第七話
ホワイダニット。
というのはミステリ用語で、『何故犯行を行ったのか(動機は何か)』を主題とする推理小説のジャンルのひとつだ。英語のWhy(has)done it?からきている。 もっとも、少し考えてみれば分かる通り、純粋にこれだけで推理小説を書くのは少し厳しいはずだ。たいていの場合、ハウダニットやフーダニットの味付け程度に使用されるのが常である。最近の作品でホワイダニットのみを扱った作品と言えば、『満願』だろうか。
えっと……。『なくなっている』というのはつまり問題用紙がなくなっているということですか?
「金庫に入れていたものがなくなっている……密室状況下での盗難と言いかえることができますね」
とは中条の発言。
のんきに推理小説的思考を働かせている場合じゃない!
……待て。思いついたことが一つ。そろそろと挙手する私。
「なんだい上原ちゃん」
「あの……問題用紙がないのなら、本入部試験はなしということになりませんか?」
我ながらすばらしい考え!
「上原ちゃん」
相川部長が急に真顔になる。
「本入部試験を受けずに我が部の部員になったところで、君はその肩書きに誇りを持てるのか!?」
相川部長が急に熱血になった……。こんなキャラじゃなかっただろ。
「まあそれは冗談として」
冗談なのかよ。
「二段構えの入部試験は我が部の伝統だ。仮入部はできても本入部に至らなかった先輩もたくさんいると聞く。それを君たちだけ特別扱いするわけにはいかない――というわけで」
……なんだかとてつもなく嫌な予感がする。
「今週の金曜日――つまり四日後の午後五時までに、本入部用試験問題を見つけ、解答を顧問に提出すること!」
……うわあ。
相川部長から聞き取りしたことも含めて、とりあえず状況を整理してみよう。
まずは、相川部長の証言から。
『金庫は一年前に私がファイルを入れてから今日まで一度も開いていない』
次に、今日の状況。
ファイルには推理小説研究部とは何の関係もない英語のプリントが挟まっていただけだった。ひょっとしてこれが試験問題だったりしないかと一縷の望みをかけて聞いてみたが、やっぱり違うとのこと。何も言わなかったから、やはりファイルには英語のプリントと試験問題が入っていたのだろう。あの人に限っては記憶違いなど起こり得ない。
……しかしなぜ英語のプリントが入っていたのだろう?
「とまあ、状況・証言を書き出してみたんだけど、どう思う?」
というわけで、翌日。私は、目の前の椅子にすわっている中条に、問いかける。 ちなみに相川部長は今日は休みっぽい。
「仮説はいろいろあるけど、大きく二つに場合分けしてみよう。最初から金庫に問題用紙が入っていなかった場合と、いた場合」
「じゃあ、ひとつずつ当たってみよう」
「うーん……仮説一。問題用紙が最初から入っていなかったパターン。相川部長が一年前に入れた物はあの英語のテストで、それを試験問題と間違えている」
「あの相川部長が、記憶違いをするなんてあると思う?」
「思わない」
「でしょ? 仮説二は?」
「仮説二。相川部長は今日問題用紙をファイルごと取り出したのだが、取り出していないと思い込んでいる」
「それもない。私たちだって確認したじゃない」
「というわけで、最後の仮説三。一年前から今日までに、誰かが金庫を開けた」
「だよね。でも、普通に扉を開いたわけじゃない。鍵はICチップ付きで複製やピッキングは不可能、そしてそのただ一つの鍵は相川部長が一年三百六十五日、ずっと持っている」
しかしそうなると最悪の結論に至る。つまり……、
「金庫は、何者かに、扉を開かず中身を盗まれた?」
「確かに、密室だ……」
密室卿もびっくり。
「さっぱりだな」
本当に。私たちじゃわからない。
「ねえ、相川部長に聞いてみる?あの人ならたぶん一発で解けるんじゃない?」
「だめだよ」
そういって、自分の横にある椅子を指さす中条。金庫の鍵が置いてあって、その下に何かメモ用紙がある。
「どれどれ」
邪魔な鍵をどけてメモ用紙を取る私。
「なになに……『友人に誘われたので今日からアメリカのテキサス州に旅行に行ってきます。一か月くらいで帰ります』……はあー?」
「というわけで、相川部長はあてにならない」
なんだそりゃ。
というか学生なら学業を優先しろ。
「これ、相川部長に協力をさせないための状況設定だとしか思えない……」
「本当。これ、小説だったら作家はヘボだな。情報の出しかた下手すぎ」
「まったくよ」
本当に。
「しかし、どうやって犯人は金庫を開けずして中身を盗んだんだろうね?」
「相川部長不在の今、頼りになる人がいないし……」
そうそう、あんな名探偵みたいな人が私たちの周りにたくさんいるわけ……あったー!
「名探偵、いるじゃん!」
「……誰?」
ふふふ、私が全幅の信頼を置く名探偵、その名は――上原美穂。