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入部試験  作者:
入部試験
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第八話

 叙述トリック。

 というのはミステリ用語で、……うーん、どう紹介しよう?

 推理小説というのは、というか基本的に小説というものは地の文で書かれている事は真実である、というのが大前提だ。ただ一人称視点での語り部の勘違いや、『真実は書かないが嘘も書かない』といった方法で、小説内での出来事を読者に誤認させることはできるわけで……うーん。

 説明しているうちに頭が痛くなってきた。

 私はこのトリックを『ハウダニット』『フーダニット』『ホワイダニット』の三つと並べて推理小説四大ジャンルにすべき、という考えの持ち主だが、ここまで解説が難しいとは。

 まあ一冊でもこの形式で書かれた本を読めばわかると思うのだが、ここで例を挙げると、叙述トリックの概要を知っていて、かつその本を読んでいない人が『その本は叙述トリックを使っている』ということを知ってしまうと、読む面白さも半減すると思うのだ。

 というわけでここでは、アガサ・クリスティー作の『アクロイド殺し』をあげておこう。この作品を、叙述トリックを使っていることを知らずに読む読者は現在ではほぼいないだろうからだ。叙述トリックのフェア・アンフェア問題で広く世に知られた作品である。未読の方はぜひそこに注目して読んでほしい。ちなみに私はありだと思う。


 そして翌朝、水曜日の朝六時である。

 私は基本的に朝七時に起きることにしているのだが、小学五年生の我が妹――上原美穂は、朝起きてからランニングを三キロこなし、計算ドリルと漢字ドリルを二ページずつ済ませるために、毎朝六時に起きている。とても健康的で、世の中の保護者の方々には小学生の鑑と映るだろうが、美穂の恐ろしいところは、これらをすべて自主的に行っているところである。

 私の妹とは思えない。

 我が家はマンションであるので部屋数が少なく、したがって私と美穂は同じ部屋で寝ている。だから美穂は六時に起きる際に、まだうつらうつらしている私を気遣って、とても静かに部屋から出て行っている。やはり私の妹とは思えない。私からすれば美穂はどこへ出しても恥ずかしくない自慢の妹だが、美穂からすれば、私は不肖の姉なんだろうな……。

 話がそれた。

 今朝も美穂は変わらず静かに起きて、静かにランニングに出かけていったのだが、私の眠りが浅かったのだろうか。目が覚めてしまった。

 二度寝しようと思ったのだが、バッチリ覚醒してしまったので、やむなく洗面所へ向かう。

 こうなったら美穂が帰ってきたときに部屋で待っていてやろう。びっくりさせてやるのだ。

 十分後。

 鍵の開く音がした。

「ただいまー」

 ふふふ。時刻は六時二十五分。いつもなら私はまだ寝室で眠っている時間だ。さすがの美穂でもよもや私が起きているとは思うまい。

「お姉ちゃんただいまー」

 え?

 部屋の扉が開く。

「お姉ちゃん今日は早起きだねー」

 全く驚いていない……どころか、起きて部屋で待ち伏せしていたことまでばれていた。

 しかしこの程度のことは驚くには値しない。何しろ美穂は恐ろしく頭が回るのだ。こんな脳をもっている人間は私のまわりには他に相川部長だけだろう。

 しかし昔はそうでもなかったのにな……。三年生くらいからだったか、ここまで美穂の頭がよくなったのは。

 ともあれ私にも姉の威厳というものがある。そんなことはおくびにも出さず、

「うん、ちょっと目が覚めちゃってね……」

 と答える。

 しかしなぜ早く目が覚めたのだろう?

 美穂は机に向かいながら(計算ドリルをやるためだ)、

「あ、わかった。昨日言っていた、『探偵部』の本入部用試験の話?」

 そう、そうだ。その話だった。まあ細かいことを言えば『探偵部』ではなく『推理小説研究部』なのだが。

「そうなのよ……ねえ、情報はあげるから、何があるのか、考えてくれない?」

 威厳をかなぐり捨てて妹に頼る情けない姉。

 さらに十分後。

 さあ、すべて話したぞ!頼むから合理的な答えをくれ!

 しかし美穂が出した答えは、


「言えない」


 だった。

「…………」

 何それ。

「いや、勘違いしないでねお姉ちゃん。私的には仮説はあるんだよ?私の知ってる……じゃなくてお姉ちゃんから聞いた相川さんの性格からすると、多分間違いないと思う」

 じゃあ、教えてよ!

「えーとね……ちょっと待って、公平を期すために言葉を慎重に選ばなきゃ……」

 ブツブツつぶやく美穂。何のことだ?

「……とりあえず結論!私の口から仮定については何も話せない!不公平になるから!」

 なんだそりゃ!

 怒り心頭に発する私。いくら私の妹でも、限界がある!そんなふうにごまかして私から逃げられると思うなよ!

 しかし私の怒りは、美穂の次の言葉にあえなくペシャンコにされた。

「――でも、ヒントくらいはあげてもいいよ」

 うん、やっぱり妹に対して怒るなんて、大人げない。あっさり前言を翻す情けない姉。

「ヒントって?」

 藁にもすがる私。

「お姉ちゃん、背理法って知ってる?数学の証明方法の一つなんだけど……」

 あー、なんかこの間三村が授業でそんなことを言っていたような……うとうとしていたからよく覚えていないや。

「簡単に言うと……、Aということを証明したいとき、Aと逆のことを正しい仮定として証明を進めていくの。で、Aの逆を正しいとして論理を展開していくと、必ず矛盾が生じる。そこで、矛盾が生じたのはAの逆が正しいと仮定したから――つまり、Aの逆は間違いだということになる。これで、Aが正しいと証明できるんだけど……お姉ちゃん、理解できた?」

 正直、限界に近い。でも何とか飲み込めたかも。

「つまり、仮定が間違っていると、その後の結論に矛盾が出るから、それを利用する証明ってこと。……ねえ、分かる?」

 ごめん、美穂。できの悪い姉はよく分かりません。しかもそのヒントがどう密室金庫につながるのかさっぱり。でもまあ貴重な話だったから、中条に話せば何とかなるだろう。

 でもヒントをくれた妹には、お礼お礼。

「ありがとうね、美穂」

「どういたしまして。でもお姉ちゃん、私、不公平とかいろいろ言ったけれど、言わない理由、それだけじゃないよ?私、そんなに立派な人間じゃないし」

 ん?どういうこと?

「もしお姉ちゃんに仮定をペラペラしゃべって、それでその仮定が間違っていたら……と思うと、ね」

 思うと?

「私は結構、間違うのが嫌いなんだよ」

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