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入部試験  作者:
入部試験
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第九話

 結局。

 私は朝六時に起きたため美穂と一緒に朝ご飯を食べることができて(いつもは間に合わないのだ)、早めに着替えて早めに家を出ようとしたら、丁度迎えに来てくれた風花と会った。

「あら、おはようございます、美奈子さん」

 いつも風花は七時三十分くらいに私の家の前まで迎えに来てくれるのだが、私はその時間帯朝ご飯を食べている真っ最中なので、結局風花には二十分くらい待ってもらうことになる。あまりに申し訳ないので少し時間を遅らせてはどうかと提案したのだが、『一度決めたことはよっぽどのことがない限り守らなくてはいけません』だそうで、頑固に毎日七時三十分にやってくる。ただやってみれば分かるが何もせずに二十分間人を待つのは結構骨の折れることなので、風花は毎日一冊本を持ってきて、私の家の前の電柱にもたれかかって読んでいる。風花は速読という特技を持っていて、その二十分間で毎日一冊ずつ本を読むことを目標にしているらしい。そして恐ろしいことに目標を達成できなかった日は一日としてないという。

 失礼、話がそれた。

「おはよう、風花」

「美奈子さん、今、何時ですか?」

「え?いや、どうして?」

「いえ、美奈子さんが家から出てきているのに、私の時計は今七時三十一分を指しているのです。おそらく時計が狂ったのでしょう。現在時刻を教えていただけませんか?」

 私を時間の基準にするなよ。私は毎日決まった時間に散歩をするどこかの哲学者ではない。だいたいその時計はクォーツじゃないのか。一日で二十分も狂うわけがないだろう。というかどんな安物でもそんなには狂わない。

「あのね風花、私だって毎日七時五十分に家を出るわけじゃないの。今日はたまたま早起きしただけ」

「おや。雪でも降るのではないでしょうか」

 ……馬鹿にするような口調だが、風花の場合は素でこれを言っているのだからタチが悪い。まあ悪気はないので笑って流してやろう。

「しかし、早起き……ですか。何時に起きたのですか?」

 言いつつ歩き始める風花。あわてて追いかける。

「んー……六時くらいかな」

「雹が降りかねませんね」

 くそー!人を馬鹿にしやがって!字面が似ていても度合いが全く違う!今度という今度はさすがの私もキレた!

「ああ、すみません。悪気はなかったのですが……」

 そう言って申し訳なさそうに縮こまる風花。そんな風になられるとこっちも怒りにくい。

「まあ冗談はこれくらいにしておいて……本当に早起きですね。何かあったのですか?」

 冗談のつもりだったのか。――しかしこの間も思ったが、風花に相談してもいいものだろうか?

「いえ、何でも相談してくださいね?色恋沙汰でなければどんな相談でも受け付けますよ」

 色恋沙汰って……さすがに言葉が古めかしすぎるだろう。――しかし、さっきの美穂の解説は少しわかりにくかったが、この優等生ならば、『背理法』とやらをわかりやすく解説してくれるのではないだろうか?

「じゃあ風花、『背理法』ってわかる?」

「ああ、数学の証明方法ですね?この間三村先生がおっしゃっていた……私的には、中学一年生であれを学習するのはまだ早いと思います」

 バッチリ何のことか分かっているじゃないか。しかし理解しているのならば話が早い。

「わかりやすく解説してよ」

「おや、勉強する気になったのですね……私、とてもうれしいです」

 それでは、と前置いて。風花先生の数学の時間が始まった。




 結局。

 風花の『背理法』についての講義は学校に辿り着くまでの二十分間をフルに使った、とてもハードなものだった。なぜ数学の証明方法一つで二十分もしゃべることができるのだろう。

 まあしかし、風花のおかげで『背理法』は隅から隅まで理解できた。今度の中学校初の半期試験で『背理法』が出題されたら、私はそこだけは完璧にこなす自信がある。というかいっそ風花が先生になればいいのだ。三村なんかよりずっとうまい。

 というわけで、今日の三村の授業での私の活動限界時間は三分間だった。

 だって風花に比べると雲泥の差だもの。睡魔に負けるのもやむなし。

 ともかく!

 今日の授業は三村以外は結構当たりで(鈴本という公民の先生が超絶的におもしろかったのだ)、他の五時間はなんとか居眠りすることなく過ごすことができた。

HRが終わると(うちの担任は短いのでうれしい)マッハのスピードでダッシュ!後ろのほうで風花が、『掃除をサボると先生に言いつけますよー!』と叫んでいたが、パス!

 ……よく考えてからこの学校に来てから一回も掃除をしていない。授業でも寝てばかりいるし、ひょっとして私は『不良女子生徒』のレッテルを貼られているのではないだろうか?不安が頭をよぎったが、今はそれどころではない。もともと私は『推理小説研究部』に入るためにこの学校を受けたのだ。進学とか成績とか素行とかどうでもいい。

 あっという間に部室に辿り着いた。今なら百メートル走でウサイン・ボルトに勝てるかもしれない。

 さすがの中条もまだ来ていないだろう。そう思いながら扉を開けると――またもや中条が座っていた。

 一体全体こいつはHR自体出ているのだろうか?しかも汗ひとつかいていない。 私?私は……まあ、ひどいありさまであるとだけ。

 よし、明日は欠席して朝から部室にいよう。そうすれば負けることはあるまい(おい)。

 とりあえず、座ろう。立ちっぱなしだと足が疲れる。

「で、何か思いついたことある?今日を入れてもあと三日だけど」

 うん、妹からヒントをもらって……あれ?なんだっけ?忘れちゃった。困ったな、全然思いだせない。まあいいか、帰ったら美穂にもう一回聞こうっと。

「うーん、私は全然。中条は?」

「いや、こっちもさっぱり。……というか、昨日言っていた『名探偵』は?」

「何か言っていたけれど、忘れちゃった」

「おい!」

「まあまあ、過ぎたことは過ぎたことよ。それに、うちの名探偵に頼り過ぎるのも良くないんじゃない」

「ん」

 お。中条が黙った。こいつに勝ったのは初めてではなかろうか。私が勝ったわけではないという点は棚に上げておくとして。

「まあ今日もう一回聞いてくるから、ね?こっちはこっちで『密室金庫』を考えましょう」

「そうだな」

 その後二時間三十分、考えに考えたが、何のヒントも得られなかった。

 あと二日。

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