたが、周りのメンバーを制止することはなかった。

 しかし、彼らのあからさまな態度に遥は怒りをあらわにした。


「あ?」


「なんだ? 不満があるのか? 先程自分で野球の経験はないと言っていたではないか」


「野球の経験は確かにない。けど、初対面の人間にバカにされるのは不愉快だね。勝負しようじゃないか」




「おいおい、大丈夫かい? ヴィンセントはバカだけど、野球は上手いよ」


 紅一点のマリアが心配そうに声をかけて来たが、遥も後にはひけなかった。


「ま、やってみれば分かりますよ。私だって“剣道小町”と呼ばれているくらいなんですから、運動神経はある程度ありますよ」


 遥は剣道の有段者であるが、球技はほとんど遊びでしかやったことのない人間であった。無謀な挑戦といえた。


「ま、でも、せっかく異世界召喚されたんだ。異世界来てまで野球をやる意味はよく分からないけど、やるからにはエースで4番。甲子園といえばエースで4番ですよ」


 異世界の文化には疎いマリアにはよく分からないこだわりであった。




 まずは打力を見ることとなった。

 右のバッターボックスに入る遥。服はマリアの練習着を貸してもらっている。


「……」


「なにか不満でもあるのかい……?」


「胸の所は余裕があるのに、腰まわりが少しきつくて……」


 噴き出すメンバー達。恥ずかしさか怒りか、顔を紅潮させる遥。

 その笑顔が蒼褪めるまでに、そして遥の顔に笑顔が戻るまで、数分も必要とはしなかった。

 わずか数回の投球を見ただけで、ヴィンセントの150キロ台の速球も、各種変化球も――決め球のチェンジアップでさえも――バックスクリーンに軽々と弾き返していたのである。それどころか、途中から色んな角度に打ち返しだして、各ポジションへのノックを開始しだしたくらいであった。

 ピッチャー以外に興味なし、と言ってあがったマウンドでは、数球の動作確認をしたあと、控えメンバーまですべての打者を相手に三振と凡打の山を築いたのであった。




「あんた、本当に野球やったことなかったのかい……?」


 マリアが疑問に思うのも当然であった。いくら勇者補正があるといっても、おかしすぎた。打席に入った時も、ピッチングを始めた時も遥の動きは素人のそれだったからだ。成長というか、動きが熟練者のそれに追いつくまでが早過ぎたのだ。


「完全に素人ですよ、私は。今でも、ね」


「じゃあ、何であんな動きが……?」


「野球なんて、プロ野球や甲子園を観るだけで、そして野球漫画を読んでいるだけで簡単に出来るようになりますよ」


 野球に携わる者すべてに喧嘩を売るかの如きセリフであった。




 異世界召喚初日にして、神代遥を4番・ピッチャーに迎えたルルイエ帝国野球団。

 ここから彼らの快進撃が始まるのだが、それはもう少しあとのことである。






「さーて、まずは可愛い女の子をマネージャーに採用しようっと。私のモチベーションをあげる為にも、ね」


 勇者神代遥の、物語はまだ始まったばかりである。



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