1回表~またの名をプロローグ~
白球がミットに吸い込まれると同時に、球審の声が蒼天に響き渡った。
「ストライク!! バッターアウト!! ゲームセット!!」
悔しがるバッターがバットをグラウンドに叩きつけるのとは対照的に、マウンド上の少女は軽く微笑んでいた。余裕の笑みであった。
勇者軍の勝利が確定した瞬間、バッターボックスの中から翼を持つ異形がマウンド上の少女へと踊りかかった。
「ニンゲンに野球で負けた屈辱を今後も味わい続けるくらいなら、いっそ貴様を殺し……ッ!?」
だが、異形が最後まで言葉を続ける事は出来なかった。先ほどまで白球を投げていた右腕には、いつの間に握られたのか分からぬ聖剣があり、軽々と振られたソレに異形は一刀両断されていたからである。
魔石すら残さず塵と化した異形には目を向けることなく、少女はマウンドを降りた。
「十六翼将、最後の一人、か……」
魔王軍配下十六翼将最後の一人は、少女に名を覚えられることなく、試合に負け、勝負にも負けたのであった。
――――☆☆☆☆――――
アナザーファーガイアと呼ばれるこの世界。
この地には人間や亜人間の他に魔族と呼ばれる存在がいた。その魔族の中で最強の存在が魔王であった。
魔王は他種族を支配し、この世界を蹂躙する事を己の存在価値としていた。
強大な力を持つ魔王は己の支配地域を拡大し、大陸の大半を手中にしていた。が、人間たちもその支配を受け入れたわけではなかった。
魔王に対抗する為に人間と亜人間の一種族であるエルフが手を結び、禁呪を使用したのである。
禁呪――異世界からの勇者召喚――。
勇者の活躍により、魔王は討たれた。
が、魔族もまた禁呪に手を出した。異世界からの魔王召喚である。
異世界からの魔王召喚はなった。が、召喚されたのはごく普通の高校球児であった。
召喚された魔王は血で血を洗う抗争に嫌気がさし、魔族と人間の抗争に違う方法を提示したのである。
「野球で決着をつけよう」
その意見に血で血を洗うことに嫌気がさしていた――仲間の一人で恋人の聖女が四天王の一人に殺されていた――勇者が賛同した。
こうして、異世界から召喚された魔王と勇者によってルールが策定され、領地の争いは野球で決められることになった。
“異世界甲子園”の始まりである。
――――☆☆☆☆――――
時は流れ、勇者と魔王は何代も交代したが、人間と魔族の争いはいつしかほぼすべて野球で決着がつけられることになった。
が、身体能力に勝る魔族軍が徐々に領地を増やし、人間の支配する領地は、やがて勇者召喚を執り行えるルルイエ帝国のみとなった。
先代の勇者が試合中の事故により命を落としたこともあり、ルルイエ帝国は藁にもすがるかの如く、再度勇者召喚を行った。これで、野球を知らないような者が召喚されればお終いである。
ルルイエ聖教の巫女や宮廷魔道士が己の持つ力を全て注いだ勇者召喚の魔方陣に浮かび上がったのは――。